『TS薬を開発したいだけの異世界薬理教師』   作:  

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第十交流『全力投球』

 ◇◆◆◇

 

 

「──始めましょうか。一度有効打を与えたほうの勝利で」

 

 ユラリアはリーシャにそう声をかけてから、魔法陣の展開を開始する。

 同時に十六の魔法陣が空間に投影され、それそれが複雑精緻に描かれた紋様を構成していく。

 

 妹に負けっぱなしなのが悔しいから、模擬戦をしたい。

 そんなリーシャの申し出を折角だから、と了承して秘匿された模擬戦会場まで用意したのはユラリアであった。

 

 

 つまり。ユラリアは、全力(・・)を出すつもりだった。

 

「いいよっ! 何処からでもかかってきて!」

 

 魔法陣の並列展開。

 それは、才覚を持つ者でないと実行不可能な技とされていた。魔法使いを名乗るには、三つの魔法陣を同時展開をするだけで良い。

 そう揶揄される程度には、そこにある『才能』の格差は存在し──十六という数は、王国の中でも最高峰の数を示していた。

 

 だが、ユラリアは幼少期からそうあったわけではない。

 初めて魔法を使用した際。同時に投影出来た魔法陣の個数は二つどころか、一つであった。そこから自分なりに改良と工夫を積み重ね、十六の魔法陣同時展開という偉業を為し遂げるに至っている。

 

 リーシャには、ユラリアのような同時展開は不可能である。精々が二つであり、その二つでさえ複雑なものは組み合わせられない。

 だからこそ、目の前で起きようとしていることが紛れもない偉業(・・)であり、努力の成果であることを認識出来ていた。

 

 ユラリアに対し、魔法分野において明確に勝っている部分は基本的に存在しない。

 魔法陣同時展開数も、最大魔素量も、使用可能魔法の種類も、魔法陣展開速度すらも。その全ての分野で圧倒的に離されている。

 それを自覚していて──だからこそ、リーシャはユラリアに模擬戦を挑んだ。

 

 

 十六の魔法陣が、リーシャに照準を定める。

 リーシャにも幾つか知っている魔法陣が存在した。

 それらは第一級火炎魔法、第一級雷電魔法、第一級風空魔法、第一級理論魔法──全て第一級の魔法。ならば、知らない九つの魔法陣もそうであると、リーシャは仮定する。

 

「“本来ならば第一級理論魔法『不可侵域』の十六列同時起動で、防御を固めるのが定石ではあります。しかし、リーシャの場合はその防御をまとめて貫通される可能性が高いので、最初から攻撃に回してみました”」

 

 その宣言通り、十二(・・)の魔法がリーシャに向けて発射される。

 各属性の第一級魔法。それが何の遠慮も配慮も存在せず、リーシャの命を削り取ろうと進む──ものの。

 

 リーシャの周囲で、その全てが消失する。

 魔法という物理法則を超越した概念なぞ、元々この世に存在していなかったの如く。

 

「“それでもリーシャには、『権能返却』がありますから。いつ根本からひっくり返されるかわかりません。なら、警戒するのが道理です”」

 

 リーシャは、ユラリアが想定していたよりも真面目に勝負をしようとしていることを理解し、嬉しくなり──同時に、冷静にもなる。

 学院の劣等生である自分と、学院どころか王国全土で見ても最上位の実力を持つユラリア。普通に考えれば、ユラリアが本気を出す理由は何処にもない。

 それは幾ら、『権能返却』という魔法を全否定する手札が存在するとしても。

 

 それでも、ユラリアはリーシャを本気で警戒している。

 十二の魔法陣で攻撃しながら、二つの魔法陣で『不可侵域』の並列発動をし、残りの二つでリーシャの魔法発動を検知しようとしている。

 

 その万全の態勢こそ、リーシャが警戒されている証拠であった。

 リーシャは『汎路調整盤』──自らの使える汎用魔法の、魔法陣を展開する。

 第一級魔法程の出力は出ないものの、一つの魔法陣で全属性の発動及び、魔法陣駆動中の出力調整が出来る、リーシャにとって一番お気に入り(・・・・・)の魔法陣。

 

「“『汎路調整盤』、ですね”」

 

 ユラリアは僅かに目を細める。

 その魔法陣はリーシャが独自に開発した魔法の一つであり、単一の魔法陣で全属性の制御を可能とする代物だ。教会が警戒するほどの魔法であるにも関わらず、リーシャ本人はそれを「お気に入り」と呼ぶ程度の認識しか持っていなかった。

