帝国暦487年11月、ヴァルハラ星系 帝国首都星オーディン side: リリーナ
「ラインハルト様、貴方にだけは、私の目標を話しておこうと思って。聞いてくれるかしら」
静かな声音だった。そして、ラインハルトは半ば機械的に首肯する。
リリーナは小さく頷く。
「まず、言っておくわ。分かっているとは思うけど私は技術が好きなの。愛していると言ってもいい。技術的ロマンチスト…………そういう言葉があるなら、きっとそれね」
わずかに視線を遠くへ向ける。
「だから、統治にも権力にも興味はないわ。軍事も経済も、直接の関心は持っていない。必要なら使う、それだけよ。逆に言えば技術開発に必要なものを十分に与えてくれるなら、あとは貴方の好きにすればいい」
ラインハルトは薄く笑う。
「軍事力を確保したのも、力がなければ何も為せないからよ。もちろん、技術の実証という面もあるけれどね。最終的には、私にとって軍事なんて不要なもの。ただの手段に過ぎない。貴方が統治のために必要だというなら、好きに使えばいいわ。」
言葉は淡々としているが、その裏にある割り切りは徹底していた。
「それにしても…………もし私に才能があったなら、どんな時でも、どんな状況でも、“こんなこともあろうかと”と笑って、すべての危機に対処できたでしょうね」
自嘲とも諦観ともつかない響き。
「でも、それはできなかった。だから私は選んだのよ。何かが起こる隙すら許さない。圧倒的な力を用意して事前にすべてを終わらせる方法を。それがあの艦隊なのよ」
わずかな沈黙ののち、ラインハルトはピクリと反応する。
「奇襲に頼るよりも、事前に圧倒的優勢を確保する。それが確かに戦略の基本。でも、技術においてはそれは才能の壁でもあるわ。そして私は、才能が足りなかったのかもしれない。それでも、私はこの宇宙でどうしても作りたいものがある。そして、撃ちたいものがあるの」
ラインハルトは何も言わず、ただ天を見るような目で見ている。
リリーナはわずかに微笑んだ。
「それが波動砲よ」
リリーナの目が輝いた。
「波動砲。それは簡単に言えば、真空そのものからエネルギーを汲み上げ、その膨大な出力を一瞬に収束させることで、究極の破壊力を実現する兵器よ」
リリーナの声ははずんでいた。
「最低限の理論と実証はできてるし、既に試作段階の艦は建造中よ。あのドックを建造中の巨大な戦艦のことよ。あれは安全寄りに寄せてまだまだ粗削りではあるけれど、それでも惑星規模それも巨大ガス惑星程度までの天体なら、文字通り吹き飛ばせるでしょうね」
リリーナは腕を組む。
「ええ。もっとも、あれはあくまで試作品。過渡的なものよ。私が本来イメージする波動砲は、あんなに巨大である必要はないわ。よりコンパクトで、より効率的。威力は少し落ちて、まあそうね、オーディン程度なら、問題なく破壊できる水準ね」
スクリーンを動かしながら、リリーナの独白は続く。
「まあでも、威力はこれでも不足気味なのよ。いずれは威力をもう数桁上げてもっともっと巨大な天体も崩壊させたいの。特に航行不能宙域を創る原因になる天体、中性子星や白色矮星連星みたいなコンパクト天体。ウォルフ・ライエ星みたいな活発で巨大な恒星。激変星に閃光星。宇宙には障害が多すぎるのよ。航路を歪め、環境を不安定化させ、長期的には文明の発展を阻害する。ならば、それは排除対象でしょう?」
ラインハルトは静かにその言葉を受け止める。
「ええ、私にも分かっているわ。このあまりにも強大な兵器は今の人類が扱うには威力が高すぎる。そして、銀河系に百億以上はあるこういう天体を破壊するための大量の波動砲は間違いなく人類社会にも牙を剥いてしまう。そう、かつての熱核兵器のようにね。」
リリーナの瞳は目の前を映していなかった。
「だからってこれは禁忌の技術というわけでもないわ。波動砲以上の破壊力のある兵器だってそのうち開発される。というか、余裕があれば私はより威力の高い波動砲を開発したいのよ。そして、波動砲以外でも人類は大きな力をもったら滅びの道へと突き進むわ」
さらにリリーナはヒートアップする。
「そう、だからこそ、悪いのは波動砲じゃなくて人類なの。人類が悪いからこそ、波動砲のような素晴らしいものが悪し様に言われないといけないし、絆だとか信頼だとかみょうちきりんな概念でそれを制限せざるを得ないのよ。
そう、悪いのは人類、ずっとそうよ。弓矢も銃も、殺意がなければただの道具よ。だからこそ、私のやるべきこと、そしてあなたに協力してほしいことは人類を作り替えることよ」
リリーナはもはや止まらない。
「そもそも、考えたことはないかしら。私たちは文明以前からの時間があまりにも短すぎるのよ。そして淘汰圧の観点から見ても、宇宙に進出するどころか、巨大な組織を安定して維持するようには設計されていない。
共和制だの寡頭制だの独裁制だのといった政治形態は古代から存在しているのに、いまだにそれ以上の枠組みを生み出せていないのは、その限界の証拠でしょう。
