オーバーロード 神様のいない世界   作:Esche

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(11)竜王の傲慢・後編

 

 悲愴な決意を滲ませた人間たちが、無謀にも巨大な魔樹へと戦いを挑んでいく。

 そうした地上の光景を遥かな空の高みから見下ろす人影――光り輝く白金の騎士鎧が、少しばかり呆れたような声音で呟いた。

「……さて、あのときに殲滅したはずなのだが、これは意外な場面に遭遇したものだね」

 監視対象であるスレイン法国から派遣された特殊部隊“漆黒聖典”の動向を探り、遠隔操作の鎧姿で跡を尾けているところだった。

 予期せぬ復活を遂げた巨大な魔樹の姿に既視感を覚えれば、かつて空を切り裂いて現れた化け物たちの同種なのだろうと推測できる。

 世界の侵蝕を嫌った当時の竜王たちとともに、それらの討伐へと赴いたはずなのだが、どうやら仕留め切れなかった個体がまだ生き延びていたらしい。

「やれやれ、ちゃんとトドメは差せと言ったはずなんだが……本当に勘弁して欲しいな」

 アークランド評議国の永久評議員にして、白金の竜王〈プラチナム・ドラゴンロード〉の名を冠するツァインドルクス=ヴァイシオンは、誰にともない愚痴をこぼして、何気なく肩を竦めてみせた。

 周囲に他者の姿はなく、空っぽの白金鎧を操るだけであれば、このような仕草に意味はない。

 鎧の中に生身の肉体を持っていたのなら、思わずと苦笑いを浮かべているところだ。

 それとも、自身のことを「ツアー」と呼び慕ってくれた仲間たちとともに過ごした記憶の残滓が、そうさせたのだろうか。

「……実に愚かなことだ」

 不意の感傷を吐き捨て、ツアーはやおらと地表の魔樹へと意識を向ける。

 

 突如として各地で暴れ始めた、招かれざる異世界からの来訪者――今にして思えば、その後に長らくと頭を悩ませる原因となった“百年の揺り返し”の端緒であったのかも知れない。

 この美しい世界を穢し、無遠慮に秩序を乱さんとする“竜帝の汚物”は、何を措いても排除しなければならない存在なのだ。

「……だからこそ、その流れを汲むスレイン法国の連中が下手に動くことは好ましくないのだけど」

 ツアーの眼下で繰り広げられる光景は、ある意味で“同士討ち”のような滑稽さを孕んでいる。

 相応に強大な力を持つ魔樹と本来は非力な人間の戦い――それが一方的な殺戮ではなく、曲がりなりにも戦いの様相をなしているのは、やや見窄らしい槍を手にした若い男の存在が大きい。

「……あの槍使いは、それなりに腕が立つか」

 振り回される触手から触手へと跳び移る俊敏さには、少しばかり目を見張るものがある。

 しかし、その健闘もあまり長くは保たないだろうと思われた。

 魔獣使いが四方に配したギガント・バジリスクは牽制にもならず、一度は触手の拘束に成功した縛鎖の戦士も力を使い果たしたように倒れ伏していた。

 戦況は徐々に悪化していく――と、

「……ほぅ、考えていたより警戒する必要があるのかも知れないね」

 高く跳び上がった若い男が槍を一閃し、長大な触手の一つを千切り飛ばした。

 それでも、大勢を覆すには至らない。

 触手を失った魔樹が絶叫し、全身を撓めるようにして大きく開けた口腔から何かを吐き出す。

 轟音とともに擊ち放たれたのは、巨大な種子の砲弾――大気を引き裂く射線の先には、奇妙な意匠のドレスに身を包む老婆の立ち姿があった。

 大盾を構えた戦士が間に割り込み、強固な装備と自らの半身を犠牲にして背後の老婆を庇う。

 ――不意の事態は、そこからだった。

 開戦から陣形の最後方に控えた老婆は、何かしらの詠唱を紡いでいたらしく、身につけていた奇妙なドレスが神々しく輝き始めたのだ。

「――っ、この力は!?」

 思いがけない強烈な光の波濤に、白金の騎士鎧を操るツアーの視界さえも眩むような気がした。

 その底知れない輝きの奔流は、真なる竜王だけが有する“始原の魔法”にも似ている。

「まさか、“ユグドラシル”のアイテムか!?」

 慌てて距離を取りかけ、ツアーは瞬間的に沸騰する苛立ちに声を荒げた。

 

