旅の唄 ~赤毛の少女と共に~   作:シロとクロ

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031 ドルディア集落でのハードライフ 返し

 

 ザアァー   ザアァー   ザアァー

 ザアァァ   ザアァァ   ザアァァ

 

 

 

 夜もまだ浅い時間帯、一人で家屋の外に出て空の様子を伺ってみる。

 ふむ。雨季もピークの期間を過ぎたせいか、雨脚も少し落ち着いてきたかな? 気のせいではないと思う。

 

 俺達がドルディアの集落に来てから1ヵ月が経った。はじめこそ文化の違いや常に降りしきる雨に少々戸惑ったものだが、最近は随分と馴染んできたと思う。生活にも慣れてきたことで1日の活動も概ねルーティン化されてきたが、それでも充足した日々を過ごしている。

 

 日が昇ると同時に起床。軽く朝食をとってからは見回り早番の手伝いだ。ギュスターヴから聞いていたとおり、木の上の生活圏では外壁や防柵というものが築けないためか魔物は侵入してくる。ここら辺りの魔物は単体ではそれほど強くはないが、やはりその頻度が高い。俺達自身が戦闘行為、排除行動となるのはだいたい2日に1回というところだろうか。見回り自体は戦士団に俺達を加えた複数の組で行っていることを考えると、頻繁に集落を襲われていることになる。

 

 見回りは時間交代制なので、昼過ぎからは自由に過ごす。といっても各々無為に時間を浪費してはいない。エリス、クルト、バチロウは戦士団の訓練に参加しているし、俺とガブリンも大抵は魔術訓練をしている。時には息抜きに集落の人達と交流することもあるが…。

 そういえば先日見学させてもらったドルディア式の牢屋は実に独特だった。逃亡対策、干渉防止、見張るためには都合がよいのか中空に設置されていた木造格子の檻。さらには罪人がより悪質な場合は裸に剥いて収容することもあるらしい。全裸で見世物のような牢獄、人間性が失われかねないな。実際にそんな目にあう人間ってヤツは…、一度その顔を拝見してみたいものだ。

 

 夕食後はクルト達から依頼を受けた語学指導だ。ただ『トクラブ村愚連隊』の3人だけではなく、エリスとテルセナも参加している。テルセナは元々人間語をある程度理解しているが、この機会にしっかりと習得したいらしい。クルト達は人間語と獣神語の2種を同時に、エリスは元々勉強の出来は正直…。といった感じなので決して飛躍的というわけではないが、日々少しずつ言語を習得している。

 

 

 

 さて、語学指導も終わって小腹が空いたので何かつまめる物でも頂きに行こうと、こうして出歩いているが…。

 

「ーーーー!」「~~~~!」「ーー!」

「~~!」「ーーーー!」「~~~~~~~~!」

 

 揉めてるな。

 

 喧噪の元はギュスターヴの家屋から。族長というだけあってギュスターヴの住居は他の家屋よりかなり大きく、3階建ての立派な造りをしている。ただあそこの1階部分は集落の首脳陣が話し合いを行う集会所も兼ねているので、この騒ぎはそれが原因だろう。外からでは中の様子はわからないが、結構な怒声が飛び交っているのが聞こえてくる。

 

 この状況は何も今日がはじめてではない。ここ2~3日の夜は集まって話し合いをしているようだし、昼間も人の出入りが頻繁にあることは知っている。

 

 う~ん、何か問題が起きたのだろうか。集落に侵入してくる魔物については、今のところ被害は例年より少ないくらいだという話は聞いている。それとも例の子供達や聖獣の件だろうか。それなら俺達も無関係ってワケではないんだが…。

 

 まあ、必要があれば俺達にも知らせてくるだろう。考えても仕方ない、つまめるモノを探しに調理場に行くか。

 

 

 

 

 

 

 しかし、今日になってギュスターヴから呼び出しを受ける。正確には食事を運んできたラクラーナさんからの伝言だったのだが、彼女も内容は知らされていないようだった。

 さて、何を聞かされることになるのやら。

 

 

 

「ご足労頂き感謝致します」

 

 ギュスターヴの家屋の1階、集会所には俺達5人と族長ギュスターヴ、それと戦士長ギュエス。ふむ、向こうは2人だけか。連日の喧噪の様子からもっと人が集まっているかと思ったが。

 

「いえ。お世話になっていますし、これくらいは」

 

「ありがとうございます。さっそくですが実は内密にお願いしたいことがあって、この場を設けさせて頂きました」

 

 挨拶と共にギュスターヴが切実な表情で話を切り出す。会話は基本人間語になりそうだ、クルト達には要所要所で翻訳して情報を共有すればいいだろう。

 

「先に申し上げておきますが、今回の我らからの願いを断って下さってもかまいません。そこは皆様方の判断を尊重致します。ただ現時点ではどうか皆様方に留めて、決して口外はしないで頂きたいということ。そして、断って頂いたとしても聖獣様を取り戻した皆様方に対する我らの恩義と敬意は決して失われることはないと、ドルディアの名に懸けて誓います」

 

 やけに念を押してくるな、よほど深刻な話なのか…。

 

「わかりました。受けるかどうかは、皆で相談して決めることになる思いますが。話を聞かせてください」

 

 俺が代表して答える。まずは内容を聞いてみないとな。

 

「はい。実は……攫われた子供達が未だザントポートにいるという情報が我らまで届きました」

 

 は? え? 子供達がザントポートに?

