巫女姫の予言を受けたスレイン法国の上層部は、真なる神器の使い手であるカイレの派遣を決めた。
その護衛として随伴するのは、国家が誇る特殊部隊“漆黒聖典”の精鋭たち――最警戒の陣容でトブの大森林の奥地へと分け入った一行は、不意に姿を現した森精霊〈ドライアード〉のピニスン・ポール・ペルリアから一つの警告を受ける。
――曰く、森の東部では異変が起き始めており、多くの樹々が立ち枯れているというのだ。
長命種であるドライアードの話振りは要領を得なかったものの、その原因として挙げられた名前は、天を覆うほどに巨大な魔樹“ザイトルクワエ”。
かつて、この地を訪れた七人組の集団が奮戦し、ようやくと封印に成功したはずの化け物が、周囲の大地や樹々からエネルギーを吸い取り続けて、長い眠りから醒めようとしているらしい。
『――だから、この先に進むのは危ないよ。アイツが目覚めて暴れ出したら、ワタシの本体も簡単に踏み潰されちゃうだろうしね』
そう警告の言葉を重ねたドライアードは、やれやれとばかりに力なく肩を落としてみせた。
妙に人間味を感じさせる仕草に苦笑しつつ、隊長は聞かされた内容を咀嚼していく。
(このドライアードが生まれる遥か以前に、突如として空を切り裂いて現れた太古の化け物か。やや荒唐無稽な話ではあるが……)
危惧される巫女姫の予言と伝承に照らし合わせたのなら、その魔樹こそが世界に災厄をもたらす存在――即ち、復活を阻止しなくてはいけない破滅の竜王〈カタストロフ・ドラゴンロード〉である可能性は非常に高いと思われた。
仲間たちと視線を交わせば、やはり全員が同じ考えに至っている気配がある。
そして、峻険なアゼルリシア山脈の裾野に広がるトブの大森林は、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の領土を跨っており、奇しくも人間に残された生存圏の中心部に位置してしまう。
その魔樹が破滅の竜王でなかったとしても、この地での復活を阻止できなければ、人間は種としての命運さえ尽きかねないだろう。
「――皆、一層と気を引き締めましょう」
そう決意を新たにして、隊長が号令に口を開きかけたときだった。
『……ところでキミたちが人間なら、お願いしたいことがあるんだよ』
どこか気の抜けた呼びかけの主は、こちらの様子に構うことなく言葉を続ける。
『この感じだと、もうすぐアイツの封印が解けてしまいそうだから、あの七人組を探してきて欲しいのさ。今度は倒してくれる、って約束していたしね』
魔樹に封印を施したという七人組――確証はないが、おそらく伝承に残された者たちなのだろう。
「……残念だが、その者たちはもう既に生きてはいないはずだ。人間の寿命はそれほど長くない」
『えーっ、そうなの?』
素っ頓狂な声を上げ、不思議そうに小首を傾げるドライアードを見遣り、隊長は小さく顎を引いた。
「――しかし、その魔樹“ザイトルクワエ”の復活を阻止することが、私たちの目的のようだ。協力する気があるのなら、その場まで案内してもらうぞ」
*
『……この先が“枯れ木の森”だよ』
ふと振り返ったドライアードが、少しばかり沈んだ声音で告げた。
先ほどまで続いていた緑豊かな天蓋が途絶え、いきなり開けた視界に映るのは、すっかりと枝葉を落とした灰褐色の樹々の群れ。
「――各員、警戒を怠るな」
短く言い差し、隊長は静かに槍を抜き放つ。
油断なく視線を巡らせれば、復活を目指す魔樹にエネルギーを吸い取られている影響なのか、僅かな緑も残されていない乾いた砂礫の大地からは、生命の息吹きが失われているかのようであった。
「確かに、これは“異常事態”って感じですな」
「えぇ……けれど、肝心の巨大な魔樹とやらの姿はありませんね」
両腕に巨大な盾を携えたセドランの言葉に同意を示しつつ、隊長は索敵に長けるビーストテイマーのクアイエッセを振り仰いだ。
「周辺の様子はどうですか?」
「偵察のクリムゾンオウルを先行させていますが、今のところ……ん? ちょっと待ってくださ――」
不意の地鳴りが遠くに響き、前触れもなく吹きつけた風に顔を向ければ、“枯れ木の森”から巻き上げられた砂煙の向こうに奇怪な影が蠢めいた。
「――使役していた“目”との同調が絶たれました。どうやら、捕捉されたようです」
小さく息を呑んだクアイエッセに頷きを返し、隊長は朦々と立ち込める砂塵の奥に視線を凝らす。
「……えぇ、こちらでも視認できました」
砂塵の中に蠢めく影の正体は不格好に枝分かれした触手であり、撓る鞭のように振るわれた先端が小さなクリムゾンオウルを捉えていた。
魔樹という呼称に違和感はあるものの、異形のモンスターであることは間違いない。
あの“触手の化け物”が伝承のザイトルクワエなのか、そう背後に問いかけようとした隊長の耳朶を不意の叫び声が打ち据えた。
『う、うわぁーっ! もう起きちゃってるよ!?』
――それが呼び水となってしまったのか。
鎌首をもたげるようにしていた触手が、いきなり砂煙を切り裂いて振るわれる。
「――っ、散開せよ!」
咄嗟に言い放ち、隊長は槍を手に前方へと駆け出した。
