伝統と一口に言っても、その実態はさまざまだ。基本的に悪いものは淘汰されて消えてしまうのが常だから、受け継がれて残っているというだけで一定の良さはあるのだろう。しかし、受け継がれているからと言ってそれがすべて良いものであるとは限らない。良いものは良いものでも、
だから、俺たちは考えることをやめてはならない。その伝統が受け継ぐべきものであるか否かを。
「……珍しく小難しいことを言うんだね?」
「殿下、俺が普段馬鹿ばっか言ってるみたいな言い方よしてもらえますか」
そんなこと言ってないよ、と主君であり幼馴染みである彼はのんきな顔で笑う。
王家に仕える騎士の家に生まれた俺は、幼い頃から剣術と戦術、それに主君への忠誠心を叩き込まれてきた。主君を守り、主君の統治する国を守り、そして民を守れと教えられてきた。それについて異論はない。剣を振るうのも嫌いではないし、それでこの国の民が笑って過ごせるというのなら俺が命を賭して果たす価値があると思う。
もちろん、目の前で笑う彼のために命を賭けることにも些かの躊躇いはない。幼少から知る幼馴染みであるという以上に、彼こそが王位を継ぐに相応しい人間だと俺は理解していた。もうひとりの幼馴染み、現宰相の嫡子であるあいつも間違いなく同じことを言うだろう。
王位に相応しいのは、彼だ。
だというのに、それを邪魔する者たちがいる。
「……王は必ず子を二人以上もうけ、その中からもっとも相応しき者が次の王となるって」
「ああ、王家の掟だね。うん、何でも言い方次第だよね。正しくは『王位を巡って争い合い、生き残った最後のひとりが王となる』なのに」
王位争いを起こし、負けた方は不穏分子ごと排除される。それがこの国で受け継がれてきた伝統だ。名君を育てるための伝統だとしても、血なまぐさいにもほどがある。
「最近弟の一派はずいぶん殺気立ってるみたいだから、仕掛けてくるのも近いかもしれないね」
「……命狙われてるってのにのんきですね」
「そりゃあ僕には君たちがいるからね」
君たちに見捨てられない限り僕は生き残るよ、と彼は軽く言う。
「……そりゃ守りますけどね。俺も、あいつも」
「うん、良い幼馴染みをもったよ、僕は。……でも、そうだね」
彼は王家直系の証である太陽のような瞳を緩く細めて、少し考えるそぶりを見せた。
常に穏やかな態度を崩さない彼が、ときに頼りないと噂されていることは知っている。それを耳にするたび、俺は心底見る目がないと呆れてきた。
確かに彼のふたつ下の弟君の方が、ひとの上に立つ者としての気概や決断力を持ち合わせているように見えるかもしれない。なかなかの剣の腕ももっているし、ひとを率いる能力もそれなりにある。彼こそ王に相応しいと弟君を次の王に推す声も少なくはなかった。
だが、目の前の彼の本当の姿を知れば誰もが理解することだろう。この国に安寧をもたらすのが誰なのかということを。
薄い唇をわずかに歪め、我らが主君は侮蔑とともに言い捨てた。
「過去に生きた誰かの馬鹿に振り回されるのは、おもしろくないね」
この悪習は、僕の代で終わらせるよ。
その一言のみを投げ捨て、彼はまた表情をいつもの笑顔に整える。背中を流れた冷たい汗には気づかないふりをした。
「ああ、そろそろおやつの時間だね。彼も呼んで、三人でお茶にしよう?」
この無邪気な顔も彼の一面には違いない。しかし、一面でしかないのもまた事実だった。今更この切り替えに驚くほど浅い付き合いではない。
のんきで穏やかで冷徹で酷薄な我らが主君を、俺は心から主として敬愛し、友として信じている。
「……殿下」
「何?」
「……いいえ、何でもありません」
そう言えば、殿下はきょとんとして、また笑う。今日の君はなんだかおかしいね、と失礼なことを言いながら。
「きっと君も疲れてるんだろう。疲れてるときは甘いものだよ。さあ急ごう」
「俺は甘いものが苦手なんだって何回言ったら覚えてくれるんですかね」
いいから早くと腕を引く暴君に、俺は苦笑するしかない。
ただ、――そんな彼だから生涯をかけて支えたいと思うのだと、彼という主君をもった我が身の幸運を噛みしめた。
やさしくて穏やかで冷徹で冷酷な王子と、世話焼きで腕の立つ騎士の幼馴染み、頭が良くて苦労性の宰相の息子の幼馴染みの三人の物語。構想だけはだいたい出来ている。