オーバーロード 神様のいない世界   作:Esche

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「あの程度の働きでミスリル級とは、羨ましい限りだな。お前のような新参者を信用できるか」
 


(19)混迷の都市

 

 手にした槍を杖代わりとして、激痛に苛まれる身体を無理矢理に引き摺ってきた。

 そうして、ようやくと街道の先に現れた都市の外観を眺めて、一人の年若い男――スレイン法国の特殊部隊“漆黒聖典”を率いる第一席次の隊長は、訝りながら疑問の声を上げた。

「――っ、いったい何が起きている?」

 すっかりと陽が落ちた頃合いにも関わらず、決死の覚悟で目指していた城塞都市〈エ・ランテル〉の街並みは無情にも燃え上がり、真昼のように煌々と輝いてさえ見える。

 そして、まだ相当な距離がありながらも、微かに漂ってくる不死者〈アンデッド〉の放つ特有の死臭が、否応なく隊長の警戒心を跳ね上げさせた。

 遠目にも明らかな異常事態であり、既に満身創痍となる自らの怪我の具合を鑑みると、接近は避けるべきなのだろう。

 しかし、あの街に潜伏しているはずの“風花聖典”と合流できなければ、本国との連絡が取れず、使命に殉じた仲間たちを見捨てることになってしまう。

 

 巫女姫に予言された破滅の竜王〈カタストロフ・ドラゴンロード〉の復活に端を発して、トブの大森林の奥地へと赴いた“漆黒聖典”は、森精霊〈ドライアード〉の導きで巨大な“魔樹”ザイトルクワエと交戦し、多大な犠牲を払いながらも任務を果たした。

 偉大なる六大神の遺産――真なる神器〈ケイ・セケ・コゥク〉の加護により、ザイトルクワエの支配に成功した事実は、法国が各地に抱えている戦線の膠着を打開するための切り札になるか、と淡い期待をかけてしまったものだが――、

「……っ、何が“世界盟約”だ」

 忌々しさとともに喉奥から迫り上がる血痰を吐き捨て、隊長は小さく肩を竦める。

 アークランド評議国の永久評議員にして、世界の評定者を気取る白金の竜王〈プラチナム・ドラゴンロード〉の手先に卑怯な横槍を入れられたことで、全ては水泡に帰してしまった。

 エイヴァーシャー大森林を根城とする森妖精〈エルフ〉やアベリオン丘陵に蔓延る数多の亜人種、竜王国への侵攻を繰り返すビーストマン――常に生存圏を脅かされている過酷な人間の窮状を思えば、自身の負傷程度が躊躇う理由になるはずもない。

「……全ては、人類の未来のために」

 六大神の教えに選ばれた“守護者”たる矜持を胸に抱き、隊長は重い身体を引き摺っていく。

 

 *

 

「――っ、邪魔だから退けよ!」

 押し寄せる人波に逆らいながら、イグヴァルジは声を荒げた。

 ミスリル級たる戦士の怒気に当てられ、逃げ惑っていた人々がたじろぐ気配――僅かに開いた間隙を掻き分け、共同墓地を目指して駆け抜ける。

 その俊敏な動きは、先程までの酒場で管を巻いていた姿からは想像もつかないだろう。

 酔い覚ましのために店外へと向かい、不意に見上げた行政区の火事に驚きながらも、イグヴァルジの優れた聴覚は、喧騒の中で遠く外周部から鳴り響いた鐘の音を捉えていた。

 訳も分からないままに逃げ惑う人々の悲鳴に情報が錯綜し、正確な状況は掴めていない。

 それでも、衛兵の打ち鳴らす鐘が危急の事態を報せており、都市の西側から多くの人間が溢れてくる様子を確認すれば、異変の元凶にも察しがつく。

 即座の判断で酒場内に取って返したイグヴァルジは、酒席に興じていた“クラルグラ”の仲間たちを呼び集めて、アンデッドの発生が予想される共同墓地に急行することを告げたのだった。

 

