自宅で事務作業をしている斉藤ミヤコの部屋のドアがコンコン、とノックされる。
「どうぞー」
そう言うと一人の男が入ってくる。星野アクアだ。
その顔は一見無表情を繕っているような見えるが、育ての親であるミヤコには少し緊張している、というのがバレていた。
「お……」
「お?」
「……ぉ………お風呂…いってくる…」
「…?あらそう。行ってらっしゃいアクア」
アクアは背を向けてドアを閉め、部屋を後にする。
そしてまたミヤコは事務作業へと戻る。
そして、さっきのやり取りで思った事を口にする。
「……それだけ?お風呂行ってくるって言っただけ?」
なぜ?あの子は特に意味もない事をいう子ではない。
正確には言わなくなってしまった、だが。
彼の母である星野アイは熱烈なストーカーによって刺し殺されてしまった。
その状況を目の当たりにしたアクアはパニックになってしまった。
なにせ4歳児が人の死に近く関わったのだ。無理もない。
そこからアクアは元の明るい感情を押し殺すようになってしまった…ような見える。
それまでは幼稚園であった出来事などを私に話してくれてはいたのだが。
「あれはな〜んかあるわね…」
世間話ではないようだが、必要な事はちゃんと言う子だ。
その内アクアの方から言ってくれるだろう。
「気長に待ちましょうか」
ミヤコはまた事務作業へと戻った。
舞台稽古の休憩時間。そこには会話をするアクアとあかねがいた。
「なああかね」
「どうしたの?」
「なんていうか…その…」
「?(どうしたんだろうアクアくん。深刻なことでは無いっていうのは顔で分かるんだけど…)」
「…母親の事、なんて呼んでる?」
「?お母さん、って呼んでるかな。ママ、とか母さん、って呼び方もあるけど、私は物心ついた頃からお母さん呼びかな〜」
小さい頃は迷惑かけてしまったな。最近も迷惑かけちゃったけど。
と、あかねは思い返す。
そしてその迷惑で自殺しそうになった所をアクアに助けられた。
それ以来私はアクア君の事が好き。大好き。
だから何でも相談に乗ってあげたい。お母さん関連だと母の日?私の家に挨拶しに来てくれるのかな。
それともお家に呼んで私を紹介してくれるのかな?
「それで、どうしたの?アクアくん」
「いや…ルビーは母親の事をママって呼んでたから、女子はどういう呼び方をしてるんだろうなって」
「アクアくんがそんな事気にするんだね…」
「聞けるのあかねしかいないんだ。有馬は複雑だし、MEMも少し聞きづらい」
「まあ…確かにね。…他にも、悩んでる事があったらぜーんぶ私に相談してよね」
大体こういう事言うと照れ隠しでそっけない態度とるんだよな〜。
まあそこが猫みたいで可愛いんだけど。
「…また、頼む」
といって飲み終えたペットボトルを捨てに立ち去っていく。
アクアの言葉に一瞬理解が出来ず固まるあかね。
…え?頼むって言った!?
「っ!」
あかねはタオルを頭に被って小さく縮こまる。
(嘘でしょ!アクアくんが…デレてくれた!嬉しい!可愛い!あの顔!ちょっと恥ずかしそうにしてた!なんか…今すぐぎゅーってしてあげたい!)
