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スペシャルウィークの誕生日が近くになるにつれて、各所でその誕生日を祝おうという動きが各所で発生していた。
彼女の交友はその人柄から広く愛されており、それはトレセン学園の生徒同士でも例外ではなく、同世代のみならず上下の世代にもそうした交友関係があった。
彼女らはスぺの誕生日を祝おうとそれぞれに考えており、それは当然別々の動きであったのだが。
今年はある事情から共同戦線を張ることとなった。これはその奇妙な顛末である。
◇◇◇
サイレンススズカはスペシャルウィークのルームメイトである。
同室が誕生日であるならそれを祝おうという意思もあったし、今年は事前の準備というものをしてみようというくらいには気概があった。
スズカは特別、料理だのスイーツだのに詳しいわけではなかったが、何かおいしいものを食べさせてあげたいと思っている。
それで、かねてから目星を付けていたものを試しにいくつか事前に買ってみていたが。
とりあえず買って部屋に戻ったものの、しかしどこで試食するかは考えておらず。さすがにここでは匂いも残るかもしれない。
まだ時間も速いし、スぺちゃんが戻ってくるまで間があるはずだからどこか探して──。
「あっ、スズカさんも今日は早上がりだったんですね!……なんだかいい匂いがします!」
「すっ……スぺちゃんおかえり…………一緒に食べる?」
「いいんですか?ありがとうございます!」
いきなり戻ってこられて食べ物の気配まで察知されてはもはやお手上げしかない。
観念したスズカはあきらめて次の作戦を練るしかなかった。
◇◇◇
シーザリオとブエナビスタは、敬愛する先輩であるスペシャルウィークの誕生日に料理を振舞おうと考えていた。
誕生日でなくとも何度かそういうことはあったので、それなら新しいレパートリーのものにしようという話になる。
そういう訳で練習しようと調理場を借りて予行演習をしていた。
「ブエナさん、盛り付けはこれでいい?」
「うん、これで完成──」
「シーザリオさん、ブエナさん、お料理中だった?」
さて完成かという所にまさかのご本人登場である。
二人は一瞬、目を見合わせる。あげましょう。そうしましょう。
そういう事になった。現場も現物も抑えられてはどう誤魔化しようもない。
こうして、作られた料理は早くもスぺの胃袋に収まる事となった。
◇◇◇
「キング、今日も料理の練習やるの?」
「当り前じゃない。昨日こそスペさんに見つかってしまったけど今日は校内にいないはずよ。やるわ」
セイウンスカイとキングヘイローは食堂で作戦を練っていた。
黄金世代の皆で料理を作り、誕生日にごちそうしようと計画していた。
その事前練習として昨日調理をしていたが、そこにスペシャルウィークが現れ、無下に追い出すわけにもいかず食べさせてやることになった。
その場はキングの練習ということで押し通せたが、もう少し練習がしたい現状では再度スぺの襲来は困る。
そこに通りかかったシーザリオが会話に入る。
「失礼、キングさんもスぺさんにお料理されるんですか?」
「ええ。でも昨日ちょっと通りががったスペさんに食べさせることになっちゃって」
「キングさんも!?」
「も、ってどういうことかしら。まさか……」
「この前ブエナさんと一緒に作ってたんですが、丁度スぺさんが来られて……」
「…………」
まさかそんな同じ事件が偶然にも発生していたとは。驚きのあまりしばし固まる。
「あら、みんな揃ってるのはチョベリグね。みんなに相談があるのだけれどいいかしら?」
さらにマルゼンスキーが何事か用事を携えて入ってくる。
聞けば、スぺの誕生日を一緒に祝う事とその絡みでちょっとした陽動をやって欲しいとのことだった。
事前に色々用意しようとなったら危うくスぺにバレそうになったので、念のためと言う事らしい。
用意したのはやはり食べ物のようだ。マルゼンを除く一同に戦慄が走った。
更に圧し掛かる嫌な予感のまま、先程話合っていたことをマルゼンにも伝える。
「あら、スズカちゃんも、ブライトちゃんも同じような事が最近あったと聞いたのだから頼もうと思ったのだけれど……おったまげ~」
「「えっ」」
「……偶然も4回5回起きれば、只事ではありませんな~」
スカイの一言に一同は固まる。たまげている場合か。明らかにおかしい。
シーザリオが、根本的な疑問を投げかける。
「この状況で、本番の”プレゼント”も事前に踏み込まれずスぺ先輩にご用意出来るのでしょうか?」
食堂に集まったすべての陣営が息を吞む。
本当に、本当にこのままで本番の料理をその時まで隠し通せるのか?
