異世界から持ち帰ってきた相棒をオタク沼に落とそうと思う(いせぬま) 作:ニキ/バハちゃん
「こっち向かないの?」
「振り返ったら事故でキスしそうだからヤダ」
「なにそれ」
リビングに敷かれたウォーターベッド。
他のやるべきことを全て放棄して、背中合わせに転がる俺とエミ。
ギリギリ体は触れず、髪と服だけが擦れるような距離で、言葉を返す。
「今日、楽しかったなぁ」
「そうねぇ……私なんて、二次会でダンス即興で踊って撮ったし」
「ジャストで雨止んだの凄かったよな?」
「私の輝きに雨が耐えられなかったのよ」
「なんだそれ」
水魔法を極めた人間が雨に嫌われるのは、一体どんな因果なのだろう。
射し込む夕陽に照らされたエミは、一等星のように綺麗だった。雨が輝きに耐えられなかったと本人は冗談めかして宣うが、異論を挟める人はきっとこの世界には居ないのだろう。
「ダンス好き?」
「好き……違うわね、好きだったみたい」
「向こうじゃそんな素振り無かったもんなぁ」
「自由度と温度感がこっちと比べたらクソだもの、舞踏会は嫌いよ。……だから、こんな形での体の動かし方があるのは新鮮だったわ」
「日本好き?」
「好きよ? 友達にはもう会えないけど、楽しめる物の多さなら断然こっちの方が気に入ってるわ」
「じゃあ俺のことは?」
「はぁ……そういうだるいとこ含めて、好きよ」
呆れた声でそう返す彼女は、普段よりも素直だった。
照れ隠しに『だるい』だけで会話を切らず、認めた上で、答えてくれる。
そんなところに、優しさが垣間見える。
「今日さぁ」
「うん」
「俺、一回も踊れなかったんだ」
「あれって能力? 精神?」
「どっちも」
遠慮無いなぁ、本当に。
「──踊る人を見てた」
……そうして俺が語り始めるのは、今日の出来事の振り返り。
「前に出る人はみんな自信を持っていて」
アニソンランダムダンスというイベントに参加して、
「自分の
観測したダンサー達の、意思。
「目的を持ってイベントに来てて、人目なんか気にせずコスプレして楽しんでて」
心からはしゃぐ人達を、外周からちゃんと楽しめていた俺は、
「中には女装する男の人とか、俺と変わらない身長の人がガチガチにおしゃれしてたりしててさ」
「──全部、普段なら
きっと、
「きっと、気にすることもなかった」
──自分に無いものを、羨ましく思うことも無く。
「……生きるのに目的なんて無くて」
異世界から帰還して、七年振りに帰宅した自分の家は、コスパだけで選ばれた飲み物と飴の袋と、カップ麺の残骸くらいしかなくて。
「異世界に飛ばされても、帰る理由は受動的なものばかりで」
片付けをサボっていた引越し荷物の山と、家族から貰った漫画やラノベとパソコンがあるくらいで。
「人との約束と親孝行……帰らなきゃ駄目って目的は決まってても、内発的な
アニメも、最新の漫画も、音楽も、ゲームだって、帰ってきてから自発的に
「……
かつて受けた虐待で、俺は
『自分より苦しんでいる人が世界には幾らでも居る』と何度も何度も父は述べ、
それを受け入れてしまった俺には、根深い
「元々知ってたんだ。ああ、俺って、自分から目的を作るのも、自分の
そう。
知っていたんだ、それは。
そして、
気に留めたことなんて、無かったんだ。
「エミが日本に付いてきて、なら楽しんで貰わなきゃって
きっかけは何だったのだろう?
