魔導戦記 作:数の子三等陸士
長かった入院生活も無事に終わり、和人は現場復帰を果たした。ゼスト隊との合同捜査より半年以上経過した時の事であり、その間にミッドチルダの様子は目に見えて変わっていた。無論、良い方向に。
「ほう? 各地の廃墟区が復興しつつあるのか」
「はい。ミッドチルダの治安は昨年より80%も改善し、検挙率、事件解決率は9割を超えました。この調子でいけば数年以内に管理世界で最も治安の良い世界となるでしょう」
「むしろ地上本部が置かれているこの世界の治安が悪いのが信じられなかったがな」
ギーゼラ副官が送迎する車で宿舎に戻る途中、廃墟区を通ったがそこでは廃ビルの解体や修理を行う業者が多く入っており、入院前にはなかった活気が戻ってきていた。
「スラムの数および領域も縮小を続けています。完全になくすことは出来ないと思われますがこちらも数年以内に許容範囲内まで数が減ると予想されています」
「スラムは大都市には付きまとう問題だ。完全撲滅は難しいからな」
最早かつてのハリボテのミッドチルダの様子はない。今各地で広がっているのは明日への希望に満ち、よりよい未来を築けると信じる人々の明るい笑顔だ。
「実験部隊も来年度には解散し、ミッドチルダ地上部隊魔導兵器運用部隊として正式配備が決定されています。それに伴い我らの部隊はその第一師団となります」
「第一師団、ね。海からの反発がありそうだな」
「既に抗議の電話を含めた嫌がらせが多数行われています。業務に支障は出ていませんが根本的な対処をしなければストレスの原因となりかねないですね」
「海のやりそうな事だな。……それはこちらで対応する。全ての記録を後で回してくれ」
「了解しました」
ミッドチルダの治安が改善した一方で海と陸、本局と地上本部の対立は最早修復不可能な領域にまで達していた。地上本部は自分たちで独立して歩めるだけの力を手に入れた事でそれを好ましく思わない本局が嫌がらせ行為を始めたのだ。魔導師の大量移動に始まり、地上本部への迷惑メールやウイルス攻撃、地上の空を守る首都航空隊に命令してのストライキなど洒落にならないことまで発生していた。
そしてレジアス中将はこれらの行動を全て公開し、本局を非難した。ミッドチルダの人々も治安が目に見えて改善されている現状に不満を持った上での幼稚な行動をとった本局に対して怒りの感情を表し、管理局への不信が募る結果となった。
このことから今年度より地上本部の予算は半分以下にまで減らされたがレジアス中将は市民からの税金徴収という形で予算を確保した。元々税関連がガバガバだったこともあって地上本部はこの機会に税収をきちんと定め、それを地上本部の予算として組み込んだのである。
”ミッドチルダの市民より預かった金はミッドチルダの市民のより良い暮らしの為に反映させる”
税収を取る事に対する批判にレジアス中将は自信を持った回答で封殺した。これにより地上本部のは減らされた予算よりも多くの予算を使用する事が可能となり、それらすべてをミッドチルダの為に使用していくことになった。
しかし、このことから地上本部は管理局とは独立した組織運営が始まった事を意味しており、事実上地上本部は管理局から半ば独立している状態となってしまっていた。
「最早地上本部が管理局に戻る事はないでしょう」
「だろうな。
和人は管理局の不甲斐なさを嘲笑する。全ては和人が望んだ方向へと流れは向かっていた。
「スカリエッティの方は? 何か進展があったか?」
「いえ。どうやらミッドチルダを離れたようでそれらしい情報はないとナカジマ一尉も仰っておりました」
「スカリエッティ捜査を専門に行う彼女の方で情報がないのならそうなのだろう。向こうが協力を要請する事があれば積極的に手を貸すように」
「了解です」
