異世界から持ち帰ってきた相棒をオタク沼に落とそうと思う(いせぬま)   作:ニキ/バハちゃん

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文章火力の暴力回です


1-4-B1:拝啓、異世界より君にあらん限りの笑みを込めて

 人に悪魔の翼は生えないし、天使の輪っかなんて現れない。

 動物のような耳も、角も、尻尾も無いし、当然空に浮くことだって出来やしない。

 

 人の再現には限界がある。

 物理法則にどうしようも無く縛られる肉体、魔法や異能なんて存在しない現実。そんな世界で生まれる魔法(奇跡)を切り取った映像は、もしかしなくても編集の産物(・・・・・)に他ならない。

 

 映像。その中に生きているキャラクター達は、時に現実では有り得ないことを平然とこなしてしまう。

 そりゃあ創作物(フィクション)なのだから、作り手がどう描こうと自由である。現実の人間を基準に"それが可能かどうか?"なんて考えること自体がナンセンスだ。

 

 ──人類には踊れないであろうMV(ミュージックビデオ)があった。

 その曲をプレイリストに入れている人ならきっと誰だって、ふとある日こう思う。

 

 "この曲を踊ってみた人はどんな振り付けをするのだろう?"と。

 

 無尽蔵にある退屈な時間の中で、暇を潰せるものを意味も無く常に探してるような現代(時代)で、自分はそれを検索した側の人間だ。

 

 色々な人が踊っていたそれ(・・)は、当たり前のように高難易度且つ超高速の創作ダンスで。

 MMDで見つけた物でさえ、それは誰か有名な人が震源地っぽい、人類にも踊れるダンスをキャプチャーした物だった。

 MV通りの振り付けをそのまま再現した例は殆どなく、探して見つかったのは編集の繋ぎ合わせでゴリ押した物か、或いは数件のMMD程度。

 

 現実性(妥協)と、愛と、努力と、好奇心の結晶。

 学も知識も薄い俺にとっては、ただ"こんなに速く踊れるの凄いなぁ"と思うしかなかった、ある日の疑問の答え。

 記憶の奥底に忘れ去られていたリアル。

 

 

 ──人類には踊れないであろうMV(ミュージックビデオ)の振り付けがあった。

 

 きっと誰もが"どうやって私は表現しよう?"と悩み、選び、踊ってきた世界のリアル(・・・)はその日……

 

 

 

 ──魔法の国で生まれた一人の女の子(奇跡)に、全てが染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──世界が彼女に染まっていく瞬間を、俺は見た。

 

 

 

 ******

 

 

 

 最前列で踊っている人達は皆、イベントに参加慣れしている常連である。

 踊るのが好きで、目立つのも好きで、だからこそ踊れる曲が多い彼ら彼女らは、出場者が減るレベルの難しい曲が流れれば、逆に生き生きとするような生き物だ。

 そんな常連達には今日、密かに見守っていた(意識していた)存在が居た。

 最近イベントでよく見るようになった年下の可愛い二人の女の子……の、連れてきた二人組。

 

 少年は恐らく見物客。目を引いたのはその隣でステージを見ている彼女さん(・・・・)。

 何かのキャラクターのコスなのだろう、少し露出した黒色の戦闘服に光を透かす眩い銀髪を持つ、凄まじくスタイルの良い美少女。

 何処か自然と意識してしまう、スター性にも似た存在感の塊。その瞳が熱心に捉えているのは踊り手達の一挙手一投足。

 存在感そのものに(・・・・・・・・)意識されていた(・・・・・・・)。

 少女に見覚えのある者はいない。そして少女もこちらに見覚えは無いのだろう。初見の少女はリズムに乗って、楽しそうな表情を浮かべ、そして真剣な眼で自分達の踊り方を観察していた。

 

 視線の動き──それを察知する感覚は、パフォーマーなら誰だって磨かれていくものだった。

 見せ方、見られ方を常に意識するダンサーは、言わば注目されるのが仕事である。

 だからこそ、分かる。彼女は今、自分達の踊りを糧にしようと観察(研究)していることを。

 

 

 ******

 

 

(多分あれは自分の持ち曲が流れるのを待ってるんだろうけど、はてさて何待ちだ……?)

