やはり、イライザは危険であると言わざるを得ない。
達也はその明晰な頭脳を持ってそう判断した。疑わしい部分は挙げだしたらキリがないが、彼女はこのわずか一週間以内に達也に対する態度を硬化させている。これが男子一党すべてに対してこうだというならば何も言うまい。しかしレオに対してはなんだかんだ気やすいし、クラスの男子とも問題なく会話できている。達也に対してだけ、なぜか強硬な姿勢を崩そうとしない。
(思い当たる節は…まああれしかないよな…)
入学式の日。一瞬だけ、達也は
イライザである。彼女は
彼女の入試成績は妹から押収したリストにしっかりと記載されており、七草真由美の言う通り深雪と並ぶ筆記二位。魔法理論・工学は96点、それ以外の一般科目はすべて満点。正直、魔法理論全般の得点倍率が高くなければ負けていたかもしれないと思うと空恐ろしくなる。
そしてノーリッジという名字。ぱっと思い浮かぶのは海外の『あしながおじさん』組織であるノーリッジ基金だ。件のノーリッジ氏は表社会に出てくるタイプの資産家ではないため情報をつかむことができなかったが、彼の見出した人物のほとんどが大成しているのを鑑みると人を見て育てる能力は確かなのだろう。当然そんな人物は本拠地英国にいるはずで、つまりイライザは親から離れて生活していることになる。
…『あしながおじさん』を営む人物が、自分の子供を海外にほっぽり出すような事があるのだろうか?もしかして外面が良いだけで近く見れば非情な人物なのか?あるいは、イライザ本人に何かしら問題があり、ノーリッジ氏も遠くに置かざるを得なくなっている…?
「……まあなんにしても明日わかるだろう。師匠のことだし完全に情報ゼロってことはあるまい」
誰にともなくつぶやいて、達也はいそいそと布団に潜り込んだ。
「う~ん、それなんだけどねえ…芳しくないねえ…」
「師匠でもですか?」
「や、なんというか。彼女の
つらつらとイライザの情報を丸裸にしながら、寂しそうに禿頭をなでるのは、達也の『忍術』の師、九重八雲。彼は今果心とも呼ばれる優れた隠形の使い手であり、頼むとこのように情報を教えてくれたりする。
「十分では…?」
「僕的にはこの不可解の塊が入管にはねられなかったことが不思議でならないけどね。こんなのが罷り通るなら国防軍の意味ないよ」
確かに、今の話だけでも不自然な部分は多い。おまけにそのころはまだ四葉の大漢崩壊の余波が現実的危機感として残っていた時代である。これだけ毛繕いままならぬ野良猫を家に上げたとあっては、護国に身を捧げた立場である八雲の怒りはもっともであると言えた。
のだが。
「……………………師匠。なにか、俺に隠していませんか?」
「ん?どうしてそう思うんだい」
「これだけを見れば、確かに異常なことはわかりますが。なんというか、らしくないなと。師匠はあまり多くを語る方ではないので」
八雲は飄々としているが、実際それは彼の調査能力に裏打ちされた自信の表れであり、調査結果をぽんと達也に渡して仕事ははいおしまいというのが通例であった。
対して今回はどうだろうか。彼はイライザについての情報を口頭でまくしたてるように伝え、おまけに彼の主観も交じり正確性も欠ける。いつもの八雲にはあり得ない、焦りのようなものを
「おっかないね最近の子は。でも隠してたわけじゃないのサ」
「と、おっしゃいますと?」
「妨害があった」
八雲の口から伝えられたのは衝撃的な内容であった。本来それを先に報告してほしいくらいだ。
「…………………………言い方的に、ノーリッジ側ではないんですね?」
「そう。だから伝えたくなかったんだよな~」
めんどくせえから、という副音声まで聴こえてきそうな渋面で八雲は言い切った。
「師匠のことですから我々とのつながりは露見していないんでしょうが、先に言ってほしかったです。して、どこの手の者かとかは」
「十中八九七草だね。どうにも今までにないくらい七草弘一がやる気になってるみたいでねえ」
これまた衝撃的な内容だった。当主自ら陣頭指揮に立ってイライザの情報を防衛しているとなると、彼女の立ち位置の重要度は一気に跳ね上がる。
