オーバーロード 神様のいない世界   作:Esche

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『お前が油断したら、暗黒の根源たる闇の私が肉体を支配し、魔剣の力を解放してやる』



(13)異形の傀儡

 

 昼下がりの城塞都市〈エ・ランテル〉街並みは、どこか活気に欠けるような印象があった。

 行き交う人通りはそれなりで、軒先を連ねた店舗や屋台からは客引きの声も届いているのだが――、

「なんつーか、雰囲気が暗いな」

 先を歩いていた大柄な戦士のガガーランが周囲を眺めながら呟き、やれやれと肩を竦めてみせた。

「都市長の話では、ガゼフ・ストロノーフの死を隠し通すのが難しいということだったな。……まぁ、無理もあるまい」

 その傍らでは、小柄な魔法詠唱者のイビルアイが声を落とし、小さく溜め息をこぼしている。

 背格好が対称的な二人の背に続いていたラキュースもまた、同様の印象を抱きながら言葉を返す。

「……そうね、開拓村からの避難者が逃げ込んでいるのは大勢の市民が知っているはずだから、不穏な空気になってしまうのも仕方ないわ」

 春先から国境付近の開拓村が次々と襲撃を受ける事態に、リ・エスティーゼ王国の戦士団が救援として派遣されたものの、結果は悲惨なものだった。

 日頃から懇意にしている第三王女のラナーに呼ばれ、その仔細を耳にしたときの衝撃は未だに尾を引いているほどだ。

 多くの村人たちは無情に命を奪われ、戦士団にも壊滅的な損害――何より、“周辺国家最強”を謳われた戦士長ガゼフ・ストロノーフの死は、バハルス帝国との戦線を抱える王国の痛恨事だった。

 その死が秘匿されている現状は辛うじて平穏を保っているが、王派閥の失策を糾弾するための材料として貴族派閥に利用されることになれば、正しく国家を二分しかねない情勢となってしまうだろう。

 他国を利するだけの派閥争いを憂い、ラキュースは呆れとも諦めともつかない息を吐いた。

「……鬼ボス、溜め息は良くない」

「……鬼リーダー、ストレスはお肌の天敵」

「え、えぇ……そうね。気をつけるわ」

 瓜二つな姉妹である忍者のティアとティナに左右から真面目な顔を寄せられ、ラキュースは思わずと苦笑いを浮かべてしまう。

 今では信頼の置ける大切な“蒼の薔薇”の仲間なのだが、かつては自身の命を狙ってきた相手から美容を説かれるのは、少しばかり不思議な気分だ。

 気を取り直すように軽く咳を払い、ラキュースは静かに仲間たちの姿を見回した。

 

「――そんで、次はエ・ランテルの冒険者組合に向かえば良いんだよな?」

「えぇ、そうね。ラナーのお陰で都市長からの了承も得られたし、これで冒険者向けの依頼として名目も立ったわ」

 女性だけで構成される“蒼の薔薇”は、王国内でも指折りとなるアダマンタイト級の冒険者チームであり、本来なら王都を本拠地として活動していた。

 依頼内容に応じて各地に遠征するのは珍しいことでないものの、今回の一件は事情が異なる。

「……しかし、“消息を絶った英雄の捜索”か。残念だが、流石に期待はできないだろうな」

「計画的な襲撃だと、ガゼフのおっさんの遺体も回収されてる可能性が高い、って話なんだよな?」

「……そうだとしても、僅かでも可能性があるのなら、何も手を打たない訳にはいかないわよ」

 小さく肩を竦めたラキュースは、イビルアイとガガーランを嗜めるように言葉を続けた。

「王国内で〈レイズ・デッド/死者復活〉の魔法が使えるのは私だけだし、襲撃者と貴族派閥の連携が懸念される情勢なら、冒険者の立場として動くしかないもの」

「……相変わらず、足の引っ張り合いか」

 心底呆れた様子のイビルアイが、「国王が弱腰だと臣下も苦労するな」と訳知り顔で言い捨てる。

 その脳裡に思い浮かべている相手は、先ほど面識を得たエ・ランテル都市長を任されるパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアだろうか。

 光を反射するほどに薄くなった頭髪と肥え太ったブルドックのような外見から、社交の場では侮られることも多いが、実像は優れた行政官であり、国王であるランポッサ三世の厚い信任を受けている。

