~ホグワーツ特急列車にて~
無事に諸々の買い物もすませ汽車に乗れた桜は今座るためのコンパートメントを探していた。どこもかしこももう既に貸し切りとなっており異国から来た桜が入る余地などない。どうしたもんかと途方に暮れているとちょっと、と声をかけられた。
「あなた新入生よね、東洋人?ここ開いてるから座っていいわよ」
「え!?いいんですか」
「ちょうど一人で退屈してたの。ほら、はやくはやく」
腕を引かれるままに声をかけてきた少女のコンパートメントへと入った。少女は長いブロンドの髪と翡翠の瞳をもち、いかにも英国女子といういで立ちをしていた。みるところ身長も同じだし新入生でしょうか。
「ありがとうございます。私はサクラ・ホンジョウ、あなたは……」
「ソニア、ソニア・ロングボトム。今年の新入生よ。よろしくねサクラ」
差し出された手はどこまでも色白で少し血色が足りない。それでも友好の証のそれを私は喜んで取った。
「ところであなたの出身はどこなの?中国や台湾からの留学生は多いけど訛りがちょっと違うわよね」
「日本です。中国より東の島国から来ました」
「ジパング!噂には聞いてるわ!黄金の島のマホウトコロね」
コンパートメントで向かい合うようにして座り私たちは談笑に興じていた。ソニアが聖28一族の出身と聞いたときは驚きましたが、貴族然とした上品な振る舞いはそのまま、異邦人にも気安い友人のように接していただけているところを見ると人柄はとても良いようです。これは最初の友人としては大当たりを引いたのではないでしょうか。内心でガッツポーズを決めているとソニアは不思議そうな顔でまた尋ねてきた。
「でもマホウトコロは七歳から通うのでしょう?どうして中途半端な時期にこっちに留学してきたの?」
「あぁ、私スキップしてきたんです。日本では義務教育の中等部過程まで終了したら後は個々人の自由なんです。ほとんどはそのままマホウトコロの高等部に進学するんですけど、ちょうど文化交流の留学生の話が舞い込んできたのでこれを機に新しい学問を学ぶのもいいかと思ってこちらに来たんです」
「へぇ!あなた優秀なのね!」
「そんなそんな、えへへ」
素直に手をたたいて褒めるソニアに照れくさくて頭の後ろをかく。母国でも褒められたことは多かったがこうやって異国の人間に褒められるとどこか違う感じがしてこそばゆい感じがします。
「そっか、そしたらあなたはレイブンクローかもね」
「ホグワーツの寮の一つですよね。お恥ずかしながら私まだこちらに来たばかりで寮分けのことに明るくないんです。もっと詳しく聞いても?」
「えぇいいわよ。ホグワーツの寮は四つあることは知ってるわよね?一つはさっき言ったレイブンクロー、探求心に溢れたところよ。他にグリフィンドール、ハッフルパフ、スリザリンがあるわね。どこも有名な魔法使いを輩出しているし、優劣があるわけじゃないのだけれど……スリザリンへの当たりは強い傾向があるわ」
彼女はスリザリンの話をしてから一瞬、どこか憂いた顔をした。なにか思うところがあるのでしょうか。しかしすぐに切り替えて別の話をしだした。うぅん、どこか闇がありそうですね。ロングボトム家は光の陣営側だったとはいえやはり純血一族、純血主義のスリザリンとはなにか諍いがあるのかもしれません。
「ね、マホウトコロでの生活も聞かせてほしいわ」
「うちの学校ですか?ホグワーツと違うところといえば、やっぱり学年と寮分けが無いことですかね」
「寮分けが無い……想像がつかないわ。でも差が無くてそっちのほうが暮らしやすいかも」
「そうなんですけどね~嫌なこともあったというか……」
そう、マホウトコロは寮分けがない。差が無くてよいと思われがちだが実は悪い部分もある。団結意識が薄まるのだ。よく言えば個人主義、悪く言えば薄情。課題を忘れたって仲がいい友人じゃなければ助けないし寮全体で過去問を作って後輩に渡すなどということもない。故に成績が思うように振るわない者たちが続出するのだ。おかげでマホウトコロは実力派の魔法使いを多く輩出しているが、もう少し生徒の生活に配慮があってもいいと思うのだ。そこは古い慣習にとらわれがちな日本人の悪い癖といっても過言ではない。
