信仰系魔法における極致の一つに〈レイズ・デッド/死者復活〉と呼ばれる魔法がある。
その名称が示す通り“死者を蘇らせる”奇跡の魔法は、常人では決して到達することができない第五位階の領域に属していた。
しかし、そうした英雄級だけに許される特別な魔法をもってしても、奇跡の代償は軽くない。
復活の際には膨大な生命力を消費するため、その負荷に堪えられない弱き者は復活が叶わず、肉体は灰となってしまうことを避けられないのだ。
そうであるからこそ、カジット・バダンデールは自らの悲願を果たすべく、新たな復活魔法の開発を目指していた。
幼き日に誓いを立ててから既に三十年余り――、文字通りに全てを犠牲としながら研究に明け暮れ、秘密結社“ズーラーノーン”の十二高弟に名を連ねるほどの実力を手にしても、未だに新たな復活魔法の糸口さえ見つけられていない。
このままでは、自身の生涯を賭しても魔法の開発が間に合わないと焦りに苛まれる中で、カジットは一つの大儀式に望みをつないだ。
――即ち、自らの肉体を不死者〈アンデッド〉に変えて、魔法を開発する悠久のときを得ること。
狂人の戯れ言だと一蹴されようとも、悲願のためには手段を選んでいる余裕があるはずもない。
そうした覚悟がなければ、六大神の祝福を受けた洗礼名を捨て、故郷であるスレイン法国を出奔することはできなかっただろう。
「……さて、あの奥で待機せよ」
第三位階の〈クリエイト・アンデッド/不死者創造〉で作り出した新たな動死体〈ゾンビ〉に指示をして、横穴の保管場所へと向かわせる。
血を練り込んだ真っ赤な蝋燭の灯りが揺れて、殺風景な地下空洞を照らしていく。
奇怪なタペストリーが垂れ下がる壁面や床は土が剥き出しとなっており、地上の霊廟に隠した扉へとつながる狭い階段を除けば、いくつかの横穴が設けられているだけの簡素な造りだった。
それでも、カジットが地下神殿と呼んでいるこの場所――城塞都市〈エ・ランテル〉の共同墓地こそが、外法の大儀式“死の螺旋”を成就するために選び抜いた最適な拠点なのである。
リ・エスティーゼ王国の東端に位置し、バハルス帝国との戦争における最前線のエ・ランテルには、通常の都市とは異なる点があった。
その大きな特徴は、城塞都市の由来でもある堅固な三重の城壁と、外周部の西側地区の大半を占めるほどに巨大な共同墓地である。
そして、不浄なるアンデッドは弔われない死者の怨念から生まれるとされ、戦場跡や遺跡といった土地柄に発生しやすいことが知られていた。
ズーラーノーンに身を置くカジットのような思想は例外となるものの――、アンデッドが人類共通の敵であることは衆目の一致するところであり、王国と帝国の敵味方を問わず、戦争の犠牲者がアンデッドにならないように協定が結ばれている。
そうした事情から、カッツェ平野の戦場に程近いエ・ランテルには、大勢の戦死者を弔う場所として巨大な墓地が必要とされるのだった。
――結果として、王国と帝国が激突する度に、数多くの遺体が共同墓地に運び込まれることになる。
偏執のカジットが狙うのは、正にその運び込まれてくる戦死者の遺体であった。
信仰系の魔法詠唱者が得意とする〈サモン・エンジェル/天使召喚〉のような召喚魔法と同様に、カジットが行使する〈不死者創造〉にも時間的な制約が課されている。
しかし、死体を媒介として生み出したアンデッドは、そうした時間の制限を受けることもなく存在し続けることができるのだ。
儀式のために費やした五年もの歳月により、地下神殿の奥に詰め込まれた低位アンデッドの総数は、既に百体以上となっている。
信仰系の魔法に見切りをつけ、死霊系に特化するカジットであっても、これほどに大量のアンデッドを支配することは容易ではない。
それでも、胸元で大事に抱えた黒鉄色の宝珠がもたらしてくれる“甘美な囁き”に従えば、怖れるものは何一つとしてなかった。
蝋燭から広がる焦げた血の臭いと、横穴の奥から漂う低位のアンデッド特有の死臭とが混ざり合い、陰鬱な雰囲気を醸していても気にはならない。
大儀式の準備を進める過程で臭気が増していくことに、カジットは寧ろ高揚感を覚えるほどだった。
――古来よりアンデッドが集まる場所には、より強いアンデッドが生まれ、更なる上位種の出現する傾向が知られている。
長年に渡ってカジットが画策する“死の螺旋”は、そうした現象を利用しながら螺旋を描くように、より一層と強いアンデッドを生み出していく都市壊滅規模の儀式魔法なのだ。
