Fate/kaleid swords   作:けふすけ

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2.魔術師と魔法少女

「お、おはよう……衛宮君!!」

 

 いつもに比べて少し遅く学校に着いた俺に一番最初に声をかけてきたのは、クラスメイトの森山奈菜巳だ。彼女はふんわりと軽くかかったカールのように、柔らかい表情で俺に尋ねてきた。

 

「おはよう、森山」

 

 俺はそんな彼女に笑顔で挨拶をする。彼女とのそんな些細なやり取りに、俺はなんとなく癒されてしまう。

 今朝の一件は我が家の日常ともなりつつある光景の一つではあったのだが、それでもちょっと疲れはする。そんな中でこうした笑顔を見せられる、幾分気も晴れるというものだ。

 

 

「今朝は生徒会のお手伝いなかったの?」

 

「ああ。今朝はちょっと家で揉め事があってさ」

 

「揉め事?」

 

 もちろんイリヤの件だ。寝坊したまではそう問題とはならないのだが、それよりも部屋がセラにバレたことの方がマズイ。帰ってから何か言われないといいのだが……

 

 

「もしかしてイリヤちゃんと何かあった?」

 

「────え?」

 

「あ、ううん!衛宮君のお家で何かあるとしたらイリヤちゃんかお手伝いさんとのことかなぁ───って……!」

 

 慌てた様子で答える森山。

 なんでわかったのか。俺がそんな表情でもしたのだろうか。取り乱しながらも、俺に不快感を与えないようにと気を使ってくれているのがわかる。

 

「ありがとうな。気を使ってくれて」

 

「─────!!」

 

 俺が笑顔でそう言うと、森山はまるでボンと音を立てたかのように顔を真っ赤にする。 

 ああ、ちょっと失敗したかな。あまり気を使っていることを指摘されていい気はしない。ましてや、相手側に悟られないようにしていたなら尚更だ。

 そう考えると俺の発言は失言だった。

 

「今朝もお手伝いさんと家事について揉めてさ」

 

 俺は話を戻す様に口を開く。

 

「……あ、そうなんだ!!朝食をどっちが作るとか?」

 

 未だに少し焦った様子を見せる森山。それでも、できるだけ調子を戻そうとしているのだろうか。胸に手を当てながら、まるで呼吸を整えるかのような仕草を見せる。

 学園内でも男子から人気があり、後輩からは男女問わず慕われる森山奈菜巳。そんな彼女の仕草は俺でもかわいいとは思う。

 

「いや、今朝は皿洗いをして怒られた。自分が食べたものの片づけぐらいするんだけどな……」

 

「あはは……。お手伝いさんからしたら自分のお仕事が取られたくないんだろうね。衛宮君は家事がなんでもできちゃうから」

 

「む、そんなことないぞ。料理の腕とかまだまだだし、やっぱりお手伝いさんの方が家事全般でいったら手際がいいし」

 

「それでも普通の女子と比べたら相当だよ。お手伝いさんだって自分の居場所を奪われるような感覚になっちゃうんじゃないかな?」

 

「そういうもんかな……」

 

 森山の言葉が胸に刺さる。

 今まであまり考えてはいなかったが、セラは家のことを任されているんだよな。もちろん俺だって家を空けている親父に代わり、唯一の男として家を守っているつもりだが。

 彼女からしたら、俺のそんな誇りと同じくらい家事を大きく見ているのだろう。

 俺としてはセラには無理をしてほしくないし、何より普段頑張ってくれているのだから楽をしてほしいと思っている。俺が彼女の苦労を少しでも肩代わりできればいいと思うし、何より俺自身が家事をするのが好きだ。

 それでも、俺のそんなエゴが彼女の誇りを無碍にするようにしていたというなら考え物だ。

 せめて彼女の当番の日ぐらいは手を絶対に出さないようにしよう。

 

 

「ありがとうな、森山」

 

「……え?」

 

 唐突なお礼に戸惑った様子を見せる森山。そんな様子が少しおかしくて、俺は表情を緩める。

 

「森山と話していなかったら、もっとお手伝いさんを傷つけていかもしれない。そう思ったらさ、こんな考えに至らせてくれた森山には感謝しなきゃいけないだろ?」

 

 俺の言葉に再び頬を真っ赤にする森山。

 ……これも失言だったか?

 

 

「え、衛宮君────」

 

 そんな森山が必死に絞り出すように声を出す。

 揺れる瞳で俺を見つめる彼女を、やっぱり学園のアイドルなんだなと俺は再認識する。

 

「私は衛宮君の作るお料理好きだよ!だからさ、作る場所がなかったら私にご飯を作ってくれると…………嬉しいなぁ」

 

 森山は顔を真っ赤にして、最後の方は消え入りそうな声でそう言った。

 ……そんな表情で言われてしまうと、こちらも変に気にしてしまう。

 今度は失言しまいとぽりぽりと頬を掻きながら言葉を選ぶ。

 

 

「うむ。俺も衛宮の作る手料理は是非食べたい」

 

「────ひゃっ!?」

 

 突然の第三者の介入。森山は体を跳ねらせながら、それから距離を取る。

 

 

「おはよう、一成」

 

「ああ、おはよう。衛宮」

 

 声の主は我が穂群学園高等部生徒会会長の柳洞一成だ。

 彼はトレードマークとも言える眼鏡をいじりながら、横目で森山を見る。彼女はすっかり驚いてしまってか、そんないつもの行動にビクリとしている。

 少しかわいそうにも思うが、一成本人も悪気があってしていることではないはずだ。男子ばかりの柳洞寺で育ち、そこの跡取りとなる彼は、あまり女性と仲良く接しているところを見たことがない。おそらく俺が知る限りでも、美綴と家の家族くらいだろう。同級生の女子が一人だけというのはなかなか問題だと思うが。

 とにかくそれくらい女性付き合いが少ない一成だ。森山に対しても変な先入観を持って接しているのではないだろうか。俺としてはクラスは違ってもこうして会話をする仲なのだ。もう少し仲良くしてもらいたいのだが。

 

 

「さて、なにやら食事に関する話が聞こえた気がするが────」

 

「ああ、それなんだけど」

 

 俺は事の顛末を簡単に説明する。セラとの揉め事とか、それに対して森山が気にしてくれた事。どこか気まずそうな様子を見せていた森山に対して申し訳ない気持ちはあったが、一成に対して変に隠し事をするのはよくない。そこそこ付き合いが長い俺がそう言うのだから間違いない。

 

「なるほど────」

 

 ふむと腕を組む一成。

 目蓋を閉じ、瞑想を連想される行動を見せる。

 

「それに関しては彼女の言うとおりだと俺も思うぞ」

 

「……やっぱりか」

 

 がくっとする。

 俺自身森山と話してみてその結論に至っていた。至ってはいたのだが、一成にも言われると少し凹む。

 

「え、衛宮君……」

 

 そんな俺の様子を心配してか、森山は声をかけてくる。

 

「なに、心配するな!料理をする場所などいくらでもある。どうだ?これからいつも我が寺でその腕奮ってくれて構わんぞ!衛宮の料理は俺のお墨付きだ」

 

「────そうだよ!私も衛宮君に料理を教えてもらいたいし!!何より一緒にご飯作ってみたいかなぁ……って」

 

 柄にもなく高笑いをする一成と対照的に消え入りそうな声でそう言ってくる森山。

 そんな二人の姿に自然と笑みが零れる。

 

「ありがとう、二人とも。ただ、やっぱり俺はイリヤたちにも食べてもらいたいんだ」

 

 そう、これは俺にとって譲れないもの。

 昔、美味しくもない俺の料理を残さず食べてくれたいイリヤ。そんな彼女の無理して作る笑顔ではなく、自然と零れる笑顔を見たかった。

 そして俺があの家で初めて認められたものだから。……だから、できることならみんなが笑顔になるために料理をしたい。

 それでも、セラと揉めてしまうなら、それもただの絵空事になってしまうのだけれど。

 

