今連載している「一般大学生先生」の元になった話です。これをリメイクして今のを作ったんですが、眠らせて置くのもアレなので投稿します。

*主人公の性格は異なります。キヴォトス人の耐久が低いです。

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*合わない人にはほんとに合わないと思うのでその場合はそっ閉じでお願いします。


始まり

 清涼感のある香りが鼻にかかる。

 目を覚ますと目の前には、美しい黒髪の、怜悧という言葉が形になったような美少女がいた。というか七神リンがいた。その綺麗すぎる顔面の暴力に、私の頭は混乱する。いやそこじゃない。これは何なのだろうか。夢か? ついに私の脳は都合の良い夢を見る能力を獲得したのだろうか。

 

 しかし、それにしてはあまりにもリアリティがありすぎる。リンちゃんが色々言っていたが、完全に右から左へと単語がすり抜けていた。

 私はちゃんとテンパっていた。

 そのまま、何が何だかわからぬままにリンちゃんに連れられ、エレベーターに乗り、そして見る。

 脳裏に焼き付いて離れない、この美しいキヴォトスの景色を。

 そこで私は現状を理解した。あぁ、なるほど。これはいわゆるゲーム内転生というやつだろう。これが転生にあてはまるのかは微妙なところだが。

 

 1階に到着し、例のごとくユウカ、チナツ、スズミ、ハスミと顔を合わせる。やべぇ、本物だ! とガン見してたらちょっと引かれた。()せぬ。『先生』の変態行為は許されていたのに。あと、どいつもこいつも顔もスタイルも良すぎだろ。学生でそのスタイルはちょっと許されない。分かってるんですか? あなたに言っているんですよハスミさん? 

 

 さて、一旦整理しよう。私が今、最優先すべきことは一体何か。そう。アロナのほっぺたをつつくことだ。真面目に言えば『シッテムの箱』を入手することである。

 基本的にブルアカ世界の治安は終わってる。常日頃から銃弾が飛び交い、一般市民でさえ当然のように手榴弾を携帯する世界である。ここでは、普通の人間である『先生』や私の命は(ちり)よりあっさり消えかねない。そこで登場するのがアロナである。連邦生徒会長が残したオーパーツである彼女なら、身の危険を全自動で守ってくれる。サオリのアレなど、完璧な防御機構だとは言えないが、基本的に超有能だ。演算能力もすごいし。あとかわいいし。最高だ。

 

 つまるところ、私が気をつけるべきはここからシャーレに辿りつく道中のみである。アロナちゃんさえ手に入れば、後はもう原作知識無双でウハウハよ。幼稚園で使いきったと思っていた人生3度のモテ期が復活するかもしれない。ブルアカ世界の先生はモテモテだからね。もはやこっちに選ぶ権利がある。最推しはアビドスユメモドキだ。ゲヘナシロモップも好き。

 

 とりあえずは目の前に集中しよう。リンちゃんの言う「暇そうな方々」を連れてシャーレへ。

 

「どぅぶぇ!!!??」

 

 は? いきなり手榴弾飛んできたんだが? 車体が跳ね上がったんだが? マジでやめろよ世紀末すぎるだろこの学園都市。驚きすぎて変な声でたわ。やばい、みんなにめっちゃ見られてる。恥ずかし死ぬからやめてよ。そういうのがナイーブな子を傷付けるんだよ? 

 

「あっ、ごめんなさい先生。珍しくてつい……」

 

 ユウカにちゃんと謝られた。ごめんね、ただの戯言だから。全然無視でいいから。謝られると逆に申し訳なくなってくる。これが陰キャオタクの悪癖である。

 

 そんなこんなで戦闘開始。

 

「先生は危ないのでさがっていてください!」

 

「いや、私が……」

 

 ん? ちょっと待て。確かに『先生』はここでチュートリアルの戦術指揮した記憶があるけど、実際どうやればいいんだ? アロナがいれば相手の人数、居場所、構成、相性全部丸わかりだけど、私今『シッテムの箱』持ってないよ……? 

 

「……何でもないよ。戦闘頑張ってね。後ろから応援してる!」

 

「え? はぁ、まぁそうしてくれるとありがたいです……」

 

 そのまま後ろに下がってリンちゃんの横で腕を組む。気分は後方彼氏面だ。はえ~がんばえ~と言いながらリンちゃんの解説を聞く。これってシステム的にはAUTO戦闘になるのかな? 楽だけどAUTOってバカなんだよなぁ……。

 

 戦闘終了。いい戦いだったね!

 そのままシャーレへ向かう。ここでワカモとの出会いイベントがあるから先に一人で入ろう。やっぱね、できるだけ『先生』の行動をなぞったほうが良いと思うんだよ私。メインストーリーは結構奇跡的な確率でうまくいってるからね。普通女子高生の足ペロが模範解答とか思わないじゃん? ……あらためて考えるとやっぱ『先生』ってやばいよな。色々と。

 

 そんなこと考えてると、ワカモとばったり遭遇。そこで私の脳は急回転し始める。

 あれ? 『先生』って最初何て声かけてたっけ。なんか挨拶だったことしか覚えてない。というか、ワカモと二人っきりって結構やばくね? そういやこいつって「災厄の狐」じゃん。治安が終わってるこの世界でもトップクラスに危険視されてる奴じゃん。……もしかしてガチでヤバい? 

 

 顔面に冷や汗がだらだらと流れる。とにかく挨拶、挨拶をしなければ! できれば『先生』っぽく無知な感じで! 

