『TS薬を開発したいだけの異世界薬理教師』   作:  

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第九講義『血液は巡り巡って』

 ◇◆◆◇

 

「前々回に心臓の話を結構長めに話したけれど、今日はそれの続き……という側面があったりもする」

 

 心臓にとって一番重要な働きは、血液を送り出す話だっていうことをメインに、そこそこ以上に長く話してきたと思うんだけれど。その中で、ちょくちょく血圧がどうみたいな話をしていた。

 

「もちろん、血流というのは心臓だけで支配されているものじゃない。それを各地へと届ける血管があってこそ、成立してくれる。じゃあそもそも、全身に血液を送りたいのって、どういう理由だっけ?」

 

「はい! 全身に栄養とか……酸素(・・)を送りたいから!」

 

 普段より一段と気合いの入った服装をしているリーシャが勢いよく答える。

 何かこの後に予定でもあるのかな。

 

「どうして酸素を送ってもらえると、各地のものたちは嬉しいの?」

 

「酸素がないと、解糖系とかを回してATPを作れないからです!」

 

 とまあ、この通り。

 全身に血流をきっちり回しているのは、血液を流すため……というより、ちゃんと酸素を運ぶ為。

 

「そして、当然その各地(・・)に心臓も含まれる。心臓だけ不眠不休で働くわけには行かないからね。きちんと、心臓にも酸素は必要となる。じゃあ、次に。心臓にとって、どれくらい酸素を与えるかってというのは、どうやって決められることになる?」

 

「心臓に血流、もとい酸素を送っている血管でしょうか」

 

「そうだね。『心臓に血液を送っている血管』を冠動脈と呼ぶことにしよう。この冠動脈が、どんな状態になっているかによって、心臓に送られてくる酸素量を定めるものになる。じゃあ、冠動脈の太さが縮んでたら(・・・・・)心臓にあんまり血液は流れてくれないし、太くなっていたら、心臓に沢山血液が流れてくれる。ここまでは良い?」

 

 まあ、変なことは言っていない。

 人によっては血管って収縮したり弛緩したりするんだ、ってところは驚きになるかもしれないけれど。

 血管もしっかり縮んだり、緩んだりしているんだよね。

 

「じゃあ、心臓にとってどれくらい酸素が必要なのかっていうのが気になること。供給量がわかれば、次に気になるのは需要の分量。心臓に届けられる酸素っていう市場においてね」

 

 市場原理じゃないけれどね。

 需要と供給は大事だから。

 

「はい! 心臓に帰ってくる血液(・・)次第だと思います! だから、心臓に戻ってくる血液が多ければ多いほど……つまり。心臓に戻している血管が細くなっていれば、心臓ちゃんの必要酸素量は減ると思い──違うっ」

 

 そう言い切ろうとして、リーシャは自分で自分の言葉を遮る。

 

「全身の血液量は一定です。だから、心臓に戻ってくる血管が拡くなっていれば、拡くなっているほど、そこ(・・)に貯まっている血液量が増えるから──心臓に貯まる血液が減る。だから、その血管が拡張している方が酸素需要は減ります!」

 

「加えて。心臓から出ていく血管が太くなっていれば、さっきと同様に送り出さなきゃいけない血液量が減るので、心臓の仕事量は減ります。従って、酸素需要は減少します。もしくは……細ければ、圧力(・・)がかかっているから、押し出すのが大変だと考えてもいいですが」

 

 二人の性格が垣間見える答え方だなぁ、としみじみ痛感させられるよね、こういうのを見ると。

 そして、実際二人が言った要因はどちらも正解。もちろん、これだけで決まる単純なものではないけれど……とりあえず、これでモデルになる程度には。

 

「まとめると。血管が太くなると心臓の酸素必要量が減少する。しかし、冠動脈が細くなるので心臓への酸素供給量も減少するということになる。まあ、もっと根幹にはそれぞれ各地に存在する臓器がどれくらい酸素を必要にしているのか、なんて話もあったりする。活動している時ほどATP(エネルギー源)を作りたいからね」

 

 そこまで考えると概論で扱えなくなるので、とりあえずは横に置いておくとして。今回は心臓と血管がメインなので。

 

「一応。今のイメージ的な話に疑問を浮かべる人もいるとは思う。『本当にそうなの?』ってね。それを説明するには──特にユラリアの話してくれた話については──ハーゲン・ポアズイユの法則と呼ばれる、一部の流体に対して成立する式を考えてあげるとわかりやすい。ここで細かいことを説明するのは、結構な負担になるから省略するけれどね。興味があったら、質問してもらっても構わない」