 

「まあそういうことなら、日々の昼食で手を打とう」

 

 俺の様子を見て察したのか、一成は頷きながらそう提案をしてくる。

 

「毎日は無理かな。でも、昨日作っただろ?」

 

「ああ、昨日の竜田揚げは美味だった。冷めても美味いとはああいうことを言うんだな」

 

「大袈裟だな。夕飯残りを使っただけだぞ」

 

「それでもしっかりと味が浸みていたのはしっかりと仕込みをしたからこそのこと。翌日の朝食や弁当のことも考えていたのだろ?」

 

「まあそうだけどさ……」

 

 こうも評論家みたいに言われると、気恥ずかしい。

 家でも食事当番が少ないため、作る日は本当に手間をかけて。それでいて、一成たちにも食わせることを考えて弁当にも生かそうとは思っている。

 その点を評価してもらえたのは凄く嬉しいのだが。

 

 

「わ、私も衛宮君のお弁当食べてみたいなぁ」

 

 盛り上がる俺たちのせいで、蚊帳の外となっていた森山が申し訳なさそうに割って入ってくる。

 頬を赤く染め、一成ほどずうずうしくはなく頼んでくる彼女。

 

「了解。次の食事当番の日は森山の分も作ってくるよ」

 

「ほ、ほんと!?ありがとう!!」

 

 ぱぁと輝く森山の笑顔。

 いつも思うのだが、本当にいい笑顔で笑うよな。見ているこっちもなんだか嬉しい気持ちになってしまう。

 それが森山の良いところなのだろう。学園の男子や後輩たちが彼女を慕う理由がよくわかる。

 

 

 こうして話も盛り上がっていると、チャイムが鳴る。

 

「む、ホームルームが始まるな。それじゃあ二人とも、また休み時間にでもゆっくり話そう」

 

「あ、うん!授業頑張ろうね!!」

 

 適当に手を振る俺と、ぱたぱたと一生懸命手を振る森山。一成と少しでも仲良くなれたことが嬉しかったのだろうか。そうだったら、俺としても嬉しい。

 ふぅと息を吐きながら一成の背中を見送る森山。

 

「一息ついているところあれなんだけどさ、森山は席に着かなかくて大丈夫か?」

 

「ふぇっ?」

 

 俺の発言に一瞬フリーズする森山。しかしすぐに顔を真っ赤にすると、ぱたぱたと走って自席に戻っていく。

 本当に、なんというか微笑ましいな。

 

 

 

 

 

interlude 2

 

 

 

「美遊・エーデルフェルトです」

 

 教室に凛と響く声。自身を美遊と名乗った少女は初めて会った時と同じように、無表情でこちらを見ていた。

 ああ、やっぱりこうなったか……

 イリヤはあまりにもベタだが、なんとなく予想がついていた光景に苦笑いを浮かべていた。

 

『なるほど、転校生展開ですか。なんともベタですねー』

 

 イリヤの耳元で囁くルビー。これもまた、イリヤと同様に予想をしていたのだろうか。動揺などは一切見せない。むしろ、どことなく楽しそうにも感じられるのは、ルビー自体の性格故だろうか。

 

 

「席は窓際の一番後ろ。イリヤちゃんの後ろね」

 

「えっ!?」

 

 いつもの能天気な調子で言うイリヤの担任である藤村大河。

 イリヤはこの時ほど切実に自分の席を、そして何も察してくれなかった先生を恨んだことはなかっただろう。

 ゆっくりと足音を立てながら、イリヤの方に歩いてくる美遊。もちろん、それはイリヤが勝手に感じていることだが。美遊からしたら、ただ先生に指定された席に着こうとしているだけだ。

 

「…………」

 

「────!!」

 

 すれ違いざまに横目で見られた。

 なぜだろう。その目に威圧されたイリヤは、ビクリと体を震わせていた。

 

 

『あらら。すっかり萎縮しちゃってますね』

 

 呆れたように、それでいて主のことを案じる様子を見せるルビー。

 イリヤはそれに答えることはなかった。

 ただ、その脳裏にあるのは昨晩のこと。美遊との初めての出会いであり、そしてイリヤにとって初めての戦闘だった。

 

 

 

 

 

「お、ちゃんと来たわね」

 

 黒髪ツインテールを揺らしながら、イリヤの姿を確認した遠坂凛は満足そうな表情浮かべる。

 対するイリヤはというと、ピンクを基調としたかわいらしい恰好とは対照的に、げっそりとした表情で凛を見る。

 

「そりゃああんな脅迫状を出されたら……」

 

 断れるはずがない。

 イリヤは必死に表情で訴えるが、凛には届かないでいた。おそらく凛にとって、あれは脅迫状という感覚はないのだろう。

 無自覚だからこそ恐ろしい。

 見た目こそ整っており、猫さえ被っていれば学園でも指折りの人気を得るだろう。

 遠坂凛から手紙をもらった。男子ならば、間違いなく胸を躍らせるはずだ。ただ、その内容が無自覚の脅迫状だったとなれば、その人の心はどうなるだろうか。

 イリヤ自身、内容を見るまではもっと明るいことが書かれているだろうと胸を躍らせていた。現実はそう優しいものではないのだけれど。

 

 

「ってか、なんでもう転身しているのよ?」

 

 げっそりとしたイリヤを置いておき、凛はその派手な格好に首を傾げていた。

 

「さっきまでいろいろと練習したんですよー。付け焼刃でもないよりはマシかと」

 

「へぇ……。殊勝ね」

 

 イリヤの手の中で握られているルビーは元気にそう答える。

 右も左もわからないイリヤを戦場に連れ出すのだ。せめて命を守る手段くらいは用意させておくのが当然だろう。それに関しては凛も納得していた。

 しかし昨日から勝手に引っ張られてばかりのイリヤ。彼女は不満以上に不安を持っていた。

 ついこの間までは普通の小学生をしていたイリヤ。それが一本のステッキと黒髪ツインテールとの一方的な契約のせいで一転した。

 魔術師と魔法使いの作った礼装。

 イリヤにはその本質的な意味を理解することはできなかったし、むしろその表面的なものもどれほど理解できているのか不明だった。

 ただ、自分はルビーと契約することで魔法少女となることができるようになった。それはいつも見ているアニメの中だけの存在だと思っていたファンタジー。

 少しイメージとは違ったが、魔法を使って、空を飛んで、敵と戦って────それから、恋をして。

 そんなアニメのような現実に飛び込めたことに、少なからず楽しさを抱いていた。そしてそれと同じくらい、こんな深夜に呼び出され、戦いを行うと告げられたことに、不安もあったのだ。

 

 

「準備はいい?」

 

 凛がイリヤに尋ねる。

 その迷いも何もない、ピンと張った背中のように真っ直ぐな彼女の眼に、一瞬戸惑うイリヤ。

 戦いになればまともにできるかもわからない。それでも、ルビーと契約をしている自分にしかできない。明らかに自分よりも強い凛ですら頼ってきている。

 

「う……うん!」

 

 自身を奮い立たせる。

 未だに抜けない不安もあるが、凛はできる範囲でサポートしてくれると言った。ルビーともそれなりに特訓を行い、最低限できる準備はしたはずだ。

 

 ────よし。

 

 イリヤは気合を入れる。

 

 

「カードの位置はすでに特定しているわ。校庭のほぼ中央……歪みはそこを中心に観測されている」

 

 凛とイリヤは並び、校庭の中心に目を向ける。

 しかし、そこには特別変わった点など見られない。強いて言うなら、昼間の学園しか知らないイリヤにとっては、月明かり以外に一切の灯りがないことこそが変な点だった。

 

「中心って何もないんだけど……」

 

「ここにはないわ。カードがあるのはこっちの世界じゃないわ。ルビー」

 