チンクの解剖によりスカリエッティの技術を多少なりとも知る事となった和人はその警戒度を最大限に引き上げていた。現状においてどんな次元犯罪者よりも危険な相手と判断しており、その逮捕、若しくは捜査時による事故死を目標としていた。もし、スカリエッティの技術が他の犯罪者に流れれば……。和人は考えただけでも恐ろしいと感じていた。
「ゼスト隊は半壊したそうだが無事に立て直しは出来ているようだな」
「そうですね。いくつか存在する魔導師部隊を解体して余った分で補充したと聞いています。今は捜査を行いつつ訓練の日々だそうですよ」
「仕方あるまい。ゼスト隊というエリート部隊に配属となった代償と思うしかないな」
ただでさえ少ない地上本部の魔導師は軍需工場の完成に伴い大きく変化していた。いくつも存在する魔導師部隊はコンパクトに整備され、一部の余った、というよりも優秀な人材の多くをゼスト隊に補充していた。そして、減った部隊数は魔導兵器部隊が入る事となり、魔導師と非魔導師部隊が両立する形となった。
「クイント一尉の夫、ゲンヤさんは魔導師ではないですがこれまでの部隊運用の経験から引き続き魔導師部隊を率いるそうですよ」
「ゲンヤさんか。地上部隊ではトップに位置する優秀な指揮官だよ」
和人は実験部隊を率いるまではレジアス中将の側近として働いていた為に現場に出る事はほとんどなかったが、そんな和人の耳にも入ってくるほどゲンヤの手腕は優れていた。本当なら通常の魔導師部隊全てを任せても良いと和人は考えている人物であった。
「そのためにはもっと昇進して欲しいが本人は今の地位に満足しているせいで難しいだろうな」
「三佐も十分すぎる階級だと思いますよ」
現場の人間であるゲンヤにとってはこれ以上の地位は身分不相応と感じているようで三佐になるまでの速度に比べてそこからの昇進は全て断っていた。和人も何度か昇進の打診をしているが全て断れている。
「他の部隊の話はそこまでにしよう。うちの部隊はどうなっている?」
「死亡した隊員の補充は済んでおり、訓練も十分なレベルで行っています。既にパトロールにも出て他の隊員と同じ任務を受けています。
魔導兵器に関しては軍需工場と従来の工場から補給される事になります。軍需工場ではファルケンを、それ以外の兵器を従来の工場が担当する事になるでしょう」
「暫くは軍需工場も大量生産の準備で対応が終われるだろうからな。問題はないな」
「孤児院については順調に稼働、拡張しており、周辺地域だけではなく更に遠くの地域の子供も保護して育てています。早い者なら来年度には入隊し、戦力として数える事が出来る者が出てきます」
「よろしい。孤児院では絶対に非道な扱いを指せないように気を配ってくれ。下手な所を突かれて批判されてはたまった者じゃないからな」
「了解しました。……っと、ついたようですね」
これまでの報告をしているうちに隊舎に到着したらしく車が減速して止まった。懐かしい隊舎の前では出迎えの兵士数名が待機しており、ドアが開くと同時に敬礼を行った。
「大崎隊長に敬礼!」
「ご苦労。俺のいない間もよくやってくれていたようだな。報告はギーゼラより聞いている」
「大崎隊長には隊員一同感謝しておりますので」
そう話す彼はリンカーコアを持たないために家族からも冷遇され、スラムに捨てられた過去があった。そんな彼を和人は引き抜き、立派な人間にしていたのだ。
今の部隊にはそういった経歴の者が多く在籍している。故に、自分たちを導いてくれた和人に絶対に忠誠を誓っており、彼のためならばどんな死地にも飛び込む覚悟を持っていたのだ。
「……本当に、お前たちには感謝しているんだ。これからも、ミッドチルダのために誠心誠意働いてくれ」
「はっ!」
隊員達の姿勢に和人は満足げに頷いた。自らの野望の到達点。それに向かうための準備が整いつつあることを身を持って理解できたのだから。