 

「…詳しくお願いします」

 

 話のはじまりから理解できない言葉に、俺はギュスターヴに説明の詳細を求める。

 

 彼曰く、雨脚が少し弱まったこのタイミングでザントポートから連絡が届いたこと。届けたのは聖獣や子供達が攫われた雨季前の捜索時に、そのまま情報収集のためザントポートに残った戦士団の人間。彼らが命懸けで洪水を渡り、ここまで情報を届けたらしい。そして連絡の内容は先程言われたとおり、攫われて救出できなかった他の子供達がザントポートに停泊している船に未だに囚われているということ。

 

 この時点でクルト達3人にも情報を共有するが、彼らも驚愕していた。俺も正直、魔大陸で救出できなかった、助けだそうと試みることさえできなかった子供達が今現在ザントポートに居るというのは思ってもみなかった。当然ウェンポートで船から降ろされているものだと考えていたが。

 だが、そうか。陸からの調達部隊、情報収集。そこから最短での修理と追跡。奴ら船でウェンポートに寄ってすらいなかったと考えれば、俺達が乗った大陸間渡航船に追いついてきたのも理解できる。傷痕の男『傷の男(スカー)』、余程なりふり構わず俺達を捕まえたかったらしい、クソ野郎め。

 

 情報の共有が済むと、ギュスターヴが話を続ける。

 

「囚われている子供達は雨季が終われば、早々に船で連れ出されることでしょう。そこでルーデウス殿のお力を貸して頂きたく思います。ただ我らには子供達を助ける手立てがありません。なので聖獣様の身と子供達を攫った裏社会の組織、それとザントポートの役人達に圧力をかけようと考えています」

 

 当然救出に動くものだと思ったが、どういうことだ?

 

 詳細を聞く。

 まず、俺に依頼したいことは石船を用いて戦士団の精鋭数人をザントポートまで送り届けてほしいというもの。帰りもあるから正確には送迎になるか。

 

 次に子供達を救出することができないとのことだが、これは人手が足りないことが理由だ。

 周辺集落の被害状況、テルセナ達の話、届けられた情報から攫われた子供達は推定で50人を越えるらしい。対して俺が協力して戦士団の人間を送り届けても、石船に乗れるのは多くても10人程度。向こうは雨季が終わる前にこちらが動くことは想定していないだろうから奇襲はできるだろうが、仮に救出が成功しても今度はその維持が難しい。10人以下の戦士で50人以上の子供を守らなくてはならないし、さらに石船での帰り道もある。なるほど、現実的な話ではないな。

 

 そして救出ではなく、奴らとザントポートの役人に圧力をかけるとのことだが…

 

「圧力といいますが、具体的にはどうするつもりですか? それに奴らだけでなくザントポートの役人も対象に入っているようですが」

 

「皆様に隠し立てはしたくはありません。それは…」

「ここからは自分が話す」

 

 俺の質問にギュスターヴが答えようとした瞬間、戦士長ギュエスが割り込む。

 

「しかしな…」

「族長が話す内容ではない」

 

 有無を言わせない態度で再度言葉を遮る。いい予感がしないな。

 そして鋭い目つき、殺気すら感じる雰囲気でギュエスが続けて口を開く。

 

「ルーデウス殿、我らは聖獣様を攫った組織の人間を何人か仕留めるつもりです」

 

「……仕留めるとは?」

 

「当然、命を奪います。可能ならば奴らの組織の上役を、見つけ出すことができるのならばトーナをやった傷痕の男も同様に!」

 

 やはり、そうか。

 

「それを以って奴らの組織に脅しをかけます。雨季が終わり我らが迎えに行くまで子供達に手を出すな、と。こちらの要求を飲まないようなら、雨季であろうと何時であろうとお前達の命を狙うぞ、と」

 

「……ザントポートの役人に対しては?」

 

「命は奪いませんが、同様に脅しはします。役人どもは条約で禁止されている獣族の誘拐と奴隷化を、奴らから賄賂を受け取って見逃している。取り締まりなど全くしていない!」

 