 そうして絞り出したのがこの一言。

 

「……やぁ」

 

 ワカモが無言でこちらを見ている。私も手を軽く挙げた状態のまま動けない。

 するとワカモがすっと視線をそらして、横を通り抜けていった。

 

 緊張が解け、くずれ落ちる。マジでビビった。なんか全然好意的じゃないんですけど!? 普通にクソ怖かったわ。対面すると本能で理解する。あれは勝てないわ。完全に眼中になかった。石だね。路傍の石。好意どころか関心のかの字もなかった。

 

「先生! ご無事ですか!?」

 

 リンちゃんが駆け寄ってくる。あぁ~癒されるんじゃ~。この子も余裕で私をぶっ殺せるけどね。

 そしてリンちゃんから『シッテムの箱』の説明を受け、アロナに出会う。そのままサンクテュムタワーの制御権の返還まで一気に行った。これで一旦休憩できるはずだ。マージで疲れた。やっぱ労働が悪だってはっきりわかんだね。

 ちなみに、ちゃんと肩を揺すって起こしました。

 

 

 ▼▼▼▼▼

 

 

 シャーレに就任してから数週間が経過した。そのなかで、私は一つの事実を再認識した。やっぱ『先生』っていかれてるわ。なんやねんこの仕事量。キヴォトス人の耐久性に合わせているのか知らんが、マジでブラック企業も真っ青の仕事量やないか。

 朝から晩まで仕事。シャーレ=自宅ゆえに、帰宅なんて概念はなく毎日深夜をまわる。どうにかこうにか仕事をこなしていても、急遽入ってくる追加の揉め事や相談。そのうえでリンちゃんの添削が入り、修正に追われる日々。公私混同で公の部分が勝ってるの初めて見たよ私。

 

 そして、事態が動く。

 アビドス編の開幕である。

 

 とりあえずまずは、現アビドス本校へ向かう。ゲームでは『先生』は遭難していたところをシロコに助けられて始まったが、私はどうするべきか。前々から言っているとおり、私はできれば原作の行動をなぞりたい。明確な()()があるのだから、それに(のっと)るのが一番確実かつ楽だろう。けどなぁ……ワカモの時もそうだけど、原作と同じにいくとは限らないんだよなぁ……最悪、ガチで遭難したまま死ぬかもしんない。ユメ先輩とかいう最悪の前例があるし。

 

 そこらへんを考え、チキンな私はアロナに頼むことにした。アロナー? ちょっとアビドス本校まで道案内してくんないー? 

 

「せ、先生? ……大丈夫です! このスーパーアロナちゃんに任せてください!」

 

 ほんとに遭難しなかった。やっぱアロナちゃんすげぇ。というか、ここら辺タクシーとかないの? ほらカイザー、お前とか無駄に手広くやってんだからタクシー会社のひとつやふたつはやっとけよ。いまいち気が利かねぇな。さすが理事。プレジデントを見習え。なんならお前よりジェネラルのほうが優秀だぞ? 

 

 気を取り直して、アビドス校舎に入る。いいよね? 正門に警備員とかいなかったし、私先生だし、不法侵入扱いにならないよね? 

 

「ん、止まって」

 

 第一村人はシロコでした。ん、流石はメインヒロイン。抜け目がない。

 両手を上げて人畜無害を主張しながら、事情を説明する。おたくのアヤネに言われて来たんすけど~、なんなんすかねこの扱い。

 

「え、先生、本当に来てくれたんだ。……ごめん。皆にも紹介したいからついてきて欲しい」

 

 ん、全然ええで~。と、ふざけるのもこのくらいにして、対策委員会本部と書かれた教室に入る。真っ先に目についたのはピンク髪の小さい子。特定のマニアに非常に受けそうな体つきである。ん~いいねっ! クジラのぬいぐるみを抱きしめながらすやすや寝ている。

 

「シロコ先輩、その大人は誰?」

「もしかしてお客さんですか? わ☆お茶の用意をしなきゃですね!」

「もしかして……シャーレの先生ですか!?」

 

 そうだよ、と頷く。もっと(あが)(たた)えよ。

「わぁ☆ついに支援要請が受理されたんですね! よかったですねアヤネちゃん!」

「はい! これでやっと弾薬などの補充ができます!」

 

 挨拶を交わしていると、私のお姫様が目を覚ました。ホシノじゃんね☆。

 

「うわぁ~、ん? あれ、そこの人は? もしかしてシロコちゃんの……。うへ~、おじさん寂しくなっちゃうな~」

「ホシノ先輩。こちらの方はシャーレの先生です。私たちの支援要請を聞いて、駆け付けてくれたんですよ!」

「……へぇ~、そうなんだ~。それは助かるね。来てくれてありがとう、先生」

 

 ちょっと目が細くなったのは、やっぱり疑ってるからなんでしょうね。そらそうだ、今までガン無視だったのに、急に都合がよくなったもんね。

 と、そんな時、

 バンッ! バババババ! 

 

「きゃっ!?」

「銃声!?」

「これは……、先生、ごめんね、ちょっと待ってて」

 

 案の定、ヘルメット団の襲撃である。ここら辺じゃこれが日常なんだよなぁ……。

 

「わ、私も一緒に戦う。指揮をとらせてほしい」

 

 甘噛みしたのはご愛嬌。シッテムの箱の戦闘支援システムを試す良い機会だ。

 皆には反対されたが、なんとか指揮をさせてもらった。結果は上々。機能はちゃんと作動した。しかし、やはり画面の向こうと目の前という違いは大きい。判断に迷うし、大丈夫だとわかっていてもついつい流れ弾を警戒してしまう。というか銃声とか爆発音がうるさすぎてまったく集中できない。思ったよりぎりぎりだった。

 

 打ち上げに、皆で紫関ラーメンへ行く。名前付き市民のなかで一番人気の大将が経営するあのラーメン店だ。作中で何度もうまいうまいと言われていたから楽しみだったのだが、予想を超える旨さだ。芳醇なスープ、もっちりとしていながらもコシのある麺、丁寧に熟成されたチャーシュー、全てが完璧に調和した至高の一品。思わず大将に求婚しかけるところだった。

 危ない危ない。私はいたってノーマルである。犬に興奮する趣味はない。心にいつも小鳥遊ホシノ。ヒナでも可。……う~ん、ゴミすぎ! 