「はいはーい」

 

 凛の声に応えるルビー。

 

「それじゃあいきますよー」

 

「わっ!?」

 

 ルビーの掛け声と共に地面には大きな魔方陣が浮かぶ。

 イリヤにはその魔方陣の意味はわからなかったが、これが魔術の類であることだけはなんとなく理解できた。

 

「半径二メートルで反射路形成!境界回路一部反転します!」

 

 音を立て、歪んでいく世界。

 

「えっ……な……何をするの?」

 

 何もできず、ただ淡々と目の前の光景を受け入れるのみとなっている状況に、イリヤは強く不安を抱く。

 

「カードがある世界に飛ぶのよ」

 

 そんなイリヤとは対照的に、凛は落ち着いた様子で答える。

 

「そうね……。無限に連なる合わせ鏡。この世界をその像の一つとした場合、それは鏡面そのもの────」

 

 ぐるん。

 世界が反転する。それは比喩ではなく、物理的に。イリヤは間違いなくそう体感していた。

 

「鏡面界。そう呼ばれるこの世界にカードはあるの」

 

 

 イリヤは驚きを隠せないでいた。

 今まで自分の生きてきた世界に対し、何の疑問も抱くことはなかった。そこには当たり前のように大好きな友人や家族がいて、遊ぶ場所、勉強する場所、帰る場所がある。

 ましてやアニメのように魔法が存在して、悪の組織とかそれと戦う正義の味方がいるなんて当然思っていなかった。

 それが一転、自分が魔法少女になっただけではなく、自分が思ってきた日常にこんなものが隣合わさっているなんて想像もしていなかった。

 

「な、なに……この空?」

 

 胸がざわつく。

 イリヤは空だけではなく、この世界全てに対する違和感に動揺していた。魔術師でもない彼女がそう感じるほど、この鏡面界は異常だった。

 

 

「詳しく説明している暇はないわ!カードは校庭の中央。構えて!」

 

 凛の声が響く。

 次の瞬間、校庭の中央の空間が歪む。そして、“それ”は姿を現した。

 まるで蛇を連想させる体のしなやかさで這いずり出てくる。ゆらり、紫色の長い髪の毛を揺らし、長身の女性はイリヤたちと対峙した。

 

「報告通りね……実体化した!」

 

 凛の言葉は少し強めになってくる。

 彼女もまた、この異常性を理解し、それに飲み込まれまいと必死に努めているのだ。

 

 ────常に優雅であれ。

 

 幼い頃から遠坂の家訓とし、彼女が生きる柱としてきた言葉だ。今もそれを打ち立て、目の前の敵をにらみつける。

 

「くるわよ!!」

 

 それは動く。 

 凛は地面を蹴り飛び上がる。そしてイリヤはただ後ろに下がりながらその一撃を避けた。

 

「Anfang…………!」

 

 凛は宝石を三つ手に持つ。

 彼女は魔術回路に魔力を流し、宝石に込められた力を開放する。

 

「爆炎弾三連!!」

 

 凛の手から離れえた宝石はまるで爆弾のような火力をもって敵にぶつかる。

 激しい音と共に煙が上がる。

 

「────ッ!!」

 

 煙が晴れ、そこに広がる光景に絶句する。

 敵は相変わらず無表情でいながら、傷一つついていない。

 もちろん凛もこの一撃で敵を倒せるなど一切思っていなかった。それでも、中位の宝石を三つも使用したのだ。多少の傷があってもいいのではないかと思う。

 

「やっぱり魔術は無効か……」

 

 舌打ちをする。

 これもまた報告通り。敵は対魔力Bランク以上を保有している。魔術を無効にするほどのその能力に、まず魔術師は勝つことはできないだろう。……それでも、凛がありったけの宝石を使えばあるいはどうにかなるかもしれない。

 無論、この先にある戦いも踏まえればそれは賢い選択ではない。

 

「それじゃ後は任せた!!」

 

「えぇっ!!投げっ放し!?」

 

 ぎゃーと騒ぐイリヤ。

 凛だってその不安なのはよくわかる。あんな化け物を目の前にして、一人戦わせられるのだから。

 だが、彼女には戦う術がない。元々、あれと戦うために渡された礼装も今はイリヤの手の中にある。実質、現状において唯一の戦闘手段はイリヤが持っていることとなるのだ。

 一般人は巻き込まないと決めていただけもあり、凛は現状を酷く呪った。

 

 

「イリヤさん!二撃目来ますよ!!」

 

 ルビーが叫ぶ。

 いくらこちらが作戦会議をしたくても、相手は待ってくれるはずがない。

 敵は鎖に繋がれた、鋭利な先端を持った杭をイリヤ目がけて投げてくる。イリヤは咄嗟に身を捩りながら敵の攻撃を躱す。

 

「か、かすった!今かすったよ!!」

 

 痛みこそは感じなかった。それでも、間違いなく命を奪うことができる敵の武器が自分に刺さろうとしたのだ。

 一瞬で血の気が引く。

 

「接近戦は危険です!まずは距離を取ってください!!」

 

「キョリね!そうね、取りましょう。キョリ!!」

 

 涙を浮かべながら、こくんこくんとルビーの提案に首を縦に振る。

 敵は再び武器を構えると、今度は横一線に薙ぎ払ってきた。イリヤは危なそうにもそれも避ける。

 

「キョリ────!!」

 

 そしてそれだけを叫びながら全速力で走りだす。

 彼女は今まで五十メートル走なら誰にも負けなかった。この瞬間に出したタイムは、おそらく今までのどれよりもいいものだっただろう。

 

「落ち着いていきましょうイリヤさん!」

 

「む、無理だって!!」

 

 ぶんぶんと首を横に振るイリヤ。そんな未熟な主をどうしたものかと思いながらも、凛よりもイジリ涯があると内心微笑むルビー。

 

「とにかくキョリを取ってください。そうしたら魔力弾を撃ち込むのが基本戦術です!魔力弾は先程練習した通り!!」

 

「練習って言ったって────」

 

 イリヤはつい先程までのルビーとの特訓を思い出す。

 前半はルビーがイリヤをイジリ倒す。彼女が秘かに恋心を寄せる士郎との馴れ初めであったり、夕飯での出来事であったりなど。戦いには一切関係のない内容が主で、ルビーの趣味としか言えないものばかりだった。後半になってようやく魔力弾についての説明はあったものの、実際に使ったのはほんの数発。実戦で扱うには不安しかなかった。

 それでも、このまま逃げていても埒があかない。

 

「────あぁぁぁぁ!!!」

 

 イリヤは叫ぶ。

 ギュッとステッキを握りしめ、振り返る。その先には相変わらずの不気味さで立っている敵。今にも逃げ出したい気持ちはあったけれど、このままでは変わらない。

 

「攻撃のイメージを固めてステッキを振ってください!!」

 

 ルビーの言葉のとおり、イリヤはイメージをする。

 十分に開いた間隔、それを埋めて敵に一撃を浴びせる。

 イリヤはそれをどうしてもイメージすることができなかった。しかし、普段から観ているアニメは、それを安定させるのに十分な媒体だった。

 

「どーにでもなれーッ!!」

 

 ステッキが光る。

 イリヤがルビーを振りぬくと同時に光り輝く。そして数発の巨大な弾丸が横一文字に放たれる。

 撃った本人さえ呆気にとられる中、敵は爆音と共に魔力弾をその身に受ける。

 僅かに境面界に風が吹く。立っていた煙はそれに流され、ゆらりと敵は姿を見せる。魔術師としての才覚、実力共に一級品である凛の魔術を受けても尚無傷だったそれは、イリヤの魔力弾によって明らかに負傷をしている。彼女が素顔を隠す仮面の横から流れる血がそれを証明していた。

 

 

「やっ────!」

 

「よっしゃぁぁぁ!!効いているわよ!!!」

 

