祓魔隊第八班に所属するある祓魔師のお話。

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第1話

 どんより曇り空の下、築年数40年くらいはあるだろう6階建て雑居ビルに冷たい風が吹き荒ぶ。

 その屋上に一人の蒼い髪の祓魔師が持ち込んだバッグに愛用の半自動ライフルの銃身を乗せ、片目でスコープを覗きながらもう片方の目で立て掛けたタブレット端末に目をやる。

 タブレットの画面にはこの近くの目標となる工事現場を中心に半径1km範囲の地図を映し出していた。そして自分のいる位置に緑色の光点が投影され、そしてそのすぐ近くの通りに複数の同じ色の光点が密集したものが移動していた。

 ようやく主力のご到着。予定時間から既に5分も経過している。

 

「やっと到着したのかよ…………」

 

 何をチンタラしていたのやら。祓魔師は舌打ちしてから無線にスイッチを入れる。

 

「班長、こちら九条。そっちを確認した。どこほっつき歩いてたんです? 

 道に迷ったとかはナシですよ」

《そう言わないっすよ九条くん。こっちはこっちでちょっとトラブったんすよ》

「了解…………」

 

 上司たる班長の声を聞きながら蒼い髪の祓魔師、九条雅人はあからさまなため息をつく。まぁ何事もそう上手く運ぶ事は無いし、どうせ序盤こそ上手くいっても後半トラブルが起こるのが目に見える。

 工事現場に照準を合わせたまま、口を開いて続けた。

 

「班長、目標に今のところは動きは無い。対象の鬼種は未だに地下にいる模様。そっちの反応以外に祓魔師及び人間も確認できず」

《了解。そしたらブリーフィングの通りにやるっすよ。供花ちゃんと大和くんに前衛を任せて、八尋ちゃんで霖くんで後衛。僕が現場調整と指揮するっす。

 九条くんは現場と周囲の監視をよろしくっす》

「了解。このまま監視を続ける。二時間も前からクソ寒い屋上にいるから早く済ませてくださいよ?」

《それは供花ちゃんと大和くん次第っすね》

 

 まるで日本最大級の某総合ディスカウントストアの店員に言われるかのように返され、無線のスイッチを切る。

 どうやら長い一日になりそうだ。

 

 

 ─────────────────────

 

 

 スコープで工事現場を監視しつつ、頭の中で出動前のブリーフィングを頭から呼び起こす。

 今回は地下工事現場に出現した三号級界異"幽鬼"を祓滅。

 地下という不安定な場所で力に勝る鬼種とやり合うには危険があまりにも多い。

 その為に前衛に鵠別供花と柴原大和が幽鬼を誘い出し、後衛の市倉八尋と天池霖で穢装を削る。最後は第八班長の浄化苻で祓滅。

 そして、今回やる仕事は裏方だ。

 

「さて、そろそろ始めるか」

 

 タブレット端末をチラリと見てから、腰のユーティリティベルトに装着したポーチをまさぐる。そして取り出したのは御札が貼り付けられている人型の形代を取り出した。

 

「護人よ護人。我の目となり、我の前に禍物を全て曝け出せ」

 

 祝詞を呟いたと同時に一陣の風が九条の持っていた形代が空へと舞い上がった。その瞬間、タブレットに表示していた地図上に青い光点と赤い交点が複数現れる。

 これこそ九条が先に現場入りした理由であり、彼の最大の特徴とも言える。

 護人と呼んだ形代達を展開、それぞれを起点に範囲内の穢れと加護を探知する結界を貼る。言わば第八班の目となる事。それが九条の役割なのだ。

 そして現れる光点はそれぞれ青が起点となる形代、赤い光点は界異としてタブレット端末に表示される。

 

 今映っている赤い光点は5つ。いずれも地下の工事区画に居ることを示している。

 一際濃くハイライトされる赤い光点が恐らくターゲットの幽鬼。

 残りの4つの光点は色が薄く、そして動きはそれなりに早い。は恐らく幽鬼に引き寄せてやってきた一号級の"黒百足"だろう。どうやら一筋縄では行かなそうだ。

 すかさず九条はタブレットから目を離さずに無線のスイッチを入れる。

 

「九条から八班各員へ。目標の幽鬼を確認した。調査通り地下工事区だ。

 通知する。また複数の一号級界異の存在も観測した。

 移動速度と行動パターンから黒百足と思われる。警戒せよ」

《さっすが九条先輩っすね! 助かりまスッ!!》

 

 無線から響いたのは班長ではなく、元気な若い男の声。恐らくは柴原大和の元気過ぎる声が耳に突き刺さる。無線の音量を抑えていなかったら耳は大変な事になっていた。

 

「分かったから声を抑えてくれよ大和………… 頼むぜ…………」

《申し訳ないスッ先輩ッ!!》

 

