顎が外れるほどの衝撃と噎せ返るような臭気に嗚咽し、それでも行為は続けられた。
躊躇いも容赦もなく鷲掴みにされた乳房が握り潰さんばかりの力に形を歪められ、強引に開かされた身体は無遠慮に引き裂かれていく。
碌に濡れてもいないままに繰り返される抽挿は苦痛しか生まず、間近に聞こえる荒く野卑た男の息遣いは、ただただ嫌悪の感情を強めるばかり。
やり切れない怒りに任せて相手の鉄兜を殴りつけた右拳の感覚は既になく、直後に斬りつけられてしまった背中の裂傷は、灼熱するように止めどなく赤い血を吐き出し続けていた。
薄れつつある意識の中で、ただ一つの気がかりは妹の無事だけ――。
「森へ逃げて」とその小さな背を突き飛ばすように押し、必死で送り出した可愛い妹の泣き顔だけが脳裡を過ぎる。
ふと思い返してしまえば、近頃は我が儘盛りだった妹がちゃんと言うことを聞いてくれたのは、随分と久し振りのことだったのかも知れない。
しかし、そんな場違いな感傷は連なる苦痛に塗り替えられていく。
叫び出してしまいそうな気持ちを押し殺し、ただひたすらに惨めな時間が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。
やがて、放たれた熱が内側から身体を焦がす不快感に、涙を堪えて噛んだ唇に薄く血が滲んだ。
ようやくと終わったのか、まだ続くのか――明瞭としない思考のままに、その答えだけを求めて視線を彷徨わせれば、暗がりに口許を吊り上げた男の酷薄な笑みに迎えられてしまう。
「へへっ、感動的な姉妹の再会だな」
可笑しさを堪え切れないと言った様子で告げられてしまった、頭が理解を拒みたくなる言葉。
「――っ、お姉ちゃん」
嗚咽に詰まり、絞り出すような弱々しい声音が耳朶を打つ。
慌てて首を向けた先で、鉄鎧の男に背後から拘束されながらも懸命に抵抗する妹の姿があった。
可愛らしい膝小僧は赤く腫れ、剥き出しの腕や顔にはいくつもの擦り傷。粗末な服や髪の間に木の葉や泥をこびりつけた姿は、妹が言いつけ通りに頑張った証なのだろう。
こんなときでなければ、くしゃくしゃと頭を撫でて褒めてやりたいところだったのだが――、
「……や、やめてぇーっ!」
抑え切れない悲鳴がこぼれてしまった代償は、下腹部への重い拳だった。
「はははっ、なかなか唆る展開だな!」
「――なんだよ、もう終わってたのか。相変わらずの“早い野郎”だな」
「うるせぇ、俺は回復力と回数には自信があるんだよ。ガキが趣味のお前には言われたくねーぞ」
「分かってねぇな、狭いとこを強引に抉じ開けるのが良いんじゃねぇか。そんで、泣き喚かれるほどに燃えてくるんだ。お前こそ、反応のない死にかけとやっても何が楽しいのか分からんぜ」
「はっ、盛りのついた変態とは分かり合う気もないさ。おいっ、休んでるんじゃねーぞ! しっかり締めろや」
一切の躊躇もなく苦痛は再開され、組み敷かれたままに頭上を飛び交う最低な軽口の応酬に、心を暗い絶望が覆い尽くしていく。
「まっ、大切な使命とやらを果たすんだからな。こういう息抜きも必要だろ?」
「ちげーねぇな。……さぁ、たっぷり良い声で鳴いてくれよ。前の村では時間がなかったからな。その分、しっかり楽しませてもらうぜ」
もう一度だけでも殴りつけたい、とせめてもの抵抗に握り締めようとしたはずの左拳は、今や指先を動かすための力すら残されていなかったことに気付かされてしまう。
涙と泥で滲む視界の端に、来ることのない父や母の助けを求めて泣き叫ぶ妹の姿。
――全ての出来事が、まるで“夢”の中にいるようだった。
呻き声さえ相手を喜ばせてしまい、更なる苛虐を強いるための理由にされるのでは、もはや何もできることはない。
自分の身体が無造作に振り回される様をどこか他人事のように感じながら、ただただ待つ。
苦痛や悲鳴は既に彼方へと遠く、耳許で喚かれる野卑た哄笑と獣性の喘ぎだけが煩わしい。
それでも、もし願うことが許されるのなら――息抜きに飽きたときは、腰の短剣でこの首を突いて欲しいと思う。
そうなれば、この“悪夢”から目覚めることができるはずなのだから。
娘たちに甘く優しい父と怒ったら怖い料理上手な母、ちょっと生意気になった妹の世話に手を焼きながら過ごす、辺境の開拓村の少しばかり退屈な……それでも、笑顔にあふれた日々の暮らしに戻れるはずなのだから――。
*
「……この行為に、何の意味があると言うのか」
自問するように呟いたロンデス・ディ・グランプの言葉は、しかし狂気めいた歓声の波に呑み込まれて、黄昏の迫る開拓村の片隅に沈んでいった。