 

 で、出てきたハーゲン・ポアズイユの法則。

 血管内を流れる血液が「定常的(流れの速度が変わらない)かつ層流、粘性が一定」で、更に血管本体も変形せずに、重力を無視できるという条件付で考えられているから、もちろん現実とは完全に一致しない。

 

 そして、そもそもこのハーゲン・ポアズイユの法則がどうして成立してるの? という話題になれば、エネルギー保存則や粘性(粘り気あり)の液体が動く時にかかる力の大きさ、みたいな話に繋がってくる。

 まあいっそナビエ–ストークス方程式っていう、もっと汎用的な方程式の導出から話しても問題はないんだけれど……そもそも、積分の概念すら広くは普及していないからなぁ。

 

 微少量の話とかで誤魔化して、極限の定義を曖昧にすれば──つまり。高校数学における微積分の導入、みたいな流れにすれば出来なくはないけれど。

 

「まあ細かい話は良くて。大事なのは、この需要と供給のバランスを保つこと。需要に対して供給が足りていない……心臓に血液が足りていない状況──心筋虚血(・・)と呼ばれる状況を解消するには、血管を拡張すれば良い。それがわかるってことが、取り敢えず今回は大事かな」

 

 一々小難しい原理とか原則の話からはじめて、なかなか実際の現象に持っていくまで時間がかかるのが悪癖であるのは実感しているんだけれどね。それはこっちの性格だから、諦めて欲しいというか。

 でも、暗記暗記で進むと応用性に限界があるっていうのがこっちとしての考え方でもあるから、許して欲しい。

 

「じゃあそれだけ認識してれば良いじゃんって思うかもしれないけれど、そうとも言えない。低血圧──言い換えれば。全身の動静脈が弛緩した状態。この状態で低血圧は嫌だよねってことで、血管収縮剤を投与したとする。すると、動静脈が収縮して、酸素需要が増加する上に、冠動脈も収縮して供給が減り、心筋虚血状態になってしまうかも(・・)しれない。そういう思考が出来ると、嬉しいじゃん? ってこと」

 

 で、心臓が虚血状態だと人間っていうのは痛みを感じるように出来ている。これにはASICっていう名前のイオンチャネルが──折角だから話しておこうっと。

 

「ついでに。心筋が虚血になるとASIC(エイシック)──『酸感受性イオンチャネル』と呼ばれるイオンチャネルが働き始める。虚血になる、ということが意味することはATPの不足。その原因は、TCA回路の続きにある『TCA回路で出来たものと酸素を使い、ATPを沢山作る回路』が回らなくなるから」

 

 リーシャには話したけれど、電子伝達系ってやつね。

 虚血ということは酸素が足りないんだから、電子伝達系が回らなくなり、ATPが足りなくなってしまうと。

 だから体の中で大量にATPを使っていることで有名な『ナトリウムポンプ』、すなわちNa⁺/K⁺-ATPaseが活動出来ないことになって……その結果、『カリウムイオンを細胞内に取り込む』役割を持つこのポンプが働くことを拒否するから、細胞外のカリウムイオン濃度が上昇する。

 で、その結果としてカリウムイオンの濃度勾配がなだらかになって、虚血部位膜電位が脱分極側に傾いたり──みたいな話もあったりするけれども。

 

 そして、酷くなると血液中にカリウムイオンが沢山出てきて『高カリウム血症』になったりもする。なんていうのは余談。全部繋がってるね、という実例だね。

 

「で、そっちの回路が回らないから仕方なくTCA回路じゃない方で作ることになる。解糖系の後、複数(・・)経路があるって話はしたと思うけれど、そのTCA回路じゃない方ね。で、そっちだと乳酸という酸が出来る。その結果として、血液全体に()が増え、これに伴ってさっきのASICが活性化する。そして、心臓付近の神経の表面にも存在するこのイオンチャネルは、ナトリウムイオンを取り込むっていう仕事を果たしてくれるわけだ。で、痛みを感じると」

 

 もうちょっと細かく言うなら。ASICによってナトリウムイオンが神経の中に流入さ、神経の膜電位が上昇する。それが軸索やシナプスを伝わっていって、最終的には脳へと辿り着き『胸が痛い!』という結果が出力されるって感じ。

 

