「頼む衛宮、このとおりだ‼」
昼。寒さが残り続けるこの時期、屋上で昼食を取ろうなどという物好きは、そう多くはない。
人はまばらどころか、自分と後藤ぐらいしかいない。つまり、自分達がその〝物好き〟だと言える。自分も後藤も、物好きと言われようが気にしないのだが。
しかしという事は、床とのコンクリートも外気の影響を受け、寒々としているのは当然だ。
そんなものの上で見事な土下座を披露している後藤は、傍から見ればかなり変だ。寒空の下昼食を取っている以上の変人具合と言っても良い。
パンを頬張りながら、そんな友人の無残な姿を尻目に言葉を吐く。
「後藤。説明もなくいきなり土下座をされても、何がなんだか分からない。頼みを受ける事も断る事も出来ないじゃないか。
せめて座り直して、説明をしたらどうだ?」
「いやだ! 受けるって言ってくれるまで絶対に顔を挙げないぞ‼」
「そうか。
なら購買で最も人気のカツサンド、お前はいらないと言うんだな。わざわざ買ってきたが、二人分食べられるとはラッキーだ」
「勝手に決めんなそのカツサンドは俺のだッ!」
前言撤回がこれほど早いとは思わなかった。
後藤は餌に飛び込んでいく鼠の如き勢いで自分からカツサンドを取り上げると、がっつくように食べ始めた。
もう少し味わって食べれば良いものを、勿体ない。
「しかし後藤。さっきも言ったが、詳細を聞かずにお前の頼みを受ける事は出来ない。まさか、事情を説明すると自分が断るような内容なのか?」
「……断らない。だけど、呆れる可能性は高い」
呆れるという意味では後藤の一連の行動ずっと呆れているんだが、本人はそれにすら気付けないほど余裕がないらしい。
その指摘は持っていたパンの最後の一欠片と共に飲み込み、別の言葉を続ける。
「土下座をするくらいだ。自分が呆れようがなんだろうが、お前にとって重要な話なのだろう?」
「……俺にとっては、な。お前は全く興味ないんだろうけど」
という事は、十中八九恋愛絡みだろう。残り一か二は、きっと後藤自身の見栄か何かだと予想する。
後藤は何故か、自分は見栄を張らない上に、そのような情動には一切関心がないと思い込んでいるようだ。
前者はさておき、後者に関してはとんだ言い掛かりだ。
グラビア雑誌を見て好みな何だという話に興味がないだけで、恋愛そのものにまで興味がないわけではない。
単に今まで、情動が動くような女性に出会った事がない、というだけだ。
「どうなるにしろ、頼んだら結局内容を説明しないといけないだろう? だったら遅いか早いかの違いだけじゃないか。
それならとっとと説明した方が良い。面倒な話は、早く済ませるに限る」
「ぐっ、堂々と正論を言うお前が憎いッ……実は、部室の掃除を頼みたくて」
「部室? というと、バスケ部か?」
後藤は一応、バスケ部に顔を出している。
所属はしていないのだが、試合の数日前には顔を出し、仮部員として試合に駆り出される。言わば助っ人的な立ち位置だ。
普段はその手の活動に興味を示さない後藤だが、バスケ部員によれば、やる気がないくせにかなり才能があるらしい。
本当だったら県で一番……いいや、その世代の上位を狙えるレベルなのだそうだ。
もっとも本人が言うには『もうバスケには飽きた』そうだ。
今やっているのは友人からの頼まれたからと、女子からの黄色い声援を浴びたいとだけらしい。
「そうだよ。いやぁ、ノリで受けたけど、部室って結構広いだろ? 終わらせられるか微妙だなぁと。俺、早めの時間に先約入れちゃってるし」
「面倒になると分かっているなら、最初から受けなければ良いものを……大方、女子部員に良い顔したかったんだろう?」
「エヘヘ」
……男性の舌出し笑いほど、見たくないものはない。
さて、普段の自分であれば二つ返事で了承するところだろう。
掃除は別に苦ではないし、騒がしくも対等に仲良くしてくれる友人の、珍しい頼みだ。だが、
『お前は家にまっすぐ帰ってくれば良いんだ。寄り道もせず、真っ直ぐだ』
――ああも強く言われたことを、そう簡単に破って良いとも思えない。
「………………」
「頼む衛宮〜、今日はどうしても外せないんだ! 絶対今日じゃなきゃダメなの‼」
「そう説得されると、逆に断りたくなるな」
「なんでだよ⁉」
なんでだよも何もない。
後藤が必死になるなど、どうせ先約というのも女性がらみに決まっているのだ。
友人に関係のない部室の掃除をさせておいて、自分は呑気にデートなんて、普通の友人であれば激怒しているに違いない。
自分で良かったな、後藤。
「なっ、今回の件は貸しって事にしておいて、お前の願い、何でも一個は叶えてやるから! ほら、願いが叶うなんて嬉しいもんだろう?」
「特別何か、願いがあるわけじゃないんだがな」
「どうせそのうち思い浮かぶから! な‼」
嫌に押しが強い。相当その先約というのは重要らしい。
前日は転校生に目を輝かせていたというのに、節操がない。
まあ、その先約が桜小路凪子である可能性も……いいや、ないな。あの自分にも分かる脈のなさで、上手くデートまで持ち込めるとも思えない。
「……はぁ、仕方がない」
こうも言われてしまっては、折れる以外に逃げる手段はないだろう。
今から目に浮かぶ。慎二さんにこっぴどく叱られる自分の姿が。
……しょうがない。これも人助けだと思えば、仕方がない話なんだからな。
自分に言い聞かせるように、頭の中でだけ呟く。
「助かるよ、衛宮! いやぁ! 本当に‼」
手のひらを返すと言う程でないにしろ、さっきまでの拝み手の姿から一転、後藤は心底嬉しそうに手近に置いてあったパンを食べ始める。
……全く、こういう奴だからモテないのだろう、とは言わなかった。
そんなものは、自分に言えた義理ではないからだ。
次話は5月15日の21時に更新します。