異世界から持ち帰ってきた相棒をオタク沼に落とそうと思う(いせぬま) 作:ニキ/バハちゃん
曲のサビ同士が繋がり続けるイベントの中、ライブ開始から数えて、初めて音が止まっていた。
大歓声の音圧が各所のスピーカーを捩じ伏せて、同時に"こうなることが分かっていたようなDJ"が、そもそもの曲を止めている。
熱中観戦していた試合が
力強く叩かれる拍手喝采も、奇跡を見た子供のように感動してる顔も……この場にある熱気の全てが、ただ一人の少女に向いていた。
揺れ動く人波。
手が触れて、肩に押されて。夢中が産んだエネルギーの荒波が、理性を亡くして前へと迫る。
一目見たいと。少しでも近付きたいと。
世界を一瞬で塗り替えてしまった輝きは、ステージの最前列でへたりこんでいた。
そこにあったのは小さな輪。
その神秘性でもって誰も近付けさせない、畏怖と尊敬が作る空白の中心で、少女はぽかんと賞賛に晒されている。
曲を止めてでも作られた、奇跡を讃えるためだけの時間。
ミクコスのざくろが思わずといった形で抱き着いて、アイドルをやってるらしいM.Mは紅潮しきった顔で恐る恐るざくろに続く。
人波の中で声を聞く。
鳴る口笛が天へと響き、今まで味わった中で最も大きな拍手の合唱が空気を震わせ、意味を持たないただ大きなだけの喝采が轟く中。
衝動の大海に揉まれながら、その内からざわめきを聞き分けていた。
「えっあの子ヤバくない!?」「は???」「メズマライザーってガチで踊れるの!?」「うわよく見たらあの子超可愛い!」「いやいやいや……踊れてたまるかよあんなの……!?」「あの子、初めての参加だよね!?」「知ってる人? 絶対どこかの有名人だって!」「フィジカルがモンスター過ぎる」「凄いもの見た……」「あのウインクって絶対私の方向いてたよね?」「ファンサも良し、と」「揺れる胸元がえっちだった」「ビジュが好き過ぎる……結婚しよ」「何のコスプレなんだろう!?」「あの髪留めの赤いデカリボン、さっきセーラーみたいな胸元から抜いてたよな……?」「アカウント探せ探せ、絶対どこかにあるだろ」「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」「"いやキッツ"で踊れていい曲じゃないだろあれ!?」「なんでこんなイベントで世紀の化け物が発掘されてんの?」「肉眼で編集動画見せられた気分なんだけど」「超かっこよかったぁ!」「天使みたいな顔してるのに服装がロック系なのえっちすぎん?」「あの2人の知り合いなんだ……どこで見つけてきたの? アレ」「これ後で上がる公式動画絶対編集扱いされるだろ」「今回、大分遠征して来て良かった〜!!!」
──不協和音を奏でるざわめき。
ただ、遠く。
少女からは遥かに遠く。
物理的な距離の話じゃない離れきった居場所から、俺は海の波紋を聞いていた。
……対外的な、彼女の評価を。
「……!」
人垣に埋もれていた筈だった。
足りない身長と貧相な肉体で。
それでも俺をぱっと見付けてくる少女は、可愛い女の子二人をぶら下げながら、目を細めて笑いかけてくる。
穏やかで、優しくて、少し悪戯っぽい流し目で。"どう? 驚いた?"とでも言いたげな顔で。
ざわめきなんて知らないように、俺だけに笑顔とピースを向けてくる。
「……♪」
人の声が増す。
自分の方を見て笑ってると誰かが言って。
人の声が増す。
可愛過ぎて限界だと誰かが蹲って。
人の声が増す。
あれ? あの子やっぱ俺の事好きなんじゃね? と童貞が勘違いをして。
人の声が増す。
彼女の隣に居ない
人の声が、増す。
戻ってきたエミのドヤ顔に、努めていつも通りに笑いかけた。
"凄かったよ"とか、"お前やば過ぎ"とか、普遍的な感想を言いかけて……「流石は俺の相棒じゃん」と、彼女が一番求めてるだろう言葉に変えた。
傲慢な賞賛に一瞬きょとんとしたエミは、咀嚼すると同時に今日一の破顔を見せる。
「当たり前でしょバーカ!」と荒れた息で背を叩かれ、衝撃でつんのめる俺を片腕で受け止めるエミは、本当にご機嫌だ。
この細い体のどこに詰まってるんだと言いたくなるパワー。抱き着きのマッチポンプを食らう中、アニソンランダムダンスの先輩二人は興奮のままに話しかけてくる。
"この子、私の知り合いですが?"と周りに若干のマウントを振り撒いて。片や少しだけ引きながら、片や凄い凄いと純粋に感動しながら、口々に感情を表現する。
「(……エミちゃん、魔力で肉体強化してなかったんだけど)」
「(……まぁエミだし)」
いや魔法であっててくれよ、そっちの方がまだ現実味あるわ。なんでこの子素のフィジカルだけでメズマライザーのMV踊れてんの?
