『TS薬を開発したいだけの異世界薬理教師』   作:  

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最終講義『神経の麻痺』

 ◇◆◆◇

 

 

「じゃあ、今日もやっていこうか。今回のお話はそんなに長くならないから安心して欲しい。もともと、今日はどこかの講義で話が終わらなかった場合を想定していた……予備日みたいなものだからね」

 

 ぶっちぎりで長いのが心臓──つまり、第七講義。

 で、次に長いのは多分第四講義(GPCR)の時。で、その次が第六講義(イオンチャネル)って感じ。

 

 ちなみに一番短いのは、初回だと思う。

 

「気楽に簡単に、っていう話にはならないけれど、まあそれなりに簡単な話ではあるからそこまで気負わずにね」

 

 と、ここまでが前書きみたいなもの。

 第六講義以降は基本的に血管や心臓関係、つまり循環器関係をやっていたわけだけれど、今回はちょっとだけそこから外れる。

 理由としては、ここから循環器関係を追加でやりたいっていうと、結構な回数が必要になるから。

 腎臓ってどうやって尿を作っているのか、みたいな話をそこそこやってからの方が良いんだけれどね。

 

「皮膚の感覚神経の話はちょくちょくやっていた。ある意味あれと似た話として、今回は痛覚(・・)についてちょっとだけ話していくつもり」

 

 もちろん、ここも深く考えればそれなりにお話が出来る。

 ただ、薬理で結局関係してくる範囲っていうのは『電位依存性ナトリウムイオンチャネル阻害』をしてますね、みたいな話がメインだから。

 

「皮膚から伝わってきた痛覚(・・)は、脊髄の後角でシナプスを形成している。これは『グルタミン酸を放出するシナプス』だったと思うんだけれど、グルタミン酸は雑に活性化させるものって認識で良い」

 

 ……ああいや、折角復習になるしちょっとだけ話しておくのもありかな。

 リーシャもウキウキだし。何かあったのかな。

 

「TCA回路で作られる途中物質であるαケトグルタル酸。それが『GABAトランスアミナーゼ』と呼ばれるものによって、グルタミン酸が作られる。まあ、他の経路もあるけれどね。再利用、みたいな感じでグルタミン酸がグルタミンに分解されて、それがグルタミン酸になる──みたいな」

 

 で、今回そこら辺を長々話してもいいんだけれど。

 

「まあ、大体いつもと似たような感じでシナプスからグルタミン酸が放出される。で、受容体はAMPA受容体だのカイニン酸受容体だのNMDA受容体だの、あるいは、GPCRの一種だの色々存在する。ただ、メインはAMPA受容体とNMDA受容体であり、それらはどちらも『細胞内にカリウムイオンやカルシウムイオンを取り入れる』イオンチャネルである、って感じだと認識していて大丈夫。つまり、どういうこと?」

 

「グルタミン酸を放出するシナプスがある神経を刺激すると、お相手が脱分極側に傾くってことですね!」

 

 その通り。ちなみに結果的に逆の働きをするのがGABAって呼ばれる物質だったりする。だから、これは過分極側に傾けさせるし、シナプスを抑制させたりする。ただ、あっちはあんまりナトリウムイオンとかじゃないけれど。どちらかというと、塩化物(クロライド)イオンが関与してくる。

 

「で、脊髄の後角でシナプスが作られる。その後腹側脊髄視床路って呼ばれる経路や脊髄網様体視床路って呼ばれる経路を通って、脳へと上がっていく」

 

 じゃあ次は、どうやって皮膚で痛みを検知しているのかってお話。まあこれもあんまり話すことはないんだけれど。

 

「まず、痛み──侵害刺激といっても、色々な種類がある。『熱い』も『寒い』も痛いし、もちろん物理的に殴られても痛い。今回は、そのうちの幾つかを担っているものたちを紹介していきたいと思ってるかな」

 

 ここは完全にチャネルの紹介にしかならないから、何とも言えないところだけれど。面白いんだけれどね。

 

「例えば、『ATPを感受すると孔を開いて、ナトリウムイオンやカルシウムイオン、カリウムイオンを通すイオンチャネル』がある。P2X2やP2X3なんて種類があったりする。これは、組織がダメージを受けると細胞が壊れる。細胞が壊れると、内容物であるATPが細胞外に放出される──それを検知して痛みを伝えるためにある、と考えられている」

 

 もちろん、ATP受容体はこの分野だけで出てくるわけじゃないんだけれど。確か網膜とか味蕾にもあったはず。

 