 

 

 そのままアビドスで何日か過ごした。個人的には、思ったより冷たいなという感想だ。原作を細かく覚えているわけではないが、結構どの生徒も簡単に『先生』にデレていた気がする。

 まぁ、アビドスは他の学園と比較してもだいぶ詰んでいる状態なので、こんなものなのかもしれない。私も内弁慶なだけであんまり喋るほうじゃないし、『先生』ほどかんぺき~なコミュニケーションをとれているわけではないと思うので、それも大きいだろう。うわーん、『先生』のコミュ力が大きすぎます~。

 

 ただ、うれしいこともあった。アビドスのパトロールに行く際は、毎回ホシノが付き添ってくれるのだ。基本昼寝大好き、対策委員会大好きな彼女がわざわざ私と一緒にいてくれるというのは、これはもうあれだろう、堕ちたな(どや顔)。パトロールの度に内心うっきうきである。

 

 そして、セリカが誘拐された。

 いつまで経っても学校に来ない。ノノミもアヤネも、今までこんなに遅いことはなかったというし、皆もまだ待ちの姿勢だが、何か嫌な予感がしているようだ。

 私はこれがカイザーの仕業ということも、命を取られることはないことも知っているからまだ動揺は少ないが、対策委員会の面々が不安になる気持ちもわかる。たった5人で、学校を守り続けてきた仲間だ。そらぁ不安になるだろう。

 

 しかたない、と腰をあげる。ちょっと早いと思うが、皆に情報を共有してセリカを助けにいこう。やれやれ、先生の力ってやつを見せつけてやりますか。……まぁ、そうふざけていられる状況でもないか。

 

「皆、セリカはカイザーPMCに誘拐された。セリカの現在位置は私がサンクテュムタワーにアクセスして調べることができる。皆にもセリカ救出を手伝ってほしい」

 

 真面目な顔で、皆にそう言う。確かだいたいこんな感じだったはずだ。実際はただの原作知識だが、おかげで時短できる。多少端折るのは許して欲しい。なんだかんだ私もセリカを早く助けたいし、救出が早ければ早いほど対策委員会の皆も安心するだろう。私は生徒をネタにはするが、傷ついてほしいわけではない。

 さぁ、いくぞ! というところでアヤネから待ったがかかる。

 

「先生!? その情報はどこでっ……というか、サンクテュムタワーの不正利用は犯罪じゃないんですか……?」

 

 あぁ、あったなこんなやりとり。確か、

 

「このくらいセリカを助けるためなら何でもない。それに、ばれなきゃ犯罪じゃない!」

 

 まぁ犯罪うんぬんはどうかと思うが、セリカを助けたい気持ちは同じである。と、そこでホシノに袖を引っ張られた。身長の低い彼女は、私を見上げながら真剣な表情で問いかける。

 

「先生、今の言葉、本気?」

 

 珍しいホシノの真面目な表情に少し尻込みした。しかし、本気とは。

 

「あぁ」

 

 ……そっか、という小さい返答とともに、私の腕は背中側にねじりあげられ、そのまま対策委員会の大きい机に押さえつけられた。

 

「っ!?」

「シロコちゃん、縛り上げれるくらい長い縄持ってきて」

「ん、わかった」

「アヤネちゃんはセリカちゃんの居場所を探して。ノノミちゃんはそれを手伝ってあげて」

「は、はい!」

「わかりました!」

 

 私が痛みと混乱でしゃべれない間に、事態がどんどん進行する。というか痛い。どうにか体をひねろうとしてもびくともしない。これがキヴォトス人の力か。知っていたとはいえ、体感するとやはり違う。どこか甘く見ていた。

 そもそもこれはどういう状況だ? なんで私が取り押さえられているのだろうか? そんな内心の疑問を感じとったのか、ホシノがしゃべりかけてきた。

 

「ごめんね先生。でも、こうでもしないとあの先生の不思議な力に邪魔されそうだったからさ」

 

 不思議な力? もしかしてスーパーアロナによる自動防御のことだろうか。

 

「おじさんもさぁ、できればこんなことしたくなかったんあだけどさぁ、でも、先生は無理。どう考えても、先生が怪しすぎる」

「最初はさ、まぁ怪しいけど偶然かもしれないって思ってたんだよ。こんな詰みかけのアビドスに、たった一人しかいないシャーレの先生がやってくる。しかも今まで無視されてた支援物資も持ってきて、9億なんていう借金を聞いても逃げ出さない。よほどのお人好しか、まぁ裏があるのが普通かなって」

「それでパトロールの時とか一緒に行って探ってたんだけど、いまいち断言できるものがなかった。勝手に銃弾が逸れる不思議な守りとかさ、敵の構成や居場所を知ってたり、怪しい点は多かった。けど本人は少し無口なだけで、まるで普通。どこまでも一般人」

「だからこそ、アビドスに来た理由がわからなかった。極度のお人好しでもなんでもないのに、私たちを手伝う目的も」

「それで皆で泳がせてたんだけど、今回の事件が起こった。……なんでカイザーの仕業だって知ってるの? どうしてセリカちゃんのためなら犯罪でもやるって言うの?」

 