そして同時に、理由がわからない。確かに首都圏防衛の役目を負う十文字とともに勢力を伸ばしている七草一族であるが、彼女を不穏分子として排除するなら8年前から今までいくらでもできたはずだ。何故今なのか?真由美が通う一高に入学したからか?いやそれならば入学前に調査を行わなければおかしい。
ここで達也は、あまり考えたくない可能性に感づいた。
「一高を檻として使うつもりなのか?」
「そう思っちゃう?やっぱり」
これまで一週間のイライザを総合すると、どうにも彼女には周囲の人間に依存する癖があるように見受けられた。本人は絶対に認めないであろうが。この性質を熟知しているのならば、一高を居心地よくとどまりたい場所、棄てることのできない居場所にすることで、監視をより強固にすることは
そしてもしこの突拍子の無い思い付きが事実であるとしたら。
七草がイライザのパーソナリティを以前から知っていたとしたら。
彼らはずっと以前からイライザを追っていたことになる。
仮にこの仮説が誤っていたとしても、七草は世界一の諜報員である八雲から一度は情報を守りきっている。この事実が、七草弘一のイライザに対する執着を確たるものとしていた。
だがやはり『なぜ』が無い。イライザに執着があるとして、その理由が分からない。
十師族の権力は並大抵ではない。まして一度もその位から降りたことのない七草ともなれば尚更。極端な話、その強権に任せて彼女の身柄を
七草弘一は一体、彼女に何を見出してこのような回りくどいことを?
「今こっちが持ってる情報はあらかたこんくらいかな。ゴメンネ、役に立たなくって…」
「いえ、大変参考になりました。注目すべきは彼女より七草…もっというと当主周りですね。」
達也は師に礼をして妹ともに下山した。
「ホントにゴメンね達也君。コッチにも
達也が検知範囲から出ていったことを確認した八雲は、くたびれた
「日程変更ですか」
「はい…。なぁんでこんなタイミングなのよお〜!」
◇ ◇ ◇
それは、新入生歓迎期間という馬鹿騒ぎの一寸前に起こったとある出来事。
いつものように妹について生徒会室で昼食をとるため入室すると、さながらムンクの叫びのような表情で固まる真由美が居た。
「どうしたんですか、会長。お加減が優れませんか?」
この女を排除すれば親愛なるお兄様のこの昼休みの気苦労が減るであろうと一瞬で
そのことを知ってか知らずか、当の真由美は顔に添えた右手を下ろしプルプルと生徒会用の端末に映る記事を指差した。
そこには、『九校戦開始日時変更のお知らせ』と書かれた全校通達が表示されていた。
◇ ◇ ◇
そして話は冒頭に戻る。
「なあんでこんな面倒くさい時期に連絡が来るのよ!?予算組みはどうなってんの予算組みは!?」
七草真由美は吼える。当然である。彼女は今年の九校戦に前人未踏の三連覇にリーチをかけている。そんな中で、クソ忙しい新入生歓迎期間に、あちこちに予約した合宿施設や演習場の調整を他の高校にとられるより素早く終えなければならないというシビアなタスクが降って湧いた。
如何に十師族直系と言えど、10ヶ所以上の施設にリスケ交渉をするのは骨が折れるのである。
「何々…8月7日までと言うことは、5日も前倒しするんですか。なんというか、穏当ではないですね」
「確かに、コレなら少なくとも前年度末には通達が欲しいですね…」
司波兄妹は示し合わせて違和感を口にした。別に、例年と日程が変わる程度なら──それが前倒しであっても──問題はない。問題なのは通達が遅すぎることだ。
なんだかんだ九校戦は魔法師社会の一大イベントであり、例年このために予定を空ける者も少なくない。ある種新人魔法師の“性能”発表会の側面もある為、政府官僚や大企業重役など、手隙の時間が取れない人間も観に来る訳で、つまりこの変更は運営委員会が相当な無茶をしていると言えた。
横でヒンヒン泣いているこの会長の親も例外では無いはずで、彼女がこのようなリアクションをとっていると言うことは十師族も知り得なかったと言うことである。
何か、十師族を超越した権力が動いたようにしか、達也と深雪には思えなかった。
一応叔母上に聴いておいたほうが良いか?イヤ、あの人の場合本当に問題があるなら向こうから連絡してくるだろう。なら少佐のほうに聴いて、一応師匠にも
などと考えていた達也は胸元に気配なく真由美が移動していたことにはたと気付く。
「お願い達也くん!手伝って〜!!」