「で、次はTRP(トリップ)チャネルと呼ばれるもの達。これは大体温度によって開く開かないが決まってくれる。ちなみにトリップは『一過性受容体電位チャネル』の略かな」

 

 実はこのTRPチャネル、ハエの研究から生まれたってこぼれ話がある。で、ハエ関係の研究で決まったものって割と変な名前であることが多いんだよね。『Hedgehog』とか『Wnt』とか。ちなみにWntは羽がほとんど無いWingless変異体から名前を取ってたはず。

 

「TRPV1は43℃以上で活性化するカルシウムイオンやナトリウムイオンを通すチャネル。ちなみに、カプサイシンでも開くので『カプサイシン受容体』なんて呼ばれたりもしているよ」

 

 だから、熱さと痛みが似たような感覚になるとか。

 ちなみに43℃、大体草津温泉の温度ぐらいだったはず。入った時に事実上カプサイシンを体に塗ってるのか……って気分になったし。

 

「まあ、TRPV2っていう52℃以上で活性化するものがあったり、TRPV4っていう35℃以上で活性化するものもあるんだけれどね」

 

 だから、意外と細かく感じられていると捉えるべきか、意外と大雑把に捉えていると捉えているべきか。

 ちなみにTRPV5やTRPV6は腸や腎臓にあったりする。これがそこら辺からのカルシウムイオンを担っている、と言ってもいいかもね。

 

「逆にTRPM8は大体28℃とかそこら辺以下から活性化する受容体だね。第五級風空魔法『冷感刺激』はこの受容体を活性化しているだけだから、実際に周囲や皮膚の気温が下がっているわけじゃないってことは覚えておくと、何か将来で役立つかもしれない」

 

 地球ではメントールが同じ役割にあたるかな。

 メントールを塗ると皮膚の気温が下がる魔法が展開されている、というわけではなく『涼しいと感じる時と同じ受容体が活性化しているから、脳が涼しいと勘違いしている』みたいな。

 

 ちなみに、TRPA1っていう寒い時に開く受容体があって、ここら辺が『寒くて痛い』の原因なんじゃないかって話が上がってた。ただ、後から違うのでは? みたいな意見もそこそこ以上に出てきたので、今回は紹介しない方針で。

 

「というわけで、こんな感じで受容体の紹介は一区切り。じゃあ次は、それを伝える神経が当然ながら気になってくる。ああ、もちろん電位依存性ナトリウムイオンチャネルが、みたいな話じゃなくて。神経と括っても、太さに違いがある。そして、太さが違えば伝導速度も『反応するギリギリの強さ』も違う」

 

 太ければ伝導は速いし、『反応するギリギリの強さ』は弱くなる。まあ、伝導速度は当然変わる。

 イメージとしては、太い道と細い道のどっちが全力疾走しやすいですか? って感覚だよね。

 当然ながら、太いほうが走りやすい。

 

「で、それぞれの太さや性質ごとに名前がついている。痛みを伝えるのは、Aδ(デルタ)線維とC線維と呼ばれるものだね。Aδの方が太い、くらいで大丈夫かな。で、さっき話した性質的な問題でAδの方が素早く伝導していく」

 

 試せる環境にいたとしても試さないほうがいいけれど、熱した針とかが足に刺さった時に鋭い痛み(・・・・)が最初に来て、その後に鈍い痛み(・・・・)がやってくる。

 

「だから、最初に届くAδ線維を伝わってきた痛みを一次痛。遅れて届くC線維経由の痛みを二次痛っていう呼び方をする。まあ、実はAδ線維とC線維はどちらも温度も伝えていたりするんだけれどね」

 

 そんなAδよりも太い、AαやAβ線維が運動神経。

 いわゆる筋肉を動かす神経って感じ。

 

「というわけで、ここまでが痛みに関する紹介。神経伝達の機序は第六講義あたりで散々話したからいいとして。なら、いつものように次は『局所麻酔薬』──なんだけれど。結局やることは、電位依存性ナトリウムイオンチャネルの阻害(ブロック)ではあるんだよね」

 

 結局、電位依存性ナトリウムイオンチャネルさえ遮断出来れば脳に痛みやら何やらは届かない。まあ、これが痛みじゃなくて『痒み』とかの話も含み始めると、かなり難しい……どころか、わかっていない話も含めなきゃいけなくなるんだけれど。

 

「じゃあリドカイン──心臓の時にも出てきた『電位依存性ナトリウムイオンチャネル阻害薬』を紹介してはい解散、でも良いんだけれど。折角時間も余ってるし、ちょっとだけ深く紹介させて欲しい」

 

 といっても、そこまで深い話も長い話もするつもりはない。

 

