まず月の中にあった大きな空洞について説明する必要があるだろう。この中にあった巨大なモノリスには膨大なデータが保管されており、おそらくそれは宇宙が始まってから現在までの全てが記録されていた。
人間がそれを全て読み取ることは不可能であり、おそらくモノリスは公転運動と自転運動をなんらかの方法で利用してその内部のエネルギーを確保していた。
モノリス自体も内部は空洞であり、それにもかかわらず巨大な質量を有していた。月の質量によるものと思われていた重力の90パーセントをこのモノリスが発生させていた。
モノリスが移動したのは発見から千年が経った時だ。月面上が戦場になり、他惑星から射出された熱力砲によって月もろとも破壊されたかに見えた。
内部が空洞である月が容易に崩壊したあと、内部のモノリスは傷一つなく残り、宇宙空間に放り出された。
モノリスはそのとき自らの質量を変化させ、周りの星を全て引き寄せ始めた。モノリスは小型のブラックホールとなり、戦争をしていた周りの星の住人も巻き込んで全て吞みこんでしまった。
近くの星をあらかた全て吞みこんだモノリスはその機能を停止し、どういう仕組みかは不明だが球形の外殻を形成し、疑似星の中にその身を隠した。
つまり、これが真のこの星の神話である。
「という話をソラリスが吐き出した。どう思う?」
「どう思うと言われましてもね……」
AIが作り出した物語には荒唐無稽なものが多く、僕も初めは興味本位で聞いていたものの、最近は飽きてきてしまって、もっと違うことにAIを使ったらいいんじゃないかと思っている。 ちなみにこのAI搭載PCはSF研究会のかなり昔のOBが自作したらしい。
「自我を持ったAIはもう市場にでまわっているからね。私は今度はAIに予言や預言をさせたいと思っている。AIが人類も科学も気づいていない世界の真実を語りだすんだ。わくわくしないか?」
「でも、いまのところAIが作っているのはせいぜい自作の謎設定くらいのものでしょう」
僕は今日出た課題の問題集を解きながら片手間に部長の話を聞く。
「ソラリスは私の蔵書からたくさんの物語を摂取し、そして毎日惑星の運行と毎日の天気をインプットしている。それがあれば、季節の移り変わりから未来を予測するシステムを構築できるはずだ」
「部長、フィクションから生み出されるのはフィクションですよ」
「花粉情報も入れてみたがだめか?」
「だめだと思いますね」
「ちょっと待ってくれ、またソラリスが真実を吐き出そうとしている」
「しかし、OBは道具に名前つけるタイプだったんですね」
「静かに!」
この星は地球と呼ばれているが、その内側にモノリスを備えていることは星間連合にとっては自明のことだ。そしてモノリスの周りに形成された秘匿用の外殻にすぎないものにこびりつくように繁茂した生物を、星間連合は重要目的物に生えたカビくらいにしか思っていない。人類は実は生まれたときから星間連合の掌の上で生かされているのだ。人類がその境遇を脱する唯一の方法はモノリスを起動し、全宇宙に宣戦布告することだ。
星間連合を相手に回して確実に生き残るにはそれしか対抗手段はない。
モノリスへの入り口は常に一つ用意されている。
外殻に開いた穴は星全体からすれば針の孔よりも小さいが、その近くに住む者にとっては十分な広さがある。
******
部長との他愛のない雑談を終えて僕は帰宅の途につく。
さて、僕がなぜ知識も興味もほとんどなかったSF研究会なるものに属すことになったかというと、怪我で前の部活を辞めなくてはならなくなったからだった。
たまに保健室に来て湿布をもらっていたら、そこで部長に会い、二三言葉を交わした。
部活を引退することになった僕を労うのではなく、成島先輩(そのときはそう呼んでいた)は僕を廃部寸前のSF研究会に誘ったのだ。
