オーバーロード 神様のいない世界   作:Esche

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「な、なんだよ、これは! おい、やめろ! 離しやがれ! ぎぃいいい! やめてやめてやめてやめてやめてー! たすけたすけたすけ! リリア!」
 


(20)不測の邂逅

 

 城塞都市〈エ・ランテル〉近郊の森――街道を外れて仄暗い草藪を分け入った窪地の洞窟に、悪名高い傭兵部隊“死を撒く剣団”の塒が隠されている。

 戦時の傭兵稼業よりも、身代金を目当ての誘拐や略奪行為に精力的な無法者の集まりであり、三度目の戦場から逃げ出したザックが“奪う側”となるために身を投じた先が、この傭兵団であった。

 しかし、総勢で七十人ほどになる猿山の序列は、端的に腕っ節の強さのみで決められる。

 戦場で鳴らした荒くれ者が多くを占める中、必然として群れの最下層に置かれたザックは――、

 

「……クソがっ、何で俺ばっかり」

 悪態を吐きながらも、無理矢理に押し付けられた見張りの役割を続けていた。

 簡易な丸木のバリケードが組まれた洞窟の出入り口からは、略奪品である〈コンティニュアル・ライト/永続光〉の灯りがこぼれ、媚びるような女たちの嬌声と野卑た男たちの嘲笑が漏れ聞こえる。

 毎夜のように興じられる乱痴気騒ぎに嫌悪を覚えても、執拗に殴られた頬や腹の傷が疼くと腰が引けてしまい、先日の一件から懲罰として締め出されているザックには、尚更と忌々しいばかりだった。

「……俺がいなけりゃ、獲物も呼び込めない奴らが偉そうにしやがって」

 街道を行き交う荷馬車を都度に襲撃するだけでは効率が悪いため、事前に誂え向きの標的を選定した上で、待ち伏せの罠へと誘導することが常道だ。

 しかし、暴力を生業とする強面の傭兵たちは特有の気配を隠せずに、相手から警戒されてしまう。

「――だから、お前の間抜け面が丁度良い」と馬鹿にされたときは腹立たしかったものの、実際に街中への潜入と調査、標的に近づいて誘い出すザックの手腕は、自身でも意外なほどに悪くはなかった。

 仕立ての良い商人風の服装も着慣れて、それなりの成果を挙げてきた――が、傭兵団における立場は向上せず、相変わらずと雑務を命じられるばかりの鬱屈とした日々が続いている。

「……こんなはずじゃ、なかったんだけどな」

 深い溜め息とともに恨みがましい視線を洞窟から逸らして、ふらりとザックは歩き出す。

 こうして持ち場を離れてしまえば、また殴られるのだろうが、暫くは拉致した新しい女たちに執心しているはずなので、大した問題にはならない。

 夜の森を渡っていく涼やかな風は心地良く、陰鬱な暴力に支配された洞窟内と違い、荒んだザックの気持ちを癒してくれるようだった。

 注意するべき対象としては、“悪辣な傭兵団”の討伐を請け負う雇われの冒険者くらいと聞かされているが、これまでに襲撃を受けたことは一度もない。

 塒の周辺には侵入者を阻むトラップを張り巡らせているし、街道を避けて意味もなく森に分け入るような物好きもいないだろう――と、そうした考えを巡らせながら歩いていたので、月明かりに照らされる木立の傍らに小柄な人影を見つけたとき、ザックは不意の驚きを隠せすことができなかった。

 

「――なっ、何者だ!?」

 思わずと素っ頓狂な声で詰問し、更に瞠目する。

「んー? ただの通りすがりだよー」

 返ってきた声音が、妙に艶かしい響きを湛える年若い女のものであったからだ。

 こちらよりも頭一つ分は低い背丈を黒染めのマントに包み隠しており、その正体は知れない。

「だ……だから、お前は何者なんだ!?」

 真夜中の奥深い森にあって“通りすがりの女”が、この辺りを彷徨いているはずもない。

 素性の知れない相手との遭遇にザックの警戒心は跳ね上がり、懐に隠し持った短剣に手が伸びる。

「えー、そういう感じで身構えられると私だって、傷付いちゃうんだけどなー」

 気安げな口調で話しかけてくる台詞とは裏腹に、目深に被っているフードの隙間から覗く女の口許には、薄い笑みが浮かべられていた。

 何か得体の知れない寒気が背筋を這い回り、ザックは無意識の内に後退る。

 しかし、こちらの様子を気にする素振りも見せないままに、女は気楽な態度で言葉を続けていく。

「……まぁ、どうでも良いか。私の名前はクレマンティーヌ。よろしくねー!」

 殊更と明るい名乗りに合わせ、女がフードを取り払ってみせれば、ふわりと豊かな金髪がこぼれた。

 真っ白な肌に高い鼻梁、こちらを正面から見据える妖艶な紫色の眼差し。

「えっ、あ……あぁ、そうか」

 月明かりの下に晒された女――クレマンティーヌの顔立ちは、大貴族の令嬢を思わせるほどに整っており、不意打ちの戸惑いにザックは口吃った。

(……これは、どういう状況なんだ?)

