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「さ、もう講義も二桁に突入したということでやっていこうか。今日の内容は止血についてだね。どうやって血って止まってるの? というお話」
そろそろ講義の名前を『薬理学理論』から『循環器生理』とかに変えたほうが良いんじゃないかという説が出てきているけれど、それは気にしない方向で。
「前回、血管の構造について触れたけれど……改めて、おさらいも兼ねて復習しておこう。血管内腔──血液が流れるところに接している細胞。それを内皮細胞とか、血管内皮細胞って呼んだりする」
実はこの内皮細胞、血管の表面にあるから表面積的には結構大きい……それこそ一人分集めればダブルスのテニスコート以上の広さがあったりするんだけれど、その割に累計の重さが100g程度しか存在しないっていう、軽めの構成をしている。面白いよね。
「で、その外側に存在するのが血管平滑筋細胞。ここが収縮したり弛緩したりして、前回のお話が展開されるっていう流れだね」
毛細血管以外は最低限、これらの構造を持つっていう共通点が存在する。まあ、後はその血管の大きさとかにも依存するよねって話。大きい血管だと平滑筋細胞の層も分厚いし、『内弾性板』っていうものがあったりもする……し、とても大きいもので言えば、
「そして、もちろん細胞がふよふよしているだけだとバラバラになっちゃうから、それぞれをまとめておいてくれる結合組織なんてものがあったりする」
ちなみに毛細血管は、ギリギリ赤血球が通るくらいのサイズ感なので、まあまず肉眼で見ることは不可能だよね。マイクロメートル単位の血管だし。
「というわけで。止血ってどうやって発生するの? っていうのを、一つずつ追いかけて行きたい。だから、最初に発生するのは血管への
その傷が発生してから、どうやって血が止まるのかを知りたいわけだからね。
「まず傷が付くと、局所的な……その傷が付いた周囲でエンドセリン放出が発生し、前回の講義で話した通りの機序で血管収縮が発生する」
何となく、怪我した瞬間は血が出ないみたいなイメージ。そこで止血が成功すればいいんだけれど、失敗すれば血が出てくるよねって流れ。
「この機序は反射性の神経応答によるものだと言われているけれど、細かいことは残念ながらよくわかっていないので先に行こう。と、ここで活躍してくるのが普段から血液中を漂っている『血小板』という……まあ、おおよそ細胞の一種だね」
血小板、何か名前的に
「さて。血管が傷付くということは、内皮細胞が傷付くということ。内皮細胞が傷付くということは、それらをまとめていた結合組織──コラーゲンが露出するということ。この露出したコラーゲンに『vWF』と呼ばれるものが……フォン・ウィルブランド
まあ正確にはこのvWFを介さないお話もあるにはあるんだけれど。そもそも結合組織であるコラーゲンだって、一種類じゃない。それぞれに型があって、役割もちょっとずつ違ったりしているもので。
例えば一番多くて体内のコラーゲンの九割ぐらいを占めるのがⅠ型コラーゲンだったり。
例えば、Ⅲ型コラーゲンが作れない
別にこういうのは
そもそもこのコラーゲン作成──に必要な酵素には、ビタミンCが必須となる。だから、ビタミンCが不足しているとコラーゲンがちゃんと作れなくなって、血管が脆くなったりする。そして、こんな病気を『壊血病』なんて呼んだりするわけだし。
壊血病、大航海時代には原因不明の病気で結構恐れられていたからね。
ちなみにコラーゲンはその太さの割に結構な引っ張り耐性を持ち合わせているという特徴があったりする。大体直径1ミリメートルの束を持ってくるだけで、数キログラムの引っ張りに耐えられる、なんて話があったりね。
「で、このvWFにさっき話した血小板がくっつく。正確には、血小板表面に存在する『糖タンパク
