オーバーロード 神様のいない世界   作:Esche

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「すまない、世界中の吟遊詩人〈バード〉たちよ。本当の騎士はか弱き乙女を抱きかかえ、守りながら戦うんだ。うわ、なにこれ! 恥ずかしい!」



(14)徒労の傷痕

 

 散々たる開拓村の惨状を目撃した帰路は、酷く重苦しい空気に包まれていた。

 銀級〈シルバー〉の冒険者にとっては望外となる有名人からの依頼が舞い込み、“漆黒の剣”の仲間と喜んだ記憶も、今となっては虚しいばかりだ。

 往路と同じように一行の先頭を歩きつつ、ペテルは依頼主であるンフィーレアの姿を降り仰ぐ。

 荷馬車の御者台に腰掛ける少年の顔は幽鬼の如く青褪めており、手綱を握ることさえできない。

 草原の中を抜ける畦道の轍跡に揺られ、その度に転がり落ちそうになってしまう華奢な身体を隣席のダインが支えながら、ようやくと荷馬を進ませているような状況なのだ。

 ンフィーレアが想い人であるエンリの窮地を助けるために、荷台へと積み込んでいた大量の支援物資も役立てる機会を与えられなかった。

 開拓村の裏手に広がっていた無数の墓標を前に悲愴な慟哭を重ねて、すっかりと喉を枯らしてしまった姿はあまりにも痛々しい。

 まだ冷たい春先の風に頬を打ち据えられ、ペテルは無力感の中で静かに唇を噛み締める――と、

「ん? 前方、この道の先に人影だ」

 不意の呼びかけは、傍らを歩いていたルクルットからだった。

「四人……いや、五人か」と情報が補足され、ペテルは慌てて道の先に目を凝らしてみたものの、まだ距離が遠過ぎるので人影さえも判然としない。

 それでも、野伏〈レンジャー〉としての技量に優れた“チームの眼”である、ルクルットの言葉を疑う理由はなかった。

「……分かりました。タイミングを合わせて、私が前に出ます。ルクルットはンフィーレアさんを庇いながら援護をお願いします」

 短く言い差し、ペテルは腰の剣帯に手をかけた。

 ――開拓村を襲った連中が戻ってきたのか、或いは荷馬車を手頃な獲物と見定めた盗賊の類いか。

 身を隠せる遮蔽物のない草原であれば、いきなり仕掛けてくるとは考えにくい。

 しかしながら、人数の上では相手に優位があるので、用心に越したことはないだろう。

 

「あー、いや……警戒の必要はなさそうだぜ」

 そうして、緊張を高めていたペテルの肩に手を置いたルクルットが、申し訳なさそうに頬をかきながら苦笑いを浮かべる。

 互いの歩みにより、徐々に近づいてきた人影――その中でも特に大柄な一人が、「敵意はない」と示すように大きく手を振っている姿が見えた。

「どうやら、同業の冒険者っぽいな」

 ぽつりとルクルットが呟き、小さく息を吐きつつ肩を竦めてみせる。

「……そのようですね。でも、あれは何級の冒険者プレートでしょうか? 見慣れませんよね」

 それぞれが首に下げた確かな身分証明を見遣り、安堵に胸を撫で下ろしつつも、ペテルは同時に浮かんだ疑問を口にした。

 その顔触れも、拠点である城塞都市〈エ・ランテル〉の冒険者組合では見かけた記憶がない。

 先ほどから手を振ってくれていた人物は、巨大な戦鎚を背に担いでおり、重戦士といった風采か。

 斥候職と思しき二人の女性は瓜二つな顔立ちであり、もう一人の小柄な人影は魔法詠唱者らしいローブ姿ながらも仮面で顔を隠している。

 しかし、やや異質な出立ちの集団の中にあって、より一層と人目を惹く存在は、豊かな金髪を靡かせている美貌の女性なのかも知れない。

「良かった、無事だったのね!」

 開口一番に向けられた溌剌とした笑みに、ペテルは思わずと言葉に詰まってしまう。

「――失礼、私は“蒼の薔薇”でリーダーを務めているラキュースよ。貴方たちは“漆黒の剣”で間違いないかしら?」

「えっ……あ、はい。そうです」

 改めて訊き直され、吃りながらも受け答えることはできたが、様々な疑問符がペテルの頭の中を駆け巡っていく。

「ごめんなさい、突然で驚くわよね」

 こちらの困惑を察してくれたようで、「私たちも依頼を受けて、この先の開拓村に向かうところなのよ」と美貌の女性――ラキュースが柔らかな声音で言葉を続けた。

 その依頼を承諾するときに、別件の冒険者チームとして、“漆黒の剣”が同じ目的地に向けて出発しているという話を知らされていたらしい。

「――ほらっ、辺境の村が次々に襲撃されている噂は聞いたことがあるでしょう?」

 そう小首を傾げながら問いかけられたのなら、どうやら自分たちが心配されていたのだと分かる。

「な、なるほど……そういうことでしたか」

 曖昧な相槌を返しつつ、ペテルは助けを求めるように背後の仲間へと目線を彷徨わせかけ――、

 

