雨生龍之介はヴィランであります!   作:えくレア

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第10話

 爆豪勝己は地獄を見た。

 いや、それは正確ではない。

 正しくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこは『工房』だった。

 そこには『作品』が並んでいた。

 そこでは『加工』が為されている。

 

 現在進行形の被害者は、林間学校で世話になったプロヒーローの一人——知床知子(しれとこともこ)、ヒーローネーム『ラグドール』だった。

 

「やめてっ……やめて! やめてください! 嫌だ嫌だ嫌だ!」

 

 耳を塞ぎたくなるような悲鳴。それが、つい昨日まで朗らかに発せられていたものと同じ声だと、記憶力の良い爆豪には理解できてしまう。

 個性封じの手錠をかけられ、椅子に縛られている今、どれだけ体を捻ろうと助けることなどできない。そして、悲鳴を聞かないために耳を塞ぐことができない。

 見ていられなかったから、強く強く目を閉じた。しかし闇の中で聞こえてくるのは、ラグドールの声。

 

「すけっ……救けてお願い! 誰か! お願いだからぁああああああ!」

 

 救いを求める声。それが彼女の、ラグドールのヒーローとしての矜持を存分に破壊し尽くされた結果によるものだと知っている爆豪は、余計に胸が締め付けられる。

 

 耳を劈くような空恐ろしい絶叫が、目の前の女から発せられている。顕現した地獄を直視するだけの覚悟は、爆豪にはまだなかった。ただただ強く瞼を閉じ、早く終わらせてやってほしいと祈ることしかできなかった。

 

 しかし、このまま事が進めば、悲劇は繰り返される。彼女が蛙吹のようになれば——自分は、ヒーローでいられるのだろうか。

 

 

 

 

 

 爆豪は誘拐された直後、椅子に縛られながら、死柄木弔による勧誘を受けた。共にこの超常社会をひっくり返そう、と。

 ヴィラン風情が笑わせる話だ。爆豪は勧誘を一蹴した。縛られたままでも、周囲からはそう思われずとも、彼は間違いなくヒーローとしてヴィランに与しないだけの強い精神力を持っていた。

 

 要求を断れば、殺される可能性もある。が、迎合する気は爆豪にはさらさらない。たとえ殺されようと、自らの芯をブレさせてなるものか。

 意思は固いと踏んだのか、死柄木は勧誘を諦めた。

 

 断られるなら、それで構わない。既に超常社会崩壊への一手は、龍之介とオール・フォー・ワンによって打たれている。雄英生である爆豪がヴィランに寝返るようならトドメの一撃になるだろうが、それすらも保険に過ぎない。

 

 爆豪に勧誘を断られた死柄木は、さして残念そうにもなく、寧ろ悪辣に笑う。かといって爆豪に危害を加えるでもなく、彼はそれを不審がっていた。

 死柄木は手を広げて、その男に呼びかける。

 

「爆豪くんは仲間にはならないってよ。いやいや、構わないさ。誰にだって主義主張はあるものな。けど、せっかくの誘いを断られて、俺もちょっとばかりむしゃくしゃしてるんだ。仕方ないよな? 厚意を無下にされたんだから」

「はっ、ドブカスみてぇな犯罪者に堕ちることが厚意ってか? 冗談のセンス終わってんな」

「おいおい、自分の状況が分かってるのか?」

「ならどうすんだ? 俺を殺してみっか?」

 

 殺される可能性は十分にあり得たが、あえて勧誘という手段を取った以上、自分にはまだ殺さないだけの価値がある可能性もある。それを見極める意味でも、爆豪は敢えて挑発を選んだ。まあ、本人の性格に依るところがもっとも大きいが。

 

「威勢が良いなぁ、最近のガキは……けど、その虚勢がいつまで続くかはぜひ見てみたいぜ。なあ——『マッドクラフト』」

 

 ヴィランネームを呼ばれた男は、はいはい、とバーの奥から姿を表した。

 チープな面をしている中肉中背の、声からして若い男だ。爆豪が驚いたのは、そのヴィランネームの方に対してであった。

 『マッドクラフト』。()()()()()()を繰り返す凶悪なヴィラン。保須襲撃のニュースに隠れていたが、何人もの無辜の人々を恐ろしい手段で殺す、筋金入りの悪党であると爆豪は認識していた。

 背筋に嫌な汗が流れる。が、表情を崩しはしない。ヴィランなどに弱みを見せてなるものか——底知れない悪意というものを未だ知らない爆豪は、そう決意を固めたつもりでいた。

 

 拘束された状態のまま、爆豪は運ばれていく。バーで死柄木の残した「鑑賞会を楽しんでこいよ」という言葉が、嫌に耳に残る。

 