ただ、これだけだとそんなに強くない。強くないっていうのは、そんなにまだ何かしようとしている感がない。
たかが血小板ひとつ集まったくらいで何が変わるんだよって話でもあるからね。
「そして、血小板の表面にある『糖タンパクⅡb』と別の血小板表面にある『糖タンパクⅢa』がくっつくことで──正確には間に『フィブリノゲン』っていうものが挟まれるけれど──血小板同士がどんどんくっついて、怪我した部位に集まっていくという構造になっている」
ただ、これだと困ることがあるのはわかるはず。
なら、何もないところでも血小板同士が勝手にどんどんくっついちゃって、血管の中で詰まっちゃうじゃんって話。それは大問題だから、ちゃんとそうならないように人体っていうのは構成されている。
「この血小板機能は、普段から常に活性化されているわけじゃない。例えば『トロンボキサンA2』っていうものが存在している時。血小板表面に存在するGq共役型GPCRである『トロンボキサンA2受容体』を介して、ホスホリパーゼA2というものが活性化され。これが、糖タンパクを活性化させる、みたいな流れになっている」
でも、まだこれだと問題の責任がトロンボキサンA2っていうところに移っただけで、大した問題解決になっていない。このトロンボキサンA2っていう物質が、きちんと怪我した場所付近で発生してくれないと困ってしまう。
「そして。トロンボキサンA2というものは、食べた
実際はもうちょっと複雑ではあるんだけれど。
食べ物がリン脂質になり、これがホスホリパーゼA2によってアラキドン酸になり、このアラキドン酸がシクロオキシゲナーゼによってプロスタグランジンH2というものになる。で、このプロスタグランジンH2が『トロンボキサンA2合成酵素』によって、トロンボキサンA2になるという、結構長い経路を通っている。
そして、何ならプロスタグランジンH2は本当に色々なものになってくれやがるのでね。
「で、シクロオキシゲナーゼの中の『シクロオキシゲナーゼ-2』が怪我をした場所とか感染した場所に集まる酵素だと」
で、シクロオキシゲナーゼ-2によって作られたものが炎症を発生させるという流れ。だから、このシクロオキシゲナーゼを阻害すれば炎症が抑えられる──大雑把にそんな作用機序で出来ているのがNSAIDsなんて呼ばれている薬剤達だね。
ちなみにシクロオキシゲナーゼ-1は大体何処にでもあって、胃の粘膜保護機能とかもしていて、NSAIDsはこっちもまとめて阻害するから、NSAIDs……もといロキソニンやらアスピリンは胃が荒れるんだよね。
「シクロオキシゲナーゼ-2は怪我したり感染した部位に集まる。だからそこでトロンボキサンA2で増える。増えたことで、血小板表面の
まあ、一次なんて名前がついていることからわかる通りに、二次も当然存在する。言わずもがなって感じでね。
ただ、その話をする前に一次止血の話を完全に終わらせないといけない。
「ちなみに、トロンボキサンA2受容体は血管平滑筋にも存在したりする。こっちのトロンボキサンA2は、Gq共役型である血小板表面の受容体と違ってGi共役型GPCRだったりするんだけれど……その結果どうなるかは、前回の復習だね。ユラリア、どうぞ」
こういうのは、ユラリアの独壇場。
下手したらこっちで説明するよりもわかりやすく話してくれる可能性は全然あるからね。
「Gi共役型GPCRの活性化によって、アデニル酸シクラーゼの抑制が行われます。これによって、cAMPの産生が抑えられ、結果的にミオシン軽鎖ホスファターゼという、『アクチンとミオシンの結合を阻害する構造』を抑制することになるので、アクチンとミオシンの結合は促進されます。従って、平滑筋は収縮されます」
完璧。なので、トロンボキサンA2は血小板活性と平滑筋収縮を行うというものになってくれているということがわかる。
