オーバーロード 神様のいない世界   作:Esche

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「――悪魔は人の魂を対価にどんな願いも叶えると言う。まさかとは思うが、お主らは悪魔ではないだろうな?」



(4)尋人の行方

 

「――じゃあ、行ってくるよ。おばあちゃん」

 御者台から振り返った少年が静かに出発の意思を告げ、その姿を見上げていたリイジー・バレアレはやや肩を落とすようにして頷いた。

「ンフィーレアや、分かっているとは思うが……くれぐれも無茶はせんでくれよ」

 誰に似てしまったのか、言い出したら聞かない孫の翻意を諦めながらも、そう注意を口にせずにはいられなかった。

 窮地にあるはずの想い人を慮るンフィーレアの気持ちは尊重したいが、その願いは叶えられそうにないこともリイジーは理解してしまっている。

 城塞都市〈エ・ランテル〉の市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアから、都市の有識者の一人として招集を受けたのは一昨夜のことだ。

 まだ詳細の確認もできない段階で伝えられた内容は、近郊の開拓村が次々と帝国騎士による襲撃を受けて、被害が拡大しているということだった。

 そして、対策会議の最中にも続報が届けられた結果、“英雄”ガゼフ・ストロノーフの率いる王国戦士団が辺境へと救援に赴き、村人を守るために犠牲となったことが明らかになってしまう。

 議場の空気が重く沈んだのも当然であり、それはリ・エスティーゼ王国における痛恨事であった。

 急ぎ王都に報告するための早馬を用意することが決まり、形ばかりの緘口令を敷かれることになったが、それでも世間の口に戸は立てられない。

 辛うじてガゼフの死亡だけは秘匿できているために大きな混乱はないものの、エ・ランテルまで逃げ延びた開拓村の住人たちの存在は、既に多くの都市民が知るところであった。

 以前からポーション作成に用いる薬草を調達するために、何度となく開拓村を訪れていたンフィーレアが不安を募らせてしまったのも当然なのだろう。

 

 ちらりとリイジーが視線を巡らせた先には、四人組の若い冒険者たち――春先に馴染みの冒険者チームが拠点を移していたせいで、新たに護衛として雇うことになった彼らとは、まだ互いに信頼関係を築けていない。

 ンフィーレアが馬車の荷台に積み込んだ食料品やポーションなどの支援物資は、それだけでも一財産と呼べるほどだ。

 開拓村を襲撃していた集団や賊徒の類いでもに見つかれば、無事では済まないだろう。

 更には雇い入れたはずの護衛冒険者が裏切り、そのまま持ち逃げしてしまう事態さえ懸念される。

 積荷は諦めれば済む話だが、ンフィーレアの安否に関わる重大事案を放置することはできない。

 いつもなら脅しつけてでも無理矢理に従わせるところなのだが――、

「……アンタたちは“漆黒の剣”といったね? 急な護衛依頼で申し訳ないけど、くれぐれも孫のことを頼んだよ」

 そう短く言い差したリイジーは、やや不格好に頭を下げた。

 エ・ランテル随一の薬師として名を馳せ、また同時に頑固で偏屈な老婆としても有名であったリイジーが、他人を頼みにする姿はあまりにも珍しい。

 ――普段の振る舞いを知るパナソレイなどが目撃していれば、いよいよ王国も終わりかと嘆いていたかも知れない。

「お、お顔を上げてください。お孫さん……ンフィーレアさんのことは、私たちが必ずお守りします」

 不意の奇行に慌てたのは、“漆黒の剣”でリーダーを務めるペテル・モークだ。

 直接の面識もなく、噂に聞くばかりであろう老薬師の意外な姿を目の当たりにし、それでも言葉を選んでいる様子は及第点か。

 そうした反応を見て、リイジーは小さく胸を撫で下ろす。

 護衛を依頼する際に、冒険者組合長のプルトン・アインザックには“良く話をつけていた”ので、相応の仕事をしてくれたということだろう。

「――そうかい。なら……安心だね」

 自らを言い含めるようにゆっくりと口にして、リイジーは僅かに頬を緩ませた。

 

 *

 

 昼下がりのエ・ランテル市街。

 ふと往来の真ん中で立ち止まってしまったザックを一瞥し、通行人たちが煩わしそうに避けていく。

「――っ、リリアか?」

 思わずと呼びかければ、こちらを振り返った女が怪訝な顔を向けてくる。

 商売然として着飾った女の視線には、胡乱な相手を値踏みする色があった。

 やや癖の強い巻き髪と小柄な女の後ろ姿に僅かな面影を感じたものの、やはり別人なのだろう。

「いや……悪い、人違いだった」

「ふーん。お兄さん、遊びたいの?」

 ザックの背格好を一瞥した女が、小首を傾げるように誘いの笑みを浮かべてみせた。

「――私、あそこで働いてるのよ」

 細い指で示された先には、エ・ランテルの中でも高級で名の通った煌びやかな娼館“琥珀の蜂蜜”。

 うだつが上がらないと小馬鹿にされるザックの顔立ちも、今は貴族や大商人が着込むような仕立ての良い服に身を包んでいるので、それなりに実入りが良さそうに見えているのかも知れない。

