オーバーロード 神様のいない世界   作:Esche

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「――本物も偽物もないだろうよ。俺たちがチームを組んだ証なのは間違ってないんだしな!」



(15)失意の帰還

 

 調査依頼のために開拓村へと向かう“蒼の薔薇”と別れ、ペテルたち“漆黒の剣”は護衛依頼に務めながら城塞都市〈エ・ランテル〉を目指していく。

 帰路の空気は変わらずと重苦しいものだった。

 御者台で揺られるままのンフィーレアは、涙さえも枯れてしまった様子で、傍らに腰掛けるダインの支えがなければ、振り落とされて固い地面に叩きつけられていたことだろう。

 それでも、一行の先頭を歩くペテルの足取りに躊躇いはなかった。

 ――悩んでいる暇があるなら鍛錬に励め!

 不甲斐ない姿勢を断じて、そう喝を入れられた。

 後悔は先に立たず、実力も評判も足りないのであれば、積み重ねるための努力を惜しんではいけない。

 雲の上の存在であったアダマンタイト級の冒険者からの金言を心に刻み、何度も反芻する。

 ある意味では開き直りにも似た心境であったものの、性根が素直なペテルは無理矢理に気持ちを切り替えることができていた。

 現状で何よりも優先するべきは、引き受けた護衛依頼を無事に終えることなのだ。

 開拓村から続いていた畦道を抜けて、道程は既に都市間を結ぶ主要な街道へと差し掛かっている。

 鬱蒼としたトブの大森林は既に遠く、視界を遮られることのない平原を見回しながら、ペテルは小さく息を吐いた。

「……ここまで来れば、ひと安心かな」

 不意の襲撃を警戒しつつも、街道の先に見慣れた都市の外観を見つければ、張り続けていた緊張の糸も自然と和らいでいく。

 まだ距離がありながらも、リ・エスティーゼ王国が誇る領内東端の要衝――遠巻きに眺めるエ・ランテルの威容は見事なものだった。

 あれほどに堅牢な城壁があり、多くの見張りや兵士が守りについていれば、どんな襲撃を受けたとしても、決して破られることはないだろう。

 ふと脳裡を過ぎっていく感傷は、開拓村の無惨な破壊跡を目撃してしまったせいなのかも知れない。

 大きく開かれた城門の前には、入場を待つ人々が長い列をなす、いつもながらの見慣れた光景。

 鮮やかな夕焼けに染まる街並みと変わらない日常の営みが、ふと妙に胸の内を騒つかせる。

「――何してるんだ? 日没で城門が閉じられちまう前に、早く列に並ぼうぜ」

 無意識に足を止めていたペテルを振り返り、ルクルットが訝しげな視線を向けてくる。

「あ……いや、すみません。少し考え事を――」

「無理もないけど、まだ気を抜くなよ」

「えぇ、失礼しました」

 仲間からの叱咤に気を取り直し、ペテルは小さく頷きを返しつつ、その背中を追いかけた。

 

 *

 

「――この度は急な依頼を引き受けていただき、ありがとうございました。こちらを冒険者組合の受付に提示していただければ、報酬が支払われるようになっていますので……お世話になりました」

 どこか淡々とした嗄れ声に悲哀が滲む。

 差し出された紙片には依頼の達成を証明する文言に添えて、ンフィーレアの署名が記されていた。

「いえ、こちらこそ……お力になれず」

 道中の護衛を無事にこなしても、依頼主の願いは何一つ叶えることができていない。

 執拗な襲撃を受けた村の惨状を踏まえれば、救援の対応が遅きに失しており、どうにもならなかったと諦めるしかないのだろう。

 それでも、ンフィーレアが望んでいた本来の目的を果たせないままに依頼が完了となってしまう事実を前に、ペテルは自らの無力さを痛感する。

「あの……宜しければ、せめて積荷の運び下ろしをお手伝いさせていただきたいのですが――」

「あぁ、いえ……それは結構です。元々の依頼内容には含まれていませんし、その……申し訳ないのですが、今は一人になりたいので」

 罪悪感に駆られる思いで口にした提案は、あっさりと断られてしまう。

 ンフィーレアの口調は穏やかであっても、そこには明確な拒絶の意思が感じられた。

 ペテルたち“漆黒の剣”とは、たった一度の依頼を通して顔見知りとなっただけの関係に過ぎない。

 残酷な“想い人の死”という現実を突きつけられた少年――当然ながら、その悲しみに寄り添えるほどの信頼を築けているはずもなかった。

「……分かりました。また冒険者組合にご依頼の際は、お声がけください」

 次の機会を得られるのであれば、今度こそ全力でンフィーレアの願いを叶えたいと口許を引き結び、ペテルは静かに頭を下げた。

 

