早朝に城塞都市〈エ・ランテル〉を発ち、目的の開拓村への到着は夕陽が西の地平線へと沈みゆく頃だった。
本来であれば道中での一泊を要する距離なので、かなりの強行日程を敢行したことになる。
額に浮かぶ汗を軽く拭いつつ、ペテル・モークは小さく息を吐いた。
「――何とか、無事に到着できそうだな」
ともに先頭を歩いていた野伏〈レンジャー〉のルクルット・ボルブがこちらを振り返り、口許に苦笑いを浮かべている。
「えぇ……でも、まだ油断できませんよ。あの丘を越えた辺りで、周囲を確認しましょう」
辺境の開拓村が襲撃されているという噂は、冒険者組合においても多少の話題となっていたものの、被害の状況が何も分かっていないのだ。
未だに襲撃者が付近に留まっている可能性を考えれば、決して警戒を怠ることはできないだろう。
護衛対象を中央とした陣形は、前方をペテルとルクルットが、後方を森司祭〈ドルイド〉のダイン・ウッドワンダーと術師〈ザ・スペルキャスター〉のニニャで固めている。
こうした情勢下での護衛依頼は、当然ながら危険度も跳ね上がってしまう。
しかし、ペテルたち“漆黒の剣”にとっては願ってもない好機であった。
今回の依頼主は、エ・ランテル随一の薬師として名高いリイジー・バレアレであり、護衛の対象者も生まれながらの異能〈タレント〉持ちとして有名な孫のンフィーレアだ。
ようやくと銀級〈シルバー〉に昇格し、低位のモンスター討伐で糊口を凌いでいる立場では、軽々しく関わりを持つことも難しい相手なのだ。
クエストボードを前にして仲間と依頼を選んでいるとき、新しい依頼が入ったと馴染みの受付嬢から声をかけてもらえたのは幸運だった。
(……それにしても、辛そうだな)
御者台に座る年若い少年をちらりと横目で窺い、ペテルは僅かな不安を覚える。
血の気が引いた蒼白な顔。
道中でも殆ど口を開くことなく、緊張し続けていたンフィーレアの表情には疲労の色が濃い。
事情を把握し切れていないものの、どうやら彼の想い人が件の開拓村に暮らしているらしく、気が気ではいられないのだろう。
これほどに目的地へと急行した理由も、ンフィーレアの焦りを反映した結果だった。
そうして、一行は開拓村へと至る最後の小高い丘を急ぎ足に越えていく――と、
「――――なっ!?」
不意に広がった眼下の光景に思わずと息を呑む。
最初に目が留まったのは踏み荒らされた麦畑、その向こう側には焼け落ちた家屋の残骸が無惨に積み上がり、まるで打ち捨てられた廃村のような様相を呈していた。
悪辣な傭兵崩れの盗賊でも、ここまで徹底した襲撃をすることはないだろう。
目を覆いたくなるような破壊の残状に動揺し、ふと視線を巡らせかけ――、
「こ、こんなにも被害が……ちょっと、ンフィーレアさん!?」
転がり落ちるように馬車から飛び降り、駆け出していた少年の姿にペテルは瞠目する。
「――エ、エンリ! どこだ、エンリ! ねぇ、エンリィーッ!」
「ま、まだ危険かも知れません! 落ち着いてくださいっ、ンフィーレアさん!」
慌てて呼びかけながら後ろ姿を追いかけたペテルに、ルクルットとニニャが駆け足で続いた。
「ダインは荷馬車をお願いします! ルクルットは周囲の索敵! ニニャは念のため、補助魔法の準備をしてください」
矢継ぎ早に指示を出しつつ、ペテルは急いで追いついたンフィーレアの肩に手をかける。
「ンフィーレアさん、落ち着いてください! 近くに襲撃者がいるかも知れません」
「――お、落ち着いてなんかいられないよ! だって、エンリがっ!」
「とにかく、私が先を進みます。ンフィーレアさんは後ろに退がってください」
強い口調で告げたペテルは、有無を言わさずにンフィーレアの腕を引いて背中に庇い、腰の剣帯からブロードソードを抜き放った。
もしも、まだ襲撃者が潜んでいたのなら、既に気付かれているだろう。
「ペテル、物陰からの奇襲に注意してください」
「えぇ、ニニャは背後に注意を!」
軽く言葉を交わし、ニニャの唱えてくれた〈リーンフォース・アーマー/鎧強化〉の淡い魔法の輝きが全身を包むのを確認して、ペテルは小さく息を整えた。
それでも、人気のない開拓村の中を進むほどに気力は落ち込んでいった。
執拗なまでに破壊された家屋の間を抜け、赤黒く変色した跡の残る地面を遠回りに避けて歩く。
皆が口にすることを憚りながらも、その意味するところは理解していた。
(……これは、酷いな)
家屋の焼け跡から漂う独特の臭気は、おそらく錬金油によるものだろう。
雨天時の着火を助けてくれる便利アイテムだが、量を使い過ぎるとこうした嫌な臭いが充満する。
安価ではない錬金油を大量に消費してまで、村の家屋を徹底的に焼き払ったらしい。
(ここまでするのか……何のために?)