「……それは、私たちを通じて別の誰かを見ていた先生には、絶対出ない言葉だよ」

 

 ……あぁ、きっとそうなのだろう。大好きな世界に転生して、先生なんていう主人公になって。私はずっと、この世界にまともに向き合ってこなかった。そんなこと、周囲の人にはお見通しで、だからこそ信じるに値しない。つまりはそういうことだ。

 

 はぁ、と息を吐く。もはや抵抗する気はない。これは全て私が招いたことだ。言い訳のしようもない。

 ……それでも、セリカを早く助けたいって気持ちは、本物だったんだけどな……。

 

「……だんまり、か。それが先生の振る舞いとは思わないけど、とりあえず拘束させてもらう。先生が今回の犯人かは分からないけど、関係してるのは確かだから」

 

 シロコが縄を持って帰ってきた。私は両手足をぐるぐる巻きにされ、近くの空き教室へと放り込まれる。最後に見た、シロコの冷たい目線が、今までの自分の行いを物語っていた。

 

 

 閉じられた扉の向こう側から、せわしなく動く音が聞こえてくる。皆、セリカを助けるために必死に動いているんだろう。それに対して、私はどうか。シッテムの箱というオーパーツを手にし、まともに使えば世界を救うことだってできる力を手にしながら、誰の信頼も得られず、冷たい床にころがされている。

 ……どうずればよかったのだろうか。──決まっている。ただ、この世界と向き合えば、それでよかったのだ。それを私は、現実逃避し、ふざけ、何も(かえり)みることをしなかった。……私は、主人公ではないというのに。

 私は、連邦生徒会長に会っていない。本当に気が付いたら、リンちゃんの前にいた。そしてアロナは、

 A.R.O.N.Aだった。ただのシッテムの箱のメインOS。原作ほど感情豊かでもなければ、私に強く意見してくることもない。

 ──最初から、わかっていた。おそらく私は選ばれなかったのだろう。『先生』とは違う、何の責任も、期待もなかった。

 

 ……誰も、望んでなんていなかった。生徒も、そして私も。好きな世界、好きな世界だったよそりゃあ。だけど、誰もこの世界に転生したいなんて言ってないんだ。私にだって家族がいた。友人もいた。やりたいことだってたくさんあって、それが全てパーになった。

 

 ブルアカ世界は優しくない。普通の人間にとってはあまりにも死が身近にありすぎる。銃弾が体をかすめる音なんて知りたくなかった。当然のように手榴弾が転がってくる世界なんて、経験したくなかった。

 大量の仕事で現実を忘れさせ、ふざけ続けることで自分をだまし続けた。その結果がこれだ。お笑い種にもほどがある。

 ……セリカは、大丈夫だろうか。対策委員会の面々は優秀だから、私ごときが心配するのはおこがましいだろうか。

 

 固い床に身をまかせながら、私はゆっくりと目を瞑った。

 

「……先生、起きて。話がある」

 

 目を開けると、近くにシロコがいた。窓からは朝日がのぞいている。どうやら一晩中寝ていたようだ。昨日とは打って変わって、アビドスが静かだ。もう片付いたのだろうか? シロコに状況を聞いてみると、彼女は苦い顔をしながらも教えてくれた。

 

「……私たちはあのあと、セリカがカイザーの指示によってヘルメット団に攫(さら)われたところまで情報を手に入れた。けど、セリカの具体的な位置が分からないから、手を出せなかった」

「一か八か、皆でカイザーを襲撃する計画を立てているときに、カイザーから使者がきた。私たちは止めたけど、ホシノ先輩はその人と一緒にカイザーに行った。……たぶん、何かあったんだと思う」

 

 そこまで言って、シロコは一つ息を吐いた。

 

「そして今日の朝、学校に4つ書類が届いた。一つはカイザーへの借金が半分になったこと。一つはセリカの居場所が書かれた地図。……残りの二つは、ホシノ先輩の退学届と、手紙」

 

 その言葉で理解した。ホシノは原作と同じように、アビドスの、対策委員会のために黒服と契約したのだ。周囲に信用できる大人がいない状況で、信用させなかった大人の分際で、彼女の選択を愚かと断じることはできない。

 

「それで私たちは、ひとまずセリカを迎えに行った。大きなけがはなかったけど衰弱してたから、今は保健室で寝かせてる」

 

「……それをどうして私に?」

 

 シロコが、私の縄を解きながら答える。

 

「ん、先生の力を借りたい。外に出ればわかると思うけど、カイザーはホシノ先輩との約束を破った。……先に約束を破ったのはあっち。だから私ももう我慢しない」

「──私はホシノ先輩を助けたい」

「でも、カイザーの人数が多すぎるし、ホシノ先輩の居場所もわかってない。だから、先生の力を借りたい」

 

「……私のことを、信用できるの?」

 

「それは……正直、まだよくわからない。先生が怪しいのは事実だし。……先生は怪しいし、目を合わせてくれないし、なんかずっと気を張ってた。でも、嘘をついたことはなかった。私たちに同情することも、諦めるように言うこともなかった」

「だから、私は先生を()()()()

「それに、カイザーほど悪い奴には見えないし。私は、ホシノ先輩を助けられるなら多少のことには目を瞑る」

「だから、力を貸して──先生」

 

 なんだろう、この感情は。胸が熱くて、涙が止まらない。この子はまだ、こんな私を見捨てないでいてくれるのか。こんな、どうしようもない大人を。『先生』の千分の一にも及ばない、義務と責任から目を背けた大人を。

