夕暮れはとうに過ぎ去り、夜という闇が支配する。
学び舎という、平素は多くの人間が行き交う場所。若者のエネルギーが交差し合う、最も明るい場所と言えるだろう
そんな場所だからこそ、時間という縛りで塗り替えられた空間は、一転して恐怖と緊張感を持つ場所に様変わりする。
昼間との
だから、問題はなかった。
異界となり果てた学園。その校庭の中央に、銀鎧の騎士の姿があったとしても、違和感などありはしない。
「――静か、だな」
鎧の隙間から呟かれた言葉は状況の説明ではなく、確認作業と言う方が正しい。
夜の学び舎が人を極端に寄せ付けない場所であると同時に、彼のマスターが張った結界が張ってある。
守るのではなく、阻害する結界。
簡易なものではあるが、
ここにいるのは、この闘争に関わる関係者のみという事だ。
――だが、今のところ気配はランサーの物しかない。
マスターどころか、サーヴァントや使い魔の気配すら感じられない。
「いないというだけならば、それで良いのだがな」
警戒しているのか、こちらに気付いていないだけと取れる。
前者であればそれもまた道理。
後者ならば、これほど隠れる気もなく気配を垂れ流しているにも関わらず気付かないならば、他陣営は無能と判断出来る。
問題なのは、この二者に当て嵌まらない場合。
気配察知などの
それをすり抜けられる……アサシンのクラスか、相当する気配遮断スキルを持っているサーヴァントであれば、警戒は緩められない。
込めた力が槍を握る手に伝わり、軋んだ音を立てる。
怒りとも、緊張とも違う。武者震いに近いそれは、彼がその姿に相応しい強者である事を示している。
現に、
「――あの、すいません。失礼ですが、こんな所で何を、」
不意に掛けられた声に、騎士が動揺する事はなかった。
騎士の傍らに、警備を行う者がよく着る制服に身を包んだ壮年の男性がいた。
手には懐中電灯。特に武器も持っていない、殺気すら感じられない男は、怪訝そうに彼を伺う。
「ここは私有地です。もし学園に御用があるのなら、申し訳ありませんが管理室まで来て頂かないと、」
男の言葉と行動には、違和感はない。
まるでごく普通の人間のソレ――だからこそ、
「ッ‼」
奇妙なのだ。
現代で言えば、狙撃銃の一撃に匹敵する閃撃だ。
置き去りにされた音は、槍の穂先がその警備員の額を直撃してようやく、その鈍い貫音を響かせた。
「ギッ――、」
警備員の悲鳴が響く。いや、それはもはや悲鳴ではなく、言葉を紡ぐ途中に聞こえる吐息の残りだ。
その速度に反応出来る常人はいない。回避どころか、悲鳴すら上げる余地はない。
――だから、男は死んだ。
額に穴を空け、そのまま地面に頭を落下させる――、
――ことはなかった。
「ギ――ギギギギッ」
警備員の口から洩れたのは、吐息の残りから一転した。
奇声と共に、体勢は倒れる途中で不自然に静止し、まるで膝から見えない台に寝転んだようにも見える。
――その姿勢が、ばね仕掛けのように跳ね上がる。
手に持っているのはもはや懐中電灯ではない。いつのまにか持ち変えられていたのか、一本の刃物が手の中に収まっていた。
家庭用に使われるものではない、戦闘用に作られたもの。
人を殺傷する為に作られた刃渡りと形状の武器を、警備員だったソレは、人間の速度を超えてランサーの胸に突き立てる。
――冷たい空気の中に、同じく冷たい金属音が響く。
人を貫き、切り裂く事に特化したモノ。
人を守り、死を防ぐ事に特化したモノ。
明暗を分けたのは、その内包された神秘だ。
「無駄だ。いくら強靭に作られ、私が生きた時代の刀剣類より優秀であったとしても、貴様のソレでは私を切りつける事は出来ない」
その言葉と同時、当てられたナイフに凍解する氷のように音を立てて罅が走る。
神秘は神秘でしか破壊出来ない。
ほんの数年しか生きていない刃物と、数千年の時を刻んで神秘を内包する銀鎧では、勝敗は明らかだ
「ギギギギ‼」
その言葉に反応したわけではないだろう。
警備員だった男はその場を飛び跳ねるように離れる。
獣の躍動にも似た敏捷な動き。それだけならば、ランサーはまだ彼を人間と判断していたかもしれない。
しかし、薄明りの中で浮かび上がった顔を見れば、その考えも一瞬で変わる。
男の顔が剥がれ、
「人間ではなく、化生の類だったか。ならば、尚手加減はいらないだろう」
そう言いながら、騎士は槍をもう一度構え直し、力を籠める。
一個体を警戒しているのとは違う。周囲を警戒するように穂先を振るう。
当然だ、何せ敵は一人ではない。
『ギギギギギギギギギギギギ』
軋んだ歯車のような耳を搔きむしる声が、校庭中に響き渡る。
黒いコートを着た鉄仮面。
警備員だったソレと同じ様相を持っている存在が、一人、二人と増えていく。
闇から切り取られた、魔物の群れ。
「――良いな、」
零す言葉と共に、ほんの少し兜の奥で笑みを浮かべた。
彼は、騎士ではない。誇りで生きている訳ではない。
彼は、戦士ではない。戦いを誉れと思っている訳ではない。
騎士――ランサーは、兵士だ。
主の命を全うし、人の生活を脅かす外敵を排除する事こそ生きる道。ならば、目の前のソレはまさしく、ランサーの敵だった。
「ようやく、飽きが来ない
ランサーの一言と共に、戦場を閃光が蹂躙した。
次回は5月18日の18時に更新します。