 そして、戦時には最前線となる要衝の都市を任されるに相応しい人物であるからこそ、内外に抱えてしまう苦労も多いはずなのだ。

「あぁ……確かに、お偉い役人様にしちゃ、なかなか話の分かる奴さんだったな」

 武人気質のガガーランが、貴族に対して好印象を持つことは珍しかった。

 自らも貴族家系の出身であるラキュースとしては心苦しくもあるのだが、現状の王国貴族は腐敗が著しく、お世辞にも誉められたものでない。

「……生き延びた戦士団の逃げ込んだ先が、エ・ランテルだったのは不幸中の幸いね」

 即時の判断で緘口令が敷かれたことにより、街中では目立った混乱もなく、市民たちも表向きの落ち着きを保っていられるのだろう。

 それでも、以前に王都のヴァランシア宮殿で見かけたときより、随分と窶れていたパナソレイの姿が思い出されてしまえば、ラキュースは懸念を覚えずにはいられなかった。

 

 やや重い足取りで大通りを抜け、“剣と盾”の意匠を掲げた冒険者組合の扉を押し開く。

 拠点である王都と場所は違えても、同じ用途の建物であれば、その造りは似たようなものだ。

 整然とした受付カウンターの横には依頼の貼り出されたクエストボード、待合用の長椅子やテーブル席では数組の冒険者たちが談笑を交わしている。

 簡単な打ち合わせはロビーで行い、余人を避ける重要な依頼の際には、吹き抜けとなった二階奥の部屋が利用されるのだろう。

 まだ昼過ぎという時間帯もあり、少し閑散とした印象の冒険者組合の中を軽く見回しながら、ラキュースは背筋を正して受付へと向かう。

 最高位たるアダマンタイト級を冠する身として、相応の振る舞いが求められることは当然であり――実際、足を踏み入れたときから室内の視線が集中するのを感じていた。

 目指す受付には、年若い受付嬢が一人だけ。両隣のカウンターには離席中の札が立て掛けられているので、昼休憩の時間だったのかも知れない。

「――王都リ・エスティーゼの冒険者組合に所属する“蒼の薔薇”です。エ・ランテル都市長のレッテンマイア卿より招致を受け、こちらに参りました」

「えっ!? あっ、はい……ご活躍は予々と――」

 都市長の封蝋印が施された書状を取り出しつつ、やや狼狽している受付嬢の様子を見遣ったラキュースは、「突然で、ごめんなさいね」と急な来訪を詫びて溌剌と微笑みかける。

「えっ、いえ……そのようなことは、ないです」

「……出た、鬼ボスの必殺スマイル“人誑し”」

「……自覚ないのが流石、鬼リーダー」

 余計な軽口を挟んできたティアとティナへの苦言を飲み込み、小さな咳払いで用件を続ける。

「事前の約束もなく申し訳ないのだけれど……組合長のプルトン・アインザック殿に、お会いすることはできるかしら?」

「か、かしこまりました。すぐに確認いたします」

 慌てて受付奥の扉に消えていく後ろ姿を見送り、ラキュースは忍者姉妹を振り返った。

「ちょっと、二人とも揶揄うにも状況を考えてよ」

「……おぉ、こっちの笑顔は怖い」

「……背筋がゾクゾクする」

 わざとらしく身震いしてみせるティアとティナに呆れて、ラキュースは思わずと苦笑しかけ――、

 

