対象の精神状態を考慮し休暇の付与を提言する

却下、対象にそのような権利は認められていない

対象の精神安定のため報酬を与えることを提言する

却下、対象にそのような権利は認められていない

対象の経過観察のため定期的なカウンセリングの必要性を提言する

協議の結果、カウンセラーの指定を条件として可決された

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対象の精神状態を考慮し休暇の付与を提言する

却下、対象にそのような権利は認められていない

対象の精神安定のため報酬を与えることを提言する

却下、対象にそのような権利は認められていない

対象の経過観察のため定期的なカウンセリングの必要性を提言する

協議の結果、カウンセラーの指定を条件として可決された



コーヒーカップの独白

 マグの上に湯気が立つ。焙煎されたコーヒーの苦い匂いが鼻の奥を擽る。保温の効いた部屋は眠たくなりそうで、テーブルの上のランプだけで照らされ薄暗い。

 長いこと座っていて瞼が落ちそうになりそうだった。目を背けて麻痺させていた現実が薄明かりに浮かび上がっている。

 しかし、問答を通じて目が覚める。

 花粉症でショボショボした目に目薬を差したように、目を背けていた思考が蘇ってくる。

 

「全部、自分の意思の下で行った」

 

 責任を負わされるほど偉くはなかった。しかし、現実が全く見えないほど、盲目でもなかった。

 過程はどうであれ、背景がどうであれ、実態として自分の意思であるのだから呵責を持たずにはいられない。

 鳥は腹を満たすために虫を無遠慮に食い殺す。生存のための契約であり、さらに言うなら自然の摂理だ。

 命の重さを忘れた訳ではないが、逆に命の脆さを知った。それだけの話。

 

「繰り返し思い出す原風景。汚れを連れ去った純粋な喜び。取り戻せないもの」

 

 コーヒーの水面を見る。白いマグなら鮮やかな茶色に見えただろう。しかし、暗色の緑のカップはその中の色を底に閉じ込めて判然とさせなくしている。

 長い夜の中にいる。あの後ろ暗い、網膜を焼き焦がすような黄昏は過ぎて、暗い夜に馴染みきってしまった。

 爪弾きにされたことを知りながらも逆らわない。人間の文理に従い粛々とその日を過ごす。思い返せば両親の訃報を聞いたその日から、夜への馴染み方は決まっていたように思う。

 

「後悔はありません。後悔できるほどの選択肢が他にあった訳でもなかった。そう思いません?」

 

 人であることに大それた意義はなかった。

 自分の意思が介在することもなく、ある種理不尽な成り行きの上ではあったけれど。限られた寿命という軛から解き放たれた。帰属を失ってしまってから振り返ると、人であり続けても個体として『最後の日』を乗り越えるのは叶わなかっただろう。学者としての両親の夢を、成り行きで叶えたのだ。

 思い出すのは春の空。宇宙に夢を語る彼女の瞳。

 現実に打ちのめされか弱く吠えるのでもなく、独尊を極め徹底した自立を築くのでもなく、手堅い人生を怠惰に過ごすのでもなく。

 彼女はただ、子供だった。明日を望んで希う、恐れを忘れた子供だった。

 恐れに囚われて、痛みを癒さず、人倫に背き、人命に報いる。美しいものの多くは色褪せた。それでも感情を覚えている。

 星空を映すその瞳は何よりも美しかった。

 

「形見の写真でも、初めてのプレゼントでも、人生を捧げた大仕事でも、引きずり落とした敵の髑髏でも。何でもいい。誰から見ても価値あるものでも、例えどんなに下らないものであっても、よすがにさえなればいい」

 

 自分なりに紐解いた自分自身を、離散した布切れを縫い合わせるように言葉にする。取りこぼすところは多くても、大まかな形は損なわず伝わるように。

 答えは自分のためでなく、関わってくれる全てのもののために。生きるも死ぬも、奪われたものから必要以上に奪わないために。

 統率とは管理である。非人類は管理される必要がある。

 

「それは、貴方はその”よすが”になるものを持っている、ということ?」

 