「あの……俺は風紀委員で」
「それでもいいから!強面男性後ろに立って威圧感出すOK?」
「会長、ちょっと落ち着いて下さい」
「深雪さんも同席して対面プレッシャかけるOK?」
駄目だ完全に正気を喪っている。二人は嘆息して制服を握り込んで離さない真由美を遠くに追いやろうとし───
「何やってるんですか会長。歓迎期間のことは風紀委員会に一任して放課後から順次提携施設と交渉面談していけばいいじゃないですか」
生徒会会計、市原鈴音が真由美の首根っこを押さえて二人から引き剥がした。どうやら真由美のダル絡みを遠巻きに見守っていたが、いよいよ収集つかぬと感じて馳せ参じたようだ。居たなら早く助けてくれと達也は思った。
「か、からかわないでください!」
冷静に考えてみれば、この手の通達は朝に来る事が多い。たぶん真由美は鈴音、摩利、克人あたりには朝のうちに共有して、他の役員には昼休みに伝達する手筈だったのだろう。
それを真由美が、おそらく達也をからかう為に利用したのだ。健気な妹がそれに気づいて糾弾し始めるのを見て、達也は安心しながら席に着き、妹のつくった弁当を食べ始めた。
達也が部活動勧誘期間初日にやらかした連中をしょっ引いたという件は、人付き合いの多くないイライザの耳にも当然入ってきていた。さすがに初の二科生風紀委員ともなればその実力は抜きんでていることを求められるからか、周囲からはそんなに強いなら納得だという一種の安堵感と、主席の兄はやはり一物ある人物であったかという怨嗟の入り混じった複雑な感情の香気を感じる。
嗜虐性癖と被虐性癖を持ち合わせるイライザにとって、彼がこれより3年間座ることになる針の筵は、なるほど心躍るものではあったが、当の本人が一切痛痒を感じていないのは気に食わなかった。
また、エリカが達也に毒され始めていることも、彼女の不機嫌の要因の一つであった。ここ一週間ほどエリカは口を開けば達也達也である。流石に友人との会話といえども登場人物が毎度同じ、しかも不調法者の達也とあっては辟易するというもの。イライザは内心で毒を醸成しつつあった。
「達也を好ましく思う人間の嗜好がわからん。奴は初対面の人間を身代わりにして謝罪の一つもないのだぞ」
「達也君そういうとこあるよね。それ含めて"味"じゃない?」
かといってイライザがエリカから離れたかというと否である。彼女は崩壊した幼少期を送ったイライザにとって初めての友達であったため、言葉の端々に棘が混じることはあれど決定的に彼女に嫌われるようなことはしなかった。
エリカの方もイライザを気遣ってか、それともイライザの皮肉を気に入ったのか、その関係を甘んじて受け入れていた。
「で、なぜ私は君の剣道部見学に連行されているのかね」
エリカと連れ立って歩くイライザは訊ねる。本日は剣道部へ見学に行くのだという。なぜごまんとある部活の中から汗くさい運動部の、しかもつい先日問題行動を起こしたばかりの部活なのか。エリカの趣味であると仮定しても、彼女の剣技は部活の域から逸脱しているし、今更学生の中に入ってどうするのか。
この二つの連行される人間からするとまっとうな疑問に応えて、エリカは答えた。
「どーせアンタはインドア派でしょ?ちょっとくらい身体動かした方がいいかなって思って」
「母親なの?インドアなのは否定しないが、十分に身体は動かしているとも。毎朝駅からここまで歩いているじゃあないか」
普段はその体躯の矮小さを隠すように尊大でニヒルな口調を心がけるイライザも、一瞬それが崩れるような抜けた返答であった。
「それ"運動"にカウントするの、重症よじゅ・う・しょ・う!」
「か、仮に運動をするとしても、剣道は違くないか!?『ちょっとくらい』の域を逸脱しているような…」
このままでは魔術を扱うための細腕で棒を振り回すことになると悟ったイライザは脱出を図るが、普段運動していないためエリカの細くしなやかでたくましい腕にぐいと引かれて剣道部の部室の前まで引き出された。
「すんませ~ん。見学で~す!」
◇ ◇ ◇
「いやあ、ご足労いただいて本当にありがとう!」
そういうのは剣道部の主将である司という男だった。一見も二見も勉強ができそうな眼鏡、以上の感想が出てこない。
……眼鏡?現代の医療技術をもってすれば視力の回復は容易だというのにか?
