Interlude6
「…………今は楽しいか?」
士郎がイリヤに投げかけた質問。はたからその光景を見れば、兄が妹と交わす普通の会話だ。最近の学校のこと、友達とのこと、他にも兄が妹に投げかける話題としては十分妥当であるのだろう。
しかし、それを投げかける士郎の表情と受け取る側であるイリヤの動揺は普通ではなかった。
イリヤが抱える隠し事を知る士郎がそれを遠回しに問い詰める。無論、イリヤとしてはそれがばれているとは思っていないのだから、士郎の質問の真意は理解してはいないのだろう。それでも、心に引っ掛かるところがあるからこそ、動揺という反応を見せているのだろう。
「うん!」
それでもイリヤは笑顔でそう答えた。その笑顔の裏には何を考えてか。毎日の学校生活、友達との日常、転校生でなかなか打ち解けることのできなかった美遊に頼られたこと。そして魔法少女というずっと画面の中にしか存在しないものになれたことに不安以上に楽しさを感じていたから。
だからイリヤはそう答えた。だからこそ士郎がこんなにも泣きそうな表情をしている理由がわからなかった。
魔法少女がどういうものかは士郎には理解できない。それでも、魔術というものがどういったものかはわかる。かつてそれのせいで家族を、友人を、大切な物すべてを失ったことがあるからこそ、その恐ろしさは知っている。それに加え、衛宮切嗣と世界を渡った経験、日々の修行全てが魔術の危なさを知るには十分なものだった。
士郎はそれを理解することなく、魔術を受け入れてしまっている妹に言い難い感情を抱いてしまったのだ。
だから、せめてと────
「何かあったらすぐに俺の名前を呼ぶんだぞ。怖いこと、辛いこと、悔しいこと、泣きたいこと。俺はさ────」
「────イリヤ!」
「ふぇっ!?」
突然の罵声にイリヤは体を震わせる。
「あんた、これから命をかけた戦いに行くのよ。そんな気の抜けた表情をしないで」
「……あ、うん。ごめんなさい…………」
何が何だかわからないまま謝るイリヤ。それでも冷ややかな目を向ける美遊と腕を組んでいるルヴィア、真剣な表情で自分を見ている凛を見て、なんとなく理解をする。
ここは新都に繋がる橋の手前の公園。時刻はもうじき零時を刻もうとしている。相変わらず能天気なルビーを除けば、これから戦いに赴くということがわかる。
「もう、凛さんってば頭が固すぎですよねー」
ぱたぱたとイリヤの周りを飛び回るルビー。イリヤはそれに対して首を振る。
「そんなことないよ。私達、これから昨日負けた敵と戦いに行くんだよ。……うん。凛さんの言うとおりだ」
「……イリヤさん」
珍しく元気のない声を出すルビー。
間違いなくこの中で唯一イリヤの心情を一番理解できているのがルビーだ。イリヤは気づいてはいないのだが、実はこっそりと士郎の部屋に潜り込んでいた。だからこそここに来る前にした士郎とのやり取りも知っている。兄であり魔術に精通する士郎が、どのような気持ちで質問したのかも理解はしていた。だからこそ、本来はちゃんと言葉をかけるべきなのだと思っていたがそれができないでいた。いつも通りのテンションはそれの裏返しというやつだろう。
「ルビー」
「どうしました?イリヤさん」
「……転身、お願い」
その言葉は覚悟から来るものか。或いは全てを振り切るためだけに奮い立たせようとしているのか。それは理解できなかったが、ルビーは今のマスターの指示に従うだけ。
世界は歪む。上下が反転し、自分が今まで立っていた場所が空に変わる。独特な感覚にイリヤは言い難い感情を抱く。
兄の言葉が頭を離れない。
それは楽観的になれば、淡い恋心を抱く少女としては胸をときめかせるもの。直視しなければいけないこれからのことを考えるならば、それはそんなに甘いものではない。まるで鏡合わせのような感情ではあるが、その間は歪んだ世界そのもの。