 

 今回のイベントDJである音刈(オトガリ)も、ダンスステージを一望する最前列の向かい側(DJスペース)からその少女のことを認識していた。

 仕事をこなす傍らで、ついつい目で追ってしまう銀髪の少女。その気配は、今迄幾度となく見てきた"初めてダンスステージに飛び込もうとしてる人"特有の熱気(もの)。

 会場を丸ごと俯瞰出来る場所であるからこそ、人の表情(かお)には敏感になる。

 "ああ、この人はこの曲が好きなんだなぁ"……とか、"あの人は多分見る専かな?"……とか。

 

 前へ前へと躍り出る人は、決まって表現欲と呼ぶべきエネルギーを持っている。

 曲を切り替える。サビ終わりから音をフェードアウトさせていき、グラデーションのように別の曲のBメロを世界へ伝播させていけば、やがて会場は慌ただしく様相を変えていく。

 

『メズマライザー』

 

 つい先日投稿から二周年を迎えた、今日流さなければ流石に嘘な高難度曲。

 アニソンランダムダンスで流す曲に決まりは無い。ただ漠然と"盛り上がる曲"、"踊るのが難しい曲"、"踊れる人が多い曲"、"DJの趣味"みたいな分類は可能で、この曲はそれで言うなら"踊るのが難しいが、今回特に盛り上がりそうな曲"だ。

 

 それまで踊っていた人達がそそくさとラインの外に捌けていく。自分のステージ(・・・・)じゃないと友人の元へ帰っていき、友人を送り出していき……やがて出揃ったダンサーは数少ない。

 10人も前に居たら上出来な曲に対し、今回集まったのは7人。

 歓声が上がる。音圧で機材が揺れ、少しだけノイズが電子音に混ざった。

 届いた音色を理解した人々。一様に好きを叫んで、この曲への挑戦者達(・・・・)に手を振って……その、歓喜の中から──

 

(……まじぃ?)

 

 ──銀色の妖精が飛び出した。

 

(踊りやすそうな服装ではあるけど、これメズマライザーだよ?)

 

 始まった曲は止まらない。

 メズマライザー版のミクとテトコス(多分併せ)の人が最前列に並ぶ、その中心に。

 その後ろに焦った様子の別のミクコスの少女を連れて、その存在感(・・・)が前へ前へと躍り出る。

 

 彼女が初めての出場なのは、前で踊っていた人なら誰だって気付いていた。

 

 だからこそ最前列のミクテトは、混じり気の無い笑顔で銀色の少女を自分達の前へと更に送り出した。

 

「踊りたいの?」「ならめいいっぱい楽しんじゃおう!」

 

 その声が聞き慣れた物でなければ、世界を鳴らす爆音に掻き消されてしまっていただろう。

 常連である彼女らは……いや、仮に彼女らで無かったとしても。

 自分の好きなものに飛び込んできてくれる初心者は、光のオタクなら誰だって大好きなのだ。

 新規の参入というのは小さなコミュニティでは本当に貴重で……大人の輪の中に現れた子供の、なんと可愛いことか。

 

 周りを見渡しても、そこには温かな目と応援しかなかった。

 "本当に踊れるのか?"とか、"曲コスの人より前?"とか、そんな野暮な思考は誰も顔にさえ出さなかった。

 ただ一つ。

 "頑張れー!"という気持ちで一致している常連達は、誰も状況に疑問を呈さない。

 楽しんでもらいたい一心で、世界は声援のみで少女(勇気)の背を押した。

 

 ──そして、少女は自分の前へ。

 

(……だからこのイベント好きなんだよなぁ)

 

 少しの困惑と、それを刹那に振り切って不敵な笑みを見せる、銀光。

 恐ろしいまでに整ったその顔と正面から相対し、やがて一瞬目が合う。

 意志の強い碧眼だった。

 にこっと微笑みファンサを返した彼女は、リズムに揺れながら集中するように目を瞑る。

 

(くそかわいい)

 

 そうしてBメロが終わりを迎える。

 ボルテージを煽るようにボリュームを上げ、スピーカーから響き渡る音が世界を揺らし。

 

 サブカルチャー界の音の祭典。

 

 ──それを映し撮るため横に置かれた運営カメラが、そのレンズに銀光を記録する。

 

 

 

 ******

 

 

 