スペシャルウィークに悪気があるわけではない。良くも悪くもその辺とは無縁の存在である。
しかし食べ物への執念は人一倍。いや、ウマ一倍どころでも済まない。
その上今この時期になってこちらが食べ物を持っている時に的確に現れるなど、もはや何らかの怪異としか思えない。
何か超常的なものの加護さえ受けているのではないかとすら思えてくる。
5月もすぐそこの時期柄か、天皇賞(春)の映像がテレビに流れる。スペシャルウィークの走る姿が映っていた。
祝うべき筈のその姿が今だけは、ピンクの悪魔に思えてならない。
膝を突き合わせ、話し合う。危険を承知で各陣営の残りのメンバーも招集して緊急会議が始まった。
スぺを除いた黄金世代の5人、シーザリオとブエナビスタ、マルゼンスキーとサイレンススズカとメジロブライトの高等部組といったある種物々しい集団が食堂の一角に揃う。
このままでは隠し通すことなど不可能。だが、やらないという選択肢は絶対にありえない。
そもそもサプライズの札を捨て、事前に誕生日パーティとして公示してしまう案も出た。
しかしここまできてそれをすることは、何かに負けを認めるような気がして癪だと否決された。
かくなる上は何としてでもやり遂げよう。共同戦線だ。
こうしてあまり冷静とはいえない経緯で、学年や世代を超えたスペシャルウィーク誕生日会記念連合作戦部隊が結成された。
◇◇◇
僅か数日とはいえ連合部隊のやることは多い。
食料の手配や隠蔽、スペシャルウィークのトレーナーの引き込みと調整、当日の詳細な実行計画の立案。
幸いにして連合部隊の頭数は多く、無理なく分担して実行することができた。
そしてそれは長い戦いであった。中世のウマ娘が走っていたというヒートレースのように長い、長い戦い。
何より必要だったのは”その時”までスペの意識をひたすら逸らすことであった。
買ってきた食材の搬入ルートにスぺがいれば先行したチームが先に接触して他へ連れ回し、数日かかる品の下拵えが始まった始まった調理場にスぺが近づいて来れば拉致同然に引き剥がす事も厭わなかった。
やれることは何でもやったが、それでも足りないのではないかと藁にもマチカネフクキタルの怪しいお告げにもすがる思いで様々な手を打った。
「くんくん……何かいい匂いが……?」
「スぺちゃーん! 並走するデース!!」「私たちで、お相手させてもらいます」「今日のツヨシはやりますよ~!」
「エルちゃん!グラスちゃん!ツルちゃん! ……受けて立つべ!」
黄金世代による並走やおでかけの誘い。
「ちょっとおなか空いたな……」
「スぺさん!丁度良かったです! こちらお食べになりますか?」
「シーザリオさん……ありがとう!」
食べ物に反応することを逆手に取ったシーザリオとブエナビスタによるデコイ(囮)料理作戦。
「……スズカさん……?どうしたんですか?ここ廊下ですよ……?」
「あっスぺちゃん……いやそのちょっと……」
スぺの進路上で何故かぐるぐると左回転するスズカ。敬愛する同室の先輩の奇行に思わずスぺは脚を止める。
目の前でぐるぐると回れというフクキタルの奇怪極まる入れ知恵は幸いにも効果を発揮した。
その他、緊急メジロお茶会への強制招待、マルゼンのドライブなど可能な限りのあらゆる手段で当日まで料理と情報を守り抜いた。
◇◇◇
5月2日。作戦決行当日である。
この日のスペシャルウィークは撮影とインタビューで帰りが遅くなるだろうという情報が入っていたが、連合部隊にそれを真に受ける者は最早存在しなかった。