問題は制度ではなく、その土台にある人類そのものなのよ。集団生活に適応しきれていない存在が無理にそれを拡張した結果が、いまの宇宙規模の戦争なのだから。人間の素晴らしさだとか曖昧な言葉でそれを正当化してきた結果、その“素晴らしい人間”が腕を失い、臓腑を垂れ流しながら殺し合っている。馬鹿らしいとは思わないかしら。
要するに、欲望そのものが現代の宇宙時代に適合していないのよ。本来は遺伝子を残すための機構に過ぎないものが、それを超えて暴走し、その上に人類全体が乗せられている。王朝や政体、貴族や軍人、政治家が特別に悪いわけではないわ。
そもそもの設計が適切ではなかったのよ。顔も見えない規模の集団を維持できるだけの社会性を獲得する前に文明を成立させてしまったせいで、そこから先の進化が止まっている。古い生物学者が言うように、遺伝子ではなくミームによって進化する段階に移行してしまった結果、設計の更新がなされないまま構造だけが肥大化しているの。
そしてこれは社会に限った話でもないわ。例えば食欲。本来は健康維持のために必要なものを選択させる仕組みであるはずなのに、いまではそれに従うほどに不健康になる。遺伝子にとって有利な選択をしたときに報酬を与えるはずの機構が、環境の変化に適応できず、個体すら損なう方向に働いている。それを個人の問題として片付け、さらには社会的に評価するなんて、本末転倒もいいところよ。
つまり設計が時代に追いついていないの。
だからこそ、今しかないのよ。自由惑星同盟を滅ぼしておけば人類が一つの権力の下に収まることになる。
この極めて稀なタイミングで、人類そのものを再設計する。
制度をいじるのではなく、前提そのものを書き換える。
それをやらなければ、同じことが延々と繰り返されるだけなのだから。
それに、銀河全体に拡散していたら、もはや未知の領域に隠れられたらどうしようもないわ。箱庭の中の存在の今だからこそやるべきなのよ!」
リリーナはラインハルトの手を握る。ラインハルトはほとんど反応しない。
「特に攻撃性に関しては、一部の人類だけから消失すれば、残りの攻撃的な人類によって滅ぼされるに違いないわ。だから、すべての人類に同時に行う必要があるし、それを行えないなら殺しつくさないといけないのよ。
もちろん、人類そのものを何か全く別の存在にしたいわけじゃないの。集合体意識や哲学的ゾンビみたいな極端に走る気はないし、人間同士の関係から生まれる素晴らしさを否定する気はないわ。ただ、大規模な殺し合いを起こす種を摘んであげるだけよ。
集団バイアスとかの認知コスト削減のために、人間が大量に死ぬ戦争をやり続けるのは不合理だわ。一時の施術でそれを取り除けるなら、それは人類の未来に必要なことよ。
もちろん、人間性をすべて奪い去る気は毛頭ないわ。ただ、それを巨大な組織にそのまま延長させないように制御する必要があるの。個人としての感情や衝動は、ある程度までなら許容されるべきものよ。でも、それが集団単位で増幅され、敵と味方を単純化し、排除へと傾く瞬間にこそ問題がある。だから私は、それが一定の閾値を超えた時点で自動的に抑制されるような仕組みに変えるつもりなの。
衝動そのものを消すのではなく、発火条件と伝播経路を制御する。個体の中で完結する範囲に留めて、集団的な暴走に繋がらないようにする。それだけで、戦争という現象は大幅に減衰するはずよ。逆に言えば、そこを放置する限り、どれだけ制度を整えても同じことが繰り返される。
私はね、人間を否定したいわけじゃないの。ただ、いまのままの設計では、あまりにも無駄が多すぎる。だから、少しだけ手を入れてあげる。それだけでいいのよ。少なくとも、無意味に死ぬ人間の数は減らせるのだから。それに、波動砲で人類を滅ぼそうと思う人間もね。
それが私の
というわけで、分かってもらえるかしら、ラインハルト様?」
言葉を締めくくり、リリーナは視線を向ける。
ラインハルトはしばらく沈黙していたが、やがてわずかに顔を上げ、低く、押し出すように口を開いた。
「……すまない。少し疲れた。休ませてほしい」
その声音には、これまでにない明確な消耗が滲んでいた。リリーナは一瞬だけ目を細める。
「ラインハルト様、ちょっと」
即座に言葉を返す。
「貴方はまだ疲れてはいけないわ。きちんと管理をやってもらわないと困るの。なんのために貴方と結婚したと思っているのよ」
その言葉が終わる頃には、すでにラインハルトはリリーナの肩にもたれかかり、目を閉じていた。
応答はない。リリーナはしばらくその様子を見下ろしていたが、やがて軽く肩をすくめる。
「……はぁ……まあいいわ。局所睡眠をいくつか組み合わせればもう少し疲労に強くなりそうなのに…………そっちの進歩も必要ね」
淡々とした調子で嘆く。
「…………起きたらまた働いてもらいましょう。私の夢のために」
リリーナは傍らで眠りについた夫を見つめながらそう呟いた。
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