 微塵も声量が変わらない声を聞き流し、スイッチを切る。変わらず濃すぎる面々の顔を思い出しつつも、意識をスコープの先とタブレットの画面の両方に注意を向ける。

 画面では祓魔師達を示す緑色の光点が地下へと入っていくのが見えた。

 

 

 ─────────────────────

 

 

《大和くん! 供花ちゃん! 予定通りっすよ! くれぐれも被弾だけは避けるっすよ!》

《おっしゃ!! 任せて下さいッス!!!!》

《なーに、何処かの偉い人も"当たらなければどうということはない"ってね!》

 

 同僚たちが仕事を開始したのか無線は喧しくなり、緑色の交点が地下工事区画を団子になって進む。

 今はただそれを札達を通してモニタリングし、刻一刻と変わる界異の位置情報を送るだけの簡単な仕事だ。

 

 九条の操る様々な御札達。

 九条家に伝わる術式「藤葛符術」の一つ。

 探符と呼ばれる札を展開し一種の結界を作成、その範囲内にいる全てを術者に知らせるというレーダーのようなもの。

 これで班の眼となり、作戦を進める歯車の一つとなる。

 

 さて、仕事を始めるとしよう。

 

 

 ─────────────────────

 

 

「供花。大和。三時方向から黒百足。45秒後に接敵。

 班長、次の階段はその部屋を通り抜けて突き当たり右だ」

 

 いつも通り指示するが、ノイズ混じりの無線からは切迫した声が響く。

 

《ちょっと厳しいっすね!! 下階から"茶器蜘蛛"が!!》

「はっ? バカな…………」

 

 なんの悪い冗談かとタブレットに目を落とせば、さっきまで無かった筈の赤点が無数に出現している。

 札一枚でこの反応なら、何かしらの探知妨害を受けているかもしれない。

 だが複数枚展開している上に複数札を配置しての複合結界だ。この複合結界を妨害できる術を使うやつはこの場にいない。

 

「クソったれめ」

 

 盛大に舌打ちしてもこのイライラは止まらない。

 

《九条くん、まだ幽鬼は補足してるっす?!》

「してるがなんだ、無理な注文は頼まれたってお断り

 だ」

 

 とは言ったがどうせ無茶ぶりだろう。分かっていはいるつもりだが余計にイライラする。

 

《無茶は承知っすけど計画変更っす! 

 そっちから幽鬼を狙撃するっす!!》

 

 案の定飛んできた無茶ぶりに露骨な舌打ちで返し、無線をブツリと切った。

 

 

 ─────────────────────

 

 

「ったく。無茶もいい加減にしろよクソ班長が」

 

 いつも仕事がスムーズにいかない。おまけに上司からの突然の無茶ぶり。全てにイライラする。

 だがやらない訳にもいかない。ここでヤツを仕留められるのは自分だけだ。

 即座にカラビナ付きのロープを柵にくぐらせ、そのままロープを階下へと放り投げた。

 

 そのまま狙撃銃片手にロープ降下を行い、二つ下の階のところで壁に足をつけて静止。

 そのまま狙撃銃を構えて身体を捻って反対のビルに照準を定める。

 横風がやや強く、それに向こうの工事中のビルは真っ暗。おまけに支えはハーネスと足だけの半ば宙吊り状態の不安定な体勢。本来なら狙撃など不可能な状況。

 

 だが、それを可能にしうる力があると自負している。

 

「先駆よ、先駆よ。我の眼となり異敵を見据え。友を護れ」

 

 目を閉じて祝詞を口にし終えた瞬間、ビルの中にあるモノが文字通りはっきりと脳内に描き出される。

 幽鬼、班員はもちろん、何処に何があるのかが手に取るように分かる。目を閉じたまま銃口をビルへと向けた。

 

「そこか…………」

 

 下から追いすがる祓魔師に追われて逃げる先は上階。

 そして逃げる速度と位置から、射線に出てくるタイミングが分かる。トリガーに掛かる指に僅かに力を入れ、僅かに息を吐き出して呼吸を整える。

 

 あと十秒。

 風も落ち着き、逃げる獲物はその先に罠があるとも知らずに上へ上へ。

 

 五秒。

 ガク引きしないように指の腹からほんの一瞬だけ力を抜く。

 

 零。

 パシュッとサイレンサーによって抑えられた銃声が木霊し、放たれた聖銀弾は正確に幽鬼の額を貫いた。

 

「…………目標沈黙」

 

 崩れ落ちるように倒れながら消える幽鬼の反応を感じつつ、目を開けた。視界に入るビルは相変わらず真っ暗。しかし札から得たビルの内部情報の中に赤点はいない。

 どうやら向こうは向こうで掃除は終わったらしい。

 

「オールクリア。あとは浄化班の仕事だ。またチンタラ来るんだろうけど」

 

 狙撃銃を背中に回し、ロープをがっちりと掴んだ。

 全く息付く暇もなかった。

 

 屋上へと戻った九条はさっきまで寝そべっていた場所に立ち、工事現場をただ見つめた。

 


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