警戒を解かないままに村内を散策していくが、幸いにして襲撃者と遭遇することはなかった。
しかし、同様に誰一人として村人と擦れ違うことはなく、その姿を見かけることもできなかった。
やがて、一つの家屋の前へと差し掛かったとき、ふとンフィーレアが無言で足を止めていた。
唇を噛み締めた悲痛な表情から察すれば、ここが先ほど名前を叫んでいたエンリという女性の家だったのだろうか。
崩れた玄関口と思しき辺りには、やはり赤黒い染みが広がっており、かなりの抵抗を物語るように夥しい残痕となっていた。
小刻みに震えるンフィーレアの背を見つめながらニニャと視線を交わしてはみるものの、かけるべき言葉が見つからない。
半ば呆然としてしまうペテルの頬に、まだ初春の冷たさを感じさせる風が吹きつけていった。
それから暫くして荷馬車を引いてきたダインが合流し、周辺の警戒に回ってくれていたルクルットも小走りに駆け戻ってくる姿が見えた。
「――ペテル、とりあえず村の周りにも襲撃した連中の気配はなさそうだぜ」
差し当たっての危険がないことに、ペテルは小さく安堵の吐息をこぼす。
「ありがとうございます、ルクルット」
「あぁ、ただ……向こうにあった」
歯切れの悪い言葉に小首を傾げてみせれば、ルクルットはやや躊躇うような素振りで手招きをして、気不味そうに言葉を続けた。
「……襲撃の跡はこれだけ酷いのに、村人の遺体がなかっただろ? 向こうに葬ってたみたいだ」
それは開拓村の中を進みながら、ペテルも感じていた疑問だった。
そして、同時にもう一つの疑問が浮かぶ。
「……エンリが、そっちに?」
ふと俯いていたンフィーレアが弾かれたように顔を上げ、覚束ない足取りのままにフラフラと歩き始めてしまっていた。
支えようと慌てて動けば、少年の隣には先んじてダインとニニャが寄り添ってくれる。
「ンフィーレアさんには私たちがつきます。ペテルは先に確認をお願いします」
「了解しました」と軽く頷きを返したペテルは、ンフィーレアを二人に任せてルクルットの案内に続いていく。
早足で向かった開拓村の裏手――鬱蒼としたトブの大森林との境界が迫りくる原野には、異様な光景が広がってた。
傾きかけた真っ赤な夕陽に照らされて、大地には幾つもの黒々とした長い影が伸びている。
「……これは、墓標なのでしょうか」
思わずとこぼれた戸惑いの声は、更なる疑問をペテルの心の内に呼び起こす。
目の前に現れたのは、秩序正しく立ち並ぶ十字架の群れ――その数は百を下らないだろう。
「殺された村人全員の分、って感じだよな」
傍らのルクルットが肩を竦めつつ、「知りたいのは何処の誰がこんな真似をしたのか、ってことだけどよ」と語尾を強めた。
「……そうですね。エ・ランテルでも確かな情報は得られませんでしたし、とても埋葬を手配する余裕なんてありませんよね」
襲撃の以前に整備されていた村の墓地でないことは、真新しい土の臭いからも察せられる。
遺体を放置すれば、不死者〈アンデッド〉発生の原因となる恐れがあるので、こうした埋葬を行うことは一般的だ。
それでも、村を襲撃した賊の類いがわざわざ埋葬まで済ませるはずもなく、家屋を焼却するために錬金油を用いることもしないだろう。
多少の憂さ晴らしは別として、手間をかけて金にならないことをする連中ではない。
きっちりと測ったかのように、均等な間隔で墓標が配置されていることも、乱暴な破壊の残状を考えると不自然な印象を覚えてしまう。
「この村を襲ったのは、何者なんでしょうか?」
「さぁな、碌なヤツらじゃないことは確かだろうけど……ところで、ペテル。あの埋葬の仕方、違和感ないか?」
「えっと、どういう意味ですか?」
「いや……俺も詳しくないけどさ、前の昇格試験のときにエ・ランテルの共同墓地で見かけたのとは、横木の組み方が違うような気がしてな」
やや自信のなさそうなルクルットが、頭を抱えながら小さく息を吐いた。
「なるほど、言われてみれば――」
辺境故の地域差という可能性もあるが、リ・エスティーゼ王国には四大神信仰が根付いているので、基本的に埋葬方法は変わらないはずだった。
そして、周辺で村人の生き残りが確認できなかったことを踏まえると、やはり埋葬は襲撃者たちの手によって行われたと考えるしかないだろう。
(……他国の仕業だとしても、何のために?)
整然と立ち並んだ無数の墓標は視界を覆い尽くす紅の夕焼けに染め上げられ、恰も血塗られたような禍々しさを醸し出している。
不意の寒気がペテルの背筋を伝い、何か得体の知れない暗闇に引き込まれそうな怖さがあった。
「……とりあえず、全てを記録して組合に報告するべきでしょうね」
「まぁ、後はお偉いさんに任せるしかねーよな」
互いに力なく相槌を交わし、ペテルとルクルットは背後を振り返った。
やおらと向けた視線の先には、両脇をダインとニニャに支えられるンフィーレアの姿。
引き摺るような足取りは重く、痛々しい。
あまりにも過酷で、無情な光景――凄惨に歪んでいく若い薬師の表情に、ペテルは胸が詰まる。
――結局、依頼の通りに彼を護衛して連れてきた自分たちの行為は、正しかったのだろうか。
「…………っ、あぁ、うわぁあああああーっ!」
声にならない少年の叫びは慟哭となり、ただ人気のない開拓村の静寂を劈くばかりだった。
埋葬方法の差異については、スレイン法国が六大神信仰であり、陽光聖典が事後に対応したと考えての独自設定となります。
また、ルクルットの台詞にある「前の昇格試験のときに」は、以前に投稿した短編での出来事です。
露骨な宣伝になりますが、お暇なときにでも読んでいただけると私が喜びます。
短編集:駆け出しの冒険者
https://syosetu.org/?mode=ss_detail&nid=311743