 ギュエスは興奮しているが、俺の頭は逆に冷静になる。

 ドルディアの対応方針はわかった。子供達をすぐに救出できない以上、直接的な暴力と脅迫で状況を打開するつもりだ。ただそれは、闇討ちだとか暗殺だとか不名誉で墜ちる行為でもあるわけで。

 そして俺が彼らの頼み事を聞いた場合、その墜ちる行為の片棒を担ぐことになるわけか…。

 

「……僕が断ったらどうするつもりですか?」

 

「その時は我らだけで事にあたります。ザントポートから命を使って情報を届けてくれた彼らにも報いねばなりません」

 

 雨季の大森林は獣族の大人でも長距離を移動するのは難しかったハズだ。濁された物言いだが、既に犠牲は出ているのだろうな。それに俺が石船で協力しなくても、ギュエスは死ぬ覚悟で実行するつもりだ。

 

「ギュエス、やはり戦士長であるお前が行くべきでは…」

「戦士長の替わりなどいくらでもいる! 今の戦士団の中でもいいし、リニアだっていずれは大森林に戻ってくる」

 

「落ち着け、ギュエスよ。今のお前はあの子の仇を討ちたいだけで、とても冷静とは…」

「自分は冷静だ、敵討ちの何が悪い! 親父殿こそ考えているのか? 何かしらやり返さねば今後もずっと同じ問題が起きる、来年も再来年もその先もだ。今回はルーデウス殿達が取り返してくれたが、また聖獣様が狙わねかねない。それに子供達がこの先も減り続けたら誰が聖獣様をお守りしてゆくというのだ!」

 

 ギュエスは頭が怒りに染まっているな。僅かに残った理性が、奴らに対する報復の理屈と正当性を並べているだけだ。…やはり娘を殺されたことは根に持っているか、当然といえば当然だが。

 

「お前こそわかっているのかっ! 聖獣様の身を攫われたこと、姑息な手段を選択せざるえない我らへの汚名は甘んじて受け入れよう。しかし、そこに私情を挟めば、それは終わらない復讐の連鎖のはじまりだ。行き着く先はザントポートとの、いや条約を交わしたミリス神聖国との戦争だぞ。代償を払うことになるのは未来の子供達だ!」

 

「親父殿こそ何を言っている! 普段はもっと威厳を持て、厳しく事にあたれと言っておきながら、なんだその腑抜けた姿勢は! それが族長たる者の…」

 

水滝(ウォーターフォール)

 

 バシャアァァァァ

 

 無詠唱かつ無言で魔術を使う。家屋の中が少々水浸しになったが、今回は構わないだろう。

 

「お二人とも、頭は冷えましたか?」

 

「…お見苦しいところを」

「…申し訳ない、ルーデウス殿」

 

 どちらの言い分も理解はできるが熱くなり過ぎだ。そんな様子を目の前で見せられると、逆に自分の頭はますます冷えてくるから不思議なものだ。

 

「ひとまず話はわかりました。仲間と相談しますので少々お待ちください」

 

「…お頼み申します」

「…頼みます」

 

 はぁ、クルト達にどう説明したものか。まあ、有りのままを伝えるしかないんだが。

 

 

 

「…と、いうことらしいです」

 

 クルト達3人に先程の会話の内容を魔神語に訳して伝える。現在の状況、ドルディアの対応、協力した場合としなかった場合、将来への懸念、族長と戦士長の考え、そして俺達はどうするべきか、簡単に要約もして説明する。

 

 仲間内での相談、意外にも最初に口を開いたのはエリスだ。

 

「アイツならあの男をやれるかも知れないわね」

 

 腕を組みながら、そうつぶやく赤毛の剣士。えっと、アイツってギュエスのことで、あの男ってのは『傷の男(スカー)』のことだよな?

 

「うん、戦士長さん強いからね。エリスとの手合わせでも3本に2本は獲るぐらいだし」

 

 反応する白髪の剣士。ギュエスってそんなに強いのか、はじめて知ったな。

 

「デモ、話を受けた場合ハまたルーデウスに負担をかけることになりそうデス」

 

 気遣ってくれる物知りで料理の先生。良いやつばかりだな、俺の仲間は。

 

「オデタチ ガ セイジュウサマ ト コドモ ツレテ キタ」

 

 寡黙でありながら意志の強い頼れる男。彼の言うとおり、発端は俺達で乗り掛かった船なのは間違いない。

 

「では僕達はどうすべきか、ここで決めてギュスターヴさん達に伝えなくてはなりません。皆はどう思いますか?」

 

 俺が仲間の意見を募ると、クルトが重い口調で声をあげる。

 

「俺は戦士長さんの言ってることは、そのとおりだと思う。殴ってくる奴ってのは、何かしらやり返さないと殴り続けてくる。決して自分から手を止めたり黙ったりはしないんだ」