「局所麻酔薬というのは、局所の感覚を消失させる為の薬剤である。そして、使われるのは大抵手術とかの時」

 

 虫歯治療を麻酔無しで受けることを想像してくれればいい。確かに治るのかもしれないけれど、あまりにも嫌過ぎる。だったら痛くならずに治したいってこと。

 

「局所麻酔薬──LAとも省略されることがあるこれは、大きく分けて『エステル型』と『アミド型』という二つに分類される。じゃあその二つの何が違うか、というともう大分前に話した気がするADME。あれが変わってくる。『吸収、分布、代謝、排泄』だね」

 

 ここまで散々例にあげられているリドカインはアミド型。そしてエステル型で一番有名な局所麻酔薬はコカインだね。

 

「アミド型は肝臓で分解される。まあ、これは良い。むしろここで分解してくれなかったら、どうすればいいのかって話だからね。で、一方エステル型は肝臓どころか血液中とかですら分解されて無力化されてしまう。だから、基本的にエステル型というのは作用時間が短い。すぐ分解されちゃうからね」

 

 当然ながら、という感じ。

 

「エステル型にはプロカインやテトラカインと呼ばれているものがあるね。また、コカインっていうのもあるけれど、これは電位依存性ナトリウムイオンチャネル阻害以外にも色々効果を持っているから何とも言えない。具体的には、シナプス内にノルアドレナリンとかを取り込む輸送体を阻害するから、ノルアドレナリンが増えて、神経が興奮して──血管が収縮したりね」

 

 というか、そっちがメインとすら言える。

 記憶が正しければ紹介していた気がするし。

 

「で、アミド型にはブピバカインやリドカインがあるかな。ブピバカインは心筋にある電位依存性ナトリウムイオンチャネルを阻害して、リエントリを作ったりする心毒性があったりするっていう特徴があったりはする。まあ、リドカインよりも強く効くけれどね。さて、じゃあ──」

 

 局所麻酔について、あんまり話すことがないんだよね。

 本当にここで終わりにしてもいいんだよね。多分、本来はイオンチャネルをやると同時……つまり、第六回講義ぐらいでまとめてやるべきだったんだろうけれども。

 ただ、あそこにいれるにはちょっとだけ重いというのはあるわけで。ただでさえ複雑だからね。

 

「ここからは、全部余談だと思って聞いて欲しい。もちろん次回──第十二講義で実施する試験の範囲でもないし、課題の範囲にするつもりもない。というか、今回は課題はなしだから」

 

 いやまあ、訊ける話があんまりないとも言う。

 絞り出したら『神経の遮断順番』──細くて伝導が遅い方から局所麻酔では伝わらなくなっていく、みたいな話も出来るけれどね。

 

「今まで脊髄や神経については、そこそこ触れてきた。神経の軸索伝導からシナプス、脊髄視床路や皮質脊髄路。結構多種多様に概観を眺めた感じになる」

 

 あとはそれに加えて、心臓と血管(循環器範囲)ぐらいしか実のところ扱っていないというお話。

 

「ただ、それらが集まる脳については詳しく触れていない。多分、一番ちゃんとやったのは皮質脊髄路の時かな。でも結局、あれも名前のご紹介しかしていないからね」

 

 じゃあ今から脳の構造について話します、ってムーブが出来るかと言われると否。そんなに単純な仕組みで脳っていうのは作られていない。

 

「というわけで、今回は本当に『ヒスタミン』の本当に触りだけを話して、複雑さ(・・・)について話したいと思う」

 

 地球だとアレルギーの原因とかで聞いたことはある、なんて人も多いとは思うけれど。此処だと聞き馴染みの無い言葉なのは確定的に明らか。

 

「ヒスタミンというのはヒスチジンから作られる。で、どこでそれが起きてるのかといえば、血液中に存在する好塩基球や肥満(マスト)細胞と呼ばれる場所で作られる。まあ、他にも胃や脳の一部でも作られてるけれどね」

 

 脳の話をするって言ったのに、突然血液の話になったって思うなら、少し待って欲しい。最後まで話を聞いてからなら幾らでも文句は聞くから。

 

「で、ヒスタミンの受容体には四種類存在する。H1受容体からH4受容体。それぞれH1はGq共役型GPCR、H2はGs共役型GPCR、H3とH4はGi共役型GPCRという構成になっている」

 

 まあ厳密にはGi/oなんだけれどね。

 アデニル酸シクラーゼにも何種類かあって、そのうちのⅠ型アデニル酸シクラーゼを抑制するのがGoタンパク。まあ、どちらにせよ『アデニル酸シクラーゼ』を阻害しているのは間違いないんだけれど。