昨晩の魔女との戦いを思い出せば尚のこと。
今までは美遊の持つ魔法少女として才能とカードの力、そして凛とルヴィアのバックアップがあっての勝利だ。何もイリヤ自身が特別な貢献をしたわけではない。しかし今回ばかりはそうはいかない。二人の魔法少女が力を合わせてこそ、神代の魔女を打倒することができる。
────もう一度、イリヤはゆっくりと深呼吸をした。
世界の歪みは修正されていく。
「接界完了!!」
「二度目の負けは許されませんわよ!!」
凛に続きルヴィアの声が響く。それと同時に二人の魔法少女はいくつもの魔法陣が広がる空の下、駆け出す。
魔法陣の数は昨晩と同じ────いや、それ以上だった。昨日は接界と同時に魔法陣から放たれた無数の攻撃に耐えきれず撤退をした。しかし今日は前情報がなかった昨日とは違う。
しかしイリヤにはただ一つの心配ごとがあった。
神代の魔女であるキャスターと戦う前提条件として空を飛ぶということが必須であった。それを昼間の段階ではできなかった美遊。イリヤはゆっくりと心配そうな表情を美遊に向ける。
「いけますか、美遊様?」
「大丈夫」
美遊とサファイアのやり取り。次の瞬間、美遊は地面を蹴った。地面は跳ね、土が舞う。そして美遊は宙を蹴った。
「と、飛んだ……」
「飛んだというよりも跳んだって感じですよねー」
驚くイリヤを傍目にルビーは若干呆れた様子で相槌を打つ。魔法少女の力は空想の力。よくイリヤが観るアニメと同等にするのはどうかとは思うが、少なくともルビーの抱く魔法少女というものと美遊の選択はあまりにもかけ離れていた。
それでも、キャスターとの戦いに必要とされる最低限のラインをクリアした美遊を認めざるおえなかった。
「さぁて、私たちも行きますか!」
「う、うん!!」
ルビーの掛け声に合わせてイリヤは地面を蹴る。美遊程の勢いはないが、確かな加速力を持ってイリヤは空を飛んでいく。そして高度はキャスターと等しくなった。
昨晩は覆すことができなかった地の利。それを二人の魔法少女は魔女と同等の物へと変えたのだ。
イリヤはルビーを強く握る。キャスターはそれを感じ取ると、魔法陣をいくつかイリヤに向ける。攻撃開始の合図だった。
「イリヤさん!!」
瞬時にイリヤはトップスピードまで上げ、空を翔る。その後ろでは激しい爆発音が鳴りながら、イリヤを追撃していく。
背中を取られた戦闘機のようにひたすらに落とされまいと逃げるだけ。だがそれで問題ない。
凛とルヴィアが立てた作戦は単純だ。
機動力のあるイリヤは攪乱を担当。空を飛ぶと同時にキャスターの注意を集める。ライダーとの戦闘の経験より、カード回収の敵となる英霊は現象に近い物と凛は分析をしていた。それはつまり人が判断する要理も機械的になるということだ。こうして小回りの利くイリヤが注意を引くことに意味が生まれるのだ。
そしてそれは逃げから攻めに転じることで更に効果は増す。
速度を殺さぬまま、イリヤはキャスターを見据える。
「散弾!!」
威力は弱いが数のある砲撃を撃ち放つ。いくら威力が弱いと言っても、キャスターは白兵戦に特化していない。大量の攻撃を食らい続ければ無傷では済まない。
キャスターは魔法陣を動かしイリヤの攻撃を防ぐ。それにより、僅かではあるが攻撃の手は緩んだ。
「その調子です!威力入りませんから、このまま距離を維持したまま攻撃を続けてください!!」
「うん!!」
ルビーの声に自然とステッキを握る力が強くなるイリヤ。
凛たちが立てた作戦ではイリヤの担当は攪乱。戦闘開始前まで幾分の不安はあったものの、現段階では満足のいく働きをしている。
そしてもう一人の魔法少女である美遊に与えられたのは攻撃。イリヤが作り出した隙を生かして、距離を詰めて一撃殺。ライダーを一撃で仕留めたその能力を考えてのことだ。
「中くらいの────散弾!!」
そしてイリヤから放たれた攻撃。ついにキャスターは攻撃の手を止め、防御に徹した。