「なぁ、あっちの火事もヤバくないか!?」

「……かもな。だが、俺たちの出る幕じゃない」

 仲間の呼びかけに内側の市壁を一瞥すれば、エ・ランテル最内周部で燃え広がる大火は、先ほどよりも一層と勢いを増しているらしい。

 しかし、あれほどの火勢に膨れ上がってしまうと既に対処の方法はなく、せめてもの被害が市街区にまで拡大しないことを祈るばかりだ。

「――それとも、お前の魔法で何とかなるのか?」

「い……いや、流石に無理だな」

 こちらの投げ遣りな問いかけに、第三位階魔法を扱える腕利きの仲間も苦笑いするしかない。

 或いは“天候を雨に変える魔法”でもあるのなら、事情は異なるのかも知れないが――、

「……そんなことは、できるはずもないな」

 ふと脳裡を過ぎった絵空事に溜め息を堪えつつ、イグヴァルジは仲間とともに大通りをひた走る。

 昼間の一件で醜態を晒した自覚があるからこそ、挽回の機会を逸することはできないのだ。

 混乱の最中に駆けつけ、迅速に事態を収束させられるだけの手腕――そこに寄せられる羨望や称賛こそが、都市最高位となるミスリル級の冒険者として実績を重ねてきたイグヴァルジの自尊心を満たしてくれるはずであった。

「――大方、新人の冒険者が墓地の巡回をサボってたんだろうよ。たっぷりと恩に着せてやろうぜ」

 共同墓地で発生するアンデッドの多くは、最下級の骸骨〈スケルトン)や動死体〈ゾンビ〉であり、駆け出しの冒険者でも問題なく討伐できるだろう。

 しかし、そうした下位のアンデッドを安易に放置した場合は、より強力なアンデッドの発生を招いてしまう可能性が知られていた。

 食屍鬼〈グール〉や腐肉漁り〈ガスト〉程度であれば、これほどの大きな騒動にはならないはずなので、想定するべき相手は限られている。

 イグヴァルジの経験に照らすのなら、再生能力を持つ血肉の大男〈ブラッドミート・ハルク〉か、物理攻撃に耐性のある死霊〈レイス〉といった存在が厄介な候補として名前を挙げられるか。

 特に魔法の付与された武器がなければ対処の困難なレイスは、下級冒険者たちの手に余るだろう。

 実体を持たない“アストラル”を想定すると共同墓地を囲う門扉や市壁が意味をなさず、現状のような大騒ぎとなってしまうのは頷ける。

 それでも、積み重ねてきた経験と分相応の上質な装備を整えている“クラルグラ”の脅威ではない。

 

 そうして、思考を巡らせながら路地を駆け抜けたイグヴァルジは、外周部の墓地へと向かう大通りの角を意気込んで曲がりかけ――、まるで想像もしていなかった光景を前に瞠目した。

「なっ、何だよ……これは!?」

 思わずとこぼれてしまった焦りに、背後から続いていた仲間たちも息を呑む気配。

 見慣れた街並みの向こう――生者と死者の世界を隔てる高い市壁を乗り越えて、視界を埋め尽くさんばかりの数百ともつかない亡者の群れが蠢めき、殺戮衝動のままに生命へと襲いかかる。

 予想を遥かに上回る異常事態であり、途方もない圧倒的なまでの数の暴力は、人智の及ばない理不尽な災害にも等しい衝撃で市街地を蹂躙していく。

 迫りくる黒い波濤に呻き、イグヴァルジは無意識の内に後退ってしまった。

 人間の本能に根差した恐怖の感情は、どれほどの訓練や経験を経ても拭い去ることはできない。

 英雄は恐怖を感じない、と謳った冒険譚の一節に感化され、勇気と蛮勇を履き違えたままに道半ばで散っていく連中を嘲笑ってきた。

 それでも、小刻みに震える膝を拳で殴りつけたイグヴァルジは、無理矢理に声を張り上げる。

「――っ、臆するな! 俺は英雄になる男だ!」

 自らを奮い立たせ、叱咤する言葉。

 幼少からの“夢”を追い続けた矜持が、揺らぎかけていた意気地のない心を律してくれる。

 持って生まれた才能と与えられた環境が違ったとしても、憧れを抱いて邁進してきた時間は――、

「あんな小娘に負けてたまるか!」

 脳裡を過ぎった“笑み”を振り払い、イグヴァルジは腰の剣帯からブロードソードを抜き放つ。

 もう一度、踏み出さなければいけない。

 

 *

 

 様々な思惑に翻弄され、混沌とするエ・ランテルの街並みを眼下に眺めながら、クレマンティーヌは暇を持て余すように背筋を伸ばした。

「んーっと、何か妙な展開になってるねー。まぁ、私的には構わないけど!」

 都市外周部の共同墓地からは大量のアンデッドが居住区へと溢れ出し、内周部の行政区は轟々と燃え盛る真紅の炎に包まれている。

 突然の事態に追い立てられ、訳も分からずに逃げ惑う人々の波は、脅威から離れたいばかりに南北の市壁沿いへと都市の東側を目指して殺到した。

 秩序もなく我先にと押し合う群衆の中で衝突が起こり、方々で怒号や悲鳴が飛び交っている。

 そうした阿鼻叫喚の光景も、スレイン法国の最秘宝“叡者の額冠”を巫女姫から奪い取り、逃亡中のクレマンティーヌとしては追手である“風花聖典”への目眩しに都合が良かった。