 おずおずと視線を巡らせてみても、周囲には他の人影を見つけられない。

 城塞都市〈エ・ランテル〉の高級娼館でも滅多に出会えないような美貌の持ち主が、供回りも連れずに街や街道を離れて、この辺鄙な森の奥地にまで足を運んだということなのだろうか。

(いや、そんな馬鹿なことが……)

 自身でも苦笑いするしかない妄想にかぶりを振りつつ、ザックは女の様子を観察する。

 どこか上機嫌なクレマンティーヌの顔には余裕があり、周辺の都市からも危険視される傭兵団のテリトリーに足を踏み入れている自覚はないらしい。

 

「――ってかさー、大変だったよ。ちょっとした悪戯で“叡者の額冠”を持ち出しただけなのに、風花の連中に追われちゃって。面倒だから、カジッちゃんの秘密基地まで誘導して擦りつけるつもりだったのに、まだ準備が足りないなんて抜かすからさー。結局、私が骨折ることになっちゃったの。ねー、酷いと思わない? 生まれながらの異能〈タレント〉持ちの情報を寄越した男も碌な奴じゃなかったしー」

 こちらの反応には構わず、勝手気儘に口を開いている意図や話の内容は要領を得ないものの、やれやれとばかりに肩を竦めてみせるクレマンティーヌの振る舞いは、傍目にも隙だらけであった。

 貴族家出身の娘にありがちな世間知らずというよりも、頭が狂っていたために“捨てられた娘”と見立てるべきなのかも知れない。

 そして、その境遇がどのようなものであったとしても、これほどの獲物を見逃す理由はない。

 この極上の女を連れていけば、ザックを虚仮にした荒くれ者たちも手のひらを返すだろう。

(……いや、あんな連中よりも俺が先に)

 思わずと生唾を飲み込んだザックの思考は、最初に感じた寒気も忘れて獣欲に染まっていく。

 ――所詮、相手は華奢な女だ。あまり腕っ節に自信はなくとも、男が力で負けるはずはない。

「でさー、ようやくとカジッちゃんが儀式を始められたんだけど、今度は突然の大火事で驚いたよー。あれくらい派手に燃やしてくれるなら撹乱には充分だったし、私が働いた意味って何だったのー、みたいな? 本当に酷いよねー」

「ん、あぁ……酷いのかな」

 不満を捲し立てるクレマンティーヌの早口を聞き流し、小さく腰を落としたザックは、跳びかかる間合いを測りながら適当に相槌を返す。

「最初に食料貯蔵庫を狙ってたみたいだから、あの皇帝が糸を引いてたのかもねー。……だとしたら、すぐに軍事行動を起こすはずなんだよ。折角、変態教団を準備させてたんだけど、貴族への締めつけがキツくなると無駄になっちゃうかも知れないって、本当に私が可哀想だと思わないー?」

 上目遣いで小首を傾げてみせる仕草に一抹のあざとさを覚えても、組み敷いたときを思えば、一層と嗜虐心を高めてくれるだけだ。

「そんでー、代わりに逃げるんならどこかなーって考えてみたら、王都を目指すのが都合良さそうなんだよねー。今の雰囲気だと、バハルス帝国から宣戦布告されても、何の抵抗もできないくらいにはボロボロな感じだしねー。それに……ほらっ、リ・エスティーゼ王国内は“八本指”ってのが幅を利かせてるでしょう? あーいう半端な組織は、趣味の適当な隠れ蓑にできると思うんだよねー。お兄さんさー、もしかして関係者だったりしない?」

 しなさそうだよねー、と間髪入れずに嘲りの笑みを浮かべたクレマンティーヌが、不意に寄り合わせたマントの襟元へと手をかける。

「まー、どっちにしても疲れちゃったからさー。少しだけ、気分転換に付き合ってよー」

 どこか軽やかな誘いの台詞に続いて、耳朶を震わせたのは微かな衣擦れの音。

 そうして、黒染めの布地がさらりと左右に捲られたとき、ザックは再び瞠目した。

 躊躇なくマントを払い落としたクレマンティーヌが、殆ど下着のような格好をしていたからだ。

 垂涎の光景に息を呑みながらも、ザックの視線は上から下へと獲物を品定めするように、女の魅力的な肢体を舐め回していく。

 

「えーと、この状況で発情してるの? 意外に肝が据わってる……いや、ただの馬鹿かな」

 月明かりの下、惜しげもなく晒された胸元や腰回りの白い肌が眩しく――思わずと目を瞬かせれば、ふと奇妙な光の乱反射が視界に散らついた。

 贅を尽くした貴族の衣装には、煌びやかな宝石で装飾された嫌味な代物も存在する。

 その類いなら良い小遣い稼ぎになる、と更に皮算用を始めかけたザックであったが、「……あれ、違うのか?」と訝しさに目を凝らした。

 そうすれば、下着姿のように見えたのは露出過多な軽装鎧〈ビキニアーマー〉であり、月明かりを照り返していたものは、鎧の表面を鱗状に覆っている無数の金属板であったことに気付かされる。