刹那の小休止を経て、もう一度曲が流れ出した。
何時か聞いた事のあるその曲は、七年の月日の流れでどのタイトルだったか思い出せなくて。
"あ、知ってる! てかイベント中じゃん!?"といった感じで、ざくろが最前列へと飛んで行った。
「何だっけこの曲?」
「第ゼロ感だよー、スラ
「あー……」
なんか絶妙にダサい謎の振り付けを20人単位でかますその風景を眺めながら、M.Mさんの返答で思い出す。
見ていないけど、知っていた。妹の布教の影響でボカロにはそれなりに詳しいが、それ以外の分野の知識はぶっちゃけ人並みだ。
加えて、かつてオタクをやっていた頃の記憶はもう遠過ぎる。……昔持っていた
だとしても、こんな振り付け変だったか? 一見あれ子供の駄々だけど。なんであれが一番知名度の高いもので通ってんだろ?
「アランのプレイリストには無かったわね?」
「あれ? エミ、前出ないの?」
「いや休憩させて!? 流石にあれから連続はキツいって!」
「うち視点、メズマライザーのMV再現かましてまだ会話出来てる時点でおかしいよ???」
軽く
勢いよくボトルを半分行く彼女の体は、リズムを取りながら揺れていた。
目は、前。ダンサー達の動きを忙しなく観察しているのは、直前の自分の動きと比べて……次の乱入のためのフィードバックをこの瞬間にしているからだろう。
この子は、まだ出る気だった。
恐怖も失敗も何も恐れず、面白くて楽しくて輝ける未知に、全力で飛び込んで遊ぼうと──
「あ! この曲知ってる!」
「よし、うちも行ってくる!」
「うん、行ってらっしゃい」
曲が変わる。
Honey
残りの二割は当然の顔で両翼に立つ男性で。黒スーツに身を包んだプロデューサーが片側にいれば、もう片側には筋骨隆々のマッチョが短パン+法被+サイリウムを刺した鉢巻で『可愛い』を舞う。
……ちなみにエミがこれを知っているのは俺のプレイリストに入っているからだ。
『プレイリストにラブソング無さそう』と俺を刺し殺したざくろは、集団の先頭に陣取っている。
『せかいっいっちー……?』
「「「「「「「「「「可愛い!!!!!」」」」」」」」」」
『宇宙っいっちー……?』
「「「「「「「「「「可愛い!!!!!」」」」」」」」」」
会場がオタクの(野太い)コーレスで揺れていた。
前列のダンススペースの後ろでは、コッテコテのオタクファッションコスプレをした集団が、サイリウム二刀流で
エミが居るのはその前列と後列の中間。
曲しか知らずアドリブしか出来なそうな彼女は然し、前に並ぶ人を見てその場である程度振り付けを合わせて踊る。
化け物のようなフィジカルと動体視力で、ただその世界を楽しんでいた。
(……メズマライザーだけしか、踊れないのか?)
曲が変わる。
前曲から一気に趣向を変えた、俺の知らない歌唱音源の『威風堂々』
最前列に動くのは前見たイケメンのお兄さん含めた、恐らくプ
ざくろはメズマライザー込みで四曲続投らしい。凄くキツそうだけど……その顔は満面の笑顔だった。
(……振り付けを知らなくても、エミは
「凄いなぁ……」
戻ってきたM.Mを出迎えながら、視界は前の熱狂を捉えていた。
その場所に恥ずかしさなんて無かった。
自分はかっこいいんだ、これが好きなんだと全身で表現するように、ダンサー達が踊る。
キメッキメに、カッコつけることを恐れないように、音を体で取りながら最前列は表現する。
エミも、ざくろも、他のコスプレイヤーも、私服の人も。
あの場には、光があった。
「……楽しめて、無い?」
「いや、なんか……かっこいいなぁって」
「かっこいい?」
曲が変わる。そして、世界が動く。
『ハレ晴レユカイ』という古典芸能を前に、それまで踊って無かった人達も、一斉に前へ前へと進んで行く。
多分、きっと。M.Mも踊れる筈だったのに、然し彼女は俺の横に居て。
続きを促すかのように、俺の顔を覗いている。
「……出なくていいの?」
「うん、いいよ。……だって、君が一人になっちゃうじゃん」
「優しいねぇ」
「これでもうちはアイドルだからね!」
アイドル=優しいもの。M.Mの中ではそう迷いなく繋がっているらしい。
自然とそれを選んだM.Mに感じるのは申し訳無さ。俺なんか気にせず前に出てくれていいのに、
「ねぇ上城くん、君に推しっている?」
「うーん……ギリ、エミか? あ、やっぱM.Mさんで」
「ファン増えちゃった!? いやそうじゃなくて!……例えばさ、
「そりゃ当然。好きな
曲が変わる。世界は更に熱気を増す。
