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王国で最も歴史と伝統ある『総合学院』。
平民であっても選抜を通過すれば入学が可能であり、一方で貴族であっても選抜を通過出来ないことがある、広く門戸の開かれた『総合学院』には、多種多様な人が跋扈している。
同時に、その選抜が純粋な学力試験ではないことも広く知られている。
その基準について尋ねられた教授は、皆口を揃えて同じことを言う。
『面白そうな人をいれている』、と。
そんな『面白い人』達が集う──王族から庶民まで存在する学院であっても、昼時の食堂における混雑からは逃れられない。
講義後のリーシャとユラリアは、そんな食堂に来ていた。
「リーシャさんは、先程の先生をどう思いましたか?」
ユラリアは、リーシャに問いかける。
「う~ん……良い先生だと思うよ。私から見てもわかりやすかったし!」
「まだ初回でしたからね。総論……の総論部分でしたから」
「それもそっか。でも、あの先生は……ちょっと独特だった気がする」
リーシャはそう言いながら、トレイの上の料理を見つめた。
学院の食堂は質素ながらも栄養バランスの取れた食事を提供していた。庶民も通うことを理由に値段は安く、貴族も通うことを理由にレパートリーは潤沢である。
「独特ですか?」
ユラリアは小首をかしげた。彼女の長い髪が肩に沿って揺れる。
「うん。あの目が……」
リーシャは自分の目の下に指を当てる。
「生気がないっていうか。最後のほう、『薬剤は本当に必要なのか』みたいな話の時だけ、ちょっと気持ちが乗っていたように見えたけれど」
「確かに、そう見えましたね。よっぽどの事が何かあったのでしょうか。目が輝いていた……というよりは、信念や願望のように見えましたが」
ユラリアは、王侯貴族同士で繰り広げられる無味乾燥でありながらも、あちらこちらに罠が仕掛けられている会話に慣れていた。その経験から、人が本音を話しているかどうかを見抜くことが、自分にある特技のひとつだと自信を持っている。
二人は混雑した食堂内の小さなテーブルを見つけ、向かい合って座った。
「ユラリア……様は、薬理学って、興味ある?」
リーシャは一口スープを飲んでから尋ねた。
「ユラリアでいいですよ。私は第二級の治癒魔法もある程度は使えますから……その
ユラリアは慎重に言葉を選びながら答えた。
それでも、違和感は拭えなかった。
教授の言い方は、魔法の代替品として薬剤があるのではなく──どちらかといえば、魔法こそが薬剤の代替品であるかのような言い方であったから。
ユラリアはお茶を一口飲み、周囲を見回した。食堂は様々な身分の学生で賑わっていた。貴族の子息たちは上質な制服に身を包み、平民出身の学生たちはやや質素な服装だが、同じテーブルを囲んで談笑している光景が見られた。
「そういえば、リーシャさんはどうして薬理学を取ったのですか?」
「私?」
リーシャは自分の髪を指でいじりながら答えた。
「私は……なんとなく、面白そうだったからかな。ほら、
ユラリアは『薬理学』──正確には『薬理学理論』の講義要目を思い出す。
担当者欄には、名前がなかった。
代わりに記入されていたのは『講義の基本方針を見よ』という内容。そして、公的なテンプレートによる担当者が教授であるという情報通達。
すなわち、『担当者:講義の基本方針を見よ 教授』と書いてあった。
「あれに、『生徒の理解度を含めた状況如何に依拠し、講義内容は柔軟に変更する』って書いてあって。普段、色々な先生に簡単な質問ばっかりして怒られる私には、向いてるかなって……」
リーシャは、昔から様々な教師を質問攻めにしてきては疎まれた経験を持っていた。
その質問が複雑であり、講義の要点ならばまだ良かったのかもしれないが、リーシャが質問する内容は毎回決まって前提条件に分類されるようなものであった。
だからこそ、リーシャは教授の言っていた『だって、我々は何故魔法を使えているのかわからないのだから』という言葉には衝撃を受けていた。
「なるほど」
ユラリアは優雅にナプキンで口元を拭った。
彼女の仕草には生まれながらの気品が感じられた。
「私個人の意見ですが、それは悪いことではないと思いますよ。もちろん、教授の少しばかり過激な思想にばかり傾倒するのは、アレですが……」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