疑念をもってイライザが彼の顔を眺めていると、やや困ったように司は向き直りながら口を開いた。
「やっぱり気になるよね、
「我々の同期にもいるので名前は知っていますが。ポピュラーなんですねその病気は」
「そうなのかい?僕の代では見たことないから、ポピュラーというわけではないと思うが…まあせっかく来てくれたんだ。こっちは男子部だから奥の女子部のほうに案内するよ」
イライザは流れるように美月を売って、自身が顔を見ていたことを誤魔化した。
瞬間、司がいいことを聞いたというように目を光らせたのを見逃さなかったが、彼女は生徒同士のいざこざは達也の管轄であろうと意地悪く思考して無視した。
ふっとイライザを射抜くような視線が──否、イライザのすぐ前を歩く司を睨むような視線をイライザは感じ取った。その視線を辿ると、男子部の中でも人の輪から外れた位置で一人立っている男のものであった。言っては何だが、お世辞にも清潔とは言えない剣道部の中にあって、煙たいほどの清潔感のある男だった。
女子部のほうで壬生沙耶香という生徒が部活について説明している間中、イライザは紗耶香の声をまるきり無視して先ほどの男のことを考えていた。イライザは幼い身空で人の心を巧みに読み解かなければ生きていけない場所で成長したこともあり、こと感情察知に関しては弱めの魔眼にも比肩するものを会得していた。そのため、かの男が司に向ける感情をかなり深いところまで知覚することができた。
『呆れ』と『不信』。この二つが男の視線に乗る感情の大部分であった。やはり新歓初日から揉めるような部活は内部に不和の種を抱えるものなのであろうか?
「おーい、リザさんや。私にいつ気づくかのう?」
ひらひらとイライザの顔前で手を振っているエリカの姿が視界に入る。正確にはその前の挙動から見えていたが、特に脅威的な動きでもないので無視したに過ぎない。しかし友に声までかけられたからには沙耶香のように無視するわけにもいかない。
「気づいていて無視している可能性もあると思わないかい?」
「いやーないでしょ。アンタ結構小心者だし」
エリカには嫌われたくないという小さな本音を見抜いたそのわずかな言葉は、イライザを逆撫でするのに十分な威力を持っていた。彼女は図星を突かれると苛立つのだ。
「訂正はしないが謝罪は求めよう」
「ごめんって」
かわいらしく舌の先を出して謝る気がまるでないエリカに、ついその舌先を切り裂いてやりたくなるが、彼女はどうやら壬生と話し終えて一向に動こうとしないイライザを再起動させようとしてくれていたようである。
「で、どうすんの?入る?」
「そんなわけがないだろう。あの二年生の一通りの説明を全部無視の時点で脈ナシと気づけよ」
「えー、じゃあ私無駄骨ってことぉ?」
「君が行きたいって言ったからついてきただけで、そもそも私は部活に入る気は──」
「どうしてお前がここにいる!!」
入り口付近の男子部連中がにわかに騒がしくなった。どうやら何者かがこの剣道場に訪れたらしい。
「先ほど、この剣道場に
そこには、まさしく巌のような男がいた。身長はイライザより2フィートは高い。体の厚みなど、イライザ三人分にもなりそうだ。だがそれだけであれば探せばいくらでもいるだろう。
彼が何より凄まじかったのは、その気迫である。重責ある立場に長年立ち続けなければ身につかぬような、静かな、権力を持つ者の圧。それが比較的離れた位置にいるイライザにも感じられた。
彼こそがこの学校の部活連会頭、十文字克人であると知るのは後のことになる。