数百メートルの長大さを誇り、遥かな高みから打ち下ろされる触手の剛撃――刹那に背後を一瞥すれば、未だ仲間たちの体勢は整っていない。
今、避ける訳にはいかなかった。
武技〈能力向上〉の自己強化とともに全身の膂力を振り絞り、隊長は上方へと槍を掲げる。
「うぉおおおおおーっ!」
超質量の激突に、ズンッと踏み込んだ足下の地面が沈み、強烈に軋む身体が悲鳴を上げていた。
それでも、決して折れることのない槍を頼みに奮起し、伝承の一撃を受け止める。
(――っ、これは何度も保ちそうにないな)
自らの身をもって知る中でも“最強”に迫るほどの剛打に意識が飛びそうになる。
それでも、ふと目蓋の裏に浮かんだ不満ばかりの横顔に、隊長は思わずと苦笑いを堪えた。
「……モンスター風情が、舐めるなぁっ!」
受け止めた触手を無理矢理に傍らへと投げ捨てれば、途轍もない轟音が大地を穿った。
そうして、ようやくと獲物を捉え損ねたことに気付いたらしい触手の化け物が、苛立たしげに再びの鎌首をもたげるような姿勢となっていく。
『キ、キミ、大丈夫なの!? アイツの攻撃を受けても無事な人間がいるなんて!?』
「――セドラン、カイレ様を頼む! クアイエッセは側面から撹乱せよ!」
ドライアードの問いかけには構わず、隊長は荒い呼吸を整えながら矢継ぎ早に指示を出していく。
「ボーマルシェ! 僅かな時間で良い、ヤツの動きを止められるか」
「はっ、我が命に代えましても!」
エドガールが覚悟に語気を強めるのを見遣り、隊長は口許を緩めた。
「……いや、命を捨てる必要はない。ヤツの動きが鈍れば、後は俺が仕留める」
気負いもなく言い切り、槍の柄を強く握り込む。
確かに伝承が綴られる強大な存在ではあるのだろうが、一撃を受け止めた自らの感覚からすれば、絶対に勝てないほどの相手ではないはずだった。
「――へへっ、流石は隊長。頼りになりますな、その調子で嫁取りの方も頑張ってくださいよ!」
「全く……無駄口は良いですから、私たちもできる役割を果たしますよ」
老齢のカイレを背に庇いながら“巨盾万壁”のセドランが軽口を叩き、それを嗜めた“一人師団”のクアイエッセは口許に手をかける。
ピィーッ、と吹き鳴らされる甲高い指笛。
呼応して森から飛び出してくるのは、二頭の巨大な蜥蜴――致死の猛毒と石化の視線で怖れられるギガント・バジリスクであった。
「注意を引くため、左右から仕掛けさせます」
落ち着いたクアイエッセの声音。
難度八十程度の使役魔獣を戦力として数えることは難しいものの、標的を分散させるだけでも意味はあるはずだと思いたい。
軽く首肯を返しつつ、隊長は枝分かれした幾本もの触手の内から狙うべき箇所を見定めていく。
攻撃に使用されている先端部を削いでも、大したダメージを与えることはできそうにない。
武技〈急所感知〉の示す先は――、
「……やはり、あの枝分かれの節か」
小さな呟きがこぼれたとき、不意に反り返る触手は力を溜め込むような仕草を見せた。
――伝承の化け物が、どれほどの知性を有するのかは分からない。
しかしながら、先ほどの直線的な攻撃を繰り返してくるのであれば、今度は受け止める必要もない。
全身を鞭のように撓らせ、放たれるのは空を引き裂かんばかりの振り下ろし――武技を使わずとも、見極めることは容易かった。
激突の瞬間に触手から身を躱し、隊長は背後のエドガールに視線を投げかける。
「――はっ、お任せください!」
勢い込んだ返答とともに、エドガールが両腕に巻き付けていた鋼鎖〈チェーン〉を解き放つ。
目が冴えるほどに眩い輝きが迸り、のたうつ触手に幾重も絡みついていく。
エドガールの“神領縛鎖”による拘束は、化け物を強引に大地へと抑えつけることに成功したのだ。
「――っ、見事だ!」
短く言い差し、隊長は槍を手に身を翻す。
『うぇーっ、何でアレの上を走れるんだよ!?』
驚愕するドライアードの声を置き去りに、ひた駆けるのは“触手の直上”。
振り下ろしたままに伸び切っている触手を地面代わりとし、急所である枝分かれの節を目指す。
「全ては人類の未来のために――」
世界を滅ぼしかねない、破滅の予言を覆す。
武技〈流水加速〉を重ねて、一陣の疾風となった隊長が駆け抜けていく。
不意の振動――縛鎖の拘束を解かんともがく触手に、踏み込んだ足が取られそうになる。
英雄級を超えたエドガールの奮起をもっても、触手を抑え込めた時間は僅かに五秒ばかり……それでも、距離を詰めるには充分だった。
「――俺たちが、“漆黒聖典”だ!」
身の滾りに咆哮を上げ、隊長は跳躍する。
地面に伏していた長大な触手が、こちらを獲物と見据えるように起き上がりかけていたが――、反撃を許すつもりはない。
「これで、永遠に眠れっ! 奥義〈無拍子〉」
神速の飛翔に合わせて、槍を振り抜く。
煌めく穂先は寸分違わずに、節くれだった枝分かれの継ぎ目へと突き立ち、勢いのままに触手の巨躯を真っ二つに切り裂いていった。
第一席次の奥義名は、オバマスから拝借。
使い勝手はイマイチですが、最初に当たったキャラなので何となく愛着があります。