魔導戦記 作:数の子三等陸士
「病院暮らしも退屈だな」
地上本部近くにある総合病院。その一室にて和人はベッドに横になりながら暇を持て余していた。合同捜査よりひと月の間意識が戻らず、危険な状態だった彼も今ではすっかり回復していた。しかし、それはあくまで見た目上の話であり、つぶされた内臓や背骨はまだ完治に至っていなかった。暫くは入院生活が続くと医師に言われており、加えて背骨がやられたことで激しい運動は禁止と通告され、やる事がほとんどなくなってしまったのだ。
「仕事をやろうにもそれも止められてしまったしな」
定期的に見舞いに来てくれるギーゼラに仕事を流すように頼んだこともあったが「こういう時くらい休んでください。部隊の方は問題なく運用いたしますので」と言われてしまい、それも出来なくなってしまっていた。
「暇をつぶせるものもあまりないしな」
和人はここまで地上の為に働きに働き、休日などいらないと言わんばかりに働いてきた。それは宿舎が出来てからずっと隊長室に寝泊まりをしていると言えば分かるだろう。直ぐ近くに自分の部屋があるというのに。
つまり、和人は30を迎える現状でワーカーホリックになっていたのだ。趣味もなく、休日にやる事どころか休日さえない彼にはこういう時に何をすればいいのか分からなかったのだ。ギーゼラ副官が休めと仕事をやらせようとしなかったことも説明がつくだろう。
「……」
何もやる事がない以上眠りに就こうかとも思ったが寝て過ごしているせいかそれも出来ず、和人はぼんやりと外の景色を眺めていたがそれもすぐに飽きてしまう。何かをしたいのに何も出来ない現状に苛立ちを募らせるが直ぐにナースコールを押すと看護師に車いすを用意してもらった。電動のそれは人に押してもらう必要がない高性能であり、病室にいても暇だからと和人は外に出る事にしたのだ。
「ふむ、気分転換には丁度良かったな」
病院の敷地内にはちょっとした公園が設置されており、緑豊かなそこは心を落ち着かせるのには最適だった。和人もその公園を軽く散策していると同じように車いすに乗った人物を見かけた。自分よりも幼い、それこそ10代前半くらいの少女であり、病院服に身を包んでいた。しかし、少女の表情は絶望という言葉が相応しい程暗く、今にも自殺してしまいそうな程であった。
「大丈夫か?」
「え?」
さすがに、そんな状況の少女を見過ごせるほど和人は人として終わってはいない。びっくりさせないようにゆっくりと近づき声をかけたつもりだったが少女は周りの事など気にしていられる程の余裕がないのか声をかけられたことにびっくりしていた。
「すまない。驚かせてしまったか?」
「い、いえ! 大丈夫、です……」
少女は一瞬驚きつつも慌てたように否定する。その様子に和人は痛々しさを感じた。決して外見がそうであったわけではない。見た限りは包帯を巻きつつも健康そうに見えるが内面はそうではない。彼女の瞳は黒く濁っていた。絶望しきっていたのだ。何が彼女をそうさせるのかはわからなかったが放っておくことは出来ない程の絶望だった。
「ここの患者か?」
「え? あ、はい。私高町なのはって言います」
「高町なのは? ……ああ、闇の書事件解決の貢献者だったな」
和人は少女、高町なのはの事を思い出し、一瞬苦々しい顔をしたがすぐに元の顔に戻った。彼にとっては憎しみさえ抱く次元航行部隊の魔導師だからだ。こんなところに入院しやがってと怒鳴りそうになる心情をこらえる。闇の書事件の報告書を読んだ際には管理外世界で次元航行部隊の捜査に協力してそのまま局入りしたとあり、次元航行部隊にはたまたま所属したに過ぎないと和人は自分に言い聞かせた。まだ10代前半程度の少女にまで海嫌いを発揮するのは大人げないという気持ちもあったが。
「あの? 貴方は……?」
「ああ、失礼した。管理局地上本部所属の大崎和人だ」
「あ、そうだったんですね」
……本来であれば高町なのはにとって和人は上官に当たる存在だがお互い入院患者という事もあり、こんなところでまで上下関係を気にする必要はないと和人は階級については言わなかった。極度の海嫌いでも、その程度の配慮は何とかできるものだ。
「それで、えっと私に何か……?」
「ああ、今にも自殺しそうな程暗い表情をしていたのでな。心配になったんだ」
「……そう、ですか」
途端、なのはの表情は曇り出した。それはまさに人生に疲れ果てた人間が行き着いた表情にも見え、それだけにこれだけの若さで何故そうなるのか和人には分らなかった。
「差し支えなければ話を聞いても?」
「えっと、はい……。実は……」
そう言って話し出した内容は悲惨としか言いようがないものだった。
9歳の時に魔法に出会い、自分にしか出来ない事を見つけたと喜んだなのはだがそのために無茶をしすぎ、とある調査の際に重傷を負った。その結果、彼女は空を飛ぶどころか二度と歩けないと診断されるに至ったという事だった。幸い、過酷なリハビリを熟せば回復する可能性はあると言われたらしいがそれでも五分五分だという。
「……」
流石の和人もその壮絶な体験に絶句するしかない。なのはの方も誰かに話を聞いて欲しかったようで「話を聞いてくれてありがとうございました」と力なく答えている。
「……どうしてこうなっちゃたのかな。せっかく、私にしか出来ない事を見つけたのに……」
「……」
高町なのはが何故こうなったのか。和人には管理局の体制が招いた悲劇にしか思えなかった。そもそも、10代にも満たない少女に事件解決の協力を要請するだけでもおかしいのだ。多感な時期の少女にそんなことをさせれば今回の一件に行き着くのは必然と言えた。和人でさえ10代前半の少女の力を借りようとは思わないし現場に出そうとも思わない。たとえ本人が望んでいたとしてもだ。
「……すまなかった」
「え!?」
故に、和人は自然と頭を下げ、謝罪の言葉を口にしていた。
「そもそも、君のように幼い少女を危険な現場に出す管理局の体制が悪い。そしてたとえ出すとしてもきちんと安全を確保できている場にするべきだ。それを怠った管理局の責任でもある」
「そ、そんなことないですよ! だって私が無茶をしすぎたから……」
「無茶をさせてしまう程仕事をさせたのはこちら側だ。それに無茶をしていたのなら回りが気づいて止めるべきだった。本人がまだいけると言った? それで判断を見誤るようならそいつは無能だ」
人間だれしも限界まで無茶をする事はある。その場合は周りが止めなければならない。周りから見て危険と判断する場合、大抵は本人が思う以上に危険な状態がほとんどなのだから。
「とはいえ、俺に何かできる事は無に等しい……。管理局員とはいえ所属が違うしな」
「えっと……」
「もしも、だが。リハビリしても治らないようなら俺の所に来ないか? 次元航行部隊でやっていくことは難しくなるだろうしこちらとしても放っておくことは出来ない。俺はこう見えて上層部の人間に当たるからな」
「……」
和人としてはこんな幼い少女に無理をさせる次元航行部隊を更に嫌悪し、置いていけないと思うようになったが結局は本人次第だ。加えて、いきなりこんなことを言われても怪しいという気持ちが前に出てしまうだろう。故に和人も無理強いはしなかった。
「俺も捜査時にけがを負ってな。暫くは入院している。……今すぐに結論を出す必要はない。ただ、少しだけ考えて欲しい。必ず、後悔はさせないつもりだ」
「……はい」
なのはは短く返事をした。その時の表情は先ほどと変わらずに暗かったが少しだけ疲れた笑みで返事をしたのだった。