このエ・ランテルを無数のアンデッドが跳梁跋扈する都市に変えて、そこに充満する強大な死の力を集めることができたのなら――、
「……もう少しだ。もう少しの辛抱で、不死の身体を得られる。そうなれば、母を――」
壁のタペストリーを見つめながら呟いたのは、自らに言い聞かせるための言葉なのか。
そうして、僅かに瞑目したカジットは、不意に背後からの気配に身を強張らせた。
「おんやー、また新しいゾンビですかー? “死の宝珠”の力は凄いですねー」
どこか間伸びした女の猫撫で声。
こぼれかけた溜め息を飲み込み、やおらと振り返れば、黒染めのフードを目深に被った小柄な女。
「……お前が遊んだせいだ、クレマンティーヌ」
「ごめーん、もうしないから勘弁してよ!」
軽く手を払いながら笑みを浮かべる女には、少しも悪びれる様子がなかった。
「ふん、白々しい台詞を……とりあえず、これ以上は人間を攫ってくるな」
無駄だと分かっていても、カジットは釘を刺さずにはいられない。
共同墓地の地下で秘密裏に儀式の準備を進めていたカジットの元に、クレマンティーヌが姿を現したのは僅かに数日前のことだ。
英雄級と称されるほどの稀有な実力を持つ軽戦士でありながら、最悪の性格破綻者でもある狂人――クレマンティーヌは、カジットの所属するズーラーノーンの十二高弟に名を連ねており、故郷のスレイン法国を裏切った逃亡者でもある。
こうして並べてみれば、自らと似通った経歴を有した相手ではあるのだが、そこに互いが親近感を覚えるはずもなかった。
この場で二人が顔を合わせるのは、単なる利害関係の一致に過ぎず、僅かでも掛け違えば即座に殺し合いとなることだろう。
「……どうせ、標的の薬師も数日のうちには戻るまい。少しは我慢くらい覚えたらどうだ?」
「んー、私は殺しが好きで愛してるからねー」
軽挙な行動に一切の反省もないクレマンティーヌの素振りに、思わずと舌打ちがこぼれる。
「……目立つ真似はしてくれるなよ。もしも計画が露見するような真似をすれば、お前を殺す」
はっきりとカジットが言い差せば、瞬間的に噴き上がる殺意――猫科の猛獣を彷彿とさせる紫眼の奥に、凄絶な侮蔑の色が宿っていた。
背筋を迸るのは本能的な恐怖か、手にした宝珠を頼りにカジットは迎撃体勢を取りかける――が、
「……そうだね。少し気になることもあるし、暫くは様子見かなー」
ふと耳朶を震わせたのは、そのような気の緩んだ台詞だった。
膨れ上がっていた殺意を呆気なく霧散させ、やれやれとばかりに肩を竦めてみせるクレマンティーヌの姿に、カジットは訝しむ視線を向けた。
「――っ、どういうことだ?」
あまりにも意外な反応と接すれば、姿形を模せる悪魔とでも入れ替わったのかと問い質したくなる。
「暇つぶしに街中をぶらついてたら、妙なのがいてさー。“蒼の薔薇”って、知ってるよね?」
暇つぶし、というのは名ばかりの獲物探しであることは明白だったが、さらりと続けられた問いかけにカジットは小さく眉を顰める。
「……王国では、有名なアダマンタイト級の冒険者チームだったな。確か、王都を拠点にしていたと記憶しているが」
「正解ー! そんで……そいつらが何の用か知らないけど、エ・ランテルにいたんだよねー」
「ほぅ、流石のお前でも自重するほどか」
「……別に、まとめて相手をするのが面倒なだけだよ。ガゼフ・ストロノーフが死んだって噂もあったし、ちょっと情勢を見極めないとねー」
軽く揶揄いの言葉を向けたカジットに、クレマンティーヌは面白くなさそうに吐き捨てた。
わざとらしい不満を示してみせるが、手のつけられない狂人と考えていた女にも、相応の分別があったことは小さな驚きだ。
性格はともかく実力だけであれば、他に比肩する戦士がいないほどのクレマンティーヌであっても、何かしらの思うところがあるらしい。
もっとも、法国の特殊部隊に追われている身でありながら、これまでは好き勝手に振る舞っていた事実が性格破綻者たる証明なのだが――、
「……なるほど、状況は理解した。事態が混迷するほどに、お前の盗み出した“叡者の額冠”が持つ意味も大きくなろう。――今は休んでおれ」
気怠げな様子で地面に腰を下ろすクレマンティーヌの姿を横目に、カジットは壁に垂れ下がるタペストリーへと静かに向き直った。
五年の歳月を費やした大儀式の完成は近いのだから、決して焦る必要はない。
幼少から抱いた悲願に胸を熱くするカジットの手には、仄暗い輝きを放つ宝珠が握られていた。