「あ、あの……皆さんが“蒼の薔薇”というと、リ・エスティーゼ王国でも二つのテームしか認められていない、アダマンタイト級の冒険者様ですか!?」

 意外な人物が口を開き、その酷く嗄れた声音が耳朶を打った。

 伏せていた御者台から身を乗り出すほどの勢いを見せたンフィーレアは、相変わらずと死相すら浮かぶ暗い表情の中で、瞳だけを炯々と輝かせる。

「え、えぇ……一応、そうだけど?」

 ラキュースとしても予想外な反応だったのか、その勢いには呆気を取られたらしい。

「で……では、リーダーのラキュース様が第五位階魔法〈レイズ・デッド/死者復活〉の使い手だというのは本当なのでしょうか!?」

「――ア、アダマンタイトッ!? 第五位階!?」

 思わずと素っ頓狂な驚きを口走ってしまい、周囲の視線がペテルに集まった。

「いえ、失礼しました」と慌てて謝罪を続けたものの、先ほどまでとは異なる意味で顔が熱くなる。

 冒険者の最高位“アダマンタイト級”――そう呼ばれるチームが存在することは認識していたが、ようやくと銀級に昇格して糊口を凌いでいる自身の立場とは、文字通りに住む世界が違い過ぎた。

 もっと年配で歴戦の冒険者像を漠然と想像していたので、ペテルとも年齢が変わらなそうな相手だとは考えてもいなかったのだ。

 一方で、ペテルが胸の内に抱いた葛藤を知るはずもないンフィーレアは、御者台から転げ落ちるように飛び降りるや、覚束ない足取りのままにラキュースの前へと駆け寄り、嘆願の声を張り上げた。

 

「お、お願いです。エンリを助けてくださいっ!」

 

 *

 

「……本当にごめんなさい」

 ラキュースが絞り出した苦渋の言葉に口許を震わせ、項垂れてしまう少年の姿を遠巻きに見遣り、イビルアイは小さく息を吐いた。

 ――英雄級だけに許された奇跡の蘇生魔法であろうとも、決して万能ではない。

 襲撃に巻き込まれてしまった一人の村娘――最愛の相手を救いたいという少年の健気な想いに心を打たれたとしても、叶えられない願いがあった。

 蘇生には“生命力の消失”が伴うため、冒険者でも鉄級〈アイアン〉以下の者では肉体が耐えられず、その遺骸は灰になってしまうのだ。

 そのようにラキュースから説明を受ける少年の顔は涙に歪み、喉が枯れるほどの苦鳴が否応なく胸を締めつける。

 自らの無力を知り、泣き崩れる少年を見つめながら、思わずとイビルアイは唇を噛み締めた。

 その悔恨に苛まれる姿が、かつての幼かった頃の自身の姿に重なっているような気がしたのだ。

「……全く、私はいつまで引き摺っているんだ」

 呆れを孕んだ呟きは、誰に向けたものでもない。

 小さくかぶりを振ったイビルアイは、アダマンタイト級の冒険者たる“仮面”をつけ直して、傍らの青年に問いかける。

「――すまない、君がチームの代表者か? こんなときに申し訳ないが、開拓村周辺の情報が欲しい。少しだけ時間をもらえないか?」

「えっ……あ、はい。分かりました」

 

 ペテルと名乗った青年を連れて、イビルアイは仲間たちから少し離れた畦道の端へと移動した。

「――私の名前は、イビルアイだ。情報料はそちらの言い値で支払おう」

 静かに言い差し、ローブの裾から金貨の詰まった革袋を取り出してみせる。

「い、いえ……いただけませんよ」

 当然のように断ろうとするペテルの手を一方的に引き寄せ、イビルアイは数枚の金貨を握らせた。

「冒険者にとって、最新の情報を得ることが大切なのは理解しているだろう? 何より、初対面である私を信用してもらい、ガセネタを掴まされないためでもある。遠慮せずに受け取ってくれ」

 有無を言わせない口調で告げながら、イビルアイは相手の様子を観察する。

 どこか惚けたような表情を見遣れば、嘘を教えるなどという発想すらなかったのかも知れない。

「――っ、分かりました。実際に私が確認できた範囲で宜しければ、お話しします」

 やや頼りない印象ではあったが、その誠実な態度を信頼するべきだろう。

「よろしく頼む。では、早速だが――」

 そうして、一つ小さく頷いたイビルアイは、矢継ぎ早に質問を投げかけていった。

 