 遠くで叫ぶ凛。

 イリヤはその様子に自分が放った魔力弾に対する驚きはあった。しかし、だいぶ遠くにある安全地帯で叫んでいる凛になんとも言えない気持ちになったのがそれ以上。ルビーに至っては情けないと、かなり呆れた様子だ。

 

「とにかく追撃です!相手は人ではありませんので遠慮はいりませんよ!!」

 

「う、うん!!」

 

 ルビーの声に答えるように、イリヤはステッキを構えなおす。こんな状況を殺伐としたものと思いつつも、少しずつ憧れの魔法少女に近づいてきたことに興奮の色をイリヤは見せる。

 その様子から再び攻撃がくることを察したのか、敵はピクリと動く。

 

「いっけぇ!!」

 

 再び放つ魔力弾。それは残像を残す勢いで走り出した敵に当たることなく、無情に土埃を立てるだけ。

 

「すばしっこい!!」

 

 次々と魔力弾を放つイリヤ。そのどれもがまるで一撃目が嘘だったかのように敵に当たることはない。別にイリヤの射撃力が弱いわけではない。ただ敵が速いというだけ。

 しかし年相応か、あまりにも攻撃が当たらないことに苛立ちを感じ始める。

 

「イリヤさん、砲撃タイプでは追い切れません。散弾タイプに切り替えましょう。イメージできますか?」

 

 状況を判断してすかさずアドバイスを入れるルビー。性格に難があるルビーだが、戦いとなれば機転が効く高ランクの魔術礼装であることは間違いなかった。

 

「やってみる!!」

 

 そんなルビーに答える幼いマスター。彼女もまた、まるでどうすればいいのか、その結果を知っているかのようにルビーに魔力を籠める。

 イメージするのはいつも観ている魔法少女の使う技。イリヤにとっての魔法少女という認識はアニメの中のファンタジーである。

 非科学的ではあるが、想像を力の元とする魔法少女にとって、イリヤの認識はいい方に傾いているのは間違いない。

 

 

「特大の───」

 

 イリヤはステッキを両手で握り、ブアッと上に掲げる。

 

「散弾!!」

 

 魔力が弾ける。いくつもの魔力弾が激しい音を立てながら、校庭一帯に雨のように降り注ぐ。

 魔術はもちろん、戦闘に関して初心者であるはずのイリヤ。そんな彼女が当初の凛の想像を上回る能力を見せたことに、凛とルビーは素直に驚いていた。

 

「や……やった?」

 

「いえ。おそらく今のでは────」

 

 さすがに疲労の色を隠せないイリヤ。それに対し、ルビーは言い難そうに言葉を濁す。

 

「バカ!範囲を広げすぎよ!!あれじゃあ一発当たりの威力が落ちる!!!」

 

 凛の罵声が響く。いくら想像以上の実力を見せたところで、イリヤは初心者だ。状況判断、行った方法に対する結果の予測能力が圧倒的に鈍い。

 イリヤはビクリと肩を震わしながら、砂煙が消える校庭に目を向ける。そこには確かに負傷はしているが、未だ健在である敵の姿あった。

 

 反撃に備えなきゃ────

 

 イリヤは未熟ながらも、咄嗟に状況判断を行う。

 

 

 

「────────え……?」

 

 しかし状況は最悪。イリヤではどうしようもない危険という認識をする程度しかできなかった。

 ゆらりと揺れる体からはまるで冷気でも出ていると錯覚させるほど、冷たい魔力が流れ出す。そして目の前に現れる一つの魔方陣。血で描いたようなそれに、イリヤはどうしようもない恐怖を感じる。

 

「“宝具”を使う気よ!!逃げて!!」

 

「────イリヤさんっ!退避です!!」

 

 再び飛ぶ凛の罵声。それから少し遅れたタイミングでルビーも焦った様子でイリヤに言い放つ。

 

「ど……どこに!?」

 

 イリヤも本能で理解していた。あれは危険すぎる。逃げなきゃいけない。

 それでも、この隔離された世界で宝具のから逃げ切れる場所などあるのか。

 

「とにかく敵から離れてください!!」

 

 ルビーは主を引っ張るように、パタパタと羽を動かす。それでもどうしていいのかわからないイリヤあたふたとするだけ。

 その様子を見ながら凛は舌打ちを打つ。それは未熟なイリヤに対するものか、それともそんな彼女に任せることしかできなかった自分を情けなく思ってか。

 それまで遠くで見ることしかできないでいた凛は宝石を握りしめると、物陰から飛び出していく。

 

「早くこっちへ!ダメもとで障壁を張るから!!」

 

「間に合いません!全魔力を魔術障壁、物理保護に変換します!!」

 

 走ってくる凛に縋る様な眼差しを向けるイリヤ。それに対し、ルビーは淡々と状況判断を進める。未だに未知数である敵の宝具。それを優秀とはいえ一介の魔術師である凛が防ぎきる補償もない。それならば、魔法使いが作り出した礼装である自分が作った障壁のほうが確率は高い。

 あくまでもルビーはイリヤが扱う礼装として判断を下す。

 二人の間で交わされた契約のおかげもあり、イリヤの魔力は強制的にルビーに吸い上げられる。とても一般家庭の出身とは思えないイリヤの魔力量は、十分に障壁を張るだけのものとなる。

 

「耐えてください、イリヤさん!!」

 

「え?えぇぇぇぇぇ!!!???」

 

 未だに状況が掴み切れないイリヤ。どうしようもないできない自分、本気で焦る凛と先程までとは異なって真面目な声を出すルビー。そして禍々しい雰囲気を纏い、空間そのものが歪む様な感覚に、ただマズイということだけは理解する。

 

 

 

「騎英の────」

 

 その真名が口にされる瞬間だった。

 

 

「クラスカード『ランサー』。限定展開」

 

 それまで聞いたことのない声が小さく響いた。

 

「刺し穿つ────」

 

 ガリッと金属が地面を削る音がする。それにより、真名を口にしようとしていた敵はそれまでいなかったはずの者の存在に気付く。

 だが、それでは遅かった。

 

「死棘の槍!!!!」

 

 赤い槍が心臓を穿つ。

 それは決められた事象であり、真名を口にして槍を放てば必ず心臓を貫くのだ。だからこそ、彼女がその名前を口にした瞬間に反応しようとしたのでは遅かったのだ。

 

 

「────!!」

 

 蛇のような動きを続けた敵は声にならない叫びをあげる。それでもすぐに死ななかったのは、彼女が英霊故なのかもしない。

 その様子を驚くのは凛とイリヤだけ。

 二人はそれまで絶体絶命の状況下に立たされ、その緊張が抜けぬまま事の顛末を見届けることに酷く動揺していた。

 

「ガハッ……」

 

 まるでそれが最後の断末魔だったのように、敵は血を吐くと力なく倒れる。そして一瞬の発光の後、一枚のカードとなる。

 

「対象撃破。クラスカード『ライダー』回収完了」

 

 そのカードを手に取り、一人の少女はイリヤたちの方を向く。

 

「え……、誰?」

 

 少女は一人、黒髪の毛を揺らしながら感情の読めない瞳をイリヤに見せる。彼女の手には一枚のカード、そして一本のルビーと似た青いステッキがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが彼女、美遊・エーデルフェルトとの最初の出会いだった。

 そんな彼女との再会もどことなく予想のできていたイリヤ。それも美遊が自分と同じ魔法少女で、魔術師のもとでカード回収の任を引き受けていることを知ったからだ。

 

 ……予測はできていた。それでもどことなく雰囲気が合わなく感じてしまったせいか、気まずさを隠せないイリヤ。

 その日のホームルームはやけに長く感じられたイリヤだったのだ。

 

 

 

interlude out

 

 

 

 

「すまんな、結局こんな時間まで付き合わせてしまって」

 