「…?なーにやってるのよあの子は…」
かなはタオルを被ってゴロゴロしているあかねをジト目で見てから休憩を後にした。
「ルビー、いたのか」
「あ、おかえりお兄ちゃん。なんか久しぶりに感じるね!」
「ルビーも撮影が忙しいししな。それと、ちょっと相談がある。付き合ってくれないか?」
「…?いいけど…」
「分かった」
二人とも特に用事もなく、学校へ行って帰ってきた所。
お兄ちゃんから相談?なんだろ。
「で、相談の内容なんだけど…」
「?」
アクアがもじもじしている。それに少し緊張した顔も。
なんだか昔のアクアみたい。
「その…ミヤコさんの事…なんて呼んでたかな、って」
「?お母さんの事?」
「…そうか。…お母さん、って呼んでたんだな…」
何が聞きたいんだろう。
一人でになんか納得してるみたい。
でも、アクアは何だかさっきよりはいい顔になってる。
やっぱり双子なんだなって改めて思う。中に入ってる魂は違えど、私たちは紛れもない。世界にたった二人の家族。
…いや、「三人」の家族。
「悪いな、ルビー。ありがとう」
「?よく分かんないけどお母さんは困らせたらダメだよ。ママではないけど、私たちのお母さんなんだから!」
「分かってるよ。後でなんか買ってやる」
「やったー!!ありがとう!」
ルビーにとっての「ママ」はアイ。
だが、育ての親としての「お母さん」はミヤコさんなのだ。
なら、俺もそう呼ばなくちゃ。
デスクワークをしているミヤコの元へアクアから一通のメッセージが入る。
『今日は一日家にいるか』
『出かけたりするのなら家にいる時間を教えてくれ』
『話がしたい』
「話…?何のことかしら」
ひょっとすると、前にアクアが言いかけてた事かしら。
そう重い事でもないでしょう。
『一日いるわよ。何が欲しいものある?買ってこようか?』
『いらない。大丈夫』
「あら、いらないのね。了解」
放課後。
自宅のドアが開けられる音がする。
「ただいま」
「おかえりなさい」
そこにいたのはアクアだった。
カバンを置きながら部屋を見回す。
「ルビーは…いないのか」
「今日は18時までスタジオで収録よ。全く、夜ご飯の時間帯までやらなくてもいいのにね」
「まあ俺にとっては都合はいいけどな」
どういうこと?とは思ったが、どうやら話が始まりそうなので心の奥にしまう事にした。
「まず…ミヤコさん。アイが亡くなって12年。今までずっと育ててきてくれてありがとう。…いつか……言わなきゃって…思ってた…」
「芝居の稽古やりたいって言った時も眠いのに車出したり、誕生日はケーキ買ってくれたり、ご飯作ってくれたりして」
「俺たちの母親はアイだ。そこだけは変わらない。でも…育ての親はミヤコさんなんだ。あなたが居たから、俺たち双子はこうして生きていられる。だから、こう呼ばせてくれ」
アクアはその瞳を輝かせて、恥ずかしながらもミヤコの目を見て確かにこう言った。
「お母さん。いつも…いつも、ありがとう」
「……いいのよ。でも…でも私…」
ミヤコは泣き出してしまう。
「私…あなた達に母親と呼んでもらう資格なんて…ないと思ってたのに…別に呼んでもらおうと…してた訳じゃないのよ…」
「アイの周辺に気づけなかった。あんなストーカーがいたなんて思わなかった。あの時、もっとアイを大事にしてれば…」
「違う、違うのよ…罪滅ぼしなんかであなた達を育てたんじゃない…」
「ずっとあなた達を守るので精一杯だった…でも…でもねアクア。」
ミヤコはアクアを抱きしめて言葉を送り届ける。
「ありがとう…アクア…ルビー…。…ずっと愛してるわ」
「!」
その言葉は生前のアイが言った言葉にそっくりだった。
『愛してる…ああ良かった…これは絶対…嘘じゃ、ない…』
「俺も…もっと、色々返せるように…頑張る。頑張るよ」
「ふふっ…ぐすっ…アクア…男の子が泣いてちゃダメでしょう…?」
「分かんない…母さんだって…」
「今日の仕事はやめね。こんな幸せな気分…もっと続かせたいもの。ルビーが帰ってきたら、美味しいもの食べましょ?」
「…うん」
星野アクア。彼には生前の魂が入っている転生者だが、彼女達の息子である事に変わりはない。これからも。ずっと。
誰がなんと言おうとハッピーエンドになります。
アクアは死にませんし、カミキヒカルは既に死んでいます。