「やっておしまいなさい!美遊!!」
ルヴィアの声が響く。それがスタートの合図だったように、美遊は宙を蹴った。
またとないチャンス。キャスターの意識は完全にイリヤに向けられている。そこに美遊のものはない。美遊は一瞬で距離を詰めると、一枚のカードを取り出した。
ランサーのカード。イリヤが凛から預かったものとは異なり、確かに英霊の宝具として扱うことができる一撃必殺の槍。それをサファイヤに当てる。
「限定────」
「…………え?」
それは、おそらくこの場にいる全員のもの。誰もが勝利を確信し、目の前の光景を理解することができなかったが故に漏れた声。
美遊は確かにキャスターの背中を取った。それは誰もが見た間違えようのない現実。
「消え────うっ!!!!」
地面が割れる音がした。
「ミユさん!!」
イリヤの悲鳴にも似た叫び声。それは割れた地面で蹲る美遊に向けたもの。
誰もが状況を読めない中、不敵に笑うようにそれまで美遊がいた場所に浮かぶキャスターを見てルビーは理解する。
「まさか……転移魔術まで使うなんて」
確かに神代の魔女と理解させるその魔術に魔法使いの魔術礼装であるルビーですら息をのんでしまう。
次の瞬間、キャスターの周りには魔法陣が浮かぶ。誰もが瞬時に理解した。
「逃げなさい、美遊!!」
ルヴィアが叫ぶ。
キャスターは未だ満足に動くことのできない美遊にとどめを刺すつもりだ。
「ぐっ……」
なんとか体を起き上がらせる美遊。しかしその足からは大量の血が流れており、とてもではないが走ることも跳ぶこともできない。
「美遊!!」
「ちょっ、待ちなさい、ルヴィア!!」
とっさに走り出すルヴィアを押さえつける凛。
「離しなさい、凛!!」
「うっさい、バカ!!あんたが行ってもどうしようもないでしょ!!」
「何をおっしゃいますの!負傷した美遊を抱えて逃げることぐらい────」
「私たちは勝手だけど、信じるって決めたでしょ!?二人の魔法少女を!!」
「────!!」
凛の叫び声に言葉を失うルヴィア。
そして次の瞬間にはキャスターの砲撃が地面を砕く。激しい音が響いた後、張りつめた凛の表情が緩まる。
「……ほらね」
「────イリヤスフィール…………」
二人の死線の先には、間一髪砲撃を避け切った二人の姿があった。
ぎりぎりのタイミングで、最大速度でイリヤは美遊を抱えて脱出をすることができたのだ。紙一重とも呼べるタイミングに、イリヤはそれまで吐くことができなかった息を重々しく吐き出した。
「ま、間に合った……」
「ナイスタイミングです!イリヤさん!!いやぁ、さすがは魔法少女!友達を助けるタイミングでこそ力が発揮されますねー!なんとも燃えますねー!!」
イリヤの手の中で一人テンションが高いルビー。対して抱えられる美遊は珍しく動揺をしているようだった。
キャスターから一定の距離を取ると、緊張を解かぬまま美遊を宙に立たせる。
「ミユさん、怪我は??」
「問題ない。すぐに治る」
チラッと美遊の足を見るイリヤ。確かにあれ程の高さから地面に叩き付けられた割には軽傷に見ることができる。それもカレイドステッキの能力なのだろう。
「申し訳ございません、美遊様……物理保護の強化が間に合わず」
「大丈夫。……それよりも自動治癒に魔力を割いてちょうだい」
「了解しました」
あれほどまでの危機に瀕していながら、美遊は相変わらずだった。それは齢十歳にして身に着けることのできる精神力なのだろうか。それは多くの魔術師を見てきたルビーとサファイアが共に抱いた疑問である。魔術に関わらず、一般家庭でその十年間を過ごしてきたならば、そう、イリヤスフィールがその模範的な存在であるはずだ。
キラキラとしているか、どこか憧れがあるから、取引による対価の重さなど知らず踏み込んでしまう。美遊はそれが嫌だった。だからこそイリヤの協力を拒んでいた。学校では敵対心を露わにし、人付き合いが得意であるはずイリヤですら距離を取ってしまうような人間を演出していた。