事前情報を無視する勢いで急速に調理と設営を進める中へ案の定、早くもスペシャルウィークが戻ってくるという情報が彼女のトレーナーからリークされる。
それと、いい情報と悪い情報も入ってきていた。
いい情報はスぺが現れる位置。彼女のトレーナーが正門前で車から降ろすと連絡があった。
悪い情報は、スぺが腹を空かしていることだった。仕方なく手持ちの間食をすべて与えたがまだ足りないらしい。
準備が整うまで何をどう急いでもあと10分弱は欲しい。
まもなく、腹を空かせたスぺが正門前に降り立つ。
今少しの時間を稼ぐため、最後の特務部隊が編制された。
◇◇◇
スペシャルウィークはとにかく腹が減っていた。
帰りの車内でトレーナーが携帯していた食料を全て食べてもまだ収まらず、いてもたってもいられなかった。
食堂でも、寮の冷蔵庫でもいい。何か食べる物を──。
今ばかりは自身の誕生日のことなど、すっかり頭から抜け落ちていた。
その時、正面からマルゼンスキーがやってきた。
「あらスぺちゃん今……」
「ごめんなさいマルゼンさんッ!今、おなかが……おなかが空いてるんです!!」
マルゼン先輩のお誘いは嬉しい。しかし今はこの空きっ腹が恨めしい。
断腸の思いで一気に走り去る。
自信満々に先鋒を買って出たものの1分と稼げなかったマルゼンはしょげた。
幸いにも、微かに服に残っていた直前までの料理の残り香に気付かれなかったのは勿怪の幸いだった。
「やあやあスぺちゃんちょっと……」
「…………」
「いやちょっと、眼が怖いんだけど」
次鋒として立ちはだかるセイウンスカイはいくつかの人参を携えていた。
腹が減っているなら何か食べさせればその分時間を稼げる、人参を1本ずつ渡せばその分時間を稼げるのだろうという目論みだ。
事実釣れるな気配ではあったが、手に持っている人参へのプレッシャーが尋常ではない。思わず、ダービーの時を思い出し背筋が冷える。
どの道人参は渡す必要があったのでプレッシャーに押されるまま渡す。
「た、食べる……? ……えっ」
「ありがとうセイちゃん!!」
人参が流れるように消えていった景色に目を疑う。
スぺの口元に人参が行った所までは見えたが、そこまでだった。フジキセキの奇術もかくやの速度で手品のように消えた人参。
一瞬あっけにとられたスカイはスぺがもぐもぐと咀嚼しているのに気付くのに遅れ、しかもそれもすぐに呑み込まれ次の人参にターゲットが移っては驚くより恐怖が勝った。
それでも任務は足止めだ。どれに自分ひとりでやるわけじゃない。
スカイは予定の仕事をやり遂げ、いくらかの時間を稼いでみせた。
「………スぺちゃん?」
「スズカさんすみません今ツッコんでる余裕はありませんッ!!」
「スぺちゃん!? スぺちゃん!!??」
中堅として立ちはだかったサイレンススズカは再度必殺の左回転を繰り出したものの効果は無かった。
廊下でぐるぐる回るスズカという怪現象は初見殺しの域を出るものではなく、スぺ側に余裕もない今では二度打ちが通用する状況ではない。
スズカとしては何も考えていなかった訳ではなく、次の手としていちご大福のポーズに繋げる事を考えていたものの、初手の選択のミスは致命的だった。
「バクシン! バクシーン!! ややっ! スペさん!! 逃がしませんよ! あなたを追わねばなりませんので!!」
「わわっ!なんですか一体!?」
「バクシーン!!」