「――っ、王都の冒険者様が何の用だよ!」

 不意の悪態に、小さく肩を竦める。

 何事かと小首を傾げつつ、ラキュースが怒声の響いたロビーへと視線を向ければ、こちらを憤懣と睨めつける一人の男の姿があった。

 使い込まれた武具と首から下げるミスリル製の冒険者プレートを確認すれば、男がそれなりの実力者であることは見て取れる。

 直接の面識はなかったが、エ・ランテルの冒険者組合には、三組のミスリル級の冒険者チームが在籍しているはずなので、いずれかの関係者だろう。

 しかし、長椅子の一つを占有するかのように大手を広げ、無造作に足を投げ出す不躾な振る舞いに、ラキュースは思わずと眉を顰めてしまう。

「ん、なんだ? 聞き耳を立ててたんなら分かってるだろ。ここの都市長様に呼ばれたんだよ」

 剣呑とした気配を漂わせる男を見据えつつ、意気揚々と進み出ていくのはガガーランだった。

 巌のような巨躯を誇る女戦士に詰められ、僅かにたじろぎかけた男は、それでも威勢を駆って不満に大きく声を荒らげてみせた。

「――っ、なら何で俺たち“クラルグラ”に依頼を寄越さないんだ!」

 その発言で、男の苛立ちにも察しがつく。

 都市の最上位である自身のチームを飛び越えて、より高位の冒険者が他都市から招かれたことを耳にすれば、確かに面白くはないだろう。

 もっとも、パナソレイには事後承認で形式上の依頼主となってもらったに過ぎず、こちらに文句をぶつけられるのも些か理不尽ではあったが――、

「なるほど……いきなり突っかかってきたのは、下らないプライドのせいか」

「あぁん? チビはすっこんでろ」

 横合いのイビルアイから向けられた冷笑に、男が激昂して席を立ち上がる。

「……やれやれ、彼我の実力差も分からないようでは依頼を任せられないのも当然だな」

 今にも腰の剣へと手をかけそうな男の様子を一瞥しても、イビルアイは表情一つ変えず――普段使いの仮面を外していないので、周囲には分からないだろうが――大仰に肩を竦めてみせた。

 ラキュースとて、男の粗暴な言動に思うところはあるものの、現地の冒険者と揉めたい訳ではない。

 本人たちに自覚はなくとも、相手の感情を逆撫でしかねない仲間の態度に内心で頭を抱えつつ、溜め息を堪えて仲裁のために歩み寄っていく。

 

「ごめんなさい。貴方たちの仕事を邪魔するつもりはないのだけれど、今回の依頼だけは特別な事情があるのよ。えっと、“クラルグラ”の――」

「――っ、リーダーのイグヴァルジだ」

 苦々しく名乗った男が、ラキュースを睨みつけながら床に痰唾を吐き捨てる。

「お偉い貴族のご令嬢様が、ご立派な装備と護衛を連れて冒険者ごっことか……迷惑なんだよ」

 どうやら、こちらの素性は知られているらしい。

 冒険者として駆け出しの頃には、こうした手合いに絡まれることも多かったのだが、最近では随分とご無沙汰になっていたので、どこか新鮮な印象すら覚えてしまう。

 しかしながら、当時も一度として引き下がることを選ばなかったラキュースだ。

「イグヴァルジさん、ね。先ほどは仲間が失礼したわ……でも、冒険者は遊びじゃないの。私はご令嬢なんて柄じゃないけど、このアダマンタイトに恥じないだけの実力を身につけているわよ」

 小さく顎を引いて謝意を示しつつも、それ以上に謙る謂れはないと相手の怒気を軽くいなし、気負いもなく堂々と胸を張ってみせる。

 貴族として培われた気品と才ある者が磨き上げた確かな自信――そうした“太陽の輝き”とも称される優雅な笑みに当てられてしまえば、難癖をつけていたイグヴァルジも二の句を継げずに、押し黙るしかなかったのだろう。

 その背後では、先ほどからバツが悪そうに様子を窺っていた“クラルグラ”のメンバーと思しき男たちが、意固地になってしまったリーダーを無理矢理に連れ戻そうとしている。

 

 ――そうして、ふと受付奥の扉が開く気配。

「あの、どうかされましたか?」と折良く姿を見せてくれた年若い受付嬢へと向き直り、ラキュースは柔らかな声音で問いかける。

「いえ、問題ないわ。それで、組合長さんにはお会いできそうかしら?」

「は、はいっ! すぐにご案内いたします!」

 少しばかり騒がしくなっているロビーの雰囲気に戸惑いを浮かべていた受付嬢は、自らの職分を思い出したように恐縮しながら声を張った。

「ありがとう、お願いするわね。――それと、床は自分で掃除しなさいよ」

 呆れを孕んだ最後の台詞は、何やら内輪揉めを始めている“クラルグラ”のイグヴァルジに向けて――そう淡々と言い差したラキュースは、早速と受付嬢の案内に続いていく。

 

「……流石は鬼ボス、一番煽ってた」

「それが鬼リーダー。そこにシビれる、憧れる」

 喧騒を振り返ることなく、颯爽としたラキュースの後ろ姿を見遣り、互いに目配せを交わしたティアとティナは、にやりと口許を綻ばせるのだった。

 

 




イグヴァルジさんが活躍する姿も見てみたい。
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