 これは余談の余談だけれど、このASICってチャネルは通常時はカルシウムイオンによって蓋されてるけれど、酸が強くなる──すなわち水素イオンが増えると、その蓋が外されるとか。もしくは、作られる乳酸自体もこのカルシウムイオンを引き寄せる効果があるとか。まあ、そんな機序があったりすると言われているらしいけれど。

 

「まあ、そんな感じで知識や原理を知っていれば、対応出来る事象が増える。だから、知っておくことで損はしないからね」

 

 で、そんな説教染みた話を延々とするのが本題でもないので、そろそろ本題に入らせてもらう。いやまあ、今回はそんなに話すことなさそうだと思っているからなんだけれど。

 

「というわけで、次に気になるのは血管がどうやって収縮したり弛緩したりしているのか。血管の収縮・弛緩だから前やった心臓の──筋肉と同じ話なんじゃないの? と思うかもしれないけれど。前も話した通り、筋肉は『心筋、骨格筋、平滑筋』に分けられる。心筋と骨格筋はあの経路で収縮・弛緩をしているけれど、平滑筋は違う。そして、血管の筋肉は平滑筋(・・・)だっていう事実がある」

 

 やっぱり電子顕微鏡が欲しいよね。

 正確には染色グッズとかも欲しいけれど、とりあえず欲しいのは顕微鏡。何なら欲とか出さないから、光学顕微鏡でもいい。

 

「じゃあ、どうやって平滑筋が収縮するのか。これにもカルシウムイオンが関与するというのは変わらない。小胞体からでも、電位依存性カルシウムイオンチャネルからでも良いから、とにかくカルシウムイオンが細胞内に入る。すると、Gq共役型GPCRの時に紹介したカルモジュリン。あれの出番がようやく出てくる」

 

 確かあの時は、Gq共役型GPCRの活性化。それによるGq蛋白のαサブユニットが、ホスホリパーゼCを活性化させ、それがDAGやIP3を生成。そして、IP3がIP3受容体に結合して、小胞体からカルシウムイオンを放出。みたいな流れで、カルモジュリンを出したはず。

 

「カルシウムイオンとカルモジュリンが結合して、活性化されるとMLCKと呼ばれる酵素が活性化して、それがミオシンの軽鎖(Light chain)と呼ばれる部位の構造を、ATPを消費することで変化させる。だから、MLCKの正式名称は『ミオシン軽鎖キナーゼ』だね」

 

 あの時はカルモジュリンキナーゼを紹介したけれど、まあこういう標的もあるよってことで。

 

「で、このミオシン軽鎖の構造が変化することで、ミオシンとアクチンが結合出来るようになる。この機序で平滑筋は収縮するって流れになる」

 

 だから、骨格筋(腕の筋肉とか)と違って直接カルシウムイオンがトロポニンCに結合して、って感じではなく反応に反応を重ねてって感じの流れではある。

 

「で、一方じゃあ弛緩はどうやるのか。究極的には、『ミオシン軽鎖ホスファターゼ』という、さっきMLCKが変化させたミオシン軽鎖を元の形に戻してあげる酵素を働かせてあげればいい。じゃあ気になるのは、その『ミオシン軽鎖ホスファターゼ』ってのはどうやって活性化されるのかってこと」

 

 実は、平滑筋の弛緩機序が判明したのは案外最近のこと。まあ最近って言ってもそこまで最近じゃないけれど。

 

「平滑筋細胞の横にある血管内皮細胞。ここの中にカルシウムイオンが入り込むと、またしてもカルモジュリンが活性化される。するとこの活性化されたカルモジュリンにより、eNOSと呼ばれる酵素が活性化される。『内皮型一酸化窒素シンターゼ』って呼んでもいいけれどね」

 

 内皮型(Endothelial)一酸化窒素(NO)シンターゼ(Syntase)。まあ、略称っていうのは大方はそのままだよね。たまに異物レベル100みたいなものが紛れるだけで。

 

「で、このeNOSは『アルギニン』という食べ物からもとれるモノを、一酸化窒素──NOと呼ばれるモノに変える機能を持っている。で、このNOがお隣の平滑筋細胞にやってくると、『グアニル酸シクラーゼ』という酵素を活性化させるというお仕事をしてくれる」

 

 いつも見ているのはアデニル酸シクラーゼだから、ちょっと違う。まあ、効果は大体AがGになっただけなんだけれど。

 

「で、このグアニル酸シクラーゼは『GTPをcGMPに変える』という機能がある。GTPは既出だね。第四回講義で、G蛋白のαサブユニットにおける活性化機序と、TCA回路あたりでね」