 カウンセラーの言葉に顔に突き立てていた爪が緩み、彼女の顔を見上げる。スタンドライトのわずかな光に照らされる安堵とも困惑とも言えるような表情を見て、カウンセラーの彼女が僕の一部を汲み取ったことを知る。魂に異物が入り込んだような不協和に、化粧が塗られた眉間にシワが寄っている。決して不快を示すわけではないそのシワが、どうしてか胸の内に引っかかる。

 どこかに、ふらふらと。アテもなく彷徨っているように見えていたのだろうか。

 確かに随分振り回された。自分の信念を無視した無茶な指令と状況で二転三転してきた。外から見れば、北極星のような道標をもたない遭難者のように見えるところもあるのだろう。

 それと信念は関係ないことも伝えなくてはいけない。他人のことなんて分からないものだ。

 

「狩谷さん、貴方ならどうです? 貴方はここに居られますか? その薄皮一枚奪い去られて、それでも尚活力を失わずにいられますか? 

 僕は死んでいない。僕を生に縛り付けるものがあったから」

 

 一般に謳われるには、純粋でエネルギーに満ちた新しい何かを生み出す素晴らしい感情らしい。けれどそんなものは到底信じられない。

 あの科学者も、思い出の少女も、師匠も、打ちひしがれたあいつも、何より自分自身も。

 てんでバラバラな僕たちが一つの道筋に打ち付けられたのは、強力な力に引き寄せられていたからだ。皆が皆、それに縛り付けられていた。

 身を焦がすような愛に。

 鮮烈な夕焼けを背に訃報を届けたスーツの男を思い出す。何も映していない表情で、感情が抜け落ちた怜悧な声で、事務手続を済ました書類を手渡された。

 手筈は予め決まっていたようで、子供の私情を挟む隙間はなかった。きっと、男にとってもそうだったのだろう。

 あの一瞬に今も縛り付けられている。

 

 テーブルのマグに口をつける。コクの深い香りを吸込み、火傷しないように唇をつけると、初めは湯気が立っていたのがすっかり冷めてしまっていた。

 

「いつの間にか冷めてしまっていましたね。新しく淹れましょう」

 

 首を振って断り、一息に飲み干す。喉を通る感触と舌に残る渋みを押し殺し笑顔をつくる。

 カウンセラーは曖昧に笑うと言った。

 

「今日はこれまでにしましょうか。もし何か困ったことがあれば、カウンセリング外でもいいですから相談してください」

 

 ファイルを鞄にしまい立ち上がった。それを見やって、マグの底をジッと見つめる。底に残った液に母が温めたミルクの面影を感じる。口をつけた跡は父が使っていたセラミックのコップを思い出す。思い出の中の少女はコーヒーを飲まない。未だ温かい緑茶の湯呑を持った微笑んでいる。

 

 胸を張り、曲がった背骨を整える。首を回すと首筋に冷たい何かが吸い上げられたような感触がする。

 割り振られている仕事を思い出す。喫緊に迫った期限はないが、施設内で完結する書類仕事を思い出した。

 父さん、母さん、大きくなりました。一端の人間らしく、余裕をもって生きていきたいと思います。

 そう思うと頭にぐんぐん血が回る。頭の中を麻痺させていた毒ムカデがいなくなったかのように健やかな気分になる。きっと大脳新皮質のどこかで串刺しにされているのだ。

 コーヒーカップの暗色は茶渋の変色を目立たせない。壊れていない限り、多少の汚れは気にする必要はない。こびりついた汚れは、この暖かさを損なうものではないのだ。

 愛している、そう思える記憶がある限り未来はそう暗いものでもない。確信をもってそう言える気がした。




形状の不安定さ、発言の脈絡、感情の認識等多種多様な問題が確認された
他者への攻撃性は見られないものの自制的な傾向が強いように思われ、精神面の不安定さはそういった傾向から表れているように思われる
非常に危ういバランスで従っているといえる
定期的な健診の必要性が認められる

協議でも認められている
引き続きカウンセリングを実施することを認める

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