……多分、最大の要因そのものは、あのメズマライザー。
でもそれはトドメであって、主因の全てじゃない。
「人に基いた、
言葉を重ねる。
それはいっそ過剰なまでに。
理解を求めてどこまでも語っている訳じゃない。
……理由を言うのが、恥ずかしいから。
冗長に、話を引き伸ばして。
「──今日、多分初めて、
「──そっか」
言葉を何も挟まず、ただ静かに聞いてくれているエミに、
……背中越しに、やっと口にする。
「……聞いても、笑わない?」
「笑わないわ。絶対に。死んでも」
「重っも……」
早鐘を打つ、鼓動。
それが分かるだろう距離に居る相棒に、何度ともしれない深呼吸の末に。
何十秒も、何分も掛けて、やがて……
「──かっこよく、なりたい」
……秘めていた、
「滅茶苦茶なイケメンになりたいとか、モテたいとかじゃなくて」
どこまでも恥ずかしい、自分の意思で出来た、淡過ぎる
「気付いていたけど、別に気にしなかったことを……直すことが出来るのに、直そうとしなかったこと」
大きなことでも無い、きっと
「身長を伸ばしたいとか、筋肉を付けたいとか、そういう次元じゃなくて。もっと手前の──」
帰還した直後に、身長で負けていたのを知った。
その日の中で、筋肉の無さを見た。
「──常態化してる猫背とか、
並んで歩く上で、自分の猫背に気付いた。
靴の揃え方から、自然とがに股になっていたのが分かった。
「──かっこよくなりたいっていう、頑張れる筈なのに恥ずかしがって、別にいいかって無視してきた、
気付いても、別にいいかと流すような、
そんな、ちっぽけなコンプレックスを。
コンプレックスだとも思っていなかったことを、
上城新越しに、エミを見て。
「……少しでも、エミの隣に居て変に思われない人間に、なりたい」
メズマライザーのジャンピングターンの最中、俺にだけ送られたウインク。
その後の祝祭の最中、一番に俺に駆け寄ってきた、息も絶え絶えの
それが向けられる、俺という
「──その目的。私が理由なのは同じなのに、いつもとどう違うの?」
「……それ、は………………」
締めた言葉は、また
……それは、逃げだ。
自分の心を一番理解しているのは自分なのだから、
それがまた、恥ずかしさから逃げるための理由だと、心で分かる。
嘘では無い。
でも、まだ語り切れていない。
理由を。
本当の、自発的にそう思った理由を。
「──
……躊躇った末に、吐いたのはそんなもの。
「どうせこれからも振り回されるだろうし、イベントに連れてかれるだろうし、だから少しでも見てくれを良くしてエミが変に見えないようにしたいってのも、本当だけど……」
「うん」
「単純に、さ。……
「…………そっかぁ」
──アラン君の体では、きっとそうは思わなかった。
「上城新が蒼音エミと暮らしてみて、そう思えたんだ」
何もかもが彼女に劣る人間。
完璧でないからこそ、比較すらしなかったことを比較して。
どこまでも光り輝く君と、ただそこら辺にいる一般人を比較して。
気にもしなかった、コンプレックスでも無かった
持てなかった目的と感情を。
生んだきっかけは、君だった。
「……応援、してくれる?」
──イベントで入った、更衣室。
あそこで意志を持ってコスプレをしていく人達が、
あそこで着れなかった
それを何時か着れる日の俺が、
そうなれる日を迎えるまで、頑張ろうと思った俺を──
「──忘れたの? 私はいつだって盲目的に、あなたの味方よ」
「──いつも、いつでも、何があっても。私は盲目的にあなたの味方で居るわ」
ごそごそと、微かな音の後。
どこまでも優しく、髪に彼女の手が触れて。
……愛おしそうに、撫でてくる。
「あー………………ほんっとうにお前さぁ……………………」
両手で思わず顔を隠す。
きっと馬鹿みたいに赤面してる顔を、彼女に見られたくなくて。
「エミー」
「なあに?」
「…………好き」
「知ってるわ」
俺だけ聞いといて、俺が言っていなかったことを言った。
さっき素直に答えてくれた彼女が不公平にならないように、照れ隠し無しの、いつもの雑に放つ
……俺、どんだけこいつのこと好きなんだよ。たった二文字の言葉なのに、なんでこんなに恥ずかしいの?
いっそムカつきながら顔をベッドに叩き付け、もう本日の本音営業は閉店ですとばかりに、寝にかかる。
頭上から聞こえるくすくす笑い。
負け惜しみを言うように、最後に絞り出した言葉は
「……エミー」
「なあに?」
「おやすみのキスしてー」
「歯磨いてないから嫌よ」
「お前さっき風呂入ってたろ」
……ああ、本当に、何度目なんだろうなこのやりとり。