だが、現状としては────
「美遊様……、やはりお一人では」
「────わかっている」
自分の情けなさなに苛立ちが隠せない。
美遊はギリッと歯を食いしばりながら手を握りしめる。それは痛いほどサファイアに伝わっていた。それでも主人を守るため、最善の手段を選ぶのが魔術礼装たる彼女の役目であった。
「いやぁ、にしても転移魔術まで使いこなすなんて参りましたねー。さすがは神代の魔女っ娘!反則級ですよ、あれはー」
空気を読んでか、或いは否か。いつものような能天気な調子でルビーは笑う。
「そ、そうだね……。ここは一旦撤退して凛さんたちと作戦を練り直すべき────」
「いや、まだ手はある……」
キッと強い視線でイリヤを見つめる美遊。それは覚悟の表れ。誰かを頼ることは無い、そう決めていた美遊だからこそ決意する必要があった作戦。
「お願い、イリヤスフィール……、力を貸してちょうだい」
強く、ステッキを握り締める美遊は口を開く。
「ちょっと……あれ!」
遠く、安全圏と呼ばれる場所で見守っている凛が口を開く。
自分たちよりも年下で、巻き込んでしまった一般人であるイリヤたちに申し訳ないと感じながらも、凛とルヴィアはその光景を見ていた。
「まだ続ける気なの!?」
凛の目に映るのは先程と同じ光景。イリヤが持ち前の機動力を生かし、キャスターを翻弄する。素早く放たれた弾幕に防御のための魔法陣を敷くキャスターの姿には余裕が伺える。
「同じ作戦では無意味ですわ!一度撤退し、作戦を整えますわよ!!」
その判断は定石。
イリヤたちの手持ちカードではキャスターの能力を上回ることができない。いくらイリヤが攪乱をし、隙を狙って一撃必殺の宝具を使おうとも転移魔術の前では当たらない。だからこそ作戦を練り直すという選択肢が素人であるイリヤですら選ぶ定石なのだ。
それでも、美遊が選んだ選択は違った。
「……行くよ、ルビー!」
「いつでもどうぞ!!」
イリヤは最大の加速でキャスターへ突っ込む。それは先程までとは比べ物にならない速度。僅かな時間で最大速度に到達する。
美遊を飛び越え、キャスターとの距離を縮めるイリヤ。無論、近接戦を得意としないキャスターは転移魔術でその縮めたられた距離を再び開こうとする。
これはキャスターの手の内を理解しているからこそ、当然と判断することができる選択。無論、凛とルヴィアはこの特攻の結末など高が知れていると撤退を推したのだ。
だが、
「……逃げられるなら」
イリヤはステッキを振りかざす。
「極大の散弾!!」
雨のように降り下ろす魔力弾。それはキャスターが地上からの攻撃を弾く為にと誣いていた反射板に落ちる。一撃ずつは決して英霊を仕留めることができない攻撃ではあるが、僅かでも足止めになると踏んだ。
「これだけの攻撃なら────さすがに全部受けるわけにはいかないよね!」
イリヤはニヤッと笑う。
それは美遊が立てた作戦が成功したから。キャスターは転移魔術よりも数多くの乱れ撃たれた散弾により、逃げ場なくその場で防御を選択していた。
そう、この一瞬があれば十分なのだ。
「弾速最大────」
キャスタよりも更に上空、背後をうまくとった美遊はステッキの先端をキャスターに向ける。そしてそれまで自動治癒、物理保護に回していた魔力をすべてこの一撃へと回す。
「狙撃!!!!!」
その一撃はまるで仕返しと言わんばかりの勢いでキャスターを射抜く。激しい爆音と共に、キャスターは地面へと叩き付けられていた。
「まだです!!」
ルビーは叫ぶ。
魔女はそう簡単に命を落とさない。先程の美遊がそうであったように、ぼろぼろになりながらも体を起こす。
このチャンスを逃したならば、おそらく次はない。