 

「“一つの魔法陣で全属性を操れる汎用性も驚異だけれど、それよりも発動中の威力調整が可能という点こそが真の脅威です。出力調整は、本来ならば魔法陣展開をやり直さなくてはいけませんから”」

 

 ユラリアは己の警戒心が杞憂ではないことを再確認する。

 リーシャの魔法使いとしての才能は、普通の物差しでは測れない。魔素量こそ並だが、発想力と観察眼は王国随一と言っても過言ではない。

 

「やっぱり、『権能返却』だけじゃ勝てないからね!」

 

 リーシャはそう言いながら、『汎路調整盤』から繰り出される魔法の属性を次々と切り替えていく。炎から風へ、風から水へ、そして雷へ。

 

 ユラリアが展開する第一級理論魔法『不可侵域』は、全ての魔法属性に均等に対応できる汎用防御魔法ではあるが、常に同じ強度で全属性に対応するわけではない。瞬間的に最も強度の高い攻撃属性に合わせて防御強度を高めるというのが、その特性だった。そして、それが教会の扱う『神聖大結界』と異なる点でもある。

 

 それをリーシャは見抜いている。

 だからこそ、一つの魔法陣から繰り出す魔法の属性を目まぐるしく変化させ、『不可侵域』の対応力を分散させようとしているのだ。

 

「“なるほど。同時多発的な攻撃ではなく、単一魔法陣からの連続的属性変化による防御分散戦術ですか”」

 

 ユラリアの声には僅かな感嘆が混じっている。

 王国最高峰の魔法使いが、こうして対等に戦術を称えるという事実が、リーシャにとって小さな勝利を感じさせた。

 

「でも、それだけじゃないからね!」

 

 リーシャの唇が微かに持ち上がる。

『汎路調整盤』から放たれる風属性の魔法が、突如として威力を増していく。通常、魔法は魔法陣投影時に威力や軌道が決定される。

 しかし『調整』系統の魔法は、発動途中での調整が可能だ。

 

 風の刃がユラリアの『不可侵域』に食い込み始める。

『不可侵域』の属性対応が間に合っていない証である。

 それを認識しながらも、ユラリアは『不可侵域』に割く魔法陣を増やす訳には行かなかった。

 リーシャを少しでも自由にすれば、『権能返却』により展開中の魔法陣が消去されてしまう。そうすれば、幾らユラリアの魔法陣展開が高速であるとはいえ、一秒程度無防備な時間が出来てしまう。

 

 ユラリアは軽く息を吐き、一つの魔法陣を投影し直す。

 

「第一級理論魔法『魔法不全化』、ね!」

 

『魔法不全化』は高位魔法であり、魔素消費量も多い。

 だがその効果は、相手の魔法特性を瞬時に解析し、その波長に干渉する魔法である。完全な原理解明は為されていないものの、ユラリアが見つけた論文の機序に従うのならば、『汎路調整盤』にも効果を及ぼす筈である。

 

 事実。それを証明するかの如く、リーシャの『汎路調整盤』は、その効果が掻き乱される。

 

「さすがだね、ユラリア」

 

 リーシャは『汎路調整盤』を諦め、魔法陣を解除する。

 そう予想していたユラリアの想定は裏切られる。

 

「『権能不全直線』、起動!」

 

 空間に亀裂が入り、鈍い音が世界に響く。圧倒的な何かが世界に敷かれた法を蹂躙するような。

 それに巻き込まれ、ユラリアが展開していた十六の魔法陣のうち、五つがその領域に掛かっていたため、突如として機能を停止する。

 

「“いつの間に、その中(・・・)に『権能不全化』を入れたんですか?”」

 

「汎用なんだから、入れられないわけないよね!」

 

『汎路調整盤』の制御可能魔法の中に、『権能不全直線』を入れているというのは、ユラリアにとっての想定外であった。

 それが意味することは、何処からでも『権能不全直線』へのノータイムでの切り替えが可能だということ。

 

「“それに私の魔法陣展開を意図的に直線上に並べることで、『権能不全直線』の効果を高め……戦力差を縮める目的ですか”」

 

 リーシャの狙いは明らかだった。ユラリアの並列魔法陣の一部を無効化し、絶対的な戦力差を相対的なものへと変えること。

 その手腕に、ユラリアは感心する。

 