 

 あとは、ペントースリン酸経路から始まるお話の流れで。むしろ、そっちが合成経路の最初からって感じだけれど。

 

「で、cGMPはさっき出てきたミオシン軽鎖ホスファターゼを活性化させ、ミオシンとアクチンの結合を出来ないようにして、弛緩させると。ちなみに、cGMPは『cGMPホスホジエステラーゼ』によって、GMPに変えられたりするから、そういうところまでcAMP周りと一緒だったりする」

 

 そしてこっちはもっと最近に見つかったこととして、一酸化窒素の血管平滑筋拡張機序はこれだけじゃないってこともわかってきたりしている。

 

「また、血管内皮細胞から出てきたNOは血管平滑筋細胞にある『一部のカリウムイオンチャネル』を活性化するっていう効果がある。これによって膜電位を過分極側に傾けて、血管平滑筋細胞に存在する電位依存性カルシウムイオンチャネルの活性化をさせない、みたいな機構もあったりする」

 

 まあここら辺はちょっと複雑になってきてるけれど、大雑把に全体として血管平滑筋が拡張だったり弛緩するって方向に向かっていると考えてもらえれば良いかな。

 

 で、問題はこの次。

 1988年くらいに見つかった『内皮細胞由来血管収縮因子』ことエンドセリン。これを全部話すとかなりごちゃごちゃとしてくるんだよね。

 

「そして次に、エンドセリン。これは平滑筋を収縮させるもう一つの方法……というか、大事なもの。一応、本当に軽くだけどこれの内皮細胞での作成方法について触れておく」

 

 なんでなあなあのまま終わらせているかというと、こういうところを深掘りするといよいよ遺伝子関連の話……転写とか翻訳みたいな話をしなきゃいけなくなるから。終わらないよね、そんなことしたらいよいよ。

 

「内皮細胞内で栄養素とかから作られるプレプロエンドセリンというものが、とある酵素によってビッグエンドセリンに変えられる。で、これがエンドセリン変換酵素という名前そのままの酵素によって、エンドセリンになる」

 

 このプレプロエンドセリンについて真面目に触れるなら、まだやっていない『信号』伝達経路とかの話が必要になったりもするっていうお話もあったりする。

 TGF-βっていうのがあってね、とか。NF-κBっていうのがあってね、とか。

 こっちとして『信号(シグナル)』伝達関連の話は結構好きだから、話しても良いんだけれども。

 

「で、このエンドセリンの受容体。エンドセリン受容体が血管平滑筋細胞にある。まあ正確には色々種類があるんだけれど、ほぼGq共役型GPCRだと思ってもらっていいよ。だから、さっき紹介した経路を通って平滑筋としては平滑筋収縮だね」

 

 で、実は内皮細胞にもエンドセリン受容体があるのが問題だったりする。Gq共役型GPCRだから、内皮細胞内カルシウムイオン増量。で、カルモジュリン活性化でeNOS活性化。そうして、NOが増えて血管平滑筋細胞内に滑り込んで血管弛緩(・・)となってしまう。なんでこのエンドセリン、血管収縮したり血管弛緩したりしてるんですか、って話。

 まあ実際のところは、色々総じてまとめて強力に収縮させるんだけどね。効力の強弱の問題で。

 

「というわけで、機序紹介としてはこの辺かな。あとは機序ごとに分けて、薬剤のご紹介って感じかな」

 

 だから、いつも通りここからはそんなに長くならない。

 今回は長くならないって宣言通りにね。

 

「さて、じゃあ血管を拡張したいとしよう。この時にどんな方法を考えるか。まあ、一番楽なのはNO……一酸化窒素を増やしてあげること。或いは、カルシウムイオンチャネルを阻害してあげてもいいし、カリウムイオンチャネルを開いて過分極を狙ってもいい。他の手立てとしては、cGMPを分解する『cGMPホスホジエステラーゼ』を阻害してあげてもいい」

 

 つまり、カルシウム付近を抑えることで収縮を抑制するか。あるいは、NOあたりを増やすことで弛緩を促進させるという選択肢が与えられているということ。

 

「教授! エンドセリンを抑える、というのはないんですか?」

 

「もちろんボセンタンやアンブリセンタン。どちらもエンドセリン受容体を阻害してくれるセンタン(sentan)なんて語尾で終わる薬剤がある。これで血管拡張して、心臓の酸素需要──言い換えて、心臓の負担を減らすというのは存在する」