それはイリヤですら理解できたことだった。イリヤと美遊は空を蹴り、キャスターへと突撃する。
「Anfang────!!」
「Zeichen────!!」
二人の魔術師の声が重なる。
「轟風弾五連!!!」
「爆炎弾七連!!!」
赤い魔術師と青い魔術師、二人の放った魔術はキャスターを焼き尽くす。いくら魔術耐性が高くても、瀕死の状態で時計塔主席である二人の魔術を直撃したなら無事ではない。
空に張られていたキャスターの魔法陣は消えていく。
「へぇ……なかなかやるじゃないですか、あの二人も」
その光景を口を開けてみているイリヤの隣、感心した様子のルビー。魔法陣の消失はキャスターの魔術が消えたという証拠。傍観者であると思っていた二人が止めを刺したことに対し、純粋に評価せざるおえなかった。
「美遊様……やりましたね」
「ええ……」
ゆっくりと地面へ降りる美遊はため息のように息を吐きながらサファイアの言葉に相槌を打つ。
今回は成功したが、転移魔術が連続で行えた場合を考えると我ながら勝負に出たのだと思ってしまう。確実性というものを重視するようにしているのだから、美遊自身自分らしくないと思ってしまう。
そして何よりも、手を借りるまいと思っていた相手の助力を得ての勝利だったのだからどこか腑に落ちない点がある。
認めるつもりはない。それでも────
この場にいる誰もが言い難い悪寒に襲われる。膨大な魔力の発生源、それに自然と視線が集まる。
「う、うそ……!」
イリヤは呟く。
勝利は確定したのだと思っていた。────それでも、この程度では死なないのだから”英霊”と呼ばれているのだろう。
イリヤですら一瞬では詰めることのできない距離、倒したと思っていたキャスターが複雑な魔方陣を展開している。それが何を意図しているのか、瞬時にできたのは凛とルヴィアだけ。
「まずい!この空間ごと焼き払う気だわ!!」
凛が叫ぶ。だからといって手持ちの宝石を使い切ってしまった凛とルヴィアには現状を打開する術はない。撤退する時間を稼ぐ手段があるのならば、それを選択するが可能なのはイリヤか美遊だけ。
「ミ、ミユさん!?」
凛がそう声をかけようとした瞬間、イリヤの叫び声が響く。
美遊は走っていた。強化を施し、空を蹴り、キャスターに向かって走り出す。だがそれでは────
「それじゃあ間に合わない!」
イリヤはルビーに魔力を込める。
美遊は後悔をしていた。
神代の魔女であるキャスターなのだから転移魔術を使用することなど容易に想像ができたはずだ。それを念頭に入れていたならば、ランサーのクラスカードで仕留めることができたはずだ。いかに相手が転移魔術で姿を消そうとも、ランサーの宝具とは必ず相手を殺す、そう運命を捻じ曲げるものなのだから。
そしてカード回収を行わずに気を緩めてめてしまったこと。これは美遊だけのことではない。それでも、あの瞬間に追撃を────いや、全員の安全確保に徹することができていれば、こんな事態は起きなかった。その後も敵が生きていることを理解した瞬間に飛び出してしまった短絡的な判断がミスだ。撤退をすることが現状考えられる最善策だったのだが、今はそれができない。
何より────自分を救ってくれた恩人に報いることができない事、そして巻き込まれる必要がない人を巻き込んでしまっていることに対して後悔をしていた。
過去をいくら考え、後悔しても意味がない。それは美遊自身がわかっていることだ。
後悔などをするくらないなら頭を働かせろ。読み切れ。そして掴め────
美遊は走る。
例え間に合わなかったとしても、ここで自分が命を張って走ることに意味がある。自分には彼のような力はないことを理解している。それでも、彼のように強い意志だけは持ち続けたいと願う。今度こそは────
「ミユさん!!」
「────!?」
イリヤの声が響く。咄嗟に美遊は振り返る。
