仲間に死んで欲しくないから追放して一人でラスボス倒しに行く英雄vs自己犠牲を絶対に許さない仲間たち   作:宇後筍

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Eli, Eli, Lema Sabachthani?

「救うだと?タップ、欲しくもないものを押し付けてくれるなよ」

 

 悪魔は気怠くそう言った。廃墟のごとく荒れ果てた玉座の間の主人らしく、煤けた藍の瞳がタップをじろりと睨め付ける。その身の栄達や友誼、輝かしい未来の何もかもを諦めながらただひとつ残った矜持だけがその身を支えていた。

 

「救われるものかよ、こんな(なり)で」

 

 最早救いなどはこの身に訪れないと、悪魔(ガリアン)は知っていた。

 

 友の何人を見殺しにしたか、悪魔は覚えている。例えそれが今このとき生き残っていようと、別の時間軸のことであろうと何の言い訳になるものか。

 

 霧を消し去りたい。悪魔を一人残らず殺し尽くし、人の世の夜明けをこの目で見たい。誰もがじわじわと迫り来る霧の中で絶望するこの世界が、こんなにも広いのだと教えてやりたい。

 

 そう思いながらも己は悪魔となり、とうとう友に似た悪魔を生み出してまで孤独を慰めている。

 

 何たる滑稽。何たる無様。

 

 嗚呼、妬ましい。

 

 隣を見やると若い頃の自分が瞳に炎を滾らせながらこちらを見ている。この世に不可能はないとでも言いたげな、全知全能を気取ったような無知無能の蒙昧がこちらを生意気にも睨んでいる。

 

 何故そのような目が出来るのか、悪魔は心底不思議だった。ガリアンが無能だから友があんなに死ぬのだ。本来であれば自責の念をもってこの場で命を差し出すべき罪である。

 

 タップは数百回前から《宮殿》を離れ、この若造の旅に同行するようになった。そこで何やら小細工をしていたのも知っている。最終的に同化した際に記憶を読まれるのを恐れたのだろう、ガリアンにその思惑を話していないようだったから魂胆は分からない。

 

 身を結ぶことのないその友の涙ぐましい努力をわざわざ無碍にすることもないだろうと、放置してきた。徐々に連れてくる仲間の数を増やしたりもしていたが、その分死人の数も増えた。

 

 現実は変わらない。この果てのない繰り返しの中で、少しずつ増える霧の吸収許容量だけが心を慰めた。

 

 だから、このやり方でいい。

 

 他にもしも方法があれば、それを知らずに友を何千人も殺した己を縊り殺してしまうから。

 

 老悪魔は掌を下に向け、若き英雄にゆっくりとそれを見せるように持ち上げた。

 

「頭を出せ、若造。苦しむ間もなく終わらせてやる。安心しろ、お前の放り出した物語は継いでやる」

 

***

 

 

「兄貴、俺ってこんな感じなのか?」

 

 不死たる英雄は心底嫌そうにそう言った。思想の根底を同じくしたこの老悪魔は、ガリアンにとって正しく悪臭漂う古池を煮詰めたような不快な匂いがする。

 

 タップと共にあるために真心により神への誓願を行い、『側にいる』加護を得たことは素晴らしい。

 

 これまでの自分を何人も取り込んで魔力を強化したことも実に結構だ、己とて同じ状況なら迷わずそうするだろう。

 

 だが、その力を持ちながら《宮殿》で引きこもって餓鬼のように拗ねごとを並べているのだけは我慢ならない。

 

 その力でもってすべての悪魔を殺せばよかったのだ。万民から悪魔の王だと恐れられようと、あらゆる存在から忌み嫌われようと、それでこれまでの全てにお釣りが来る。

 

 目の前の悪魔を見る。

 

 褪せた瞳。強大な魔力が宿るそれは揺るぎなく、そして地獄を思わせるほどに死に近い。

 

 弱い。

 

 これまで見てきた誰よりも戦闘に優れ、魔力を誇り、経験を積んだこの悪魔は——ガリアンには今にもくず折れんとする藁人形のように脆く見える。

 

「若造、お前は所詮まがいものだ」

 

「うるせえよ、てめえに言われたかねえ」

 

お前()に言われなくても分かってる)

 

「そう、(お前)にだけは言われたくねえ。お前は自分を英雄だなんて思っちゃいないんだ」

 