 振り付け自体は簡単だった。

 決めポーズを、全く同じパターン(並び)で規則正しく連結させるだけ。

 ……途中、(体幹ダメージを無視した)休憩ポイントがあったり、曲後半で色々壊れたりするけど、それは一旦さて置いて。

 

 問題はその速度と次の動きへの繋げ方。

 コマ送りの映像だからこそ出来る、事前動作を無視した無理矢理なポーズの切り替えは、再現しようとすると暴れが酷い(・・・・・)。

 自慢の長髪が乱れ飛ぶからこそ、ただ追い付くだけでは見世物にならないと考えた。

 

 フィジカルだけでは足りなかった。

 チェックポイントに指定のポーズを追い付かせる(間に合わせる)だけなら、鍛え上げた体術や体重移動を駆使すれば早い段階で出来るようにはなった。

 

 綺麗に体が止まらない。

 顔を時々隠すくらい髪が乱れる。

 追い付かせようとすると"静"が消え、止まりどころの無い"動"で暴れてるだけのように見えてしまう。

 振り付けを蔑ろにしてしまっているような気がして、それでも私一人だけで無理矢理形作った物は、どうしようもないくらい"美"に欠けていて。

 

 必要だったのは技術の手本。

 踊るのが上手い人の動きを目で追って、彼らに共通しているテクニックを見て覚える。

 髪があまり乱れない人がいた。観察の末、その人は首をほぼ動かさず、その下だけを主軸に踊っているのに気付いた。

 止まらず常に激しく動いているのにポーズはしっかり決まって見える人がいた。観察の末、その人は"決め"となる瞬間に、動きはそのままに全身を一瞬だけ跳ねさせていることに気付いた。

 振りが綺麗に見える人がいた。その人の手足はまるで曲がらず指が綺麗に揃っていた。

 何処か輝いて見える人がいた。その人はどんな視線でも拾って笑顔を返していた。

 

 好き(・・)を表現するこの場所で、上手いと言える人は全員が自信を持っていた。

 自分の動きに、自分の表現に、何一つ恥ずかしいことは無いんだという……恥を切り捨てた、自分はかっこいい(かわいい)んだという自信。

 

 

 明け渡された道、その最前線に私は立つ。

 頭の中で反芻するのはまだ知識でしかない(・・・・・・・・・)もの達(・・・)。それを今ここで、ぶっつけ本番で私の経験(・・)に落とし込む。

 

 ──私の体は人とは違う。

 莫大な魔力に自滅しない(耐えうる)よう、頑丈に、そして柔軟に変質を遂げた、魔法界が産んだ後天的な特異体質。

 魔力強化を用いなくても発揮出来る異常なまでの素のフィジカル……それを限界まで絞り尽くす。

 

 ──ただ一人の少年を(・・・・・・・・)困らせる為だけに(・・・・・・・・)。

 

『さらば──』

 

 目を見開いて、さぁあらん限りの笑顔(笑み)でもって!

 極限まで高まった集中で、8ポーズのループ(・・・・・・・)を開始。

 体は動く。余裕で間に合う(・・・・・・・)。

 

(──この曲の映像(MV)の基本的な振り付けは、8種類のポーズのループで出来ている)

 

 拍が刻むチェックポイント。瞬間移動の出来ない人間(私)達では、そこで一々止まっていては次のポーズに間に合わない。

 次のポーズにすぐ移れるよう、超高速で肉体を捌き続けるその一瞬。ただ"動"に振り切って"静"もクソもない演舞の刹那──拍が鳴った通過点で、鼓動を打つように(・・・・・・・・)全身の筋肉を思いっ(・・・・・・・・・)きり収縮させる!(・・・・・・・・)

 止まれないダンスの中で、それでも見どころを作る術は見て学んだ。

 跳ねた肉体。ただ滑らかに動作を接続していく舞いの中で、異物のように目立つ瞬間を人の認識は見逃さない。

 光(見どころ)で影(ノンストップ)を隠すように、体を打つ、打つ、打つ、打つ!

 ──それは私が後に知ることになる、ヒット(・・・)という名のダンス技術。

 指定されたポーズが成立した一瞬だけ、そこだけが記憶に残るように、拍に合わせて体を打つ!