するとそこには、イリヤが放った特大の魔力砲が美遊を────いや、キャスターを目がけて走る。それは美遊が走るよりもはるかに速く。
「乗って!!」
キャスターに向かう魔力砲とイリヤの言葉。美遊は瞬時にその意味を理解した。
美遊は空を蹴るように足に魔力を込めると、イリヤの言葉通り、魔力砲の先端に乗った。
「限定解除!!」
美遊はランサーのカードをサファイアに当てる。そして現れた紅い槍を構え、その真名を口にする。
「────刺し穿つ死棘の槍!!」
美遊の手に握られた紅い槍は、禍々しい魔力を放ちながら“相手の心臓を穿つ”という結論に帰結するように、眼前に放たれる巨大な魔力砲を切り裂き、キャスターの心臓を貫いた。
「クラスカードキャスター────回収完了です」
美遊に握られたキャスターのクラスカードを見ながら、サファイアは主人にねぎらいの言葉をかける。
先程の凛たちの魔術では姿を見せることがなかったクラスカードに、美遊だけではなく誰もが安堵のため息をついていた。昨日から続く戦いもこれでようやく決着がついたのだと。
「ミユさーん!!」
そして誰よりも先に、キャスターの攻撃を直撃し、それでも戦い続けて止めを刺した美遊に駆け寄ったのはイリヤだった。
「怪我はない?私、あんな無茶なことしちゃったけど────」
あたふたと座り込む美遊の体に怪我がないか確認をするイリヤ。
いくら地面や空を蹴ったところで間に合わないと判断したからと言っても、魔力砲を足場にすることをよしとしてしまったことに冷静になった今、イリヤは後悔をしていた。美遊だからどうにかなったが、自分だったら間違いなくキャスターの攻撃と板挟みになってしまっていたことがわかる。だからこそイリヤは勝利の喜びを感じるよりも先に美遊の身を案じていた。
「────問題ない」
そんなイリヤに対して、美遊はたった一言そう返すだけ。そんなぶっきら棒な言葉を向けられてしまっては、もちろんイリヤとしてもどうしていいのかわからなかった。
美遊はこの戦いにイリヤを巻き込みたくないと思っていた。
魔術協会から派遣された魔術師の持ち込んだ魔術礼装の勝手で巻き込まれたと言え、イリヤと美遊では戦う動機が違うのだ。
アニメや漫画と同じ、遊び半分でカード回収を行うイリヤを、自分の居場所の証明のために戦う美遊は認めることができなかった。そして、自分にはない家族や友人と過ごす“日常”を持っているイリヤをこちら側に引き込みたくないという気持ちもあった。
しかし、サファイアが美遊に進言した言葉も理解はできていた。
『カレイドの魔法少女は二人で一つです。二人が連携するからこそ、その真価は発揮されます』
美遊はぎゅっと自分の服の裾を握る。
それでもと、一人で戦うのだと決めていたのに、イリヤの協力があってこそキャスターに勝つことができた。
空を飛ぶことはもちろん、魔力砲を足場にするという発想は美遊にはできない。だからこそ、協力することが必要となることはわかっていた。……それでも。
「ミ、ミユさん、やっぱり怪我が痛む?」
険しい表情をしていた美遊を心配するようにイリヤは彼女の顔を覗き込んだ。その純粋な瞳に、やはり美遊は自分にないものを痛感した。
「痛くない。……行こう」
「え?あ……うん」
手を差し伸べようとするイリヤをすり抜けるように、立ち上がる美遊。そんな美遊に何とも言えない気持ちになったのはイリヤだけではなく、ルビーとサファイアもだった。
年相応ではないと安い言葉を使ってしまえばそれだけかもしれないが、美遊が抱えるものの重さを垣間見せた瞬間だったのかもしれない。
とにかく、自分が思っていた以上に美遊が重傷でないことを理解し、安堵したイリヤは空を見上げた。
「……そう言えばさ、ルビー」
「なんですかー?ああ、そうでしたね。祝砲ですよね!せっかくの勝利を祝うべきなのに……いやはや、ルビーちゃんもまだまだですなぁ!!」