「……それにしても、誰に唆されたんだか」

 呆れを孕んだ呟きは、喧騒の中に消えていく。

 クレマンティーヌは背後の共同墓地を振り返り、最奥に位置する古びた霊廟へと視線を向ける。

 その地下深くに広がる仄暗い空間を“地下神殿”と名付け、妄執に取り憑かれていたカジットの狂信を思い返せば、失笑すら浮かんでこない。

 自身の性格が破綻している自覚はあるものの、やはり“人間としての生”を受けながら穢らわしいアンデッドに身を窶さんとする愚かな振る舞いは、どう取り繕っても理解できなかったのだ。

 かつて、秘密結社“ズーラーノーン”の盟主が執り行ったと噂される外法の大儀式“死の螺旋”は、数多のアンデッドから発生する不浄なエネルギーを生者の肉体に封じ込める儀式であり、人間をアンデッドの矮躯に作り変えてしまうらしい。

 ――しかし、そうした情報の真偽は、組織の幹部である“十二高弟”に名を連ねるクレマンティーヌをしても眉唾物だった。

 それにも関わらず、五年もの歳月をかけて儀式の準備を進めていたカジットの異常なまでの執念は、果たして“本物”なのだろうか。

 

「……カジッちゃんも、変なのに魅入られちゃったねー。そんなこと、できるはずもないのに!」

 全てを犠牲に投げ打っていたはずの男が、唯一にして片時も手放さすことなく執着していたアイテムこそ、黒鉄色の無骨な“死の宝珠”である。

 ――知性ある〈インテリジェンス〉と称されるアイテムは、希少ながらも存在が確認されている。

 どのような経緯を辿り、カジットの手に渡ったのかは興味もないが、真偽の不確かな情報を一切も疑うことなく、どこまでも盲目的に研究へと没頭していた要因は、宝珠が宿した“意思”に行動を誘導されていたからに他ならない。

 幼少期の悔恨に心身を蝕まれている男にしてみれば、その囁きが告げる偽りの救済策は信頼を寄せてしまう甘美な響きを湛えていたのだろう。

 スレイン法国の暗部に身を置き、否応もなく様々な秘事を見聞きしてきたクレマンティーヌは、異貌の傀儡とされるカジットの状況にも気付いていた。

 しかしながら、単なる利害関係のみで結びついた二人の間柄には、そうした窮状を指摘するほどの義理もなければ、情もない。

 こちらに何かしらのメリットがあるのなら、検討してやらないこともないが――、カジットに対して求める役割は、派手に暴れて追手の目を逸らさせることでしかないのだ。

 そうした意味では、第七位階魔法の〈アンデス・アーミー/不死の軍勢〉によって都市を混乱に陥らせている現状こそが、最大限の成果であった。

 もっとも、その過程で重要になった“叡者の額冠”と貴重な“使い手”の調達については、こちらが骨を折っているのだから、カジットの功労は如何ばかりになるのだろうか。

「……まぁ、どーせ失敗する計画なんだし、許してあげちゃうかー。お姉さんは優しいなー」

 ぼんやりと眺める眼下の街並みでは、必死の抵抗を続けていた衛兵や冒険者が一人、また一人と苦痛の表情を晒しながら力尽きていく。

「……向こうの火事も愉しい感じになりそうだし、アイツらへの嫌がらせには十分過ぎるよねー」

 殊更に明るい声音で言い放ち、クレマンティーヌは黒染めのフードを目深に被った。

 相変わらずと悲鳴や怒号が飛び交うエ・ランテルの混迷は、嗜虐心を存分に満たしてくれる。

 それでも、逃げ惑うばかりの民衆を除けば、悪知恵だけは働く一部の貴族や目敏い商人連中が、逃げ出すための算段を整え始めている頃合いだ。

「何事も引き際が肝心、ってね。……でも、絶望に歪んでいくカジッちゃんの阿呆面を眺められないのは、ちょっと惜しいかもなぁー」

 長年の悲願は遂に叶わず、全ての努力が徒労に終わると理解したとき、あの狂信者はどれほどに滑稽な反応を見せてくれるのだろうか。

 僅かな心残りを覚えつつも、クレマンティーヌは微笑みとともに素早く踵を返す。

 

「じゃあねー、意外と悪くなかったよー」

 

 




イグヴァルジさん、設定資料集でも武器が描かれてないんですよね……とりあえずのブロードソードを握らせましたが、職業的には短剣っぽいのかな?
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