 やがて、黒霧によるワープを挟みつつ辿り着いたのは、広大で薄暗い空間だった。

 

「ここはね、俺の工房だよ。爆豪くんには俺の作品を見てもらいたくてさあ」

「作品だあ? 笑えるわ。殺人鬼が芸術家気取りかよしゃらくせえ。見せてみろよ、どうせ大したもんじゃねえだろ? ぼろっくそに批評してやっからよ」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 面を付けていても分かるほどに口角を吊り上げたマッドクラフト……龍之介は、作品にかけていた布を取り払う。

 無理やり、それでも不敵に笑みを浮かべていた爆豪の顔色が、一瞬で変わる。

 

 そこには、変わり果てた蛙吹の姿があった。

 空っぽの腹。そして、宝石を自慢するように、彼女の中身だったものが並べられたショーケース。

 

 絶句。

 爆豪は、己の喉から全く言葉が出ず、コヒュー、コヒューとただ空気が出入りするのを感じていた。

 

「な、んで……」

「どうだい? つい先日まで一緒に机を並べていた学友の臓物は」

 

 龍之介の問いかけは、遠くへ行きかけていた爆豪の意識を、かろうじて繋ぎ止めた。即ち、自らを絶望させるためにこの男は学友をこのような作品に仕立て上げたのだと、絶望を義憤にすげ替えることで、どうにか理性を保つ。

 しかし、真相は違っていた。

 

「綺麗だろ!?」

「は……?」

「ほら、ほらほら! 見てごらん! 梅雨ちゃんのヤニに犯されていない綺麗な肺を! アルコールなんて知らない健康的な肝臓を! 今にも脈打ちそうな心臓を!! 先人は偉大だよ。生き物の体の仕組みを、尊さを、カエルの解剖という手段で伝えていたんだから。全く、廃止されたのが残念でならないよ」

 

 龍之介の言葉が、耳から耳へと通り過ぎる。

 遅れて、理解する。

 

「生き物の腑が、どうしてこうも美しいか知っているかい? そうあれかしと作られたからさ! そうさ、そうでなければ、人間の腑がこんなに美しいわけがない。だからよ。——この世界は神様の愛で満ちているんだよ!」

 

 この男は悪辣だが、この行為は。猟奇的、狂気的極まるこの行いは、爆豪らへの挑発のため行われているのではなく、純粋に自らの欲求を満たすための行為であり。

 故にこの男は、どうしようもなく人間社会に野放しにしておいていい存在ではないのだと。

 

「で、どうだい爆豪くん? 作品の批評をしてみてくれよ。いや、俺の作品ってあんま人に見せた事なくてさあ……弔っちや黒霧サンはビミョーな反応しかしないし、旦那は芸術は専門外だって言うし」

「……人格を疑うわ。フツーに死ねよテメェ」

「やっぱ分かんないかぁ。ま、いいや。俺は俺のために作品作ってるだけだからね。……まあ、理解者がいるとインスピレーションが刺激されて、よりCOOLな作品が作れるかもだけど」

 

 そう残念がりながらも、龍之介は蛙吹の作品を、やってきた黒霧に受け渡す。この後しばらくして、蛙吹は黒霧によって病院の前に公開されることになる。

 しかし、爆豪はそのことを知る由もない。悪趣味に加工された学友の遺体が運ばれていくのを、ただただ見ているだけしかできなかった。

 が、自らの無力感に打ちひしがれている場合ではない。

 

「さて、弔っちの要望でさぁ。キミには、俺の作品作りをしばらく見せて欲しいそうだ」

 

 龍之介の工房に、再び地獄が顕現する。

 続いて運ばれてきたのは、手足が異常な方向に曲がってしまった女性だった。爆豪には、つい直近で彼女を見た覚えがあった。

 

「合宿の……」

「アナタ、A組の爆豪くん!?」

 

 お互い、敵に捕まってしまったことは知らなかったため、大いに驚き……ラグドールはすぐに表情を引き締める。

 

「今すぐこの子を解放しなさい!」

「おっと。さっすがヒーロー。さっきまで青い顔してたのに、子供の前じゃ立派なもんだ」

 

 龍之介の暴露を受け、一瞬羞恥でカッと顔を赤くするラグドールだったが、救助対象である爆豪の手前、弱気な姿勢は見せない。

 

「いいから、子供には手を出さないで」

「さあ、どうしよっかな。ただ一つ言えるのは、少なくともアンタで楽しんでいる間は、この子に手ェ出してる暇はないってことだ」

「ッ……そう。なら、長く楽しんでみればいい。いずれ必ず、他のヒーローがアナタを罰しに、彼とあちきを救けに来る。雄英にはあのオールマイトだっているんだから」

 