「いやいや、いらないから!祝砲とか恥ずかしいし!!それに、上げるなら私じゃなくてミュさんに対してだから」
「…………」
美遊の無言のプレッシャーにイリヤとはルビーは乾いた笑みを浮かべる。
「いやー、残念です。せっかく用意はしておいたのに」
「よ、用意してたんだ……。って、そんなことじゃなくて!!」
イリヤは必死に首を振り、ルビーに真剣な眼差しを向ける。
「ライダーの時みたく空が割れる前に戻らないと!!」
「───────ぁ」
必死な表情で訴えるイリヤにその場にいた他の三人は思考が停止する。
「イリヤ、逃げ────」
凜の叫び声が止まる。
それは叫びかけて止めたのではなく、叫ぶことができなかった、というのが正しいのだろう。
「う、嘘……」
その声は誰のものか。
おおよそ、この場所で考えられるのは二人しかいない。そのうちの一人は、本来ならあまり口を開くことはしない。
そう考えるのであれば、一人だけと表現するのが正しいのだろう。
それでも、ここではあえて二人と表現するべきである。
イリヤと美遊の目の前には一本の黒い剣握る少女と、恐らくそれに切り伏せられたのであろう凜とルヴィアが地面に倒れている。
イリヤの頭の中は真っ白になる。
これまで、自分に魔術を教えてくれた凜。戦いにおいて不利であっても負けることはなかった。それと同等の存在であったはずのルヴィア。
二人が揃って倒れている姿を目の当たりにしているのだ。
それに加えて血───
今まで人からあんなに大量の血が流れているところを見たことがあるだろうか。
ドラマや映画であれば、あれは死ぬ間近の量。もちろん、これがイリヤの好きなアニメであるのであれば、話は別だが。
「リ、リンさん!!」
飛び出すイリヤ。
今すぐどうにかしなければいけない。
どうすればいいのか、それはわからなかったが、ただただ体が動いていた。
「待って!イリヤスフィール!!」
それに対して美遊はイリヤの肩を掴みを止める。
「でも、リンさん達が!!」
「落ち着いてください、イリヤさん」
次はイリヤの手元からいつも通り、落ち着いた様子でルビーはイリヤに語り掛ける。
「お二人とも出血は酷いですが、生体反応があります。ちゃんと生きています」
「そ、それなら尚更────」
「イリヤスフィール」
「────ッ」
ルビーの言葉を聞いて、再び飛び出しそうなイリヤの名前を美遊は静かに呼ぶ。
静かで、冷静で、恐怖や怒り、焦りといった感情を全く感じさせない声。およそ、その声からはイリヤと同い年と考えることなどできないものだった。
「だからこそ、冷静に、確実に、行動するべき。そうしないと二人は────」
イリヤは自分の肩にかけられる力が強くなったことを感じ、そこで初めて冷静になる。
ああ、そうだ。
今、この場所にはいつも自分を守ってくれる両親も居なければ、助けてくれる家政婦達もいない。優しく笑顔で傍にいてくれる兄だっていないのだ。
この場所で凜とルヴィアを助けられるのは自分と美遊だけ。
二人を確実に助けるために、美遊の言う通り冷静に判断しなければいけない。
ルビーを握る手が自然と強くなる。
「────絶対に二人は守る」
皆様お久しぶりです。
もう更新しないのかなとか思われたか。
ええ、何年経っているんだよ、自分でも思ってしまいました。
社会人にもなり仕事が想像以上に忙しく、小説を執筆する時間が取れずにいた今日この頃、、、
あまりの疲れから、連休を取得して最終日の夜、何を思ったのか久々に執筆していました。
まあ、そうですね、、、
昔以上に表現力とか、文章力っていうのは落ちている自覚はありました。
それでも、やっぱり物語を描くの(妄想すること)は好きだなぁと思った次第です。
はい。
まだお付き合いいただけるようでしたら、今後も不定期ではありますが、更新をしたいと思います。
良かったらお付き合いいただければ嬉しいです。