 

 それは、わかるな。殴ってくる奴ってのは…あの時のアイツらは…

 ・

 ・

 ……ふぅ。嫌な記憶が掘り起こされそうになるが頭を振って締め出す。今考えることじゃない。

 

 他の仲間達の反応を伺ってみるが、おおよそクルトの意見に肯定的だ。

 

 わかる、理解はできる。でも今回、それは同時に自分達を墜とす行為にも繋がるワケで。

 違うだろ? エリス、クルト、ガブリン、バチロウ。皆は俺と違って、根は素直でまっすぐな奴らばかりじゃないか。自分達からわざわざ間違ってる道に行くことなんてないハズだ。

 

 でもギュスターヴ達の言い分も、的を得ていると感じるワケで。族長のギュスターヴは打算的な部分もあるのだろう。しかし、同時にここまでの言動を鑑みれば俺達に誠意と謝意を持って対応しているのも確かだ。それに戦士長のギュエスの気持ちもわかる。俺だって可能ならばミニトーナの仇はとってやりたいとも思う。

 

 ああ、これがただ子供達を救出するだけの話なら、もっと事は単純なのに。なんら惜しみなく力を貸せるのに。でも実際には子供達をすぐには救えない。石船には少数しか乗り込めない以上、送り届けられる人数には限りがある。時間と負担を考えれば、俺が石船で洪水を何往復もするのも不可能だ。石船を使う以上は……あれ? 石船を使う必要ってあるのか?

 

「………………」

 

 いや、あるな。流れが緩いところは可能だが、流石に激流となっている箇所は石船を使わないと難しい。この集落に来るまでもそういう難所的な箇所はいくつかあった。でもそこだけ使えば…。待て、運搬はどうする? いや、どうとでもなるな。来た時と違って人手はあるし、戦士団の人達は皆屈強だし。ただ、その分この集落のほうは…、そのあたりのやり繰りはギュスターヴ達のほうがわかっているか。場合によっては周辺の集落に協力を呼びかけるのも悪くない。そう考えると……おそらく実現は可能だ。

 

「ルーデウス、どう?」

 

 エリスが横から俺の顔を覗き込み、尋ねてくる。

 

「何かいい案が浮かんだみたいだね、ルーデウス」

 

 逆隣からはクルトが当然とばかりに言葉をかけてくる。

 

 いつか見た光景。ああ、魔大陸で大森林に逃げ込むプランを出した時か。

 

「いえ、ちょっと…」

 

 あの時は俺があんな提案をしたばっかりに、猫耳の少女は…。自分の下手な言葉でまた犠牲を出すワケには…。そう考えると無責任な立場の俺よりも、しっかりとした地位にあるギュスターヴやギュエスの言葉に従がったほうが……いや、違う。これは単に俺が責任を負いたくないだけの考えだ。それに、

 

「怖がらナイでくだサイ」

 

 ガブリン?

 

「ルーデウス。はっきりと言いマスガ、ここまで来たのは英断だったと思いマス。あのまま海を渡らず魔大陸に残っていても、今より状況が良かったとハ思えまセン。聖獣サマと子供達ヲ連れてあの辺りを逃げ回っても、早晩奴らか魔物にやられていたことデショウ。だから…あの子が亡くなったことはルーデウスに責任はありまセン」

 

「…………」

 

「仮に責任ガあったとしても、それはワタシ達全員デ背負うべきデス。普段から頭のいいルーデウスにワタシ達は作戦の立案も判断も委ねているのですカラ」

 

 彼の言葉に思わず目頭が熱くなる。

 

「そうだね。俺達はいつもルーデウスに頼ってるし、これからも頼りにすると思う。それにあの時は俺が戦闘指揮をとっていたんだし、彼女のことを気にかけておかなくちゃいけなかった。突っ走り気味な子だってことはわかってたはずなんだし…」

 

「ごめんなさい、ルーデウス。私がちゃんと止めてれば…」

 

 仲間の言葉に身が震える。

 

「ルーデウス オデ コドモ タスケタイ オデタチ デ」

 

 意志の強い男に、俺の意志が揺さぶられる。

 

 

 

 そうだ。生前の知識があろうと、多少魔術が使えるといっても、俺一人の力なんてたかが知れてる。それにこの世界で真剣に生きていくって決めてたハズだろ? それなら、今この時、この場面は妥協するとこじゃない。……やってやるさ。

 

「みんな、ありがとう。

 では、さっそくですが皆で検討したいプランがあるのですが…」

 

 

 





 要約をなるべく避けて会話で話を進めたら、ほぼ会話だけで1話使ってしまいました。

 次回予告 「ドルディア集落でのハードライフ 大返し」



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