 エ・ランテルの大通りを抜け、一行は錬金術師たちの店舗や工房が建ち並んだ区画に差し掛かる。

 独特の匂いが立ち込めており、空気までも色付いたような気配に当てられてしまったのか、荷馬が身震いとともに小さな嘶きを上げた。

「――それでは、色々とありがとうございました」

 そう短い挨拶を交わしたンフィーレアが、周囲でも一際と大きな工房の裏手に荷馬を引いていく。

 その憔悴した後ろ姿を忸怩たる思いで見送り、ペテルは溜め込んでいた息を吐いた。

「……まぁ、今回は仕方ないさ。あんまり気にし過ぎるなよ、ペテル」

「えぇ、そうですよね。あの状況で、私たちにできることは何もなかった。それは理解しているつもりなのですが――」

 こちらの煮え切らない態度を一瞥し、やれやれとばかりにルクルットが肩を竦めてみせる。

「――では、少し落ち着いた頃に店舗の方を訪ねてみましょうか。バレアレさんのポーションは高品質だと有名ですし、きっと冒険の役に立ちますよ」

「そうであるな、今回の報酬で装備の新調や消耗品の補充もできるはずなのである」

 ふと殊更に明るい声音のニニャに、傍らのダインが応じて朗らかな笑みを浮かべた。

「まっ、とりあえずは依頼を無事に終えた、ってことで良しとしようぜ」

 凝った肩を回しながらルクルットが会話を引き取り、ふと真剣な眼差しで問いを投げかける。

「……にしてもよ、アダマンタイト級の冒険者が派遣されてくるなんて、何が起こってるんだろうな」

 リ・エスティーゼ王国には多くの冒険者チームが存在しているものの、その中でも最高位を冠するのは、僅かに二組だけであり、いずれも王都を拠点としていることが知られていた。

 一方で開拓村への襲撃から、それほど間を置かずに辺境の地まで調査へと訪れたというのは、やはり違和感を覚えてしまうところだった。

「村を襲ったのが単なる盗賊の仕業だとは思えませんけど、無闇に詮索するよりも見たままを報告するべきでしょうね」

 ニニャが小さく溜め息をこぼせば、ルクルットがわざとらしい口調で切り返す。

「分かってるけど、つれねぇーな。……なら、あの美人さんたちの話でもするか? ペテルは見惚れてただろ?」

「えっ、いや……そんなことは、アダマンタイト級の冒険者と会うのは、初めてだったので――」

 不意に会話の矛先を向けられ、ペテルは思わずと口籠もってしまう。

「へへっ、相変わらずと反応が分かりやすいんだよな。まだ、“蒼の薔薇”って名前は出してないぜ。あのときは茶化す訳にもいかなかったけど、結構な挙動不審になってたぞ」

 くつくつと喉奥で笑いを堪えるルクルットを恨みがましく見遣り、ペテルは肩を落とした。

 はっきりと指摘されてしまえば、目を奪われていた自覚のある身としては言い訳もできない。

「……まぁ、あれだけの美人揃いなら、ペテルが見惚れてしまうのも仕方ないと思いますけどね。それより、僕としてはルクルットが自重できたことの方が驚きでしたね」

「全く、ニニャの言う通りなのである」

「お前ら……俺を何だと思ってるんだよ」

 嘆かわしいと大仰に腕を広げてみせたルクルットが、ふと神妙な顔つきで視線を巡らせながら、にやりと口許を持ち上げる。

「……それに調査依頼が終われば、エ・ランテルの冒険者組合に立ち寄るはずだろ? そんときは遠慮なくアタックさせてもらうぜ!」

「はぁ……とりあえず、最高位の冒険者チームと揉め事だけは勘弁してくださいよ」

 ルクルットの高らかな宣言に、頭を抱えたニニャが大きな溜め息をこぼした。

 本当にどこから湧いてくる自信なのか、その調子の良さには僅かばかりの羨望さえ覚えてしまう。

 それでも、いつもながらの変わらない仲間たちの掛け合いに、ペテルは頬を緩ませかけ――、

 

「そんで、結局どの娘が好みだったんだ?」

 再びの呼び水を向けられ、思わずと自らの口許が引き攣ったことを理解する。

「あ、あの……ルクルット、この話題はそろそろ止めにしませんか?」

「いやいや、ペテルからはまだ何も聞けてないからな。別に恥ずかしがることでもないだろ? あの笑顔の眩しかった娘か? それとも、瓜二つなクール系の美人姉妹か? 意外に、ちっこいのやでっかいだったりするのか……いや、それはないか」

 矢継ぎ早な質問攻めに狼狽しつつ、ペテルは助けを求めて視線を巡らせる。

「……ルクルット、そのくらいにしてくださいね。色々と女性に対して失礼過ぎますよ」

 硬質な声音は傍らのニニャから――憮然とした冷めた眼差しに、有無を言わせない迫力があった。

 そんなに怒るなよー、と軽く肩を竦めてみせるルクルットではあったが、やはり分の悪さを覚えたのかも知れない。

 小さな咳払いから笑って誤魔化すように、「遊びはこのくらいで、さっさと報告に行こうぜ。そろそろ混み始める時間だからな」と続けた。

「なるほど、その通りであるな」

 遠巻きにしていたダインが短く言葉を引き取り、やや強引にルクルットの背中を押して冒険者組合へと急かしていく。

「……っ、突然どうしたんだよ」

「善は急げ、というのである」

 軽い目配せをくれたダインと傍らのニニャを見回しつつ、ペテルはそっと胸を撫で下ろす。

「えっと、助かりました」

「いえ……あーなったときのルクルットは、面倒くさいですからね」

 小さく肩を竦めたニニャが微笑み、「この後の報告は、もっと大変になるかも知れませんけど……頼みましたよ、リーダー」と冗談めかせた。

 思わずと苦笑いで頷きを返したペテルは、静かに背後の街並みを振り返る。

 藍色の帳が迫る薄暗がりの中、小さな魔法のランタンが一つだけ灯されるバレアレ家の工房――悲嘆に暮れていた少年の姿を思えば、胸を締めつけられるままに頭を下げることしかできない。

 そうして、悔しさに後ろ髪を引かれながらも踵を返したペテルは、仲間たちを追いかけて冒険者組合へと足を向けるのだった。

 

 

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