副将はまさかのサクラバクシンオーを投入。これはマルゼンスキーが手配した刺客であった。
マルゼンは自身を慕う後輩のサクラチヨノオーからバクシンオーの話を聞いていた。
その話の中にあったバクシンオーの好物が桜餅であった事を思い出し、バクシンオーに事情を説明すると共に桜餅で雇用してスぺを追いかけるよう頼んだ。
色々な意味で危ない賭けである。しかし残されたカードは余りにも少なく、調理・設営の部隊からこれ以上要員を割けない事情もあった。
幸いにもバクシンオーは逃げるスぺをミサイルのように無事に追尾していく。
追いつけるかはともかく、今はただ追いかけて時間を浪費させるだけでも値千金の活躍と言えた。
「スぺさま~」
「うわわっ!ブライトさんどうしたんですか!?」
バクシンオーからどうにか逃れて一息ついたスぺの死角から抱きついたのは大将メジロブライトであった。
あと少し時間が欲しい今、形振り構わず抱きついて止める。それがブライトの取った選択である。
話が通じない相手ではないとはいえ、逃げられてしまうのだけは避けたい。少しの時間を稼げばいいのならこれしかない。
「スぺさま~」
「ええと、ブライトさんちょっと……」
とにかくよく分からない事態が続いていたスぺは困惑していた。ブライトは何か用事があるようだが腹が減っては話もできない。
とはいえ、どうしたら放してもらえるかも分からない。思考に余裕がない中、いっそ振りほどこうか迷う。
「本日は~少しご用事がありまして~」
「ブライトさん、その前にちょっと失礼しま──」
「スぺさん! ブライトさん!」
「!? ブエナさん?」
救いの天使のようにブエナビスタが現れた。それはブライトにとってはひとつの合図でもあった。つまり、作戦完了。
「スぺさま~この度はお誕生日おめでとうございます~」
「スぺさん、お誕生日おめでとうございます!」
「えっ、えっ!? ありがとうございます。でもこれって……」
突如ふたりに誕生日を祝われたスペは今日がそうであった事をようやく思い出すも、それでもこの事態が分からず困惑する。
「お誕生日パーティ、みんなで用意したんです。ごちそうもありますよ!」
「来てくださると嬉しいですわ~」
「──ッ!! ありがとうございますっ!!」
こうなったら一も二もない。それまでのわちゃわちゃした事態の事を全て頭から吹き飛ばしてスぺは喜んだ。
◇◇◇
その頃、残りの関係者が待機していた会場では厳粛な雰囲気と戦友としての連帯感という宴の前にしては奇妙な雰囲気に包まれていた。
ようやく、ようやくここまで来た。どれだけ長かったことか。誰もが濃密な数日間に思いを馳せる。
最初に食べられた食材たち、連合部隊の結成、並走やおでかけによる陽動、囮料理作戦、何もかもみな懐かしい。
疲労とある種の巨大な達成感が思考をいくらかあさっての方向へ飛ばさせていた。
それでも、スぺに対する祝意は変わらない。元よりそのために誰もが戦ってきたのだ。
スぺが食い倒れてなお余りあるほどの料理が用意された。
それは皆で苦労と喜びも分かち合うために。ある意味、連合部隊の打ち上げも兼ねるような形となっていた。
めでたいが多くて何が困るものか。全部まとめて祝ってやる。
さあ、もうすぐ本日の主役が連れられてやってくる。盛大に出迎えよう。
扉が開かれ、主役が顔を見せた。まずはこれを言わねば始まるまい。
口を揃えて叫ぼう!!
『ハッピーバースデー!!スペシャルウィーク!!!』