「連れ込まれた?彼女らは自分たちで剣道部に見学に来たんだ。部活連はお呼びじゃない。帰ってくれ」
司ではない、強硬な態度の部員が突き放すように言った。先日の件でこの部を(剣術部もだが)庇ったのは他でもなく眼の前の克人であったが、彼らはそれを知らないし、全体として反体制的な気風の剣道部は委員会の介入を望んでいなかった。
「あまり強硬にしないでもらいたい。こちらとしても確認さえとれればすぐ戻る」
「お前…自分の立場が上だからといい気に…」
「菊池、やめろ。奥の女子部のほうにいる。呼んでくるから待ってくれ」
例の視線の男が仲間を制して、我々のもとに歩いてくる。さっきは立っていただけだったので気づけなかったが、彼の足取りは、言葉で表すなら『几帳面』であった。
「壬生、すまん。新入生さんを借りていいか」
「ちょうどよかった。帰るタイミングを探していたところなんだ」
どの角度から聴いても剣道部にとって嫌味にしかならない台詞を、嫌味に聴こえない声音で言い切ったイライザは、意気揚々と入り口、自分にとっては出口に向かって歩き出した。
「む、君たちが新入生か」
「ええ。そこのエリカの付き添いでこの剣道部の見学に来ました」
「……なるほど虚偽通報か。すまない、手間を取らせた。お前たちにも謝らねばならんな」
頭が痛いといった感じでこめかみを抑える十文字は、部活連会頭としての責務を全うせんと謝罪し、先ほど菊池と呼ばれた部員と、視線クン、司の三名が代表してそれを受け取った。
イライザに視線クンと名付けられた男は、金子といった。金子は剣道部中堅を務め、去年は司と主将を争うほどの男であった。
彼がなぜ、好敵手と言える司に愛想を尽かしているような視線を向けているかと言えば、司が弱くなったからであった。
去年までの司は、ああではなかった。主将を決める際、彼はこの部をより良くすると宣誓した。それが校内の差別で拠り所無い多くの剣道部員の心を掴んだわけだ。かくいう金子もその一人であった。
では今の司はどうかというと、どうやら彼は何処かにいる指示役から指令を受けて、自分で
金子は政治家志望の学生だ。本来なら政治クラブなどに繋がる私立高校に進学したかったが、貧しい彼には、自分の持ち合わせる材料の中で最も箔のつく一高しか道がなかった。だからこそ、同志と呼べる司との出会いは天啓であると信じて疑わなかったが、雑多で洗練されない意見をただ学生組織にぶつけようとする今の司をみて、信念が揺らぎ始めていた。
「やあ」
悶々とする帰り道、聴き慣れぬ──いや、この声はさっき聴いたぞ。
振り返るとそこには、見学に来ていた黒髪の女が立っていた。
「……何用だ?さっき帰っただろ、君は」
「挨拶に疑問文を返すとは、躾がなっていないぞ。まあいい、先ほどあの司とかいう男を睨んでいただろう。やはり問題を起こす部は内部不和を抱えているのかい?」
その疑念に答える義理は無いとばかりに顔を背け、再び歩き出した金子の耳に、なおもイライザの声は届いた。
「大方、人に理想を押し付けて勝手に失望しているのだろうが。
心臓に、刃を突き入れられたようだった。司の陰に隠れ、何もしない
「それともあれか。逆にまだ希望を棄てられないのか。なら自分で叩き
その女の言葉は、蛇のように金子の体に絡みつき、彼を飲み込む寸前であった。
「────────詳しく聞かせろ。事と次第によっちゃあ
金子は、その大蛇を受け入れ────────
────────そして覚悟もってイライザに応えた。