 

(8終わり、3で止めて──)

 

 ──周りの視線を一点に集めているのが、何となく分かる。

 ともすれば有り得ないもの(奇跡)でも見たかのような、驚愕の視線が私だけに注がれている。

 笑顔を維持……しようと思ったのに、意識しなくても私は自然と笑っていて。

 

(変なの……こんなにキツイのに)

 

 辛い。難しい。体が吊りそう。あと息やばい、運動量やっぱ壊れてるわよこの振り付け。

 巨大な歓声が聞こえた。直前まで会場を包んでいた暖かな気配は消し飛び、吹き荒ぶは期待と熱狂。

 聞いてるのは反響する二人の歌唱。若干私の動きの方が早いのはイベント用に曲の速度が抑えられてるからかしら? それとも私が楽しくて奔ってる?

 聞きたい声は──内緒。

 

『見て呉れの──』

 

 カウント12、右足を勢いよく地面に刺して軸を固定。そのままメトロノームのように体を左右に揺らしにかかる。

 腹筋と軸足の体重移動を全力で使い、振り子を逆方向に筋力で返して、もう一度無理矢理反対へと跳ね返す。ここの動きマジで馬鹿……!

 天へ伸ばす腕は真っ直ぐに、指先も綺麗に伸ばして、極限まで上半身は動かさない。

 

(ここマジキッツい!!!)

 

 その方が綺麗だと見て学んだ。

 そして私なら出来ると踏んだ。

 服の裾、その隙間の生成箇所(肌の覗く位置)が左右にワープし、まだ形を保っているサイドテールがふりふり揺れて。空を向く赤リボンのおまじない(髪留め効果)は今日も絶好調!

 

『──脆弱性』

 

 休憩ポイント終了(・・・・・・・・)、カウント1から再走開始。

 ザッと足を抜き、体を落として体幹のリセット。同時にそれ(落下)を初速に変換。

 速度の追走から解放される代わりに腹筋へのダメージが凄まじいこの区間は、肉体を跳ねさす(・・・・)ことで"静"を捨て去った今の踊り方と死ぬ程相性が悪い。

 超酷使してる筋肉を、ほぼ休む間もなく体を打つのに使うわけだから、予想してたとは言え吊りそうなくらいキツイ……!

 

『本当の──』

 

 世界が揺れる。

 音圧で震える視界、着地の度に微弱な振動が返ってくる地面。

 カウント8、更にもう1ループ。

 踊る上で若干のリズムの気持ち悪さを覚える区間を最速の体捌きで凌ぎ切り、跳ね逃しも無いままダンスを続行。

 シミュレーションだけ(ぶっつけ本番)の状態で肉体ぶん回し始めたけど、2ループ半こなして漸くこの動き(振り付け)にも馴染んできた。

 僅かながらも生まれる余裕が、欲しかった自信を産んで。自分に精一杯で見えなかった景色が、どんどん細度(解像度)を上げていく。

 加速していく心臓が、どこか遠い他人事のように感じられた。

 キレが増す。

 減速を始める世界の中心で、私が支配する異世界の片隅で、ありったけの音と光を受け止めて反射しよう(・・・・・)。

 

 調べた曲名の意味通りの、メズマライザー(反射装置)として!

 

 冴えた頭が体を緻密に制御して、今は表情にだって気が配れそう。

 

『──心臓の鼓動!』

 

 ──カウント15、そして迫る16。

 ここから先の動きは勿論分かってた。1カウントだけミクが刻んで、映像(MV)ではそこから先のダンスはテトの方に切り替わる。

 この間の動きを繋げる必要は無かった。だって切り替わる前の〆と、切り替わった後の最初のポーズは同じなんだから。

 刹那に生まれる、ほんの僅かな呼吸のチャンス……だった、筈なのに!

 

(猶予は1カウント少し……!)

 

 ……何故だろう。

 これまでただ忠実に再現していただけだったのに。

 16を踏むと同時に、私は大地を全力で蹴っていた。

 澄んだ視界だった。

 少しだけ余裕の出てきた意識は、その瞬間どうしようもないほどに自我を覗かせて……

 

 "タァンッ!"

 

 気付けば音にノっていた。

 自然とはしゃいでいた心が、私の意識を置き去りに体を飛ばす(・・・)。

 

 アニメも、漫画も、音楽も、ダンスだって。

 これまで教えられ、学び、覚え、楽しんできただけだった私は……履修者(模倣者)でしかなかった私は、その瞬間。

 

 勢い良くかましたアドリブ(押し寄せる衝動)で、表現者(・・・)へと生まれ変わる!