「でも、ユラリアの手札は、まだまだ尽きないよね」

 

「"ええ、そうですね"」

 

 ユラリアは残りの十一の魔法陣を再配置すると、同時に新たな五つの魔法陣を展開し始めた。

 

「"リーシャの『権能返却』は確かに脅威ですが、範囲が限定されている以上、私には対応の余地があります"」

 

 それに対し、リーシャは二つ目の魔法陣を起動させた。

 その魔法陣に、ユラリアは見覚えがなかった。数百、数千の魔法陣を見てきたユラリアにとって既存の魔法陣のどれとも異なる魔法陣。

 即ち、それが『リーシャによって開発された魔法』だということを示していた。

 

 魔法の効果を見極めようと、ユラリアは注視する。

 発動させていた検知魔法の一つは消去された五つの中に入っていたが、それでももう一つはまだ残存していた。

 

「“空間の歪み……いいえ、違いますね。第一級理論魔法『状態固定』の方が……”」

 

 ユラリアは冷静に分析を重ねる。

 正体不明の手札というのは、最も恐れるべき存在である。未知というのは、それだけで恐怖と敗北を生み出すのに十分な存在なのだから。

 

「“っ、座標定義(・・・・)ですか!”」

 

「正解! だから──」

 

 リーシャは自らの魔法陣に魔素を注ぎ込む。

 ユラリアの周囲にまだ魔法となっていない目印が設置されていることに、検知魔法が反応する。

 

「“流石ですね。組み合わせれば、他国の王宮ぐらいなら攻め落とせるかもしれません”」

 

 ユラリアは称賛しながらも、落ち着いた様子で対応策を講じる。

 ユラリアが放った称賛は、お世辞ではない。王国が混乱している世の中において覇権を握り続けているのは、魔術師や魔法使いの質と数故である。

 優れた魔法の使用者は、戦争においてそれだけで一騎当千を実現する英雄となる。

 ユラリアは第一王女であるが故に戦場に出ることはあり得ないが、それでも自身の全力が周囲の六カ国の王宮のひとつと相討ちに持ち込める可能性がある程度のものである──王国においてでも、三本の指に入る程度のものであることを、きっちり自覚していた。

 

 ユラリアは残る魔法陣を通じて、空間に大きな魔法陣を描き始める。魔法陣を利用した魔法陣描写。それは、高位の魔法使い──潤沢な魔素がある人のみに許される、描写時間の節約法。

 それは複雑な構造を持ち、恐らく既存の第一級を遥かに超える魔法であることがリーシャからも窺えた。

 

「あれは……」

 

 リーシャの瞳が驚きに見開かれる。

 かつてユラリアから話を聞いたことのある魔法陣──『空間転移』の魔法陣がそこにあった。

 

「"リーシャに感化されて開発したばかりの魔法です。まだ完全ではありませんが……"」

 

 ユラリアの『空間転移』魔法陣が発動すると、彼女の姿が一瞬で消失し、リーシャの背後に現れた。

『権能返却』の効果圏外である。

 

「“このように、魔法という概念すら消去するリーシャの能力に対しては、単純に物理的に距離を取るのが最も効果的な対策かもしれません”」

 

 リーシャは振り返り、困ったように笑う。

 

「さすがユラリア。私が『権能返却』を使おうとすれば、『空間転移』で逃げる。魔法の消去領域を移動させようとしても、それより速く転移できる」

 

 この攻防が成立しているのは、ユラリアが使用する技術を魔法のみに絞っているからこそ成立している、とリーシャは確信していた。

 本来のユラリアは、魔法だけではない。

 剣、弓、槍、盾──それら全てにおいて一流である、万能の人である。今、張り合えているのはユラリア自身が本気を出していても、全力(・・)ではないからだとリーシャは気付いていた。

 

 二人は再び向かい合い、しばし沈黙が流れる。

 膠着状態──それが今の二人の状況を最も的確に表現する言葉だった。

 

「でも、私にだって、手札はまだまだあるからね!」

 

 リーシャは再び新たな魔法陣を展開する。

 それは『権能返却』でも『条件座標』でもない、全く別の魔法陣だった。

 

「“また新しい魔法ですか?”」

 

 ユラリアの知らない魔法陣であったが、何処かリーシャらしくない魔法陣構成だと認識していた。

 極限まで簡素に、極限まで高速で展開されるように調整された──リーシャの作成する魔法陣とは真逆の、一点特化型魔法。

 