 夕日が空を真っ赤に染めた頃、一成は生徒会室に帰ってきた。彼は申し訳なさそうに俺に頭を下げると、早速備え付けの冷蔵庫から麦茶の入ったペットボトルを取り出す。

 

「気にするな。相談に乗ってもらったお礼と思えば安いくらいだ」

 

 俺は首から垂らしたタオルで額の汗を拭くと、使い終わった工具をしまっていく。

 

「いや、それは友として当然のことをしたまでだ。これに関してはそうはいくまい」

 

「そうか?俺としては困った人を────いや、一成だからこそ手を貸したんだぞ」

 

「……むぅ、そうか」

 

 俺の笑顔のせいか、少し気まずそうに一成は俺の言葉を受け止める。

 

「それでも、これぐらいの感謝は受け取れ」

 

「ああ。見返りは求めているつもりはないけど、お礼ならいくらでも受けるさ」

 

 冗談交じりのやり取りをしながら、俺はグラスに入った麦茶を受け取る。

 本当ならゆっくりと飲むべきなのだろうけど、あいにく喉が渇いていた。俺は一気にそれを飲み干すと、氷の音を鳴らしながらグラスをテーブルに置く。

 

 

「とりあえず頼まれていた分の扇風機は直しておいた」

 

「おお!本当か!!」

 

「ああ。一応確認してみてくれ」

 

 頬を緩める一成は俺の隣に並べられる扇風機のコンセントをさす。そしてスイッチをオンにし、その動作を確認すると次の物へ。それを四台全て行うと満足そうにうなずいた。

 

「確かに確認した」

 

 うむ、と頷き再びお礼の言葉を口にする。お礼の言葉を言われて嬉しくない、などと捻くれた性格のつもりない。ただ、こうも何度もお礼を言われるとむず痒いものもある。

 

「直したといってもほとんど応急処置だからな。今年の夏で最後だと思ってくれよ」

 

 俺は気まずそうに頬を掻き、一成の言葉を遮る。

 

「ああ、構わん。なんとかこの俺が任期を全うするまでの間に、現状を打破すればいいのだから」

 

 それでも腕を組みながら自信満々に語る彼の様子に、俺は自然と笑みを浮かべていた。

 

 この街にあるお寺の息子さんで、気難しい生徒会長だと思われがちな一成。事実、規律は重宝するのだから、一般生徒からはどこか近寄りがたい雰囲気もあるのかもしれない。それでも生徒会長としてみんなから慕われているのはその行動力にあるのだろう。生徒の声に耳を傾け、学園に掛け合うことができる。それこそが一成の魅力だ。

 事実、こうして学園の備品を直し、運動部にばかりお金を回す学園の運営に異論を唱え、運動を行っている。そんな姿を見ているからこそ、俺もこうしてできる形で協力をしているのだろう。

 元々親父の影響か、損得勘定であまり動かに俺だが、一成なら学園をいい方向に導いてくれる期待しながら手伝いをしている面もあった。

 

 

「どうだ、もう一杯飲んでいくか?」

 

 空になった俺のグラスに視線を向けながら一成は尋ねてくる。

 

「ありがとう。せっかくの提案だけど、今日は遠慮しておく」

 

 俺は軽く手を合わせると、荷物を纏める。

 

「今日は衛宮の家で藤ねえと桜と約束があるんだ」

 

「なるほど。ということは、夕飯は衛宮が作るのか?」

 

「……明日の昼飯に期待しているのか?」

 

「ああ。今朝の約束でもあるしな」

 

 心底嬉しそうに笑う一成。寺の子がこんなにも物欲を丸出しにしていいものか少し不安になるのだが、制限ばかりされているのだから、ストレスもたまるのだろう。

 

「了解。とりあえずあまり期待しないで待っていてくれ」

 

「わかった。明日の昼は生徒会室集合だ」

 

「……」

 

 本当に分かっているのか不安な一言だ。

 

 

 

 

 

 生徒会室を後にした俺は廊下歩いていた。

 決して広すぎるとは言えない高等部の校舎。それでも、こうして毎日多少のめんどくささを感じながら歩いている。

 開いた窓の外からは、放課後の部活動に励む生徒の声と蝉の鳴く声が聞こえてくる。運動場ではおそらく陸上部などが活動に勤しんでいるのだろう。夏休みも近づき、大会も控えているのだろうか。

 

「……帰りがけに少し顔を出してみるか」

 

 今日は足を運ぶ理由があるのだ。……少しくらいはいいだろう。

 一人そんなことを考えていると、不意に一人の少女が目に入る。

 

 

「失礼しました」

 

 彼女は頭を下げながら、ゆっくりと職員室のドアを閉めた。

 黒い長い髪の毛を左右で縛り、真新しい制服を着る女生徒。凛としたその姿に目を惹かれない男はいるのだろうか。……つまり不本意ながら、俺もそんな彼女に目を奪われていたのだ。

 

 

「────あ、」

 

 彼女は振り返り、そんな俺に気付いた。

 

「……久しぶりだな、遠坂。日本に帰ってきてたんだな」

 

 俺は浅く笑い、それまでの心情を察されないよう彼女にそう言った。

 そんな彼女は夕日に染められてか、心なしか赤く見えた。

 

「……ええ。一年ぶりくらいかしら、衛宮君」

 

 彼女もまた浅く笑いながら俺の名前を口にした。

 

 彼女、遠坂凛と最後に会ったのは穂村原学園中等部を卒業した日だ。

 冬木市に住んでいる人なら、その大半が中等部からそのまま高等部に上がる。遠坂ももちろんそれに当てはまると俺は思っていた。しかし、彼女は高等部の入学式に姿を見せることはなかった。後に聞いた話によると、単身

外国に渡って勉学に励んでいるらしい。

 そんな遠坂との再会は思いの外偶然で、俺の思考は気の利いた一言を口に出せないでいた。

 

「なあ────」

 

「ごめんなさい。まだ時差ボケのせいで眠いの」

 

 意を決して言葉を口にしようとしたとき、遠坂は申し訳なさそうな表情を浮かべて俺の言葉を遮る。彼女は頭に手を当てながら、少し辛そうに笑う。

 ……当然だ。俺と遠坂では決定的に住んでいる世界が違う。それを理解してか、お互いに昔からその線引きをしてきたはずだ。面識はあっても中学生の頃に話した記憶はそうなく、挨拶を交わす程度だった。

 

「そ、そうだよな。ごめん」

 

「私の方こそ。当分はこっちにいるから、またゆっくり話しましょう」

 

 遠坂はそれだけを言うと、俺に背中を向けて歩き出す。

 

「遠坂!」

 

 なぜだろう。こうして大声を出すこと、呼び止めることを拒絶したはずの遠坂に対してこのようなことをしたのは。

 衝動に任せるな。常に冷静に判断をする。それが大切なことだと俺は知っているはずだ。

 それでも、自然とこうして声を上げてしまっていた。

 俺の声をどう思ったのかはわからないが、遠坂はその足をゆっくりと止める。振り返りはしないが、彼女は確かに俺の言葉を待っている。

 ……マズイ。衝動的に叫んでしまったせいで、何を言っていいのか纏まっていない。

 

「……また明日な」

 

 だからこそこれもまた衝動的に出た言葉だ。

 

 また明日────

 この言葉ももう二度と言えないかもしれない、そう思っていた。しかし、こうして帰ってきて、再び同じ学園に通うことになったのだ。

 さすがにこれはまずかった。遠坂の反応がない。

 体中から血の気が引いていく。

 

 

「……ええ。また明日ね、衛宮君」

 

 遠坂は振り返ることなく、それだけを口にすると歩き出していった。

 

 ……怒っていただろうか。

 不安になるが、終わったことだ。仕方がない。

 俺はため息をつくと、その場を去る。

 

 

 