 

 ボセンタンは大体のエンドセリン受容体を阻害し、アンブリセンタンは一部のエンドセリン受容体……具体的にはET(エンドセリン受容体)-Aを強めに阻害する、という効果の差があったりする。

 

 まあ、ボセンタンのほうは肝毒性があるからちょくちょく肝臓大丈夫? っていう検査をする必要があったりするけれど。

 

「さて、有機硝酸薬という括りの薬物がある。ニトログリセリン……NTGとか呼ばれたりもする薬物が、それの例だね。体内でNOになり、cGMP活性化からミオシン軽鎖ホスファターゼの活性化を通じて血管平滑筋の弛緩を引き起こしてくれる。それは嬉しいんだけれど、何故か素早く効かなくなってしまう。限界まで引き延ばしても8時間とかだったりね」

 

 何故か(・・・)には、幾つかの仮説が立てられている。

 一つは有機硝酸からNOになる時に必要なモノ……スルフヒドリル基なんて呼ばれるものがなくなっちゃうのかもしれない、というもの。もうひとつはNOが分解され時に出来るペルオキシ亜硝酸塩というものが、グアニル酸シクラーゼを阻害するっていう説。まあ、色々話されてたりはする。もちろん、実験もね。

 

「だから、使う場合はきちんと休薬期間を設けること。こうしないと、必要なタイミングで効かなくなるからね」

 

 また、心臓の酸素需要を減らすにしても常に使えるわけじゃないので注意。『心臓の酸素需要が多くなっている』のか『心臓の酸素供給が減っている』のか、この違いが重要だったりね。

 

 既に限界まで動静脈が膨らんでいて、それでもダメなくらい心臓本体に届く酸素が減ってるってパターンもあるわけだし。

 

「ちなみに、NOは動脈と静脈だったら静脈のほうを強めに弛緩させるっていうのは、覚えておいても損はないよ」

 

 ちなみに同様にNOになる系列のものに、ニトロプルシドナトリウムっていうのがあって、これは体内で血管とシアン化合物になるって特性がある。とても素早く効いて、とても素早く効果が失くなるっていう性質上、緊急の高血圧や重症の心不全だと使えたりするけれど、シアン化合物が如何せん危険なものなので、使用はよく考えようねって話。具体的にはシアン化合物は腎臓経由で排泄されるから、腎臓弱めの人の場合はやめるとか。

 

「で、お次はcGMPホスホジエステラーゼ阻害薬。シルデナフィルやバルデナフィル、タダラフィルなんてものが挙げられる。まあ、効果は当然ながら血管拡張だよね。ちなみにこれらは、CYP3A4によって分解されるからね」

 

 だから、グレープフルーツとかベラパミルとかと併用すると効果が上がっちゃうから、とても怖いというお話。グレープフルーツはまだしも、ベラパミルは心臓の時に話した通りカルシウムイオンチャネル阻害薬だからね。

 

「で、同じくCYP3A4によって分解されるのが電位依存性カルシウムイオンチャネルを阻害するベラパミル。これは主に細い動脈を拡張するんだけれど、cGMPホスホジエステラーゼ阻害薬と併用するのは、そういう理由でダメだね。心臓には対して影響せず、細い動脈とかだけを拡張するニフェジピンもそう。だから気を付けようねって話」

 

 効果が同じだから、片方じゃ足りないときに……みたいな事故が発生しかねない。ちゃんと作用機序と分解方法を認識しておこうってことで。

 

「カリウムイオンチャネル阻害薬として、ニコランジルというものがある」

 

 ちなみに、他にもミノキシジルだのクロマカリムだの、そういうものもあったりはする。まあでも取りあえずはニコランジルをご紹介。ミノキシジル、一時期有名になってた記憶はあるけれど。

 

「これの強みは、他の治療薬が何故か効果を示さないってときに、独特な手法で抑えてくれるからありがたいっていうお話はあるね」

 

 カリウムイオンチャネルのなかでも、『ATP感受性カリウムイオンチャネル』っていうものを阻害してくれる薬剤だからね。

 

「ただ、ここら辺……カルシウムイオンチャネルやカリウムイオンチャネル阻害薬を単品で使う時の問題としては、人間の調整機能が優秀すぎるってことがある。人間は、動脈にかかる圧力が下がると──つまり、動脈弛緩が強く起こると、突然交感神経を活性化させるっていう調整機能を持っているんだよね」

 