 

「このうち、血管内皮細胞や血管平滑筋細胞に存在しているのはGq共役型GPCRであるH1受容体。つまり、ヒスタミン受容体にヒスタミンがくっつくと、血管平滑筋細胞は、収縮するというのは何となくわかると思う」

 

 Gq共役型GPCRが活性化すると、色々あってカルシウムイオン濃度が上昇するからね。あとはカルモジュリンからミオシン軽鎖キナーゼが、という経路のお話。

 

「で、血管内皮細胞側からはNOが出て弛緩っていう機構も存在してしまう。それで結局、累計すると『細い血管は弛緩して、太い血管は収縮する』という現象になってくれる。まあちょっと複雑だけれど、理解は出来るお話ではあるよね」

 

 要はNOとのバランスによって、血管が収縮するか弛緩するかが決まるっていうこと。そんなに難しい話ではない。

 

「問題はその次。何故か、ヒスタミンによって内皮細胞()収縮する。内皮細胞そのものが。こうすることによって、細胞と細胞の間が広がって通りやすくなり、浮腫(ふしゅ)──浮腫(むくみ)が出来るという現象は判明している。ただ、どういう機序で内皮細胞が収縮しているのかは何とも言えない」

 

 だから虫刺されとかで赤くなるのはここら辺の現象……ヒスタミン付近に原因があるんだけれど、ただ謎があるねっていうお話。

 

「そんなよくわからない(・・・・・・)部分があるのが、ヒスタミンというもの。で、これはちらっと話したけれど脳でも作られている。脳にあるのはH1からH3受容体。で、悲しいことに脳にはこういう(・・・・)よくわかっていないものが、色々関与している。例えばセロトニンとかね。ドーパミン、ノルアドレナリン、アセチルコリン──脳ではそれらが色々複雑に絡まっている」

 

 ドーパミンとか有名じゃん、と思うかもしれない。何ならノルアドレナリンとかアセチルコリンとかは扱ってもいるし。

 

 ドーパミンというのは、中脳の黒質緻密部と呼ばれる場所で作られるんだけれど、この黒質緻密部がどう調整されているのかっていうのは、わからない。

 セロトニンも『幸せホルモン』なんて呼ばれているけれど、セロトニンが多いことで出てくる『セロトニン症候群』っていうのは昏睡や死亡が症状に存在する。

 

 それに、ノルアドレナリンやアセチルコリンだって普通の神経末端で出てくるのとは話が違ってくる。

 要は、あまりにも影響する部位が多すぎるし広すぎる。脳の神経回路があまりに複雑で、あまりに混沌としているから。

 

「せめてそれが『どう絡まっているのか』がわかればいいんだけれど、これもまた上手く解明されていない」

 

 これは科学が悪いわけでも、人類が怠惰なわけでもない。単純に、脳というものが複雑過ぎるというだけ。

 

「まあ、何が言いたいかと言うと──我々は、まだ『解釈(・・)』の途中であるということ。そして、その『解釈』の足を止めてはいけないということ。今回は混乱させるだけだから話さなかったけれど、途中でひっくり返った説は沢山ある」

 

 それこそ抗ヒスタミン薬の一部は、長らくアンタゴニストだと考えられていたけれど、実はインバースアゴニストと呼ばれる種類だった、とか。

 心臓の虚血関連の痛みがASIC由来だっていう話も、比較的新しい話だったりするわけだし。

 

「それ故、常に知識は更新し続けよ。今日の常識が明日の非常識となり得る世界なのだから。疑い、考え、論理的否定を受容せよ。もちろん、難しいことだけれどね」

 

 理性的であれ、というのは感情的であり続けることと同程度(・・・)に難しい。私はそう思っている。

 人間は誰しも理論から逃げて感情的になりたくなる時があるし、感情的になり切れずに理由を求めてしまう時があるものだから。

 

 ただ、自覚した上でそうあるのと自覚なしにそうあるのとでは違うと思っているから。

 

「学問は誰にでも門戸を開いている。そして、それは誰にでも寛容であるほどに無慈悲ではない。敷居があり、だからこそ生まれる幸福も不幸も存在している。学ぶ権利を持ち、それを行使する事が幸福に繋がるか不幸に繋がるかは、現在の我々には判断出来ない。ただ一つ言えるのは、不変(・・)は存在しないということ」

 

『薬理学理論』としての講義は最後なんだから、遠慮なく持論を展開するよ。大学にいた頃とか、教授の思想強めの持論を滔々と聞かされる為に講義を選んでいたと言っても過言じゃないからね。