 遠坂との再会の後、立ち寄ったのは高等部にある弓道場だ。つい半年前までは毎日通っていたこの場所も、弓道部を辞めて以来久しぶりに来た。

 俺がこの場所を避けていた理由はいくつかあるが、こうして足を運んでみてわかることがある。なんだかんだでこの場所に対する未練は少なからずあるらしい。

 俺は苦笑いを浮かべながら、それまでのもやもやを塗り固める。

 ゆっくりと弓道所の戸を引く。

 その先は独特な雰囲気が広がっていた。まるで糸をピンと張ったような緊張感。わずかに鼻に残る匂い。校庭で活動している運動部とは異なり、大きく騒ぐことはない。

 ────懐かしい。

 俺は自然とそう感じていた。

 

 

「────衛宮?」

 

 不意に声をかけられる。

 

「お疲れさん、美綴」

 

 俺は優しく笑みを浮かべながら、声の主に手を振る。

 俺に声をかけてきたのは次期弓道部主将美綴綾子。次期といったのも、この夏をもって卒業をする先輩を除けば、最も弓がうまく、人望に長ける人物であるからだ。それに関しては、そこそこ付き合いの長い俺はよく知っている。

 

「なんだい?ようやく弓を持つ気になったのか?」

 

 少し興奮気味に俺に詰め寄ってくる美綴。それに若干気まずさを感じてしまう。遠坂とも森山ともまた違った雰囲気を持つ美綴。彼女もまた美人の類に入るのだから、それに対してもう少し自覚を持って行動をしてもらいたい。

 

「いや、今日は桜に用があってだな────」

 

「美綴先輩!何やってるんですか!?」

 

 わっと叫び声が上がる。弓道場に似合わない光景だと思ったら、慌てた様子でこちらに走ってくる女生徒が一人。

 

「別に横取りをするつもりはないんだぞ、間桐」

 

「よ、横取りとか何言っているんですか!?」

 

「いや、深い意味はないさ」

 

 けらけらと笑う美綴と今にも飛び掛かりそうな様子の桜。

 

「ただこれくらい鎌をかけないとこのバカは気づかないだろ?」

 

「いや、そういう問題じゃなくて────」

 

「そうだぞ、美綴。人に指をさしてバカとか失礼だ」

 

「「…………」」

 

 一気に二人から白い目を向けられる。……なんでさ。

 俺が頭が痛そうに手を当てていると、もう一人部員がこちらに歩み寄ってくる。

 

「おい、何をやってるのさお前たち」

 

 少し鼻につく声を上げる男子生徒。彼は明らかに苛立ちの様子を前面に出しながら、俺たちに迫ってくる。

 

「……兄さん」

 

 それに萎縮した様子の桜。彼女にとって兄である間桐慎二は恐怖の対象でもあった。

 だからこそ俺と美綴は二人の間に立つ。

 

「こっちは大会前の調整段階だ。僕はもちろん、先輩たち、それに美綴もね」

 

「……」

 

 慎二は間違えていない。むしろ正しい。きっと俺も慎二の立場なら、注意をしたに違いない。

 

「すまん、俺が軽率だった」

 

 頭を下げる。そう易々と頭を下げることはしてはいけないのはわかっているのだが、今回は俺が悪いのは明白だ。それに慎二の性格を考えれば、下手に食いついても喧嘩になるだけだとわかっている。

 何か言いたげな様子の桜と美綴だが、二人も慎二の言っていることを間違えだとは言えないのだろう。

 

「わかればいいんだよ、わかれば」

 

 ぱたぱたと手を振る慎二。自分が優位な立場だと理解してか、機嫌が良さそうだ。

 

「とりあえず俺は帰るよ」

 

 本来の目的は果たせていないが、ここで火に油を注ぐわけにはいかないだろう。夕食の献立は二人が好きなものを選べば外れることはないはずだ。

 

「待てよ、衛宮」

 

「────なっ!?」

 

 不意に肩に重みがかかる。それが慎二が俺に肩を組んできたことだとわかるまでに多少時間がかかった。

 慎二は不敵な笑みを浮かべながら、俺に顔を近づける。

 

 

「────気づいているか?」

 

「…………え?」

 

 笑みを浮かべる奥、慎二の瞳は普段見せないくらいに真面目なものだった。

 それは俺の答えだけではなく、すべての反応を見ようとしている。一挙一動、余すことなく観察してその本質を見定めようとしている。

 あまりにも突発的なことで、多少面食らった。それでも、彼がそれを望むなら────

 俺はそんな慎二から目を離さない。

 それから僅かの後、慎二はふっと笑った。

 

「そうかい。まあそれならいいんだ」

 

 急に肩から重みが抜ける。慎二はけらけらと笑いながら、数度俺の背中を叩く。

 

「衛宮も程々にしておけよ?じゃないと痛い目見るぜ」

 

「……ああ。慎二も大会を控えているんだろ?そっちに集中してくれよ」

 

「そうさせてもらうさ。とにかく今日みたく部活中に遊びには来るなよ」

 

「……悪かったって」

 

 慎二の軽口に俺は頭を掻く。

 これ以上ここにいても迷惑になるのは間違いないし、そろそろ帰ろう。

 美綴と桜、部員のみんなに迷惑をかけたことは申し訳ないと思っている。この後慎二に何かされないければいいのだが。

 

 

 

 キッチンに醤油の香ばしい香りが広がる。

 

「……よし」

 

 火の通りは十分。これ以上火入れず、余熱を使っておけばいいだろう。

 俺は満足そうに笑うと火を止める。

 落とし蓋を開けたことで広がったのその香りは、本日一番力を入れた煮物のものだ。和食の定番と言えばその通りなのだが、その実手間がとてもかかる料理である。それに比例しておいしさも増すのだからとても奥深い。

 今晩は和食をメインにいくつか料理を用意している。美味しければ何でもいい藤ねえと違って、桜は洋食が好きと明確なものがある。弓道場に立ち寄ったのも彼女のリクエストを聞ければと思ったためである。ただ、それも叶わなかったので洋食で桜の好みを抑えるか、和食で俺の腕を存分に披露するかというものとなった。

 結果として今日は俺が最大限におもてなしをするという結論に至った。そのため、こうして和食を主体として他にも食べやすい料理をいくつか用意した。しかし求める料理の量と質に反して時間があまりにも少なかった。煮物ももう一手間をかけたかったのが本音である。

 とにかく二人とも気に入ってくれればいいのだが。

 

 

「ただいまー!!」

 

 屋敷全体にバカ見たく大きな声が響く。

 

「お、お邪魔します」

 

 今度は少し遠慮がちなものだ。

 こうも差があれば誰でもどちらの声なのかわかる。

 けたたましい足音がリビングに近づいてくる。このドタバタ感覚があまりにも懐かしくて、俺はついつい笑みをこぼしてしまう。

 

「ただいま、士郎!」

 

 派手な色の髪の毛と服を揺らしながら藤ねえはやってくる。それに少し遅れて制服姿の桜が顔をのぞかせる。

 

「おかえり、藤ねえ、桜」

 

 俺は調理を続ける手を止め、二人に笑いかける。

 

「お邪魔します、先輩」

 

 やはり少し固い桜。藤ねえ程とは言わないが、もう少し気を崩していいと思う。まあこれが桜のいいところであるのだが。

 俺が苦笑いを浮かべていると、ここが自宅と言わんばかりの様子で藤ねえはずかずかとキッチンまで来る。

 

「わぁ!美味しそうな匂い!!」

 

「夕飯までもう少しかかるから、まずは手を洗ってきなさい」

 

 これではどちらが年長者かわからない。

 藤ねえは少し不満そうな表情を見せながらも、渋々洗面所に向かう。

 

「桜も部活上がりで汗かいただろ?風呂は沸いているから、汗を流してきたらどうだ?」

 

「えっと、でも────」

 

「料理なら任しておけ。久々に二人に振る舞うから頑張って作ってるんだ」

 