 自由になった右手で涙をぬぐい、シロコの目を見て答える。

 

「──あぁ。全力を尽くそう」

 

 ん、ありがとう。と答えるシロコの声を聴きながら、キヴォトスに来てからのことを振り返る。ここからだ。私はここから始めよう。あまりに遅いスタートに、思わず自嘲してしまう。何がここからだと。全部お前の責任だろと。そうだ。これは全部私の責任で、私の義務だ。卑屈で卑劣で、どこまでいっても小物な私だが、それでもこれ以上、彼女を、皆を裏切るわけにはいかない。誰よりも私が、それを許せない。

 覚悟は決まった。もうこれ以上、私は目を逸らさない。

 

 私は、教室の外へ足を踏み出した。

 

 

 対策委員会本部に入ると、アヤネとノノミが待っていた。

 

「まずは、ホシノの現在地を調べる」

 

「それが一番の問題点だったんですが……先生にはあてがあるんですか?」

 

「ゲマトリアの黒服という男がいる。カイザーの共犯者だ。彼なら知っているはずだ。私は今から会いに行こうと思う。場所が分かり次第救出にいくから、準備して待っていてほしい」

 

 ゲマトリアのことをこの段階で伝えていいのか迷ったが、もうこの子たちに隠し事はなしだ。

 

「ゲマトリア……聞いたことのない名です。少なくとも私の情報網に、そんな組織は存在しません。……先生、信じていいんですよね?」

 

 アヤネが嘘は許さないという強い意志のこもった目を向けてくる。思わず尻込みする。それでも、私はそれから目を逸らさずに答える。

 

「……あぁ、信じてほしい」

 

 そう答えるとアヤネは、強く頷き、私に頭を下げてきた。

 

「先生、どうかよろしくお願いします」

 

 この信頼には、応えねばならない。絶対に。

 そうして、私は初めてこの世界で黒服と邂逅した。

 

 

 ▼▼▼▼▼

 

 

 輪郭の定まらない黒い靄のような頭部、不敵な笑み。黒服は、画面越しで見たのと同様、圧がすごかった。これがオーラというやつなのだろうか。一言もしゃべっていないのに、気圧されてしまう。

 

「初めまして、シャーレの先生。お待ちしておりました」

 

「あなたが、黒服か」

 

「はい、そうです。先生は本日はどのようなご用件で?」

 

「うちの……いや、アビドスの小鳥遊ホシノについてだ。あなたは彼女がどこにいるか知ってるだろう。それを教えてほしい」

 

『先生』ならいざしらず、私が彼女を「うちの生徒」と呼ぶのは、あまりにおこがましいだろう。

 

「なるほど、小鳥遊ホシノですか。えぇ、確かに私は彼女の居場所を知っています。しかし先生、これは私と彼女の間で交わされた正当な契約に基づくものであり、あなたに口を挟む権利がないことはご存じでしょう?」

 

「あぁ、そうかもしれない。でも私は──「先生。はっきり言いましょう。私はあなたを知っています。今はなき連邦生徒会長の置き土産であり、オーパーツ『シッテムの箱』を使うことのできるただ一人の大人」

 

 私の言葉を遮り、黒服は言い放った。

 

「しかし、その実態は身に余る力を与えられたただの凡人。──私はあなたに、何の興味もない」

「だからこそ、あなたが小鳥遊ホシノの居場所という情報を得るためには、それ相応のものを提示しなければならない」

 

 私は契約というものを重要視していますので、契約に関して嘘はつきません。という黒服の言葉を聞きながら、私は歯噛みする。原作では、『先生』は大人のカードを見せ、自らの信念を語ることで、黒服から聞き出していた。それも、『先生』という存在に、ゲマトリアがひどく友好的であることが前提だった。

 しかし、私の場合はそうはいかない。ゲマトリアにとって、私という存在はそこらの有象無象と変わらない。

 

 ……ここは、黒服の言うことに乗るしかないだろう。情報には情報を。私にあって『先生』にないたった一つのもの、それを使う時である。

 

「……ゲマトリア。あなたたちの組織の名前だ。目的は探求。その果てに、「崇高」へと至ること」

 

「……ほう」

 

「構成員は黒服、マエストロ、ゴルゴンダ、デカルコマニー、ベアトリーチェ。他にもまだ数人」

 

「なるほど。これは確かに興味深い情報だ。我々の存在を知るモノなど一つとしてないと思っていたのですが」

 

 私のもつ最大の武器であり、替えのきかないもの、原作知識。これを明かすということは、私のこの世界における優位性を大きく損なうのと同義である。できれば切りたくないものだったが、ホシノのためだ、仕方ない。

 

「私はあなたたちのことを知っている。この情報のかわりに、ホシノの居場所を教えろ」

 

「あなたがゲマトリアの情報を誰にも伝えないかわりに、私はホシノの居場所を提供する、と、そういうことですか? ……まぁ、確かにそれなら釣り合うでしょう。おつりがくるくらいです。ゲマトリアは秘密組織ですからね。この段階で世間に知られるのも都合が悪い」

「いいでしょう、契約成立です」

 

 なんとか上手くいったことに安堵していると、ではこちらがホシノの現在位置です、と地図を差し出された。仕事が早い。原作の時はほぼ『先生』の味方みたいなムーブだから意識してなかったけど、こいつ敵に回すと相当厄介だろうな。

 

 ビルから出てすぐにアヤネに連絡を取る。とりあえず第一関門は突破だ。

 

 

 ▼▼▼▼▼

 

 

 ホシノの居場所を共有した後、すぐにシロコ、ノノミと合流してアビドス砂漠へ向かう。アヤネにはセリカのこともあるので、アビドスに残ってヘリやドローンで後方支援してもらう。

 

 皆でアビドス砂漠へ行くと、やはりカイザーPMCの兵が邪魔をしてくる。それをシロコ、ノノミ、アヤネの指揮をしながら捌いていく。アロナ様々だ。しかし如何せん数が多すぎる。これ本当に勝てるのか……? 