「また……今度、寄らせてもらうよ」

 すっかりと板についてしまった誤魔化しの笑みを浮かべて返しつつ、行けるはずがないだろうと胸の内で罵倒する。

「そう、残念。待っているわね」

 言葉とは裏腹に素っ気なく告げた商売女が踵を返した姿を見送り、ザックは小さく息を吐いた。

 貧困の中で身売りされた妹と生き別れたのは、既に十年以上も昔のことだ。

 今更になって再会できるとは流石に考えていないものの、それらしい娼婦を街中で見かけるとザックは確認せずにいられなかった。

「……ったく、俺は何をやってるんだか」

 ぼやきは人の行き交う雑踏に消えていき、誰一人として関心を向けてくる者はいない。

 商売にならないと見るや、こちらを一切も構うことなく歩き去った女の顔を脳裡に焼きつけ、ザックは吐き捨てる。

「……いつか、全てを奪ってやる」

 自らに言い聞かせるのは呪詛の言葉。

 皮肉に歪んだ笑みを貼りつけ、ザックは気を取り直して獲物の物色作業を再開した。

 三度も徴兵された戦場の中で“奪われる側”であることに嫌気が差し、“奪う側”となるために支給の武具を持ち逃げし、傭兵団に身を投じたのだ。

「さて、どっかに金払いの良さそうな奴は――」

 最早、余計な感傷は必要ない。

 無法の荒くれ者らしく、ただ弱肉強食の流儀に従うまでだった。

 

 *

 

「……そんでー、半日遅れの情報をドヤ顔で持ってきちゃうって、何の真似なのー?」

 間延びした女の声には、こちらを侮る気配。

「こっちは依頼通りにやっただけだ。ちゃんと出すものは出してもらうぞ」

 こうした依頼者からの難癖にも慣れている男は、静かに怒気を滲ませた。

 相手は黒染めのフードを目深に被った小柄な女であり、若い頃には傭兵として鳴らした男に敵うはずもない。

 薄暮の路地裏に伸びた二つの影――対峙する距離の広さは、女の隠し切れない警戒心がそうさせているのだろう。

「なーにそれ、もしかして脅しのつもりー?」

 くすくすとわざとらしい笑みをこぼす女に、男は微かな苛立ちを覚えて言葉を吐き捨てた。

「さっさと金を払え。今なら倍で許してやる」

「……はぁ、誰が誰を許すって?」

 こちらの冷めた物言いを受け、女はあからさまに不快な態度を示してみせるが、所詮は華奢な女の粋がりだった。

 これ以上は譲歩してやる理由もない。

「……交渉ごっこは終わりだ。そこに有り金を全て置いていけ」

 どちらが上の立場なのかを分からせてやる必要があるだろう、と一歩を踏み出しかけ――不意に、男の視界は暗転した。

 焼けるような喉の痛みは刹那。

 ぴしゃりと耳許で跳ねた水音は、路地の泥濘みに足を取られてしまったからなのか。

(転んだ? なら、立たないといけない?)

 ぼんやりとした思考が、何をするつもりだったのかと朧げに揺らぎ、意識は闇に落ちていく。

(女、笑み……怖い、なんで?)

 ――そして、何も分からなくなった。

 

「この街の情報屋って質が悪いねー。お姉さん、びっくりしちゃったー」

 物言わぬ骸を見下ろした女が嘲りに口許を吊り上げつつ、ふと怠そうに息を吐いてみせた。

 他に人影もない貧民街の路地裏は暗く、陰鬱な雰囲気が漂うばかり。

 血染めのスティレットを軽く払って腰に留め、女は凝りを解しながら猫のように伸びをした。

 追われている身で不用意に出歩くことは避けたいので、標的が都市内に不在となれば少し手持ち無沙汰になってしまう。

 開拓村との往復にかかる数日後まで、何かしらの暇つぶしを見つけなくてはいけないだろう。

 軽い苛立ちに男の遺骸を蹴りつけ、路地裏の汚泥へと転がす。

「……っ、風花の奴らが面倒なのに余計な手間をかけさせてくれるよねー」

 そうして、侮蔑を隠す気のない女の言葉が黄昏の街に溶け消えていった。

 

 

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