「さて。一次止血を活性化させる経路は何もトロンボキサンA2だけに限らない。他に存在する具体例として、ADPがある。ATPを使った後の姿、ということで親しみがないわけじゃないね」
まあこの講義だとATPは割とcAMPに変換されて、そのcAMPはホスホジエステラーゼによってAMPになるから、あんまり印象が濃くないかもしれないけれど。
多くの場合、ATPはエネルギーを使うとADPになるものなんだよね。
「ADPは血小板表面に存在するADP受容体──正確には『P2Y受容体』なんて呼ばれているGi共役型GPCRを活性化することで、
まあつまり、血小板が傷口に集まってくるとADPやトロンボキサンA2が血小板を更に活性化させようとしている、ということがわかる。
「他にもトロンビンっていうものがあってね。Gq共役型GPCRであるトロンビン受容体に結合して、おおよそトロンボキサンA2と同様の経路で血小板機能活性が発生したりしている。そして、トロンビンというのは他にもお仕事をしてくれているんだけれど……それは、もうちょっと後に回すことにして」
とりあえず一次止血の発生機序については、これで終わり。じゃあ発生をしたんだし、ちゃんと終わらせないと困るよねってお話で。
「そもそも、血管が傷付いたというのは血管内皮細胞が損傷したということを意味していた。だから逆に言えば、血管内皮細胞さえ復活して貰えば、とりあえず止血はもう終わっても良いということを意味してくれる」
だから、とまでは言い切らないけれど、止血の抑制のための色々は内皮細胞が作る物質によるものが多い。かなりね。
「だから、内皮細胞が作るプロスタサイクリンという物質。PGI2とも呼ばれるものは、止血の抑制方向に働くというのは、そんなにおかしな話じゃない。それに、内皮細胞から出ている物質が血小板機能抑制をしてくれるというのは、言い換えれば
じゃあ、気になるのは当然プロスタサイクリンってどういう経路で合成されて来たものなのか、って話。
「そして、このプロスタサイクリンというのはさっきトロンボキサンA2で出てきた『シクロオキシゲナーゼ』などを通して作られている」
もうちょっと真面目に話したとしても、プロスタサイクリンとトロンボキサンA2はかなり類似の経路で作られている。
具体的にはプロスタグランジンH2までは一緒。そこで『トロンボキサンA2合成酵素』の代わりに、『プロスタサイクリン合成酵素』が使われると出来るのがプロスタサイクリン。そのままだね。
「で。このプロスタサイクリンというのは血小板表面に存在するGs共役型GPCRである『PGI2受容体』にくっつき──PKAを活性化し、血小板機能を抑制する。で、同時に血管平滑筋細胞のGs共役型GPCRに結合して、ミオシン軽鎖ホスファターゼ活性化を経ることで平滑筋を弛緩させる、なんて効果も存在する」
そろそろ混乱してきただろうから、一回まとめておこう。
要はトロンボキサンA2、ADP、トロンビンは止血を活性化させる方向に。プロスタサイクリンは止血を抑制する方向に状況を動かす因子だと思えばいい。
「でも、これだけ見ると『シクロオキシゲナーゼ』っていう同じ酵素を使って出来ていて、反対の効果を持っていることがよくわからなくなってくる。そこで、さっきからちょくちょく強調している
トロンボキサンA2は、主に血小板で作られるもの。
一方、プロスタサイクリンは主に内皮細胞で作られている。
だから、『
「というわけで、このトロンボキサンA2とプロスタサイクリンのバランスというのは、通常時も大事になってくる。あまりにトロンボキサンA2が強いと、血管内に血小板の塊が出来て、それが血管を詰まらせる要因になってしまうかもしれない」