 

 時間をかけすぎたのか、横の通路からもカイザーPMCの兵がやってくる。それでも必死になって戦う。アヤネのヘリや無線もとっくに壊れ、連絡をとることもできない。もはや私も指揮だけでは間に合わず、アロナの助けを借りながらカイザーPMCの銃を撃つ。初めての銃の反動に体全体が軋みをあげ、神経は痛いと泣き叫ぶ。キヴォトスの規格では、普通の人間に扱えるものではなさそうだ。

 そんな一切合切を無視し、とにかく銃を撃ち、手榴弾を投げる。

 

 なんとか倒しきれる、とそう思った瞬間、ふと、隣にいたノノミが膝をついた。

 細いふくらはぎから、真っ赤な血が流れ落ちる。──足を撃たれた、と脳が理解する前に、私の目の前に手榴弾が飛んでくる。──なんで、ノノミが、目の前に──。

 後はもう、当然の帰結だった。私の目の前で、ノノミが手榴弾の爆発に飲み込まれていく。最後に目の合ったノノミは、それでも笑顔を絶やしていなかった。

 

「ノノミッ!」

 

 爆発に巻き込まれ、私の体は地面に打ち付けられる。揺れる脳、キーンとなる耳に、シロコの叫び声が聞こえた。痛む体を無理やり起こし、声の方に視線を向ける。

 ──顔に焦燥を浮かべながらこちらを振り返るシロコの背後に、銃床を振り上げたカイザーPMCの姿が見えた。

 

「シロコッ! 避け──」

 

 ドゴッという鈍い音が響き、シロコが地面に崩れ落ちる。

 

「……ぁ、あああああああっっっっ!!!」

 

 何が起きたのかを脳が理解した瞬間、私は未だかつてだしたことのないような声にならない声をあげる。即座に、無我夢中で大人のカードを使用した。

 現れたのは、ホログラムのように少し透き通った6人の生徒だった。

 大人のカードは反則のカードだ。使用した時点で負けることはない。そう判断し、近くで倒れ伏せるノノミに近寄る。抱き上げた彼女の体は、右手と右足があり得ない方向にねじ曲がり、腹部からとどめなく血が流れ出ていた。

 あまりの状況に、思わず思考が一時停止する。そんな自分に喝をいれ、アロナに助けを求める。

 

「アロナッ! どうすればいいっ!?」

 

「先生、まずは止血です! とにかく腹部の流血を止めます。バックのなかに包帯と簡易があるはずです。それで腹部の傷を締め上げてください!」

 

 アロナの言う通りにしながら、ノノミの呼吸を確認する。……良かった、まだ呼吸はある。しかしこの傷だ、応急手当にも限度がある。一刻でも早く医療機関に診せなければならない。

 

「一つ一つ、確実に」

 

 焦る心を抑えつけ、手早くノノミの応急手当を終わらせ、壁際に寄せる。次はシロコだ。

 顔を上げると、ホログラムの生徒たちが大分奥までカイザーPMCを押し込んでいた。あれなら(じき)に殲滅するだろう。しかし、前方で倒れているシロコはピクリともしない。

 

「シロコッ!」

 

 名前を叫びながら、シロコのもとへ全力で走る。しかし長時間の戦闘によって疲弊した私の体は、思うように動かない。自分の体にイラつきながら、転ぶように前に進む。

 

「シロコ」

 

 抱きかかえたシロコは、そこでうっすらと目を開けた。

 

「シロコッ! 大丈夫?!」

 

「……せん……せい……ホシノ、先輩を……お願い……」

 

 息も絶え絶えにシロコはそう言うと、そのまま目を瞑ってしまった。思わずシロコの呼吸を確認する。……少なくとも呼吸はしている。気を失っただけのようだ。シロコは、手足や腹部に大きな外傷はないが、銃床で殴られた頭から血を流していた。とりあえず包帯で止血をし、壁際に寄せる。

 

 とにかく、この二人を医療機関に診せなければならない。しかし、こんな砂漠の奥に救急車がくるわけがない。……アヤネの無人ヘリを使えるのが一番良いが、無線が壊れて以降、ずっと連絡がとれない。向こうでも何か起こっている可能性を考えると、アヤネには頼れない。

 

 ……落ち着け。ここはカイザーPMCの軍事施設だ。おそらく軍事ヘリがある。操作も、アロナならなんとかなるはずだ。

 

「アロナ、近くに利用可能なヘリはある?」

 

「むむっ、……ありました! ここから500mほどのところに未使用のヘリがあります!」

 

「わかった。それなら、私たちは今から……」

 

 ……シロコの言葉が頭をよぎる。ホシノを助けるには、今が絶好のチャンスだ。この怪我では、次に襲撃できるのは何日か後だろう。その間ホシノが無事でいられる保証はないし、警戒も更に強化されるだろう。

 

「くそっ!」

 

 思わず歯噛みする。そうだ、原作でもカイザーPMCの襲撃は便利屋やナギサの手助け合って成功した。そこまで頭が回らず、半端な戦力で無理な特攻をした結果がこのざまだ。アヤネやシロコはいざしらず、()()を知っている私が、そこのケアをしなくてどうする。

 