「……それじゃあ頂ますね」

 

 ぺこりと頭を下げる桜。

 先に風呂を沸かしておいて正解だった。やっぱり女の子は汗の臭いを気にするものだろう。俺は割とガサツな方だが、夏場の弓道の大変さはよくわかっている。

 藤ねえは言わずもながら、頑張っている桜も腹を空かせているに違いない。

 

「────さて、それじゃあ仕上げますか」

 

 

 

「おいしかったー!!」

 

 あれほどあった料理をすべて食べた藤ねえはごろんと寝転がる。

 

「藤ねえ、行儀が悪いぞ」

 

「えー、いいじゃん。お姉ちゃんは今日も一日頑張ったんだから」

 

 そう言いながら手近に置いておいたリモコンでテレビ電源を着ける。

 今は夏場だからいいのだが、冬になってこたつを出したら絶望的だろう。十中八九藤ねえはこたつから出ようとしなくなるに違いない。強いて言うなら、食事係で俺が呼び出される回数も増えることとなるだろう。

 それ自体はまだ気にすることではないのかもしれないが、一番心配なのは藤ねえが大人として大切なものを失わないかだ。牙を抜かれた虎とはよく言ったものだといつも思う。

 

「先輩、お片付けは私がやりますよ」

 

 食器を重ね、シンクに運ぼうとしていた俺に桜は提案する。

 

「お料理は結局お手伝いできませんでしたから。せめてこれくらいはやらせてくださいよ」

 

「……じゃあ頼むよ」

 

「はい!」

 

 俺の返答に嬉しそうな表情を見せる桜。少しあわただしそうにしながらも、食器を手際よく運んでいく。

 本当に家事が好きなんだろう。慎二もつくづくいい妹を持ったものだ。……イリヤもいつかこんな風に手伝いをしたがるようになるのだろうか。だとしたら凄く嬉しい。……ただ、その時はセラと揉めそうな気もするけど。

 

 

「ああ、そういえば────」

 

 ごろんと寝返りを打ちながら藤ねえはこちらを向く。

 

「おいしい料理と言えば今日うちのクラスに転校生が来たのよ」

 

「転校生?」

 

 藤ねえは頷く。

 転校生という言葉を聞き、一番に思い返したのは遠坂の姿。あれも一応編入の手続きとかそういうものだったのだろう。

 まあ藤ねえのクラスと言えば小学生なのだが。

 

「なんか不思議な女の子なんだよね。雰囲気が同世代とは違うっていうか……」

 

 ううと唸る藤ねえ。学校で何かあったのだろうか。渋い表情からして、そういいものではなかったのでない気がするのだが。

 

「藤ねえのクラスってことはイリヤと同じクラスか」

 

「そうそう!イリヤちゃんならうまく打ち解けてくれるかな、って思っていたんだけどね。どこか警戒しているというか、なんか萎縮しているような感じなのよね」

 

「珍しいな。イリヤが……」

 

 俺も藤ねえ同様表情を少し険しくする。

 兄貴という贔屓目を抜きにしても、イリヤは人当たりがよく、友人に囲まれやすい性格の良い女の子だ。まあ純粋すぎる心を持っているから、危ない目に遭わないか少し不安にも思ってしまうが。

 そんなイリヤがそうなってしまうのだから、俺としては珍しく思えてしまう。

 

「とにかくうまく打ち解けてくれるといいんだけどね。イリヤちゃんはもちろん、クラスのみんなとも」

 

 困ったような、それでいて優しそうに笑う藤ねえ。普段は教師らしいなんて一切思えないけれど、こういう表情を見ていると去年まで彼女にお世話になっていた高等部の人間が未だに彼女を親しんでいることに頷ける。先生であり、お姉ちゃんである藤ねえ。なんだかんだで教師が天職なんだと思ってしまう。

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

 

 ぺこりと頭を下げる桜。その隣、眠そうに欠伸をしている藤ねえの姿に苦笑いをこぼす。

 

「こっちこそ。今度は桜の料理を楽しみにしているよ」

 

「はい!先輩の舌を唸らしてやりますよ!!」

 

 ぎゅっと力強く握り拳を作る桜。出会った頃はこうも力強い発言はできなかった。やはり師匠としては弟子の成長がとても嬉しい。もちろん料理におけるだけど。

 藤ねえが玄関のドアを開けると、涼しい風が入ってくる。夜になればやはりそれなりに涼しくなる。これから本格的な夏が続くが、風通しのいいこの家は幾分過ごしやすいことだろう。

 

「それじゃあ藤ねえ、ちゃんと桜を送ってくれよ」

 

「まだ十時前ですよ。私なら大丈夫ですって」

 

「ダメよ。桜ちゃん美人さんなんだから、不埒な男が物陰から狙っているかもしれないじゃない」

 

「び、美人って……」

 

 頬を赤く染めながら、桜はチラチラとこちらを見てくる。……俺に助けを求めているのだろうか。

 

「そうだぞ。藤ねえの言うとおりだぞ」

 

 桜には悪いが今回は藤ねえの味方だ。最近は落ち着いているが、割と冬木の夜は物騒だ。藤ねえはなんだかんだで剣道の有段者だし、心強い護衛になる。その点では俺よりも適任だと思う。

 

「せ、先輩それって────」

 

 ぱあっと表情が明るくなる。

 

「ああ。桜だって女の子なんだ。夜は気をつけろよ」

 

「あ、ははは……。そうですよね。…………はい。気を付けます」

 

 どこか落胆した様子の桜。その表情の変化の理由はよくわからないが、納得してもらえたようなのでいいか。

 

 

「それじゃあ士郎も戸締りしっかりね」

 

「わかってるよ」

 

「先輩、おやすみなさい」

 

「おやすみ、桜」

 

 屋敷の門から出ていく二人。その背中を見送りながら、久々に三人で食卓を囲めたことに頬を緩ます。

 幼い頃、まだ藤ねえが学生だった頃から彼女はこの屋敷によく来ていた。その影響で、俺は藤ねえとは幼い頃から面識があった。藤ねえ、なんて呼ぶのもその影響だろう。

 今みんなで暮らしている家がありながらも、切嗣はこの衛宮の家を大事にしている。なんでもそれなりの思い入れがあるそうで、未だに外国からか帰って来るとよく訪れている。そんなこの場所を俺も好きだった。だからこそ自然とここに訪れるし、時々藤ねえと一緒にご飯を食べている。

 桜とは中学生の頃、慎二を通して出会った。なんでも淑女のたしなみ、教養として料理を教えろとのことだった。たまたまお弁当を作ってきた俺に対し、それをつまんだ慎二の突発的な提案がきっかけだった。以来、時々こうしてお料理会として桜とこの屋敷に集まることになっている。当時よりも笑顔が増えたし、何より料理を好きなってくれた。

 俺にとって二人は様々な思い出をくれた人であり、そんな人たちを繋ぎ止めてくれたのが衛宮の家なのである。そして、ここには俺の秘密も隠している大切な場所だ。

 二人を見送ると、俺は屋敷の庭に出る。そこはとても広く、いつもこんな広い屋敷を買えたものだと思ってしまう。

 月が高々と昇る夜空の下、端の方に建てられた土蔵の前に立つ。鍵を回し、ゆっくりと俺はその思い扉を開いた。

 夏だというのに、どこかひんやりとしたその空間に、俺はまるでこの場所だけが屋敷とは別世界なのではないかと感じてしまう。

 ゆっくりと息を吐き、中に入っていく。同時にそれまでの衛宮士郎とは切り替える。

 

「……さて、今晩も始めるか」

 

 俺は上着を脱ぎ、体に巻かれた赤い聖骸布を解く。それは俺が魔術師ということを魔術に関わる人に暴かれないようにするものだ。

 土蔵の中心地面に座る。

 

「同調、開始────」

 