 

 ──ジャンピングターン。

 

 パートが切り替わるまでの、その一瞬。

 1カウントと少しの隙間を、次のカウントと同じポーズで繋ぐのも楽しくないなって。

 振り付けを無視した衝動(感性による発作)が私を飛ばす。

 ステージを完璧な出力で踏み切って、右回転のスピンをかけながら刹那に宙を舞う。

 愛して止まない自慢のフィジカルは助走なしで1mは私を跳ねさせ、視界は一秒に満たない360°の旅に出る。

 

 弾む胸が突き動かした。

 

 熱を持つ体が切る風、高速で移り変わる景色。

 認識する余裕の無かった、人垣。

 一人一人ちゃんと見れていなかった、人の顔。

 コスプレをしている人がいた。私服で見物に来た人がいた。さっきまで踊っていた人もいた。踊りをやめて手拍子をしてる人もいた。後ろには今もペンライトを振っている人がいた。そして……私より小さな子供もいた。

 色んな人が、様々な人が、長方形状のステージを囲むように人垣を作っていて……全ての視線が、熱狂が、興奮が、驚愕が……あらゆるエネルギーが、今は私だけに注がれている。

 色(いろ)、彩(あざ)やか。

 ゆっくりと流れている私の体感時間。電車から見た窓の外(景色)より、それでも経過(移ろい)の早い旅路の中──やっと探していた顔へ認識(・・)が辿り着く。

 

 ……どうして私が咄嗟に飛び跳ねたかなんて、自分のことだから本当は分かっていた。

 着地して再度のポーズのループに入る前に、ふとよぎってしまった都合のいい妄想。

 

 ──蒼穹より透き通る空色の髪を持つ、背の高い少年はもういない。

 何を言っても、何をするにも、"いいよ"と言って付き合ってくれた少年は、今は隣に居ないのだ。

 ダンスパートの切り替えタイミングで、もし彼が今ここに居たのなら……そんなくだらない想像だけで。

 きらきら輝く美しい景色が、この一瞬だけ朧気に見えた。

 焦点のボヤける視界に、私の隣で余裕そうにバトンタッチしている男の子の姿を幻視して……そんな楽しそう(幸せそう)な理想(願望)を振り切り、世界の彩度は戻る。

 ──分かっている、それは叶わない夢だって。

 彼の戦争はもう終わっていて、彼(アラン)はもうただの少年(新)で、こんな無茶苦茶(・・・・・・・)を一緒にやれる化け物(・・・)なんかじゃない。

 彼はもうどこにでもいるような、私より背の低い普通の学生だ。

 滅茶苦茶お金を持ってるわけでも、特別な才能で暴れてるとかでも、優れた頭脳や身体能力があるとかでも無い、15歳の子供だ。

 軽い運動だけでへばり、気を張りすぎて寝不足で倒れたり、家族に頼ることを躊躇する、ちょっと辛い過去があるだけの等身大の少年だ。

 

 今そうあることは……嬉しい。

 

 死んだ顔で心をすり減らしながら同世代の天才達を蹂躙して、神の敷いた運命の尽(ことごと)くを一人で孤独に軌道修正し続け、誰か信頼出来る人と一緒じゃなければ眠れない、贖罪と後悔と約束のためだけに生きていた──笑わない神童(・・・・・・)の旅は終わったのだから。

 

 彼の自我は、行動原理の一割にも満たなかった。

 恩師に託された生き足掻く理由と、半身に託された絶対に傷付けてはならない体と、彼岸に渡った友達に託された約束と、自分の育て親へ感謝を返すためだけに、私の相棒は戦った。

 人のためだけにしか自分を使えなかった少年は、この世界に来てやっと元に戻り始めたというのに……私のマウント(じゃれつき)にちゃんと感情を動かして、自分の意思で行動を選び始めたのに。

 

 それはいいことだと頭では理解してる筈なのに。

 

 今やっと平和で健全な精神状態で暮らせているというのに。

 一人で奇跡(・・)を世界に叩き付けるしかない私が、それでも。

 

 きっと簡単についてこれるだろう彼(・)を幻視してしまうのは──

 

 ──隣に君(・)が居ないのが、分かってても寂しいの。

 

 別人じゃないのは分かってる。

 声も姿も変わっても、君(・)は君(・)でしかなかったから。

 それでもただ一人、都合のいい夢(・)を女々しくも捨てられない私は、押し付けがましい望みを殺すため(諦めるため)に宙へ飛んだ。

 いつだって私を助けてくれた憧憬(少年)に別れを告げて、今漸く。

 

 ──彼の幻想と決別して、一人だけで舞い始める。

 

(……ほら、見える?)