ちなみに、ここら辺に『血液をサラサラにする』みたいな健康食品として一時期……もしくは、結構長期間有名だったドコサヘキサエン酸。DHAなんて呼ばれているものが関与してくる。まあ、
サバによく入ってるとかそんな感じの。
じゃあこれがどういう経緯で『血液をサラサラにする』のかというと、その仕組み自体はそんなに複雑じゃない。
DHAもEPAもどっちも、結局の所は『脂質』であるということには変わらない。
それで、他の脂質と同じように分解されて、シクロオキシゲナーゼとかを経て出来るものがトロンボキサン
それでこのトロンボキサンA3は、トロンボキサンA2より促進効果が弱い。だから、トロンボキサンA3はトロンボキサンA2の
結果として、血小板の塊が発生しにくくなる……血栓が出来にくくなる。だから、『血液がサラサラになる』なんていう流れ。
「とりあえず、ここまでの薬剤をまとめて見ておこう。紹介するのは、とりあえず『血小板機能を抑制するもの』だね。その性質から、抗血小板薬とか呼ばれるけれど……ここまでの話から、どこを阻害すれば良いかは、何となくわかるとは思う」
大きく分けて四種類ってところ。
シクロオキシゲナーゼ阻害、ホスホジエステラーゼ阻害、ADP受容体阻害、糖タンパク阻害。ここまでの機序がわかっていれば、それぞれがきちんと血小板抑制に働くのはわかるはず。
「まずはシクロオキシゲナーゼ阻害。COX阻害薬なんて呼ばれたりもするこれは、トロンボキサンA2の作成を抑えることによって、血小板機能を抑制する。NSAIDsって呼ばれる薬剤のグループや、アスピリンなんていうものがあるね」
このシクロオキシゲナーゼ阻害薬。深掘りすると結構色々お話がわかっていたり、わかっていなかったりするから面白いんだけれどね。
鎮痛剤や抗炎症剤としても使われるこれらのうち、安全性がかなり高めの薬剤であるアセトアミノフェン。あれの詳しい作用機序、実はよくわかっていないとか。
「結果的に同様の結果になるものは、トロンボキサン受容体のアンタゴニストもあるね。
まあ、これ使うんだったら薬剤としての値段が安いアスピリンでいいんじゃない? みたいな話がまだ話題として成立してしまうくらいのものではあるけれど。
「次にホスホジエステラーゼ阻害薬。cAMPが増えて、PKA活性が上がり、血小板機能抑制。具体例としては『ジピリダモール』という薬剤だね。そしてこれは、血管平滑筋の弛緩もしてくれる」
ただ、最初にシクロオキシゲナーゼ阻害薬を紹介したのは、このホスホジエステラーゼ阻害薬はそんなに抗血小板作用が強くないから。大体使う時は、他のものと併用している。
「ADP受容体阻害薬──P2Y受容体阻害薬。これは血小板が放出して、血小板に届けるADPのくっつき先を阻害することで、血小板機能抑制をする薬剤だね。チクロピジン、クロピドグレル、プラスグレルあたりは有名だけれど、他にもないわけじゃない」
「最後。糖タンパクを阻害することで、一次止血の始まりを抑制するっていう手法がある。
とりあえず、ここら辺で一次止血のお話は一区切り。
で、これだけだと血小板が集まってきただけ。
傷口を防げるかもしれないけれど、客に言えば物理的に塞いだだけ。結果として欲しいのは、血管に存在した内皮細胞が正常な状態に戻ってくれることだからね。
ここからは『二次止血』のお話。
「さて。この一次止血とこれから話す二次止血は別に順番に発生するわけじゃない。同時に、並列的に発生する事象ではあるというのは留意しておいていいかもね」
よく順番に発生するという勘違いは発生しているから。
「ここで関与してくるのが『凝固因子』というもの。Ⅰ因子からⅩⅢ因子──Ⅵが欠番だから、計十二種類の
でまあ、その話をひとつずつしてもいいんだけれど。どうみても全てがわからなくなる未来は見えているから、大人しく薬理学でよく使う部分だけを解説することになる。