「第五級風空魔法『視覚誘導』。妹がよく使うからね。これ、かなり便利なんだよ!」

 

『視覚誘導』の魔法陣が発動すると、空間に複数の幻影が浮かび上がる。

 それらは全て、リーシャの姿をしていた。

 

「“分身……いいえ、違いますね”」

 

 ユラリアは自身の知る分身魔法──第二級風空魔法『残体形説』と比較しようとし、それが異なる機序によって発動されているものだと気付く。

 

「そうだね。これは単なる幻ではなく、実体を持った『視覚情報の再配置』でしかないからね」

 

 その言葉通り、幻影と思われたリーシャの分身たちは、それぞれが独立して動き、しかも魔法を使うことができた。

 

「“なるほど。分散による光投影……いいえ、それだけではありませんね”」

 

 ユラリアの洞察力は鋭い。

 彼女はすぐに、この魔法の真の恐ろしさを見抜いていた。

 

「“この魔法の本質は、視覚情報そのものの操作。つまり、私が見ている『リーシャ』が本当のリーシャである保証はどこにもない。そういうことですか”」

 

「さすがだね、ユラリア。妹が聞いたら羨むよ、その分析眼」

 

 複数のリーシャが同時に口を開き、全く同じ声で応える。

 その全員が、同一の存在のように振る舞っている。

 

 そのように、ユラリアには見える。

 

 ユラリアは冷静に状況を分析する。

 複数の「リーシャ」が存在し、しかもそれぞれが『権能返却』を使える可能性がある。だが、本当の『権能返却』を使えるのは本物のリーシャだけのはずだ。

 

「“なら、試してみましょうか──第一級理論魔法『導星拡散』”」

 

 ユラリアは残りの魔法陣から、空間全体に拡散する攻撃魔法を放つ。

 それぞれの「リーシャ」に対して、精密に制御された攻撃が向かう

 

「“もし全員が『権能返却』を使えるなら、私の魔法は全て無効化されるはずです。もしそうでないなら……”」

 

 攻撃魔法はいくつかの「リーシャ」に命中する。

 だが、ひとつの「リーシャ」の周囲では、魔法が消失していた。

 

「“やはり。本物のリーシャだけが『権能返却』を使えるのですね”」

 

「そうとも限らないよ?」

 

 攻撃を受けたはずの「リーシャ」が、何事もなかったかのように笑みを浮かべる。

 それは実体ではなく、純粋な視覚情報だったのだ。攻撃は実際には何も命中していない。

 

「"これは……厄介ですね"」

 

 ユラリアは状況を冷静に見極めようとする。

 目の前で起きていることがリーシャの魔法によるものだとしても、何が真実で何が虚構なのか、判断が難しくなっていた。

 

「ユラリアに対抗するには、私じゃあ驚かせるような革命(・・)が必要だからね!」

 

「“確かにそうですね。しかし──”」

 

 ユラリアは残りの魔法陣を使って、一斉に大気中の魔素を振動させ始めた。

 空間全体が共鳴し、『視覚誘導』の効果が一瞬揺らぐ。

 

「“私の手札も、まだありますよ”」

 

 ユラリアの背後には、歴史が存在する。

 王国が覇権国家として存在し続けていた理由が。

 圧倒的な武力を持ち各国を打ち倒し、教会と長年の小競り合いを続けられているという歴史に裏打ちされた、人類文明が掲げる魔法が。

 

 だが、リーシャはその()を見逃さない。

 ユラリアの悪い癖は、戦闘に慣れていないことであった。王族にとって本気での戦闘の機会なんて、存在しない。

 それは王国最高峰の実力を持つユラリアであれば、なおさら。

 いつ、如何なる時も余裕を保持し続ける。優雅たれという貴族の余裕は、リーシャにとっては『全力で生きない言い訳』でしかなかった。

 

 加えて。ユラリアは戦士ではなく、どちらかといえば研究者である。故に、目の前に未知が現れれば分析(・・)をしてしまう。例えそれが、模擬戦の最中であっても。

 

 もしかしたら、それは圧倒的な力の差があるという前提から無意識の内に来る油断なのかもしれない、とリーシャは考えていた。

 だからこそ、リーシャはその隙を突く。

 

 第一級理論魔法『条件座標』と『権能不全』、そして三つ目(・・・)──に『炎路調節(・・)』を。

 