 

 視線が交錯した時間はきっと0.1秒にも満たなくて。

 執着に侵された夢も、理想に被(かぶ)れた妄想も。叶うことのない傲慢なワガママ(・・・・)を全て隠して、汚く醜い奥底の本音を消し切った会心の笑顔で。

 

(──最高に可愛い私(相棒)からのファンサービスよ?)

 

 隣にいない君が見たくなって(君に会いたくなって)。

 弾む胸に突き動かされ、飛んでしまった空(現在地)から、お前だけに向けたウインクを叩き付ける。

 

 伝えた。

 音とリズムにノるままに、もう意識を配れる表情管理で、"今が楽しくて仕方が無いの!"と。

 届けた。

 ここ(・・)に来れて幸せであると、今(・)暴れられて楽しいと……"どうしようもないくらいのありがとう"を。

 

(自慢させてあげるから、そこで私に見惚れてなさい……!)

 

 ──慣性と重力を、幻想と共に引き裂いて。

 

 永遠にも思えた刹那は、心の折り合いと共に終わりを迎えて。

 高速スピンの勢いを力づくでぶち殺し、フィジカル任せに拍にポーズを間に合わせる。

 ──カウント、1。

 遅れて眼前へ舞う銀光。

 首から下を爆速で稼働させつつ、頭だけ逆側に振って応急処置。

 無茶な動きの反動の全ては筋肉で無理矢理受ける。

 不思議ともう、何の痛みすら感じない。

 

『残機は疾うに──』

 

 聴こえる声が切り替わる。

 聞こえる声は爆発的に増える。

 もう、一人で(・・・)踊るしかないこの曲の後半戦に、一人じゃないよ(・・・・・・)と叫ぶように音が増える。

 音楽のノイズ(雑音)でしかなかった筈のそれは、このたった10秒で姿を音色(・・)へ変えていた。

 体を打つ(・・)タイミングに合わせて音が鳴る(・・・・)。

 私だけに合わせるために、小さな世界が私へ鳴らす。

 微かなものでしか無かった、僅かなものでしか無かった手拍子(・・・)が、大合唱(・・・)となって私のためだけに鳴っていた。

 震える。

 揃った音圧が空気を揺らし、綺麗に揃えた指先と跳ねる服が、音によってぶれて見える。

 

 世界が私専用に変わっていく!

 

(最っ高のペースメーカーね!)

 

 始まりは彼が居ない彼の家だった。

 好きな曲を知らない間に私が踊れるようになってたら驚いてくれるかな? なんて、ほんの小さな悪戯心(サプライズ精神)で。

 最初は速度に振り落とされてばかりだったのに……今の私はと言えば、高揚感のままに踊ってしまえば曲を追い抜いてしまいそう!

 

『──擦り減る耐久性!』

 

 カウント8、更に3。

 ジャンプの余波で踊る位置がさっきより少しだけ前にズレていた。

 スペース? 無限にある。

 触れてはならない物のように、私の周辺では誰一人として踊っていない。

 全チェックポイントを(曲に振り落とされずに)クリアし(踊り切り)、二度目の休憩ポイントに入る。

 目を思いっきり瞑って、悲しそうな顔を可能な限り作りながら、3ステップ。

 転びかけてるみたいな体勢で両手を前に放り出し、そのまま小さく連続で──足裏の力だけで(・・・・・・・)横にちょこちょこ跳ぶ。

 かなりの前傾姿勢で体幹キッツイけど……まぁこれくらいなら余裕余裕! 最初の秒針再現より遥かにマシ!