あ、多くの凝固因子は肝臓で生成されるという都合上、肝臓に病気があったりすると止血が抑制されたりっていう豆知識もある。
「この二次止血は大きく分けて二つの経路で構成される。内因性経路と呼ばれるものと、外因性経路と呼ばれるものだね。内因性経路は、血液中でふよふよしているものだけで完結するのに対して、外因性経路はそうじゃない。その程度の認識でとりあえずは良いかな」
じゃあ、最初は内因性経路から。軽くね。
「内因性経路はⅩⅡ因子、ⅩⅠ因子、Ⅸ因子、Ⅷ因子、Ⅹ因子が関与している経路。まあ実際はⅣ因子とかも関連してはいるけれどね」
で、こんな無機質な番号だと何もわからないっていう人のために、一応名前も紹介しておく。聞けば、番号でいいやってなるかもしれないけれど。
「ⅩⅡ因子は
流石にこの名前を全部覚えるのは難しいと思うから、個人的には番号で覚えるほうを推奨するけれど。
12,11,9,8,10みたいに。ちなみに数字の大きさ順じゃない、この気色悪い並びは実際の活性化順。
「教授! Ⅳ因子の名前はなんですか?」
「あ、忘れてた。Ⅳ因子はここまで散々出てきた『カルシウムイオン』の別名だね。これは番号より名前で認識しておいても損はないと思う」
というか、別に全部名前で覚えておくことに損自体はないんだけれど。
ちょっと記憶の容量が圧迫されるくらいなもので。
「次に外因性経路。こっちはⅢ因子、Ⅶ因子、Ⅹ因子が関係している。どっちも結局Ⅹ因子──Stewart-Prower因子に収束していることがわかるね。実際、それぞれの経路の最後にStewart-Prower因子は存在するから、結構重要。あ、こっちにもⅣ因子ことカルシウムイオンは関わるよ」
さて、じゃあ問題はここまで出てきていない数字達は何処で働いてくれるのかって問題……あ、正式名称も欲しそうな目線を向けてくる人がちらほら。
「Ⅲ因子は『組織トロンボプラスチン』、あるいは『組織因子』。これは認識しておくとちょっと幸せになれるもの。で、Ⅶ因子は安定因子。で、Ⅹ因子はちょくちょく言っている通りStewart-Prower因子だね」
名前だけ覚えても意味はないんだけれどね。
認識しやすくなる、くらいのメリットはあるけれど。それも番号で良いと言えば良いし。
「で、どちらの経路も『Ⅹ因子の活性化』で合流して、そこからを共通経路と呼んだりする。ここに関与する因子が、残りだね。即ちⅤ因子、Ⅱ因子、Ⅰ因子……そしてⅩⅢ因子になる」
ここだけもうちょっと詳しく話しても良いかな、という気分ではある。気分というか、薬剤の話で出てくるからというか。
「Ⅴ因子が不安定因子。Ⅱ因子はプロトロンビン。Ⅰ因子がフィブリノゲンで、ⅩⅢ因子がフィブリン安定化因子。で、このⅡ因子付近はもうちょっと深掘りするよ」
理由は大事だからね、の一言に尽きるけれど。
「Ⅹ因子が活性化されると、Ⅱ因子は活性化される。この『活性化されたⅡ因子』の名前が、さっき一次止血で出てきたトロンビンになる。こっちがさっき話していたトロンビンの『別の働き』だね」
むしろこっちがメインな気もしている。一次止血はトロンボキサンとかプロスタサイクリンがメインだからね。
「で、このトロンビンはⅩⅢ因子、Ⅴ因子、Ⅷ因子も活性化させるっていう機能があったりもしている。まあ、雑にまとめると『トロンビンは二次止血を促進する』程度の認識で取りあえずは問題ないけれど。だから、ダビガトランっていうトロンビンの阻害薬は抗凝固薬になるわけで」
じゃあ二次止血機序の最後ってことで。
「活性化されたⅡ因子ことトロンビンによって、Ⅰ因子ことフィブリノゲンがフィブリンになる。で、これがⅩⅢ因子によって固められる。で、内皮細胞が回復すればその『固められたもの』がプラスミンってものによって、溶かされて傷口を塞ぐ。これが二次止血の最終行程って感じ」