「……往復の道中や村内にも襲撃者の姿はなし。しかし、錬金油を用いて家屋を焼き払っていたか」

「えぇ、街中で耳にしていた噂では、傭兵崩れの盗賊たちの仕業ということでしたが……」

「そうした連中が、わざわざ手間をかけることではないな。自分たちが殺害した相手を丁寧に埋葬するのもおかしな話だ」

 襲撃者が帝国騎士団に偽装していた件は、無用な混乱を避けるために緘口令の範疇となっていたはずなので、一介の冒険者であるペテルの境遇では知る由もないだろう。

 それでも、不自然な現場の様子を目撃してしまえば、違和感を覚えるのは無理もない。

 最初に村を襲った部隊とは、指揮系統の異なる新手――誘い出した標的を仕留めるために、別働部隊が待ち構えていたことを窺わせる証言だった。

(“人間至上主義”を掲げていた奴らにしては、些か強引に過ぎる気もするが……やはり、あの王女の見立てが正しいということなのか。――そうだとしても、この状況を事前に想定していたのなら、今回の依頼は随分と性格が悪いな)

 ラキュースとともにヴァランシア宮殿の私室を訪れた際、見かけたことのある第三王女の天真爛漫な振る舞いに、得体の知れない怖気がつき纏う。

 スレイン法国の関与が確かであれば、ガゼフ・ストロノーフの遺体を回収することは困難と判断して諦めるべきなのだが――、

「……詮のないことを訊くが、それらの墓を掘り返して遺体の確認はしたのか?」

「い、いえ……すみません。そこまでは確認していません」

「いや、謝ることはない。それが普通だろう」

 小さく肩を竦めてみせ、イビルアイは本心からの労りの言葉を口にする。

 無辜の犠牲者を思えば、僅かばかりの安寧を冒涜することなく静かに眠らせてやるべきなのだ。

 しかしながら、ガゼフの遺体が既に運び去られているという確証が得られるまでは、全ての墓を暴いて中身を確認する必要があるだろう。

「……やれやれ、ラキュースやガガーランは反発しそうだな」

 行く先での苦労を思い浮かべて、溜め息をこぼしかけたイビルアイは、不意に暗く沈んだペテルの横顔に目を止めた。

 

「君も開拓村に関係者がいたのか? いや、酷く落ち込んでいるように見えてな」

「あぁ、いえ……そういう訳ではなく、私の場合は自己嫌悪と言いますか――」

 エ・ランテルにおいて、最も腕が良いと評判の老薬師からの護衛依頼は、銀級の冒険者に舞い込んだ何度とないチャンスであった。

 護衛対象のンフィーレアも稀有な生まれながらの異能〈タレント〉持ちとして有名なことを踏まえれば、今回の出会いで知己を得ることが、先々の指名依頼につながる期待感もあった。

「……とても浅はかな考えでした。何より、あれほど過酷な惨状を見せてしまうのなら、ンフィーレアさんを絶対に連れてくるべきではなかった」

 力なく肩を落としたペテルが口許を引き結ぶのを見遣り、イビルアイは小さく息を吐いた。

「……難しいが、飽くまで結果論だな。君たちと行動を起こしていなければ、あの少年の中には後悔が残り続けただろう。今は辛くとも、いつかは時間が解決してくれる……ことを祈ろう」

 柄にもない励ましの台詞を語りかけながら、自嘲めいた思いが胸の内に去来していく。

「――それに人脈を広げたいと考えるのは、恥じることじゃない。冒険者らしく、もっと利己的に振る舞っても罰は当たらないさ。色々と抱え込み過ぎる性格は、“アイツ”のように苦労するぞ」

 ふと苦悩するペテルの横顔に、かつての懐かしい面影を重ねてしまい、思わずと口が滑った。

 ――青年の頭上に浮かんだ小さな疑問符。

 焦りに目が泳ぎつつも、今は仮面をつけていたことに内心で安堵を覚えずにはいられない。

「――っ、とにかくだ。悩んでいる暇があるなら鍛錬に励め! 結局のところ、実力や評判も少しずつ積み重ねていくしかないんだからな! では、貴重な情報提供に感謝する!」

 そうして、無理矢理に言い切ったイビルアイは、話は終わりだとばかりに素早く踵を返した。

 

「えっ、あ……はい。こちらこそ、ありがとうございました」

 その小柄な背中に、唐突な戸惑いを孕んだ声と視線を受けながら。

 

 




なんだかんだで優しいイビルアイさん。
シュガールートに進めなかった彼女が立ち直るまでには、どんな物語があったのでしょうね。
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