 とにかく時間がない。私は、選択をしなければならない。

 

「……私たちは今から、ホシノを救出する」

 

 この通路はヘリが通れないため、シロコとノノミをヘリまで連れていく必要がある。しかし、今の私のこの体では、二人をヘリに連れていくまで少なくない時間がかかる。だからこそ、ホシノを救出し、ホシノと私で一人ずつ背負っていく。これなら2往復する必要もないし、シロコの願いだって叶えられる。

 

 私は更に奥へと駆け出した。

 

 ホシノの拘束されている、最奥の部屋までたどり着く。やはり一般人には無茶な行軍だったようだ。何度も大人のカードを使わざるを得なかった。……私はあと何年生きられるのだろうか。

 

「ホシノッ!」

 

 途中で奪った手榴弾で部屋の扉を壊し、中に入る。かつて見たスチルのように、ホシノは拘束されていた。

 

「せ、先生? どうしてここに……?」

 

 ホシノの拘束を外しながら答える。

 

「皆と一緒に、ホシノを助けにきた。けど、シロコとノノミが怪我を負った。手を貸してほしい」

 

 そう言ったとたん、ホシノの目つきが変わる。

 

「先生、それ、どういうこと?」

 

「……ノノミは、私を庇って骨折に腹部損傷。シロコは、頭を怪我して意識不明。……全部、私の責任だよ。二人をヘリで病院まで輸送しようと思ってるけど、人手が欲しい」

 

「……分かった。一旦先生の指示に従う。でも、あとで話がある」

 

「わかった」

 

 そうして、ホシノと一緒に二人をヘリまで連れていき、そのまま病院へ直行した。……その間、ホシノは一言も喋らなかった。

 

 

 ヘリの中。ノノミの血で真っ赤に染まった自分の両手を見ながら、考える。どうしたら、彼女たちを救えたのか。

 顔を少し上げ、ずっと、一言もしゃべらないホシノを見る。ピクリともしない、引き締まった口元。ハイライトのない、虚無を抱えた眼差し。……あぁ、私には理解できる。ホシノは今、カイザーを憎み、私を憎み、世界を憎み、そしてなにより自分自身を憎んでいる。

 ……彼女に責はないというのに。一番の悪人はカイザーで、一番の愚か者が私だった。カイザーが一番の悪人ではあるが、その責を負うのは、私も同様である。未来を知っていながら、この事態を招いてしまった。『先生』の代わりでありながら、大人の責任を果たすことができなかった。……私を、「信じたい」と言ってくれた彼女を、救うことができなかった。

 ──私は、やはり最低で最悪の小物だった。

 

 ヘリが病院に到着し、待ち構えていた救急隊員にシロコとノノミを引き渡す。その際、私とホシノも治療が必要だと判断され、院内へ連れていかれた。

 治安の終わっているキヴォトスでは、病院は頻繁に患者が来る、もしくは運びこまれ、医者が休みをとれることは滅多にない。

 今も、担架で人が運び込まれている。少しとがった耳、赤い縁メガネ、濃紺のアビドスの制服──

 

「ア、アヤネ……!?」

 

 脳が理解を拒む。目の前の光景を、はっきりととらえているのに、認識できない。固まる私の横を、凄まじい速さでホシノが走る。掴みかかるような勢いでアヤネのもとへ駆け寄る。

 

「アヤネちゃん?!」

 

 泣き出す寸前のような、叫び声だった。近くの職員が押しとどめ、アヤネはそのまま緊急治療室へと入っていく。

 

「あなた方は、奥空アヤネさんの関係者ですか?」

 

 振り返ると、犬の見た目の救急隊員がいた。彼は、混乱が収まらない私とホシノに説明をしてくれた。

 

「奥空アヤネさんは、内臓、特に肺の損傷がひどく、予断を許さない状況です。私たちはアヤネさんの通報を受け、すぐにアビドス本校へと駆け付けました。周囲には大量のカイザーPMC兵の残骸があり、内部に突入した時には、既にあの大怪我を負っていました」

 

 抑えきれない感情の奔流が、頭の中で渦巻く。気持ち悪い。吐き気がする。頭の中がぐしゃぐしゃで、何もまとまらない。

 ──そこでふと、私は気付く。

 

「セッ、セリカは?! 黒見セリカはどこですか?!」

 

 眉が細まり、沈んだ表情になる救急隊員。その顔を見て、私は察してしまった。

 

「……残念ながら、黒見セリカさんは、私たちがたどり着いたときにはもう……」

 

 思わず吐いてしまう。まともに機能していない脳の中で、セリカの顔が浮かんでは消えた。

 

「ぁ、うあぁぁぁあぁぁぁぁあぁっぁ!!!!?!?!?!」

 

 喉が引きちぎれるほどに絶叫する。頭の中に浮かぶセリカは、大半はむすっとした顔だった。当然だ。彼女は最後まで私を認めてなかった。けど、紫関ラーメンで照れながら接客する顔や、委員会の皆と一緒にいる時の、幸せそうな顔、ホシノやシロコに文句を言いながらも、とても楽しそうに話していた顔が脳裏に浮かんでは消える。

 

「あああああああ!!!!」

 

 壁に頭を全力で打ち付ける。その威力に、頭から血が出てくる。割れるように痛い。近くの救急隊員が私を止めようとしてくる。それでも、私は頭を打ち付ける。罰が欲しかった。この、何も救えない「私」とかいう存在に、罰を与えなければ気が済まなかった。

 

 

 隣に座っていたホシノがスッと立ち上がる。そのままどこかへ行こうとするホシノを、私は呼び止めた。

 

「……ホシノ。どこに行く気?」

 