二曲続けての古典芸能、『ルカルカ★ナイトフィーバー』の発令によって、会場の盛り上がりは二度目の最高潮に達しようとしていた。
ざくろがクソしんどそうな顔で、それでも超楽しそうに振り付けを踊っている。
エミはわくわくが止められないように、周りの人の動きを即興でトレースし続けている。
前列から後列まで、多種多様な人が恐れずイベントを楽しんでいて──
「それと同じなんだよ?」
「え?」
「私はね、自分の好きな物を人に好きになって貰えたら、少しでも楽しい思い出として残ってくれたら嬉しいから、今君の隣に居るの」
「……ああ、本当に」
思い返してみるならば、それはこの場で幾度と無く見てきた光景だった。
人に楽しんでもらいたい、喜んでもらいたい、好きになってほしい。そんなオタク特有の動機でもって、このイベントは回っている。
初心者への配慮だったり、エミの送り出しだったり、遡れば
(かっこいいなぁ)
これまでの事柄に芯を一つ通すのならば、この場にあるのは徹底して『各々の好きの表現』だった。
ダンスも、初心者配慮も、送り出しも、
「──自分がかっこよくないからさ、
「……そっかぁ」
困ったように、それでも誤魔化さずに、M.Mに笑いかける。
彼女は否定も肯定もしなかった。
下手な慰めも、思考転換を勧めるでもなく、ただ彼女は隣で俺と同じ景色を眺めている。
「……今日はうちと一緒に、見て楽しも?」
更衣室で出会った、ツートンヘアのイケメンさんを見付けた。
俺とあまり身長の変わらない彼は、自信満々に
ちゃんと
『じゃあ私以外の趣味早く見つけなさいカス』
「…………」
──外周から
拍に乗せたクラップハンズは、爆音に掻き消えていく。
******
見ていて楽しいイベントだった。
そんな感想を改めて抱いたのは、曲の切り替えで
サビメドレー形式のアニソンランダムダンスで、曲が最初から流れることは稀だ。
イベント開始から体感でもかなりの時間が経っていた。
だからこそ直感で分かったんだ。
これが最後の曲だって。
『踊ってるだけで退場──』
かなりの曲を経て、踊り手達はみんな疲れ切っていて。
それはエミもざくろも変わらないのに、今日一番の
『オドループ』
「行く?」
「いや……ここで見てたいかな」
「はーい」
「M.Mさんは行ってきたら?」
「それは出来ない相談です!」
至近距離でないと会話が聞き取れない程の、会場の異常な盛り上がり。
誰でも滅茶苦茶踊りやすいからこそ、最後の大団円としてこの曲が選ばれたんだろう。
これまで一度も前に出なかった人が、何人も前へ出て。
ダンススペースは今やお祭り騒ぎだった。
『踊ってない夜を知らない!』
サビと同時に、外周の観測者達までもが踊り出す。
『踊ってない夜が気に入らない!』
明確に歌う目的の人は、きっと数少ない。
『踊ってない夜を知らない!』
なのに口ずさむ人が多過ぎて。
『踊ってない夜が気に入らないよ!』
自然とそれは、合唱になっていた。
『気に入らない夜なんてもう僕は知らない!』
意図してクラップハンズを続けた手の平は赤みを増して、若干の痛みさえ走っている。
『踊ってない夜がない夜なんて──』
そうして──
『──とってもとっても退屈です!』
イベントは終了した。
オドループは〆として極めて常連組です(実体験)
用語:第ゼロ感
配信開始2022/11/9、映画『THE FIRST SLAM DUNK』のエンディング主題歌。
週刊少年ジャンプで連載されていた伝説的バスケ漫画『SLAM DUNK』の最新リブート映画として話題になっ……2022年マ???
振り付けは謎に『セイキンダンス』が流行っていた。何故に???
アーティスト:10-FEET
用語:世界一可愛い私
MV公開2024/5/3、ゲーム『学園アイドルマスター』に登場する藤田ことねのソロ曲
新のプレイリストに入っていたラブソング? HoneyWorksあるもんと言っていたヤツ? これですけど何か?
作詞作曲:HoneyWorks、原曲歌唱:藤田ことね(CV:飯田ヒカル)
用語:ハレ晴レユカイ
発売日2006/5/10、TVアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』のエンディング主題歌
ED映像でキャラクター達が踊る振り付けが有名で、かつてのインターネットにおける『踊ってみた』文化を代表する一曲
2026年現在、実に20年前の曲らしい
ギリ、私が生まれた後の曲
作詞:畑亜貴、作曲:田代智一
原曲歌唱:平野綾、茅原実里、後藤邑子