 これを反射性交感神経興奮とか呼んだりするんだけれど。

 じゃあ、この交感神経興奮によって何が起こるのかって話をしよう。

 

「交感神経活性化。これによって、交感神経末端のシナプスからはノルアドレナリンが出てくる。そして、血管平滑筋細胞に存在するアドレナリン受容体はα1とβ2が多い。で、ノルアドレナリンはその二つだとα1に対する作用が強い。なので、α1受容体──すなわち、Gq共役型GPCRが活性化してしまう。あとは、カルシウムイオン流入からの血管平滑筋収縮だね」

 

 だから、カルシウムイオンチャネル阻害薬やカリウムイオンチャネル阻害薬は血管の拡張を狙ったのに、反射性交感神経興奮によって血管が収縮してしまうことがあるので、注意。

 

 ついでに言うなら、ノルアドレナリンは心臓に存在するGs共役型GPCRであるβ1受容体にとても強めに作用するので、『電位依存性カルシウムイオンチャネルの活性化』やらが発生して、頻拍だの心臓収縮力・拡張力の強化だので、余計に心臓の仕事を増やしてくれる。

 減らしたいと思って投与したのにね。

 

「ちなみにβ2受容体の場合。β2受容体はGs共役型GPCRだから、その作用が強く活性化される。実はcAMPもcGMPと同じ働きを。すなわち、ミオシン軽鎖を活性化してくれて、結果的には血管弛緩側に働いたりしている」

 

 正確には皮膚や粘膜の血管にはα1が多く、骨格筋や内臓付近の血管にはβ2が多いんだけれども。

 だから、どっちにも同じ位作用するアドレナリンだと、β2作用が勝って全体の血圧的に減少する。皮膚や粘膜より、骨格筋や内臓にある血管のほうが多いから、とか考えておいてもいいと思う。

 

「そういうわけで、プラゾジンなどのα1阻害薬を投与すると、交感神経の影響を抑えることで血管が拡張するので、カルシウムイオンチャネル阻害薬やカリウムイオンチャネル阻害薬と一緒に使われることも多いかな」

 

 で、あと二種類。

 

「じゃあβ2を働かせる薬剤でもいいじゃん、と言えばその通り。プロカテロールとかは、気管支の平滑筋を拡げる為に使われたりするからね。ただ、血管や心臓という側面だと、案外使われているのはβ1阻害薬。心臓に与える心拍数増加や心収縮力・拡張力を減少させることで、心臓の負担を減らすっていう手法だね。結果的に、心臓の負担が落ちて平和に終わることもある。アテノロールとかメトプロロールだね」

 

 とまあ、取りあえずはこんなところ。

 実はアンジオテンシン変換酵素阻害薬(カプトプリルやエナラプリル)とか、アンジオテンシンⅡ受容体阻害薬(ロサルタンやバルサルタン)とか、そこら辺が残っているんだけれど、それを理解するためにはアンジオテンシン周りをちゃんと学ばなきゃいけない。

 

 そして、それを学ぶには腎臓の機能とかそういうのをきちんとやらなきゃいけない。というわけで、今回は割愛。

 

「というわけで、本日最後の薬剤はヒドララジン。細い動脈を拡張する薬剤ではあるんだけれど、よく作用機序がわかっていないっていう薬剤だよ」

 

 平滑筋細胞内の小胞体からのカルシウムイオン放出を抑制しているだとか、膜全体を過分極させているだとか、色々作用機序は考えられているものの、いまいちよくわかっていないもの。

 で、細い動脈拡張なので反射性交感神経興奮には気を付けようねって薬剤でもある。

 

「と。内容は以上かな。薬剤の紹介がちょっと長めだったけれど、そもそもの平滑筋収縮・弛緩機序自体はそこまで複雑なものではないから、骨格筋と区別して認識してあげたらすんなりわかると思うよ」

 

 要はNOとかカルシウムイオンとか、そこら辺が主役なんだなって認識でいいからね。

 

「本日の課題は『電位依存性カルシウムイオンチャネル阻害薬が、骨格筋の収縮阻害をあまり起こさないのは何故か』かな。骨格筋は心筋と同じ機序で収縮・弛緩するから、そんな感じで」

 

 どっちもカルシウムイオンで収縮するけれど、そのカルシウムイオンを何処から取ってきたのかっていうのが重要。平滑筋は外部由来が多いのに対して、骨格筋は内部の筋小胞体由来が多いから。

 

「──じゃあ、定刻だから。また来週」

 

 

 

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