 ラグドールは内心の怯えを屈服させるように、龍之介というよりは自らに言い聞かせるようにそう言い放つ。

 子供を救けるため、己の身を差し出した彼女は、間違いなくヒーローとしての誇りを持ったプロだ。

 だが、プロでも、ヒーローでも、彼女は人間だ。血と神経の通った、人間だ。

 

「じゃあ、始めようか。大丈夫大丈夫! 俺の『個性』で血は止めっから。痛みはあるけど、簡単には死なない。安心して泣いていいからね」

 

 ちゃ、と龍之介が取り出したのは、なんの変哲もない、スーパーにでも売っていそうなただのナイフだ。だが、この場においては、その刃先から溢れる鈍い光は不気味に過ぎた。

 ラグドールの顔色もさっと悪くなる。

 

「ラグドールさんはさあ。人気のヒーローなわけでしょ? ならブランドもののバッグとか、財布とか。そういうの持ってるんじゃない?」

「……そんなに儲かってはいないわ。事務所にはヒーロー以外にも従業員はいるし。諸経費もあるし、ほんとのトップヒーロー以外は、案外夢のない仕事かもね」

「またまたぁ、嘘ばっかり。ま、それはいいや。ともかく、財布とか、ベルトとか靴とかってさあ、革製品のヤツも多いわけじゃん? 俺は思うワケよ。人皮のモノも欲しいなってさ」

 

 び、とラグドールのヒーロースーツが浅く破られる。が、羞恥などはカケラもなく、これから行われるだろう行いを想像し、ラグドールは震えた。かちかちと歯がぶつかる音が漏れる。

 一方、龍之介は上機嫌に、自らの希望を語る。

 

「うーん、どうしよっかなぁ。サイフにベルト、靴……ブックカバーなんかもいいかも! 用途に合わせて、剥ぎ取る場所も変えていきたいよね。特に柔らかい部分は……やっぱ頬とか乳とか、二の腕とかかな?」

 

 龍之介が剥ぎ取り候補の部位の名前を呼び、そこをナイフの腹で叩く度、びくりとラグドールの肩が跳ねる。

 

「よし、決めた!」

 

 

 

 

 ラグドールは、初めこそ、龍之介の暴虐に耐えた。刃を肌に突き立てられ、皮を剥がれても。痛みに絶叫はしても、全身から汗が噴き出そうとも、舌を噛み切りたい衝動に駆られても、目の前で自らの皮を自慢げに広げられながらも。なんとか、辛うじて細い糸を繋いでいた。

 しかし。プロのヒーローといえども、人間が、このような悪魔の行いに耐えられるわけがなかった。寧ろ、一度目を絶叫するだけで済ませたことが驚異的とまで言える。

 

 しかし、二度目からはそうもいかない。

 皮が剥がれ、肉が剥き出しになった部位からは血が僅かに滲むばかり。龍之介の『個性』による影響だ。が、肌というものがない状態で空気に触れる肉は、痛みという感覚でラグドールの心を擦り減らしていく。

 そして、決壊はすぐに訪れる。

 

 何か劇的なきっかけがあったわけではない。ふと、不安から視線を宙に彷徨わせ、ぱちりと爆豪と目があった。その時、一瞬。ほんの一瞬だけ、ある考えが脳裏を過ぎる。

 自らが苦痛を逃れるために、別の人間を生け贄にするという考えが。

 ラグドールは、ほんの僅かな瞬間だけでも頭に浮かんだ、その考えを恥じた。

 

 

「見ないで……」

 

 

 ヒーロー失格。自らにそう烙印を押したラグドールは、爆豪に向けて思わずそう溢していた。この状況で、自らが助かりたいと思うことなど当たり前のことで、責められる謂れは少しもない。が、他ならぬラグドール自身が、自分をヒーローと認められなくなった。

 

 悲痛な嘆願を受け、爆豪が目を逸らした少し後から、ヒーローとしてのラグドールは消えて失せた。

 今ここにあるのは、ただただ哀れな、敵犯罪の被害者でしかない。

 懇願。哀願。降伏。今の知床知子にできることを、全て龍之介に伝える。が、悪魔はそれに見向きもせず、ただただ自らの欲望、好奇心を満たさんがために彼女を蹂躙した。

 

 それでも。

 それでも、知床知子の本質はラグドールだった。

 心折れた彼女は、どれだけヴィランに媚びようと、人目も憚らず絶叫しようと、どれだけの痛みを与えられようと、絶望を叩きつけられようと。

 決して爆豪勝己を売るような真似だけはしなかったのだから。




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