 そうして、ようやくと激しい光が収束したとき、あれほどに暴れ狂っていた魔樹が、すっかりと動きを止めていたことに驚かされる。

 その残された四本の触手を地面に下ろし、老婆を前に苔むした頭頂を垂れる姿勢は、恰も服従の意を示しているかのようであった。

「……なるほど、古の化け物を洗脳したのか」

 あの魔樹を滅ぼす程度の力であれば、差したる問題にはならなかっただろう。

 しかし、あのような忌まわしいアイテムを用いて魔樹を従えたとなれば、法国の上層部がどのような行動を起こすのかと判断が難しい。

 抱えている戦線や人間至上主義の教義を考慮すると、南方での森妖精〈エルフ〉との戦いか、或いは西方のアベリオン丘陵を目指して、亜人種の殲滅に動く可能性もあるだろうか。

 単なる種族間の縄張り争いに口を出すつもりはないが、今回の事態は見過ごせそうにない。

「……面倒をかけてくれるね」

 やれやれとばかりに呟き、ツアーは眼下に値踏みの視線を向けた。

 魔獣を操っていた優男と肩で息をしている老婆は障害にならず、治療のために横たえられた縛鎖の戦士と大盾の戦士にも余力はないだろう。

 ――注意すべきは、やはり槍使いの若い男か。

 それでも、遠隔操作するために白金鎧へと込めたエネルギーを解放すれば、問題なく太古の来訪者と諸共に始末することができるはずだった。

「……この場での回収はできなくなるけど、今の内に対処してしまうべきだろうね。何と呼んでいたのか、ギルティ武器……だったかな? 本当に迷惑なことだよ」

 事態が落ち着かせた後には、“ユグドラシル”から持ち込まれた特別なアイテムについて、情報を集めてみる必要があるのかも知れない。

 ぼんやりと思考を巡らせながら、ツアーは遥かな空の高みから優雅に降りていく。

「――――っ、何者だ!?」

 ふと槍を身構えた人間が上げる、誰何の声。

 しかし、そうした反応には一切も構うことなく、傲慢なる白金の竜王は、一方的な通告の台詞だけを突きつけるのだった。

 

「あの魔樹の復活については、こちらの不始末かも知れないけど……“世界盟約”の違反により、過ぎた力は排除させてもらうよ」

 

 *

 

 強烈な閃光が視界を真っ白に染め上げていた。

 咄嗟の判断で引き戻した槍。

 防御に身構える猶予さえ与えられず極大の爆発に打ち据えられ、なす術もなく吹き飛ばされる。

 身体ごと横滑りしていく視界の端に、驚愕の表情を浮かべた仲間たちの姿――それすらも光の奔流へと呑まれていった。

 散々と背後の樹々を薙ぎ倒し、まともな受け身も取れないままに次々と激突を繰り返す。

 自らの身体が撃ち出された弾丸となり、その勢いがようやくと止まってくれたのは、砦ほどの巨石を背中で破砕したときだった。

「――――っ、クソがっ」

 あまりの衝撃に苦鳴がこぼれ、胃の腑から全てを吐き出さんばかりの不快感。

 パラパラと頭上から崩れ落ちてくる砕片を払って腰を起こしかければ、全身を引き裂かれるような凄まじい激痛が迸った。

 左腕や足、肋骨も何本となく折れているらしく、内臓のどこかも痛めてしまったのかも知れない。

(……これほどの負傷は、二度目か?)

 ふと場違いな記憶が脳裡を過ぎり、隊長は思わずと顔を顰めてしまう。

(……いや、あのときは馬の尿で顔を洗わされたから、まだマシかな)

 込み上げてくる数年前のトラウマを吐き捨て、無理矢理と奮起の力に変えながら強引に巨岩の割れ目を這い出していく。

 そうして、強烈な光のせいで未だに明滅する視界を堪えて、周辺の様子を確かめようとした隊長の眼前には、変わり果てた光景が広がっていた。

 灰褐色の枯れ木や生い茂っていた新緑の樹々も、視界に映るものは悉く薙ぎ倒され、ぽっかりと開けた砂礫の大地ばかりが横たわる。

 仲間たちの尽力と真なる神器を用いて、ようやくと抑えたはずの“魔樹”ザイトルクワエさえも、最早どこにも探し出すことができない。

 あれほどに強大な破滅の竜王を一撃で葬り去った存在は、不意に姿を見せた白金の騎士鎧だった。

 