トブの大森林にほど近い辺境の寂れた開拓村――百人余りが肩を寄せ合って暮らすだけの……何の変哲もない長閑な土地の平穏を奪ったのは、殺戮の武器を手にしたロンデスたちの部隊だった。
日頃から農作業に勤しむだけの村人たちの反撃など、正規の訓練を受けている軍人からすれば、武装の差も相俟って児戯のようなものだ。
小さな村を包囲するようにして攻め寄せ、泣き叫ぶ村人たちを追い立てながら蹂躙した。
それでも、抵抗を諦めなかった半数以上の者は既に物言わぬ骸となり果てており、抵抗を諦めた生き残りは後ろ手に縄を打たれて、今は開拓村の中央に当たる広場へと集められている。
身を寄せ合って怯える村人たちを取り囲み、バハルス帝国の紋章を拵えた板金鎧に身を包んだ同僚の兵士たちが、抜き身のロングソードを携えながら乱暴に脅しをかけ続ける。
そうした様を横目にしつつ、ロンデスは昼過ぎからの家捜しを終えた木造の簡素な住居を焼き払っていくのだ。
燃えやすい錬金術油を流し込んだ上で放火するという徹底振りは、地下の隠し部屋を警戒してのものではあるのだが――、
「良いぞっ、もっと燃えろ! 焼き尽くせ!」
高らかな哄笑を上げながら喚き立てている一人の男――とある資産家の息子であり、箔付けのためだけに部隊長を任されたベリュースの醜い姿には、憤りを覚えずにはいられなかった。
その下劣な思考に感化されてしまい、部隊の規律は悪化の一途を辿っている。
もっとも、自らも村人の虐殺に加担して手を汚していながら、このような考えを持つことは偽善以外の何物でもないのだろうとも思う。
自身の烏滸がましさに辟易とする気持ちで、ロンデスは一つ小さく溜め息を吐いた。
故国であるスレイン法国の上層部より与えられた今回の任務は、バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の国境線付近に点在する開拓村の掃討だった。
偉大なる六大神の教えに導かれ、人類の救済にこそ力を尽くしてきたはずなのに、他国の人間とはいえ何故に同じ人類を害する必要があるのか。
出立の日、喉元まで出かかった疑問の声を無理矢理に飲み込んで、ロンデスは任務へと赴いた。
末端の立場には知る由もない、崇高なる考えに基づいて下された命令なのだと自らの胸の内を欺きながら――。
立ち昇る黒煙から目を背け、村の外れへと意識を向けた。
村人たちの逃亡を防ぐために武器を構えている兵士たちの奥には、丹精を込めて育てられていたであろう麦畑が広がっている。
しかし、そこにはこれまでの行軍の疲れを労う目的で放たれた軍馬たちが、まだ青さの残る麦穂を存分に食んでいる様子が見て取れた。
硬い蹄に散々と踏み荒らされてしまえば、今季の収穫は絶望的だろう。
仮に村人たちがこの場を生き残ったとしても、この開拓村の未来は既に閉ざされているのだ。
暗澹たる思いにかぶりを振ったロンデスは、嬉々として歓声を上げ続ける指揮官に向き直った。
「……ベリュース隊長、お戯れもそれまでに」
「なんだ貴様、この私に意見するつもりか?」
喜悦から憤懣に歪む視線を受け流し、できるだけ落ち着いた声音を心がけて言葉を続ける。
「……予定されていた刻限が迫っております。陽が沈んでしまう前に、この村から離脱するべきかと具申いたします」
「……ちっ、残りのは適当に間引け。撤収するぞ」
どこまでも傲慢な態度を崩さない男も、自身より上位の者から定められた指示には従うしかない。
まるで楽しみを奪われたとでも言わんばかりの不満顔だが、早朝に村を襲撃してから必要以上に時間をかけて己の嗜虐心を満たしていた結果だ。
ベリュースから下された無情な命令に、兵士たちが粛々と包囲の輪を狭めていく。
戦慄く村人たちの悲鳴に耳を塞ぎつつ、ロンデスもまたロングソードに手をかけた。
「せめて、子どもだけでも――っ」
そう懇願の声を上げた母親らしき妙齢の女に、心の中で詫びの言葉を唱えながら容赦なく剣先を突き立てる。
一度でも躊躇ってしまえば、任務を果たすことができなくなると分かっていた。
「……これで最後なんだ」
誰にともなく言い訳の台詞を口にして、ロンデスは目を閉じる。
たった今、自らの剣で命を奪った死者から呪詛の視線を向けられることに堪えられない。
――掃討命令の対象であった村は、この開拓村が最後なのだ。この任務を終えたのなら、ようやくと故国への帰還が許されるのだ。
目蓋越しにもなお差し込んでくる茜色の夕陽が、何故だか酷く眩しいような気がした。