「俺は全員救ってみせる——誰かがそう望む限り……」

 

——分かってるさ、俺にもどうせ出来ない。

 

 心の弱さ、臆病さ。己の中にあるそれが形を取って目の前に現れれば、こうなる。タップのように微笑みながら進むことも出来ない。ラージルのように冷静でもいられない。ルルノアのように感情を素直に出すことも、サティアのように己を律したり、ファティヒのように飄々と受け流すことも出来ない。

 

 だからだろう、こんなにも目の前の悪魔に苛立つのは。何千何万の機会があろうと、いかに大言壮語を口にしようと、たかだか世界中から忌み嫌われる程度のことも覚悟できない腰抜け。それが己なのだと見せつけられてどうして平静でおられようか。

 

「そう——俺が殺した誰かがそう望むであろう(・・・・)限りは。誰だってそうさ、自分の命が無駄になるなんて許せるわけがない」

 

「そうだ、だから俺は霧を晴らすんだ」

 

「……ハ、ハハハ!!ひどい顔だな、若造。眠れないか?己の殺した仲間に顔向けできないと?」

 

「何を笑ってる……テメェに笑われるほどあいつらの死は軽くねえぞ!!」

 

「お前の無能を笑ってるんだよ若造がッ!!お前が『ぼくは辛いんです』とでも言いたげに甘ったれているのを見ると反吐が出る」

 

 ガリアンはもはや引き返せる段階にない。

 

 ラージルの信頼を裏切った。ルルノアの人生を放り捨てた。タップからの心配を振り切ってファティヒの商機を逃し、サティアの剣を汚した。

 

 どの面を下げて「やっぱり俺には無理だった」「助けてくれ」などと言えるのか。

 

(なんでこんな加護を得たのが俺なんだ)

(もっと相応しい人間はいくらでもいた)

(俺が、俺が死ねば誰かが世界を救ってくれるだろうか)

 

「————ッッッ!!」

 

「もういい、後は俺がやる。お前は安心して吸収されろ」

 

 世界を救う、という一点で支えられてきた精神が希死念慮に覆われる。

 

(俺は死んだっていいから皆だけは助けてくれよ)

 

 若き英雄は老悪魔の差し出す掌に頭を差し出した。つまるところ、それは命を差し出すに等しい行為。

 

「……それでいい。所詮お前()は英雄の器などではない」

 

 そしてその掌がガリアンの頭に置かれる、その間際。

 

 鉄線(ワイヤー)がしゅるりと巻きつき、その手を止める。薄紙一枚分の隙間に大剣が差し込まれている。

 

「随分とまァ、二人だけで盛り上がってらっしゃるところ悪いんですがァ」

「そろそろ私たちも話に入れてもらおうか——!!」

 

「ファティヒ……サティア……」

 

「若様、あなたは珠玉でわたしァ商人だ。悪魔だろうが神だろうがァ——例えそれが若様本人だとしても、ここまで磨き上げてきたわたしの商品を持っていくならお代はきっちりいただきますよ」

 

「ここに雁首揃えた泉の聖騎士団、この身儚くなろうとも誇りは折れずお前とともにある。そして——生憎と私は『はいそうですか』と見送ってやるほど物分かりの良い女ではない!!」

 

「実力差くらいは分かるだろう。お前たちを殺したくないからさっきまでは手を抜いていた。それを承知の上でまだ俺に剣を向けるのか?」

 

 

 

 

「あーあーあー……なんで全員こんなに俺の話を聞かないかね……」

「ま、お前らのそういうところはよく知ってる。だから(・・・)集めたんだ。これまでの仲間たちの中でも特に融通の効かない石頭たちを」

「ガリアンの独りよがりを止められるやつらを」

「俺が思う、幸せな結末を連れてくる奴らを」

 

 

「ガぁぁああああリアぁぁぁあン!!!!!!!!」

 

「歯ァ食いしばれこのクソボケ野郎がァァアアア!!!!!!!!!!!」

 

 

 暴風が吹き荒れる。べきべきとあり得ない音を立てて菓子細工でも折るように塔型になっている広間の屋根が千切られる。

 

 霧で曇っているはずの空から光が射す。風だ。嵐だ。霧を吹き飛ばし、垂れ込めた雲を消し飛ばし、ごうごうと音を立ててやってきた。

 

 怒り狂ったルルノアと、瞳孔が縦に裂けたラージルが空から飛んできた。

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