「えっ、なんで……よ、鎧?」

 それらの一枚ごとに輝きの異なる金属板が、冒険者の所属やランクを示すためのプレートであり、クレマンティーヌによって殺害され、狩猟戦利品〈ハンティング・トロフィー〉として悪趣味に飾られていた事実は、ザックが知る由もない。

 それでも、不意に真夜中の森に現れた女が、無防備な下着姿であったのか――或いは、軽装ながらも鎧を纏っていたのかという差異が、置かれた状況を大きく左右することだけは明らかであった。

「――っ、お前は冒険者なのか!?」

 慌てて距離を取りつつ、ザックは懐から抜き放った短剣を手に身構える。

 しかし、素人の精一杯な虚勢にクレマンティーヌが怯むはずもなく、嗜虐的に歪められた口端は耳許まで避けるように満面の笑みを形作っていく。

 

「残念、はずれだよー。……でも、最期に良いものが見れて嬉しかったよねー」

 

 *

 

 微かな悲鳴が耳朶を打ち、続いて何やら騒がしい気配が洞窟内に広がっていく。

「……襲撃のようだな」

 小さく呟いたブレインは、愛刀を磨いていた手を止めて静かに耳を欹てる。

 悪辣な傭兵団として鳴らす“死を撒く剣団”が、近隣の都市に与えている損害を鑑みれば、いつかは討伐隊を送り込まれることも想定の内であり、襲撃に備えた訓練だけは欠かさずに取り組んでいた。

 相手の人数や編成、実力はどの程度なのか。

 そうした重要な情報を伝達するために大声で叫ぶことは、その第一義となるはずであったが――、

 

「……っ、何も分からないな」

 思わずと苦笑いを浮かべながらもブレインは軽く腰を上げて、傍らに脱ぎ捨てていた鎖着〈チェインシャツ〉へと無造作に手を伸ばした。

 現場は相当に混乱しているらしく、煩いばかりで肝心な襲撃者の情報が何一つとして掴めない。

 もっとも、そうした状況を踏まえれば、ある程度の当たりをつけることはできる。

 敵方の様子を窺ってみても、大人数が動員されているような報告は交わされていないので、少数精鋭による奇襲を受けたと見立てるべきだろう。

「――となれば、相手は冒険者か」

 七十人規模となる傭兵団の討伐依頼を請け負ったのなら、それなりに腕が立つ連中のはずだった。

「……とりあえず、拍子抜けはしなさそうだな」

 剣の腕を鈍らせないためにも、折に触れて活きの良い獲物を相手にする必要があるのだ。

 ようやっと伸びをして身体を解したブレインは、ポーションの小瓶や防御の魔法が込められたネックレスなどの装備を油断なく整えていく。

 そうして、ふと慌ただしい足音に顔を持ち上げれば、仕切りであるカーテンを捲り上げて、一人の傭兵が部屋に飛び込んできた。

「――ブレインさん、敵襲です!」

「それは分かるさ。相手の人数と編成は?」

「お、女です! 女の戦士が一人!」

「ほぅ……、一人だけなのか」

 思わずと感心の声を上げつつ、ブレインは内心で疑問符を浮かべた。

 女戦士と聞けば、真っ先に思い当たる人物がいたのだが、単独で襲撃という状況は解せない。

 ――次いで、かつての痛み分けに終わった老婆の姿が脳裡を過ぎるものの、やはり戦士というよりは凄腕の魔法詠唱者であった。

「……まぁ、誰でも構わないか」

 たった一人で襲撃をかけてきた相手への敬意にも似た感情を抱きつつ、ブレインは愛刀を腰に帯びて颯爽と歩き出す。

「――あっ、あの……ブレインさん?」

「俺も一人で構わん。お前らは奥を固めていろ」

 すごすごと頭を下げた傭兵が洞窟の奥に走り去っていく後ろ姿を一瞥し、小さく鼻を鳴らす。

 必要な資金と機会を提供してくれたことに感謝はあるが、そろそろ潮時なのかも知れない。

「……待ってろよ、ガゼフ・ストロノーフ」

 そう口にしたとき、強者との戦いを渇望する思いばかりが、ブレインの胸の内を支配していた。

 

 




14巻の雑感で語られるブレイン評にて、『オーバーロードの根底にある設定に関わっており、システム的にあり得ないが、あり得る人』とされていたことが気になり、個人的な妄想を膨らませていたところ『極限の状況に置かれたことで、パラレルワールドでの強さを発揮できてしまったのでは?』という勝手な解釈になりました。

Web版でシャルティアの眷属となり、人間を超越したヴァンパイアの力を得ていた結果、最後の決戦の場面でレベル40相当の力を発揮できたみたいな……まぁ、だから何? という感じですが。

-余談-
話数が増えてきたので、各話冒頭の台詞を誰に言わせるのかで悩んでいます。
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