ここら辺、割と将棋倒しみたいで眺めているのは面白いんだよね。しかもこの反応、そこそこ速めに起こるっていうのが面白いところ。
「というわけで、次はこの二次止血の制御について。これまた内皮細胞の『ヘパリン様物質』によって、トロンビンを不活性化させる『アンチトロンビン』が活性化されるという機序がある」
やっぱり、内皮細胞が復活するともう要らないっていう考え方兼、健康なタイミングでこういう反応が起きて欲しくないっていう設計が光るね。
「ヘパリン様物質……ヘパリンみたいなモノって感じだけれど、そうとしか言えないから何とも。それよりも重要なのは、あくまで『アンチトロンビン』がトロンビンを不活性化させるってこと。だから、単にヘパリンを投与してもあんまり二次止血の促進はされなかったりする」
何ならアンチトロンビン、トロンビンだけじゃなくてⅨからⅩⅡ因子くらいもまとめて阻害するから働き過ぎっていう感じ。
「ただ、ヘパリンの過剰な投与で発生する諸々に対応するためにヘパリン
混乱してきたかもしれないけれど、雑に『ヘパリンは止血自体を抑制するために必要なもののひとつ』『アンチトロンビンは止血を抑制するための重要なもの』くらいの認識が大事な部分。
「で、トロンビンは活性化されると『プロテインC』というものを活性化する。この活性化されたプロテインCは、『プロテインS』と呼ばれるものと一緒にⅤ因子やⅧ因子の働きを阻害してくれる。まあ、止血が過剰にならないようにするための制御機構だね」
そして止血の制御機構は、関わってるものが多いからか結構色々存在する。具体的にはあと二つくらい。
「で、次は
まあⅢ因子だけじゃなくて、Ⅸ因子やⅩ因子も阻害するから共通経路にも影響は出るんだけれど。
「じゃあ二次止血調整機構の最後。『ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子』、通称t-PAについて。さっき、プラスミンは溶かすみたいな話をしたと思うけれど。あれは、逆に言えば早い内に活性化すると止血阻害にも働くってことを意味してくれる」
で、じゃあ名前が似ているプラスミノーゲンとプラスミンの関係性はってなるわけで。
「そしてプラスミノーゲンが活性化されるとプラスミンになる、という都合上『ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子』は、止血を抑制する方向に傾けるって認識が出来る。案の上、こちらの因子も内皮細胞が出しているね」
じゃあ折角だから、もう一歩だけ。
「この『ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子』を阻害してくれる、『プラスミノーゲン活性化因子抑制物質』という名前もあるPAIは、トロンビンが多い場所──即ち、現在進行形で
でまあ、これを利用したというか……似たような方法を用いて止血阻害というか、血液凝固阻害を行うモノはちゃんと存在する。
「ストレプトキナーゼっていう『ある細菌により作られる毒素』は、プラスミノーゲンを活性化させる機能があったりする。だから、この感染症に罹患すると、血液が止まりにくくなったりもするね。『出血傾向』なんて言われたりもするけれど」
ちなみにある細菌っていうのはA群β溶血性レンサ球菌。通称である『溶連菌』のほうが名称の知名度としては高いかな。
「逆に、トラネキサム酸っていうプラスミノーゲンのプラスミンへの活性化を抑える薬剤もあるね。出血抑制に用いられる」
使われる時は手術中の出血抑制剤として使われるらしい。私もそこら辺はよく知らないけれど。
「で、t-PA……『ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子』そのものが含まれているアルテプラーゼやモンテプラーゼを薬剤として用いることもある。こっちは止血抑制……血栓防止薬としての使われ方が多いかな」