 二つ目までは制御可能なそれらが、的確にユラリアの周囲の魔法陣を消去し、ユラリアを守る防御はなくなる。

 そして三つ目、リーシャには同時展開不可能な──即ち。制御不能な魔法陣展開。

 

 暴発し、制御不能となる火炎魔法はリーシャの手元で発生しない。制御出来ていた『条件座標』の効果により、ユラリアの手元で暴発(・・)が発生する。

 

 意図的な暴発。

 自身の可能と不可能の境界がきっちりとわかっているからこその、暴挙であった。

 それが、有効打になるという『制御不能』についての理解が──誰よりも試してきたが故に──深い、リーシャならではの技。

 

 

 それが、発動して。

 

 

 次の瞬間、リーシャの首筋に剣が添えられる。

 

 

「惜しかったですね。それでも、私の勝利です」

 

「ええっ! どうしてっ!?」

 

 突然現れたユラリアにリーシャは驚き、声をあげる。

 十六の魔法陣は全て消去した。再展開が間に合う前に、暴発が発動する筈であった。

『空間転移』も、他の魔法も発動する時間はなかったはずだとリーシャは敗北の原因を考える。

 

「魔法陣学研究で、魔法陣展開時に言葉を用いて魔法陣描写速度を向上させるというものがありました。ですから、模擬戦中ずっとその話法を用いていました。もしかしたら、少し私の話し方に違和感があったかもしれませんね」

 

 言われてみれば、違和感(・・・)には気付くことは出来た。

 だが、それが魔法陣の発動準備だという発想はリーシャには出来なかった。何故ならば、どうして『言葉を用いれば魔法陣描写速度が向上するか』の理論が組み立てられないものであったから。

 

「その後は単純です。『空間転移』の魔法陣を高速化により瞬時に発動させ、後は習った剣術で頸を狙っただけですから」

 

 ユラリアは、最初から全力であった。

 リーシャという強敵相手に、本気であり全力であった。

 全力を出してなお、対等な存在だと認識していた。

 故に。魔法、剣術、そして話術と持ち得る能力を全て使っていた。

 

「私は最初から、リーシャを侮ってなんかいません。ですから、リーシャはもう少し自分に自信を持っていいんですよ」

 

 ユラリアは模擬戦によって荒れた地面を魔法で均し、清掃しながら言う。

 

 ほとんど限界まで魔素量を消費したリーシャと、まだ余裕がありそうなユラリア。状況だけ見ればユラリアの圧勝に見えるものの、ユラリアはこれを辛勝だと認識していた。

 

 リーシャがあともうひとつ、奥の手を隠していたらその瞬間に敗北が確定していたという事実は、大きかった。

 今回自らが勝利出来たのは、ただの幸運に過ぎないとさえユラリアは考えていた。

 

「うん、ありがと……でも悔しい! 次は勝ってみせるからね! あの『空間転移』と並列魔法陣展開をどうにか出来れば、私にも勝機はあったんだから!」

 

 次回も勝利を続けるのは難しいだろうという予想を、ユラリアは立てていた。必ず負けるとは言わない。リーシャの手札は独創的であるものの、一度見れば何かしらの対応策が出てくるという自信がユラリアにはあった。

 しかし、それ以上に自分の未知が相手にとって既知となるペースが早すぎる、とも思っていた。

 

「うぐぐぐ、どうすれば……」

 

「妹さんはそんなに強いんですか?」

 

「つよ……くはないよ。なんか、すごい搦め手が好きで。罠、罠、罠罠罠罠! って感じ。ホントにイヤになる! ユラリアだったら絶対に勝てると思う。多分、最初の十六魔法陣だけで」

 

 そう言いながらも、リーシャの表情は嫌いなものを思う表情ではなかった。恐らく、姉妹喧嘩というのもリーシャが全力を出したというわけではないのだろう、とユラリアは当たりを付ける。

 

「そういえば、ユラリアの『空間転移』を見て思い付いたんだけどさ。あれ、『条件座標』と『権能返却』あたりと組み合わせて、『汎路調整盤』に乗せて良い感じにすれば──」

 

 ユラリアはリーシャの言葉に耳を傾ける。

 

「『異世界転移魔法』、作れるんじゃない?」

 

 なるほどね、とユラリアは空を見上げる。

 青い空が、何処までも広がっていた。

 

 

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