「SFはいいぞ。この世の原則を足場にしたうえであらゆる世界へ想像を羽ばたかせることができる。ファンタジーもミステリも捨てがたいが、私にとってはこの『妄想の足腰が論理で出来ている』ところが性に合う。ファンタジーには理屈っぽさが、ミステリにはロマンが物足りなく感じる。だから私はSFが好きなのだ」
とまで言った先輩は驚くべきことにほとんどSF小説を読んだことがないのだった。
変にまじめなところのある僕は、一応ネットで調べた中で分厚くなくて読みやすそうなSFを読んで準備して行ったというのに。
「じゃあ、そういう君は何を読んできたのかね」
「えーっと、なんか映画で見れるやつと読みやすいって言われてるやつだけ……『エンダーのゲーム』、『夏への扉』、あとはなんだっけ、図書室にあったのだと『タイム・マシン』」
「へー。どれも初めて聞いた。タイムマシーンってドラえもんじゃないよな?」
「違うと思います」
「まあ、何が好きかは何を知っているかとは必ずしも一致しない。君だって仕組みが分からなくても美味しいものは好きだろ」
「でも先輩逆になんでそれでSF研究会なんですか」
「それはほら、これだよ」
そう言って見せてくれたのが望星高校SF研究会に代々引き継がれてきたというAI搭載単機能PC「ソラリス」である。
「こいつがいろいろなSFを吐き出してくれるんだ」
「SFを吐き出すっていう表現を初めて聞きましたけど、どういうAIなんですか」
「この『ソラリス』にはたくさんのSFと毎日のお天気情報と暦が日々入力されている。それをもとに預言や予言を行うのがこいつの役目なのさ」
「予言?」
「いろいろな物語のパターンと惑星の運行と星の気候をもとに未来を予測するんだ。そして人類のゆくべき道を示す」
「そんなバカな。こんな古臭い自作PCで」
「失礼だぞ君。試しに一つ聞いてみたらいい。何か未来を教えてくれるかもしれないぞ」
「うーん、じゃあ、まあ一つ。ソラリス、君から見て10年後の僕はどうなっている?」
《ぎゅるぎゅるぎゅるピーーーーーガアガガアガガガ》
「大丈夫ですかこれ」
「いつもの準備音だ。問題ない」
「問題ないすか……」
『さて、この質問に答えるにはまず、この星に備わった重要な役目について話す必要がある』
「おお、始まったぞ」
「なんか口調が部長に似てますね」
「しっ、静かに。耳を澄ませ」
この星に備わった役目から考えたとき、ミヤモトシュウジサピエンス個体には大きな役割を期待できる。それは一種族の繁栄とは次元の異なる仕事である。
ホモ・サピエンスは外殻上に繁茂した生物種の中で、モノリスの管理者たる知的ブレークスルーを成し遂げた三番目の種族である。
第一の種族はモノリスを利用しようとした結果、過去の存在も含めて消失してしまった。
第二の種族はモノリスを利用した時間操作を察知されて星間連合に滅ぼされた。
第三の種族たるホモ・サピエンスは、この数百年で期待される水準の知的ブレークスルーを達成したことにより、特定管理種族としてモノリスに登録された。
この登録動作を察知した星間連合は近いうちに第三人類=ホモ・サピエンスを滅ぼす決定を下そうとしている。ちなみに星間連合が使役する地球上での活動用個体は、過去に鹵獲したホモ・ネアンデルターレンシス個体群である。
ミヤモトシュウジ個体に期待される役割は、このホモ・ネアンデルターレンシス個体にまぎれこんでスパイを行うことである。
なぜならミヤモトシュウジ個体はかつて地球上で栄え滅びたホモ・ネアンデルターレンシスの血を色濃く受けつぐ個体だからである。
このため、ミヤモトシュウジ個体は他のサピエンス個体と比べて体臭の面で著しく異なる。これが同じサピエンスの個体に対しては極端に作用し、魅力的に感じる者と嫌悪感を感じる者に分かれる。サピエンスの中でも異種混交に寛容・積極的だった個体の子孫にとっては極めて魅力的であり、防衛意識の高い個体の末裔には忌み嫌われ恐怖される可能性が高い。地球上の一部ではこれをヴァンパイアと呼んできた記録が残っている。