食堂の喧騒の中、二人は薬理学の奇妙な教授について話し続けた。陽光の暖かさが徐々に弱まり、食堂内の人の流れも落ち着き始めた頃、リーシャとユラリアは次の講義に向かうため席を立った。
「次は何の授業ですか?」
「私は『基礎魔法陣学A』。ユラリアは?」
「私は『魔法史学1』です」
ユラリアは少し残念そうに答えた。
「そうなんだ。残念」
リーシャは肩をすくめると、食器を返却台に置いた。
「でも
食堂を出て廊下を歩きながら、ユラリアは思索に耽っているようだった。やがて彼女は口を開いた。
「……リーシャさん、薬理学の教授について、もう少し調べてみませんか?」
「どういうこと?」
「あの方の講義内容が気になるのです。魔法の根源について疑問を投げかけるような内容でしたし……」
二人は中庭を横切りながら会話を続けた。学院の建物は古い石造りで、何世紀もの歴史を感じさせた。窓から見える景色は王国の首都が一望でき、遠くに王城の尖塔が見えていた。
「そういえば、教授の名前って知ってる? シラバスには書いてなかったよね」
「いいえ。ただ『教授』と呼ばれていただけです。しかも、本人は『偉い人』としか名乗っていませんでした」
「不思議だよね。学院の先生って普通は名乗るものじゃない?」
ユラリアは顎に手を当てて考え込んだ。
何か名前を隠すような理由があるのか。それとも、学院から名前を隠させられているのか。
『総合学院』は歴史ある学院であるが故に、政治的干渉を受けることは避けられない。
そして、教授の謎はその余波である可能性は、存在する。
「確かにそうですね。ちょっと探ってみましょうか」
「うん、いいね! 面白そう!」
二人は分岐点に差し掛かった。
リーシャは基礎棟Aへ、ユラリアは歴史棟へと向かう道。
「じゃあ……明日、昼ご飯一緒に食べない?」
「いいですよ。ではまた、明日お会いしましょう」
ユラリアは優雅に会釈すると、長い廊下を進んでいった。
◇
魔法史の講義は静かな大教室で行われていた。リードヴルム教授は白髪の老人で、学生たちを前に王国の魔法における重要な転換点について雄弁に語っていた。
「そして、この事件の後、世界は魔法の使用について厳格な統一的規則を設けることになったのです。これが現在我々が知る魔法の階級制度の始まりとなりました」
ユラリアはきちんとノートを取りながらも、心の一部は薬理学の教授の言葉に引っかかっていた。魔法の根源について疑問を持つというのは、ほとんど異端に近い考え方だった。
存在することが前提であることを疑う、ということだから。
講義の後、ユラリアは勇気を出してリードヴルム教授に近づいた。
「先生、少しよろしいでしょうか」
「ああ、ユラリア嬢。どうぞ」
老教授は優しく微笑んだ。
四十年以上も教鞭を振るうリードヴルム教授は、生徒が王族であることを何度も経験していた。
それこそ、ユラリアの両親の時代も『魔法史学A』の教授といえばリードヴルム教授であった。
「『薬理学理論』の教授についてお尋ねしたいのですが……」
リードヴルム教授の表情がわずかに変化した。
不快感ではない。ただ、嬉しそうなものでもない。
ユラリアにはそこまでしか読み取れなかった。
「薬理学……なるほど。彼の講義を受けているのですか」
「はい。今日が初回でした」
「そうですか」
教授は周囲を見回すと、声を少し落とした。
「彼は非常に優秀で、革新的な
「名前はなんというのでしょうか?」
ユラリアは、気になっていたことを問いかける。
リードヴルム教授は、少しばかり思案する様子を見せる。
「……
ユラリアには何故、その名前が『明らかに偽名か』はわからなかった。だが、それでも博覧強記たる老教授が断言するのは、何かしらの理由があるとも確信していた。
ただ、とリードヴルム教授は区切る。
「彼の知識や研究手法、理論構築は確かなものです」
リードヴルム教授は言葉を選ぶように間を置いた。
それは自らが伝える言葉が、生徒にどれだけの影響があるかを理解している人の話し方であった。
「しかし、彼の講義を受けるなら批判的な思考も忘れないようにしなさい。全てを鵜呑みにするのは得策ではありません」
「ありがとうございます、先生」
ユラリアは丁寧にお辞儀をすると、教室を後にした。
廊下を歩きながら、彼女はますます好奇心を掻き立てられていた。なぜ、そんな不可解な人物が学院で教えることになったのか。
そして、なぜ魔法の根源について疑問を投げかけるような講義をしているのか。
なぜ、彼は