「私はなんとか学友に恵まれましたが、ボッチはそれはそれは大変そうでしたよ……」
元気かな、クラス分けの最初の日に「ただの人間には興味ありません、この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい」って言って次の日不登校になった花子ちゃん。
遠い目をしながら昔を懐かしんでいると汽笛の音が鳴り響いた。
「どうやら着いたみたいね、あれがこれから私たちが過ごすことになる、ホグワーツ魔法魔術学校よ」
窓の外には、湖の中央に荘厳に聳え立つ大きな城があった。
――――――――――――
ホグワーツはおよそ十世紀、993年に四人の偉大なる魔法使いたちによって創設された魔法使いを育てる学び舎だ。おそらく世界でもっとも有名な魔法魔術学校であるだろう。現在の校長はアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア。千年に一人とさえ言わしめた大魔法使いだ。
船に乗って湖を渡り、城内に入った桜たちはマクゴナガルという教師に案内されていた。
「まずは、ホグワーツご入学おめでとうございます。今からみなさんには組み分けの儀式を行っていただきます。アルファベット順に名前を読んでいくので呼ばれた者は壇上にお立ちになること、いいですね?」
厳格な教師然としたマクゴナガル教授の言葉に新入生たちはピシッと背筋を直す。まだまだ遊びたい盛りの子供をこのように宥めるとは、この人はかなりのベテラン教師のようです。日本の時のように問題を起こして怒らせないように気を付けなければ……
そう決意するが桜は相も変わらずトラブルメーカーとなり毎月呼び出されるようになることを彼女はまだ知らない。
「ねぇサクラ」
「ソニア、どうしましたか?」
小声で話しかけてきたソニアに同じく小声で返事をするとソニアは少しまごついてから震えるように言葉をこぼした。
「もし、もし私がスリザリンにいったとしても、あなたは……」
「新入生の皆さん!時間です、ついていらっしゃい」
ソニアがなにかを言いかけたがタイミング悪く組み分けの時間が来たようだ。悲痛そうな顔をした彼女はそのまままたなにか言いかけようとするが前に進む生徒たちに押され、結局何も伝えることはできなかった。
ソニアは一体何を伝えたかったんでしょう。それに最後に見せた顔、なんだかとっても悲しそうな顔でした。
チラチラと少し後ろにいるソニアを見ながら桜は思案する。もし私がスリザリンだったら。汽車の中での浮かない顔はこれが関わっているのだろうか。きっと彼女は軽蔑されることを恐れている。スリザリンという世間一般では不名誉とされる寮に入ることに恐れを抱いてる。
そんなこと、一切思う必要はないのに。
私が考えているよりもホグワーツは寮意識が強いのかもしれない。それこそ、家や政治が絡んでくるぐらいに。今はただ、新たな門出を迎える友人が悲痛そうな顔をしているのが桜は辛くて辛くて仕方がなかった。
組み分けは順調に進んでいった。どの寮にも均等に配属されていくようで偏りはあまり感じられない。帽子はときに悩み、ときに即決している。その人の資質、考え方、人柄、家柄、一体どういう基準で選んでいるのだろう。悶々と思考を張り巡らしているとついに桜の番が来た。
「サクラ・ホンジョウ!」
珍しい発音の名前に周りが少し騒がしくなる。やはり東洋人の留学生は珍しいらしい。確かに東洋人の留学生は珍しいが周りが囁き立つのは幻の島のマホウトコロからの留学生というのが大きな理由だということを、桜は知りえることはなかった。
壇上の椅子に座ると頭に組み分け帽子を被せられる。そこで桜は気づいた。これ開心術の
『ふむ、これは珍しい、マホウトコロから来たお嬢さんだね?』
桜のテンションは振り切れた、それはもう振り切れた。ここまで高等な技術で編み出された魔道具など知らない!開心術といういまだ研究も完全になされていない魔法を更にエンチャントしただと、そしてこの帽子は意志を持っている!どうすればそんな古代技術の玉手箱のようなことができようか。知りたい知りたい知りたい!私はこの魔法の仕組みを知りたい!