 

「学びは影響を与える。それが君達の人生にとって善となるか悪となるかは、終わってからでないと判断出来ない。でも、変わらない(・・・・・)のって面白くないでしょ? 折角なんだから、波風の立たない平坦な人生より、荒波に相対する人生を選んでも良い(・・)。私は講義を通じて君達に『大賭博』のチップを与えた」

 

 科学知識。この惑星の人からすれば、あまりに隔絶し過ぎた知識。ただでさえ混沌とし始めている世界に、この爆弾(・・)を投下することが何に影響するかなんて私にもわからない。

 

「それを生かすか、或いは殺すかは君達にかかっている。私は──どちらでも良い」

 

 最初はなあなあで終わらせるつもりだったけれど、意外と興が乗ったからね。

 

「以上。定刻になったから、講義を終了とする」

 

 

 

 ◇

 

 研究室に戻ってゆっくりしていると、お馴染みの二人が入ってくる。入るなり、ユラリアが第一級風空魔法『消音球体』を並列起動する。

 

 つまり、飛びきりの爆弾があるということ。

 

「教授! 『異世界転移魔法』、出来ました! ユラリアに話して、許可を取れたので使ってみようと思うんですが──巻き込まれてくれませんか?」

 

 え? 

 

 思わずユラリアの方に視線を向ける。

 ストッパーだったよね? そういう見るからに危ないの、止める役割じゃなかった? 

 

「転移先に魔素が存在しない可能性を危惧して、第二級理論魔法『魔素結晶』を使用して──既に描写された魔法陣に付属させてあります」

 

「でもそれ、発動遅延は出来てるの?」

 

「完璧です。『汎路調整盤』を組み合わせることで、発動制御機構としています」

 

 ちらりと見せられたノートは、見るからに『魔法がない世界に転移した時』を想定しているように思える。何重ものセーフティがかかっていることまではわかる。

 

「で、どうやって座標を指定するの? 異世界って──ああ、だから私を巻き込むのか。元々、異世界人だし謎のTSしてるから」

 

 で、帰還時は何かしらを目印にすれば良いと。

 考えられてはいる。確かに考えられてはいるけれど……

 

「ユラリア、王族に万が一何かがあれば大問題になる。それはわかってるの?」

 

「はい。ですから、御父様には話を通してあります。宮廷魔法師筆頭と三人で数時間話し合い、きちんと安全性の保証はされました。そして、許可も」

 

 あの堅物の筆頭が安全だって言ったの? 

 嘘でしょ? 初回、私の話をした時に二十五魔法陣並列起動とかしてきた人が? 

 

「筆頭と国王様はなんて?」

 

「『王女様の魔法の才を腐らせなくて済む機会だ』、それと『自由にやりなさい』と」

 

 いやまあ、私だって帰りたくないわけじゃない。むしろ、かなり帰りたいよりではある。行き来が可能となれば、とても嬉しくはある。

 

「リーシャは……訊くまでもないか」

 

「保険は沢山ありますし……私の予想(・・)が正しければ、仮に何かが起きても大丈夫だと思います! それに、『権能読込』もあるから!」

 

 まあ……ここまで話が進んでしまったのなら仕方ない。

 多分ここで拒否しても、近々公の命令ってことで指令が下るだけだから。そしてその場合、国からの命令だから、行動指針決定の権限はこっちになくなる。

 

 となると、今実行させちゃうのがいいのかな。

 

「敗北だよ。ユラリア、よくも此処まで私に悟らせずに事を進めたね」

 

「いいえ、引き分けです。結局、導線通りでしたから」

 

 まあ、否定はしない。

『炎路調節』を開発したあたりから、何か大事故(・・・)を起こしてくれないかなとは思っていた。

 で、異世界転移やTSの手法や要因、犯人に関して何かしらを掴めればいいとは考えていた。

 個人的に本命はTS薬だったんだけれど、まさか先に『異世界転移』が来るとはね。

 それに、自分で『大賭博』のチップを配った結果がこれだから。

 

「じゃあ、早速やろっか。お願いするよ」

 

 うだうだ考えているより、実行した方が良いこともある。

 多重に積み重なった魔法陣が歯車のように噛み合い、一つの複雑な幾何学模様を描く。

『権能返却』、『汎路調節盤』、『条件座標』など知っている魔法陣もその中には入っていることが見て取れる。

 

 

 

 

「──第一級禁忌(・・)魔法『異世界転移』!」

 

 そうして。

 国からの許可が貰えなければ発動してはならない、禁断の魔法が発動される。

 

 

 

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