「宮本君。君がやたら女子の間で評価を二分している理由がわかったね」
「部長こいつにその話しました? それでこんな話思いついたんじゃないですか」
「こいつっていうな。ソラリスちゃんだ」
「ソラリスちゃん……」
「そうだ。なんか健気でかわいいからソラリスちゃん」
「はあ、疲れたんで僕はもうこれで帰りますね」
******
でも結局僕はこうして今この部に所属している。
帰り道、たいてい勉強のことではなくいつもSF研究会での会話やソラリスの与太話のことばかり考えている。つまるところ僕は退屈しているのだ。
「退屈なら、こっちの仕事を手伝ってくれよ」
後ろから声をかけられたそこに居るのは、異様な存在感を放つ白髪の青年である。
「お前らに滅ぼされた種族の末裔だって言ったらわかるかな?」
「(なんかやばいやつにからまれた)」
「でもおまえ、なんか同じ匂いがするな。むかつく原住民と同じ匂いに混ざって、俺たちの匂いと似た匂いが。もしかして秘匿された先行部隊か? いや、そんなものはないはず」
やばいやつが独り言に夢中になっているうちに逃げることにする。
僕はまず家に入り、そして布団をかぶって三度唱える。
「サピエンス、モノリス、センスレス。サピエンス、モノリス、センスレス。サピエンス、モノリス、センスレス。」
ガチン
と星が音を立てて、僕の家の足元に亀裂が入りモノリスが姿を現す。
星間連合の予想もしていなかった速さで、ミヤモトシュウジ個体がネアンデルターレンシスの接触を受け、管理者としての鍵に目覚めてしまったのだ。
「宮本君! 君が託宣を担う預言者だったとはね!」
部長が亀裂の端っこから顔を出して叫んでいる。
「ソラリスは廃棄してください。そいつ、モノリスのかけらですよ」
「ソラリスは僕の友達だ! ソラリスなしでは僕のSF生活は破綻してしまう!」
「部長!」
「なんだ!」
「ソラリスはSF作家じゃありません。そいつの話してることは全部本当なんですから!」
「本当のことを話してたって、それが面白ければSFでいいじゃないか!」
「はあ?! じゃあ、そうですね、こうしましょう、この世は全部SFです!」
「違うぞ宮本君! この世はほとんどつまらない!」
「いいえ、部長! いまその証拠を見せます!」
遥か上の方、星の切れ目から声を張り上げて叫んでくれる部長の方へ向かって、僕はモノリスを発進させる。
「部長! これがこの星の真実です!」
「ああわかった! 僕もそれは聞いたことがある!」
「ええ!? 見たことも聞いたこともないはずでしょう、このモノリスの名は――」
「『ガンダム』!ガンダムだろ!それは知ってた!」
「ちがーーーーう!!」
『”ガンダム”起動します』
「あーーーーーー違うっつーのにーーー!!」
音声初動認識でモノリスは自らの名を手に入れた。それでないともう反応しなくなってしまったのだ。
「じゃあ仕方ない!!いいやもう、逆に!『ガンダム、発進』!!」
轟音を上げて地球を飛び立つモノリスは絶対にそんな名前に似合う形状はしていない。
「へええ!これがガンダムかあ!」
「違います!! 部長はいいからエアプしてないでSF観てください!」
「オッケー!頑張ってきてくれたまえ宮本君!!」
******
僕の時間を歪めて戦う、星間千年戦争篇は悲しいことに記憶ごと消去されて記録にも残っていない。モノリスのばか。
浦島効果で大分後に帰ってきたころ、人工知能化してネット上にアップロードされた部長は大先生として多作のSF巨匠になっていた。
「生前ガンダムの監督だった人? とも対談したぞ」
「えーすっごい」
お疲れさまでした。
今日も地球は平和です。