『ふむ、お嬢さん、好奇心はいいことだが強すぎるのは返って危険だ。できれば私のことはあまり探らないでほしい。ただの帽子でも、あの人のことは自分だけの秘密にしておきたいのだよ』
そこで桜はやっと自分が無意識に開心術返しをしていたことに気づいた。
「ハッ、すみません、あなたのような素晴らしい帽子に会えたことがとても嬉しくて……無遠慮でした。失礼をお許しください……」
『ふっふっふっ、いやいや怒ってなどいないよお嬢さん。ただ自分も少し驚いてしまったよ。まさか新入生に心を覗かれそうになるとは……なるほどなるほど君はとても優秀なようだね、ここまで才能ある子は私も数えるほどしかない』
感慨深く帽子はうなる。さてどうしたものか、直感ではまさしくレイブンクロー。この子は探求心に満ち溢れている。既知も未知も、全てを知りたいという欲に満ちている。しかし大事なのはこの子がどこに進みたいかだ。帽子がすぐに決めれないのはそこにあった。この子は、もっと似合う寮がある。古ぼけた思考の中に確かにその勘があった。
当の桜は帽子の本心からの誉め言葉に少しうつむく。
「そんな、私はただ運が良かっただけです。良き友人と良き教師に恵まれたただの凡人です。確かに人より努力している自覚はありますが、その意志も行動も、全部周りに支えられてできたことなんです。才能なんて、そんな言葉で片づけられることじゃないんです」
心の中の会話だったからかもしれない。少しだけ本音が溢れてしまった。桜は確かに天才だ。しかし本人は正直にそう思ったことはない。だって桜は一人になったら何もできないことを知ってるから。マホウトコロで一人でいる子を何度も見てきた。何もかもにも絶望して何にも手に付けられない、未来に光を見いだせない。その目を知っているから。本条桜が何よりも怖いものは、孤独だった。
だから彼女は周りに持ちうるだけの礼儀を払う。自分はどこまでも謙虚に礼節を弁え、友と家族には最大限の感謝と謝礼を伝えた。全てはこんな自分の隣にいてくれる人に報いたいがため。
「私はただの人間です。まっとうに生きているだけの。たまに羽目は外しちゃいますけどね」
『なるほど、君はとても優しいんだね』
仲間想いで、愛が深く、礼節を弁える。グリフィンドールでならこの子は仲間と助け合い、ハッフルパフでなら感謝を忘れず、スリザリンでなら真の友人に手を指し伸ばすだろう。
ただ彼女の中では天秤はこちらに傾いているらしい。
『君がそこまでそれを重んじるのなら、そうだな、忠義に厚く決して誰も裏切らない君は、
ハッフルパァァァァーーーフ!!!!!」
そこで割れんばかりの歓声がとある席から沸き起こる。
ただ一人、ソニアだけが翡翠色の瞳を隠すように俯いていた。
桜がハッフルパフの席に着いた後、周りの者たちが好奇心で目を輝かせながら彼女を質問攻めにした。
「ねぇあなた!マホウトコロの留学生よね?前々から噂になってたのよ!」
「ニンジャ!ねぇニンジャはほんとにいるの?もしかして君もニンジャ?」
「スキヤキ!テンプラ!ハラキリ!」
どうやら自分は結構人の目を集めていたらしい。確かにマホウトコロは小さい学校ながら謎が多く、クディッチも大会常連校のため度々別の学校で話題に上がるらしい。そりゃ自分たちの学校にそんな謎の転校生がきたら興味津々になるよなぁ、自分でもそうなる。でもなんかさっき質問じゃない人いませんでした?
あまりの質問攻めに必死に一つずつ答えていた桜はふと隣に座った人物の気配にあれ?と思った。振り返るとそこには新入生であろう男の子がいた。さっき組み分けされた子だろうか。かなり顔が整っているらしく周りの女の子は同級生先輩問わずチラチラと彼を見ている。
「やあ、僕はセドリック・ディゴリー。同じハッフルパフ同士仲良くしよう」
「はい、私はサクラ・ホンジョウです。よろしくお願いします、セドリック」
差し出された手を握り返してまた桜はあれ?と思う。この子、どことなく不思議な感じがする。魔力の質なのか生来の雰囲気なのかは分からないが、なにかしっくりこない。コードを掛け違えたような、この感じ。どこかで似たようなのに会ったことある気が……
「ソニア・ロングボトム!」
そこで友人の名前が呼ばれたことで組み分けへと注意がそれた。
純血一族はもれなくスリザリン。それは暗黙の了解のようなものだった。ロングボトム家に引き取られてもそれは変わらないと思っていた。闇の魔法使いに養父と養母が襲われるまでは。
「ソニア・ロングボトム!」
自分の名が呼ばれ壇上に上がる。目の前の椅子に座ることがとても恐ろしい。結果は変わらない。なぜなら、
こんな呪われた血の私の手をとってくれたあの子が、私がスリザリンに入ったらどう思うんだろう。
歓声が鳴り響く席に向かいながら遠くに行ってしまった彼女を見て、私は壇上から去った。
ソニア・ロングボトム:本作完全オリジナル登場人物。ロングボトム家に引き取られた純血一族の少女。後に出てくるネビル・ロングボトムの義姉にあたる。