 カツン。まるで銃の引き金を引いたように、その言葉と共に俺の中のスイッチがオンになる。ゆっくりと体の中が熱を持ち始めることを実感する。

 衛宮士郎の持つ魔術回路二十七本全てにゆっくりと魔力を流す。一つずつその動作を確かめるように、ゆっくりと────

 

「最近サボりがちだったけど、大丈夫そうだ」

 

 ふぅと息を吐きながら、安堵と共に一人そんな言葉を漏らす。

 俺は魔術師であることを隠している。そもそも魔術というものは秘匿するものであるのだから当然なのだが、特別俺の場合は両親の影響で周囲は魔術師である素振りは見せていなかった。

 俺が魔術師であることを知っているのは両親とセラとリズ、冬木の管理者である遠坂、そしてこの地に根付いているマキリの長男である慎二だけだ。

 最近、他所から魔術師と共に入ってきた異質な存在。それが何かはひょんなことで知ってしまった。それは妹であり、魔術から唯一隔離された家族のイリヤから魔力を感じたことが原因だった。そして今朝、そうなってしまった根源をイリヤの部屋で見つけてしまった。

 手遅れ感もあったのだが、昨晩から着けている聖骸布のおかげで多少正体は誤魔化せているだろう。

 なんにしても、異質な存在の正体が掴めるまで魔術の修行も控えるつもりだったので、鈍っていないか心配だった。しかしそれもないようで安心した。

 それならば、ここからは俺が十年間続けた日課だ。

 

「────」

 

 ゆっくりと俺は息を吐く。瞼を閉じ、意識を内面に向ける。そして自身の体に張り巡らされる神経を疑似的な魔術回路に変換する。強く、固く、脳から足の指先まで最速の電気信号を流すそれに、魔力を通す。

 

「────っ!!」

 

 まるで焼き鏝を体の中に埋め込んでいるようだ。そこだけが体の一部ではないような感覚になり、体中が異物を排除しようと懸命に叫び声をあげる。

 しかし魔術というものはこういうものだ。常に苦痛は伴い、異物を体内に取り込み、神秘を成す。魔術師として未熟であり、その存在も中途半端な俺にとってこれは乗り越えなければならないことだ。

 意識を集中させる。一瞬の油断が死に直結する。俺はそんな危険なことをしているのだから、ちゃんと自覚を持たなければならない。

 

「────ふぅ」

 

 体の熱が冷めてくる。疑似回路がちゃんと俺の中でその役割を果たしている証拠だ。

 十年間、才能なんてこれっぽっちもなかった俺が努力を続け、その果てにようやくここまで来た。実戦で使うには不十分な出来だが、それでも回路として役割果たすことができるようになった。

 魔術師としての能力の優劣は回路の本数とも言われている。だからこそ、俺は優秀な魔術師と同等な本数の回路を用意しようと思った。そのための疑似回路だ。

 俺の魔術の師匠である養父、衛宮切嗣には発想こそ悪くないが、それは正しい方向ではないと指摘された。俺のやることは実を結ぶかもわからないことだし、何より常に喉にナイフを当てているようなことだそうだ。

 そんな指摘も気にせず、時間をかけてここまできた。あと数年かかるかもしれないが、努力次第では切嗣を見返すこともできるだろう。

 そんな興奮やまない状態だが、日課は終わらない。この先は切嗣に言われた、俺自身が進むべき方向性だ。

 

「投影開始」

 

 出来立ての回路に魔力を込める。特別な演唱など使わず、自己を切り替えるその言葉を口にする。

 脳裏に描くのは白と黒の対になる剣。かつて地獄の中で視て、以来確かに俺の中に残り続けているそれ。その設計図を回路に乗せる。

 想定するのは基本骨子。この綻びが本物と偽物の差を大きく作り出してしまう。

 バチリと回路が音を上げる。未熟な回路と、俺には未だに到達できないその領域のせいで、体中に激痛が走る。痛みのせいで意識を失いかけるが、ここでそうしてしまうことは死を意味する。必死に歯を食いしばり、工程を進める。

 ずっしりとした重みが俺の両手にかかる。瞼を開け、それを見ると確かに一対の双剣があった。……しかし、これは失敗だ。

 

「ダメだ。外見だけで、中身がなっちゃいない」

 

 ふっと体から緊張感が抜け、ため息をつく。

 この十年、投影魔術の修行も続けてきたが、満足に成功したことがない。名前を知らないこの双剣の外装を真似ることはできても、内面が伴っていない。基本骨子の想定は甘くないはず。……となると、やはり知識がなさすぎるのか。

 以前切嗣に連れられ、博物館に行ったときに視たそれなりに名前のある剣はちゃんと投影できる。無論、その出来栄えは、この双剣と比べてマシということなのだが。

 俺は土蔵の隅に双剣を放り投げると、ごろんとその場に寝転んだ。

 

 ……まだまだ俺は未熟だ。それは魔術師としてもそうだし、何よりも目指すべきあの背中には遠すぎる。

 衛宮切嗣。俺の養父にして、イリヤの実父。魔術師としての才覚は決して恵まれた方ではないのだが、その名は魔術師ならば誰もが耳にしたことのあるものだ。彼の持つ魔術師殺しの異名はそういうものなのだ。あまり外を知らない俺だが、よく慎二からはその話を聞いていた。あまりにも魔術師らしからぬ戦い方とその冷酷さは有名だそうだ。父親としての切嗣をよく知る俺からしたら、別人の話にも思えるのだが。

 そんあ切嗣の本質は正義の味方だ。それも俺たち家族を守るための。

 かつてはすべてを救うことを望んだ彼は現実に叩きつけられ、その夢を諦めた。そして千を守るために百を切り捨てる。そんな自分の心を騙す正義の味方になった。それもやがてあるきっかけがあり、大切な家族を、手の届く範囲の人たちのための正義の味方になったそうだ。

 何があったのかは知らないのだが、俺もそんな正義の味方に助けられた一人である。以来、俺はそんな切嗣に憧れて魔術の修練に励んでいるわけである。

 もしも切嗣が留守の時、家族が危ない状況になったら、俺がきっちり守れるくらいに。そんな正義の味方を俺は目指している。……まあ現状セラやリズの方が強いんだけど。

 

 

 すっかり夜も更け、零時を迎えようとしているときだった。

 俺は衛宮の家の戸締りをしっかりとし、自宅に帰ろうとしているときのことである。

 

「……イリヤ?」

 

 ぱたぱたと慌ただしく走っていくその姿は、まさしくイリヤだった。

 女の子である以前に、小学生であるイリヤ。いくら最近は物騒なことが減っているといっても、こんな時間いで歩いていいはずがない。

 普通なら、今すぐ追いかけて家に連れ帰るのだが────

 脳裏を過るのはこの街に来た異質な存在、そして慎二の言葉。彼は気づいているかと俺に問いかけた。それに対し、俺はイリヤの持っていたそれのことかと思ってしまったがそれだけじゃないのかもしれない。

 ……不本意だがここはイリヤをつけるしかない。何か厄介なことに巻き込まれていないといいんだが。




みなさんお久しぶりです。
年も明け、再び学校が始まる前に投稿せねばと気合で書き上げました。……テキスト量多すぎ?

今回は魔術師と魔法少女と士郎とイリヤの夜の顔について書きました。
設定や表現に不十分なところが多くて申し訳ありません。たぶんこの作品を読んでいる方の頭にはfateの設定があると思い、多少雑にしてもいいかなぁ、なんて。
────って、許されませんね。すみません。
とにかく、次回からはいよいよ士郎君活躍ですよ。はい。ご期待を!!

それから、いくつかご指摘はいただいておりますが、当作品は二次作品です。
キャラが原作と違うことも多少考慮しながら読んでいただければ幸いです。
尚、個人的にはその差も設定として進めたいと思っていますので温かく見守ってください。
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