 全身をピンと伸ばしたまま、ほぼポーズを維持して成功。初期位置から更にズレてるから、一回リセットするため軽くジャンプしながらポーズループを再開。

 

『目の前の──』

 

 1カウント目を空中でこなし、初期位置(踊り始めた場所)への着地に2カウント目を間に合わせる。

 カウント3、あとは16までポーズを2ループ決めるだけ。

 通し切った(・・・・・)。

 ……体が軽い。思った通りに動けるし、頭も周りの熱気が嘘のように澄んでいる。

 意識するまでもなく笑えてる私は、手拍子に合わせて体を跳ねさせながら曲を聴いていた。

 真剣(・・)を手に、必死(・・)から抜け出した頭は、歌詞を聴く余裕すらあった。

 

 若干雲に隠れつつあるお日様が光を降ろす。

 煌めく銀糸、視界の端で揺れる赤いリボン、肌に吸い付く黒い制服。黒手袋に包まれた指先はぴったりと揃っていて、短いマントは私に遅れて翻る。

 纏わり着く汗を動きのキレで吹き飛ばし、荒れそうになる呼吸を制御して、私は舞う。

 光の中で。ステージの中心で。幻(まぼろし)なんて何処にも無い現世(うつしよ)で。

 

 曲の詩(・)に、彼(・)の後ろ姿を重ねながら。

 

『──手一杯!』

 

 ──カウント、16。

 長いようで短かったダンスが、終わる。

 1カウント目だけ追加で踏んで、さぁ20秒と少しの奇跡に幕を下ろそう。

 生暖かい筈の涼しい風も、肌を撫でる音圧も、楽しくて仕方が無いリズムとも、これでお別れだった。

 全身を最後に弾ませて、脱力。

 右腕を下に放り投げ、左脇を閉めて。肘から曲げた左手は外を指差して、左膝は綺麗に外へと曲げる。

 最後の決めポーズだけは力を抜いた。

 速度とキレに全振りした動きから、解放されたかのようにふんわりと。

 次のタスクが無いからここだけはゆっくり出来た。

 揺れの制御を忘れた体が、地面と反発するようにふんわり上下して……

 

『誰か助けてね!』

 

 ──今度は不特定多数に向けたウインクを決めてから三秒後、思わず私はその場に崩れ落ちていた。

 

 爆発するような歓声と、異常なまでの盛り上がり。

 今日一騒がしい様相を見せる会場で──

 

 

 

「…………いやキッッッツ!!!!!」

 

 

 

 ──あらん限りの笑みを浮かべながら、私はそう叫んでいた。





"いやキッッッツ"でMV通りに踊れていい曲じゃないんですけど

備考:エミの出した回答
メズマライザーの8ポーズを止まらず繋げた爆速ダンスをしながら、ダンス用語で言う"ヒット"を拍に合わせて見様見真似で打ち続ければこの曲MV通りに踊って"見せる"ことは出来るんじゃね? で実際にやりました。フィジカルのゴリ押しにしても化け物(フィクション)が過ぎる。

用語:メズマライザー
2024/4/27に投稿された大バズ曲であり、作中時間においては投稿から丁度2周年直後。
極めて中毒性の高い曲であり、YouTubeでは軽く1億再生を超え、場末のニコニコでさえ1000万再生を突破している。
実際アニソンランダムダンスでは踊れる人はかなり少なく、マジミラ2025での3Dライブで披露された時のミクテトもMV通りには踊ってなかったりする
作詞作曲:サツキ、原曲歌唱:初音ミク&重音テトSV

……この回、色んな人に読んでもらいたいなぁ
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▼【 ――いいから黙って変身しろ! 俺の考えた最高のヒーローを見せてやる! ―― 】▼若い女性だけがその生命を燃やして戦う世界。▼『魔障対策局』の雑用係・神代蓮は、戦う力を持たない無力な男として、非日常を虚構に貶める日陰の仕事を淡々とこなしていた。▼だが、彼には誰にも言えない秘密があった。▼その脳内に人類の敵、【魔障】を飼っているということ。▼『戦う力』が欲…


総合評価:5180/評価:8.88/連載:25話/更新日時:2026年09月24日(木) 20:00 小説情報

ホラー系の世界に転生したのにあまりにも怪異がカラっとしている(作者:ない因習村:図書館に呪い本コーナーがある)(オリジナル:現代/コメディ)

 ホラー系の世界に転生しました。夜道を歩くと大概出会いますが、妙に冷めていたり、カラっとしています。どうすればいいでしょう?


総合評価:8371/評価:8.66/連載:37話/更新日時:2026年09月29日(火) 15:08 小説情報


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