他にもAPSACとかあるけれど、それはいいかな。とりあえず。
「あとは直接Ⅹ因子──Stewart-Prower因子を阻害する薬剤として、フォンダバリヌクスという名前の薬剤が存在していたりもする。他にもリバーロキサバンとか色々ある。やっぱり共通経路の始まりだからね。色々考えられてるって、見方をしてもいいのかもしれない」
さて、これで大方紹介した機構とその調整機構、そして薬剤の話は終えたわけだけれど。
まだ、一番有名な『抗血栓薬』が出てきていないという事実が存在する。
「じゃあ、本日最後の話題は『ワルファリン』について。ここまでの講義でもちょくちょく出てきたものだけれど、これは今回話した他の薬剤とは違う経路で止血抑制、血栓作成防止の効果を果たしている」
個人的にワルファリンは結構好きな薬剤ではある。
なんか薬理学の基礎的な部分で大事な話が色々詰まってるから。
CYPで分解されるし、併用問題が色々あるし、作用機序は面白いし、禁忌とかもあるからね。
「ビタミンKというモノがあって、これは……簡単に言えば『活性化』されることで、色々な働きをしてくれる。で、その活性化を担う酵素がVKORC1というもの。『ビタミンKエポキシド
で、じゃあこの活性化されたビタミンKが今回の話とどんな関係があるのかというと。
「活性化されたビタミンKは、Ⅱ、Ⅶ、Ⅸ、Ⅹの四つの凝固因子とプロテインC、プロテインSの活性化をしている。まあただ、メインは凝固因子の活性化だね」
だから、VKORC1が阻害されることで、ビタミンKの活性化が阻害される。ビタミンKの活性化が阻害されることで、四つの凝固因子の活性化が阻害される。だから、血液凝固が抑えられ、『血液がサラサラになる』という作用をもたらす。
あ、でもワルファリンも万能じゃない。
例えば胎盤を通過する作用があるから、妊婦さんに投与すると胎盤経由で胎児に作用して、『色々と良くないこと』が発生したりする。出血しやすくするだけなら百歩ぐらい譲って良いかもしれないけれど、実際は骨形成異常みたいな先天性異常を誘発するので。妊娠女性へのワルファリン投与は、そういう理由で禁忌扱い。
それに、これ以外にもダメなのはある。
「ワルファリンについて、注意点は何個かある。肝臓のCYPで分解されるものだから飲み合わせには気を付けようねって話とか。母体に飲ませると胎児にまで嫌な影響が出るから、妊娠している人には飲ませちゃいけないとか。で、もうひとつ紹介するのが『
先天的
「さっきも言った通り、ワルファリンはビタミンKを活性化させないことで、プロテインCの活性化も阻害している。元々生まれつきこれの活性が弱い人は、ワルファリンを飲むことでプロテインCがほとんど働かなくなってしまう。つまり、止血調整機構が上手く働けなくなってしまう。その結果──プロテインC自体には速やかに効果があり、凝固因子への影響はそれに比べて
で、その血栓によって血管が逆に傷付き、内出血。それを外から見ると全身に紫色の斑点が出来ているように見える、なんて流れ。
だから、これを『電撃性紫斑症』って呼んだりもするね。
さて、止血関連はこんなところかな。
ヘパリンの毒性……血小板減少の話とかは出来てないけれど、あれの為には免疫の話もちょっとしなきゃいけないので、ここからやるのはキャパシティオーバーになっちゃうし。『トロンビンの嵐』とかそんな感じの結果になるんだけれどね。
「以上。本日の課題は『細菌が血液の中に入ってしまうと、組織因子が作られる。その結果、多臓器不全が発生することがあるが、その理由とは何か』」
まあ、短く言うなら『敗血症が多臓器不全を引き起こす理由』だよね。
「──じゃあ、定刻だから。また来週」