「――各員、状況を報告せよ」

 全身の痛みを堪えて、隊長は声を張り上げる。

 ――それでも、返答は届かなかった。

 生命の絶えた大地の果て、耳に煩いほどの静けさに包まれ、思わずと隊長は奥歯を強く噛み締める。

 魔樹との壮絶な戦いの中でカイレを庇い、半身を喪ったセドランや気力を尽くして触手を封じたエドガールは、既に生きているのが不思議なほどの状態に置かれていた。

 指揮官として稀有な才を持つクアイエッセも、個人としての戦闘力は劣るために、あの凄まじい爆発を堪えることができなかったのだろう。

「……いや、痕跡すら残さずに消滅していることを思えば、無理もないか」

 セドランの大盾やエドガールの鋼鎖といった特別な武具は、困難な任務に従事する“漆黒聖典”に貸与された六大神の遺産である。

 焦土と化した周辺一帯とともに、それらの貴重な武具さえも吹き飛ばした爆発の最中で、辛うじて自身が生き存えたのは幸運でしかない。

「……あのとき、咄嗟に引き戻していなければ死んでいたかな」

 ずっと握り締めていた槍に視線を落とし、隊長は力なく肩を落として呟いた。

 そうして、かぶりを振りかけ――、ふと視界の端で何かが煌めいたことに気付く。

 足を引き摺りながら駆け寄った先には、ただ一人の使い手であるカイネを失っても輝きが褪せることのない、白銀の布地に金糸で昇り竜の刺繍が施された真なる神器〈ケイ・セケ・コゥク〉。

 ――僅かな安堵と押し寄せる嫌悪感。

 人類の希望を紡ぐためには、真なる神器が奪われなかったことを喜ぶべきなのだろう。

 しかし、胸の内に込み上げてくる感情を簡単に割り切ることができそうにない。

「……俺は、まだ甘さを捨てられないらしいな」

 片手で思い切り自身の頬を張り、隊長は無理矢理に思考を切り替えて周囲を見回した。

 

 巨大な魔樹ばかりでなく、先ほどの騎士鎧の姿もないことを改めて確認して小さく息を吐く。

 あのような大爆発を起こすために、騎士が自らを犠牲にしたのかは確かめようもないが、もしも無事であるのなら真なる神器を放置したままで撤退することは考えにくいだろう。

「……白金の鎧に、“世界盟約”か。やはり、アークランド評議国の関係者なのだろうな」

 盟約とは名ばかりの、最強種たるドラゴンの武威を背景に強制された不平等な取り決めである。

 あの緊迫した場面において、わざとらしく持ち出してきたのだから、おそらく間違いはないはずだ。

 そして、あの派手な騎士鎧を思い返せば、否が応にも脳裡を過ぎる二つ名は、竜王の中でも最強の称号を欲しいままにする“白金の竜王”だけであった。

「……ヤツの手駒が動いていたのなら、これ以上は現場での判断を超えてしまうか」

 頼りとなる仲間を失い、手にした槍を杖代わりとする自らの負傷具合を鑑みれば、この場で取れるような選択肢は限られている。

 どうにかして現状を報告し、執行部からの指示を仰ぐ必要があるだろう。

「…………っ、〈メッセージ/伝言〉では信頼性に欠けてしまうか」

 儘ならない不満を飲み込み、隊長は足下の真なる神器を無造作に掴み上げつつ、頭の中に近隣の地図を広げていく。

 身体を苛む激痛のために思考は途切れかけてしまうが、やはり目指すべき場所は、リ・エスティーゼ王国の東端に位置する城塞都市〈エ・ランテル〉になるのだろうか。

「……あの都市には、裏切ったクインティアの片割れを追って、“風花”が詰めているはずだったな」

 自らが預かる部隊の尻拭いをさせていることを情けなく思うが、恥を上塗りするしかない。

 探索と諜報に長ける“風花聖典”と接触できれば、本国との連絡とともに、消失してしまった仲間たちの残滓を捜索する当てが見込めるはずなのだ。

 そうして、逸る気持ちを落ち着かせるために深く息を吸い込み、隊長は蹌踉めきながらも静かに足を踏み出していくのだった。

 

 




この後のツアーは、原作で描かれたように巣穴を訪れたリグリットと再会し、ユグドラシル産アイテムの情報収集や回収を依頼することになります。

あの幕間を読んだとき、プレイヤーの存在を危険視しているはずなのに対応が遅くない? と感じたのはおそらく私だけではないはず……。


次話からは、エ・ランテル近郊を舞台として物語が展開していく予定になります。
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