「……カイザーコーポレーション」

 

「私も行く」

 

 迷わなかった。これが、ただの復讐心にすぎないと知っていても。

 

 

 救急隊員は、どこかへ行こうとする私とホシノを止めようとした。私もホシノも、止めるには十分なほどに傷ついていたからだ。それを無視して、ここまで乗ってきたカイザー製のヘリに乗り込む。

 互いに言葉はない。何も言わずとも、分かっていた。

 

 そして、カイザーコーポレーション本社に襲撃する。

 中には、何も知らないただの一般市民もいただろう。それを知っていながら、私は無視する。邪魔をしてくる警備員を倒し、カイザーの兵を倒し、私たちは理事の部屋に行く。アビドス砂漠でのことは、既に耳に入っていたのだろう。理事は、怯えた様子でこちらを見ていた。

 ──こんな奴に、あの子たちは傷つけられたのか。

 体の奥底から、怒りがふつふつと湧いて出る。殺してやりたい、とここまで強く思ったのは人生で初めてだ。

 ホシノが一切感情の見せない眼差しで、何のためらいもなく理事に向けて銃を引いた。

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「……先生。邪魔。退かないなら、そのまま打つ」

 

 肝の冷える、心のそこから冷たい声が、耳をうつ。

 

「……ここで撃ったら、もう戻れない」

 

 銃声。私の腕を貫通し、理事が撃たれる。焼けるように痛い。それでも、これだけは言わねばならない。

 

「──対策委員会の皆はどうする!」

 

 叫ぶように言う。

 

「ノノミも、アヤネも、シロコもまだ生きてる! あの子たちが目を覚ました時、お前がいなくてどうするんだっ! ──あの子たちの、帰る場所を、アビドスをっ、捨てるのか?!」

 

 ホシノの動きが止まる。

 

「……じゃあ、どうするの」

 

「……こいつは、公的機関の処分に任せる」

 

「……私は、そいつを許せない。今すぐ、この世から消し去りたい」

 

 色のない声でホシノは言う。だから、精一杯口の端を上げて、嘲るように、私は言った。

 

「つまりお前は、対策委員会の皆より、自分の感情を優先するわけだ」

 

 言った瞬間、ホシノがぶちぎれたのが分かった。そこで一瞬動きが止まり、ホシノはテーブルを蹴り上げる。見るからに高価な、大理石のテーブルが天井に突き刺さり、奇怪なオブジェのようになった。

 

「……先生。私は一生、あなたを許さない」

 

 そう言い残して、ホシノは部屋を出ていった。

 一つ息を吐き、私は体を起こして、片腕で悪戦苦闘しながら理事を縛った。

 

 ──偽善だ。ホシノの気持ちも分かる。我ながら、言ってて反吐が出そうだった。ホシノにとって、私は疫病神のようなものだ。私が来て数日で、ホシノの大切なモノが全て奪われた。そんな奴が、分かったような面をして、偽善を叫ぶ。そんなことをしたって、失ったものは戻らないというのに。

 ……それでもホシノが引いたのは、彼女が本当に心の底から、対策委員会の皆を大事に思っているからだろう。

 

 理事を後目に、今回の事件の証拠となるものを集める。ついでに、高すぎる利子や、ブラックマーケットへの金の流れの書類も。

 

 そうして、全てが終わった。裁判により、理事は生徒の誘拐及び殺害、他詐欺などの余罪多数で、終身刑の判決が下った。また、責任を追及されたカイザーコーポレーションは、賠償金としてアビドスの借金の7割に相当する額を支払い、また残っている借金についても金利をほぼゼロにすることを発表した。

 シロコは、未だに目を覚まさない。傷はもう治っているのだが、脳にダメージを負ったとみられ、いつ目を覚ますのかもわからない。ノノミは、ネフテュス鉄道学園に引き取られることになった。どうやら私の知らない関係性があるらしい。アヤネは意識を取り戻したが、生命維持装置がないと生きていけない体になってしまった。

 ……セリカは、街の人に愛されていたようで、葬式には多くのひとが参加していた。そこで会った紫関ラーメンの大将は、もう店を閉めると言っていた。

 ……私が救えなかったばっかりに。

 

 あれ以来、ホシノとは会っていない。風の噂で、ホシノはアビドス本校でアヤネやシロコの世話をしながら、襲撃によって壊れた校舎の修繕をしていると聞いた。

 

 私は、カイザーとアビドスの残りの借金を、私の名義にする契約をし、シャーレに戻った。シャーレの先生は高給取りなので、なんとか返済はできそうだ。

 ……こんなもの、ただの自己満足だ。気持ち悪い。

 

 

 シャーレに戻って、私はソファに横になる。あれ以降、満足に睡眠がとれていない。眠るたびにノノミとシロコの撃たれた瞬間を思い出し、叫ぶように飛び起きてしまう。そのうち、気絶するように寝るまで起き続ける術を手に入れたが、おかげで隈がとれなくなってしまった。

 

 動きの鈍い右腕を天井へ伸ばし、物思いにふける。ホシノの弾丸は運悪く神経を掠めており、キヴォトスの技術力でも、触覚は元に戻らなかった。そもそも銃の反動で、体の多くの骨が折れたり、罅が入っていたらしい。今後は激しい運動は控えるようにと言われた。

 ……けど、そんなことはどうでもいい。私は今回、知った。──この世界は、まぎれもない現実だ。先生だから上手くいくということはない。都合の良い展開など起こらない。──私は、もう二度と失敗できない。何がなんでも、生徒を救おう。もうあんな光景は見たくない。

 

 

 そのためなら、私は何だってする。

 


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