Fete/Breaking Down   作:鮭漉 鎌太郎

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03 浸食 E

 

 

 

 

 

 ――人助け。

 実にシンプルで、実に同義的で、実に生産性がないと、自分は思う。

 

 義父は自分が記憶している限り、ずっとそれに執心していた。

 目指すものは〝正義の味方〟。

 そんな夢物語を、義父は胸を張って語った。それが目指すべきものである、と。

 

 正直に言うが、自分はそれを、今まで一度だって共感してはいない。

 人を助けることが良い事である事は理解している。

 それが義父にとって大事だという事も理解している。

 それを魔術とともに受け継ぐのも、問題はない。

 

 義父と同じような熱量で、覚悟で、信念でそれを抱く事は、ついぞ出来なかった。

 理解したい、と思っていても。

 共感出来る、と思えなかった。

 だってそうだろう? 他人にも自分にも益にならない事が嬉しいなんて、趣味以前の問題だ。

 

「……少なくとも、こんな事で何かが救えるとは、思えないな」

 

 一人、薄暗い部屋の中で呟いた言葉を聞き咎める者はいない。

 散乱していたゴミやビブスは、必要に応じてゴミ箱や洗濯かごの中に放り込んでおいた。

 雑然としていた消耗品や備品は分類ごとに分け、空いているロッカーに入れた。

 どこに何が仕舞ってあるかはメモを残しておいたので、間違えないだろう。

 

 床も椅子もロッカーも、これ以上ないと言うほどピカピカにした。床のワックス掛けは無理だったが、綺麗さは一目瞭然だろう。

 我ながら丁寧が過ぎると思うが、一度手を出した以上ある一定の成果が見えなければ気が済まない。

 これであれば、誰も文句は言わない。むしろ、やっている時点で文句どころか感謝ぐらいはほしいところだ。

 

「しかし、少し調子に乗りすぎた気もする……これは説教三時間コースじゃ済まないかもしれないな」

 

 チラリと部屋にかかっている時計を見れば、下校時間はとっくの昔。教師ももう帰っている時間になっていた。

 怒られる事は頼み事を聞いていた時点で諦めているが、これ以上遅くなれば説教の時間が更に増える事だろう。

 

 慎二さんの説教は、実に理論的なモノだ。こちらがぐうの音も出ないほど論破する。こちらが何も言い返さなくても論破する。

 一見すると感情的だが、内容に感情を差し挟む余地がないのだ。正直、聞いているだけでも耳どころか頭が痛くなる。

 しかも屁理屈ではなく、全て正論なのだから、普段との違いに驚きを禁じ得ない。

 

 想像しているだけで嫌気が差しながらも、そっと部室の扉を施錠する。

 鍵は明日後藤に返せば良いだけなので、今日はこのまま帰れば良い。

 家に帰って説教を受け、食事を済ませる。今日は疲れたので、機械弄りや鍛錬はまた明日だ。自分は真面目な部類だが、疲れている中やるほど義理堅くはない。

 今日は風呂にでも入り、そのまま眠りに就こう。

 

 そうすればまた明日から、いつも通りの日常が始まる。

 

 ――帰れれば、だが。

 

「……ん?」

 

 不自然な違和感に困惑する。

 帰れない理由があるのか?

 このまま外に出れば、自分は家路につける筈なのだ。

 

 何事もなく。

 無事に。

 そうである筈なのに、妙な確信がある。

 

 このまま外に出れば、自分はなにかに遭遇する。

 このまま外に出れば、自分はなにかに巻き込まれる。

 頭の中の言葉とは裏腹に、足は自然と部室棟の出入り口に向かっている。

 自分の混乱や不安を無視して、体は、本能は勝手に前に進み続ける。

 

 ――嫌だ。

 自分はそちらに行きたくない。

 本当はこのまま、反対側に逃げ出したい。

 

 それでも、歩く足は止まらない。

 扉を開けようとする手は止まらない。

 頭を体は矛盾したまま、自分は部室棟を出た。

 

 

 

            ◆

 

 

 

 不気味な破裂音とともに、鈍い銀光の群れがランサーを襲う。

 

「っ――!!」

 

 その攻撃に対する、ランサーの反応は適切だった。

 不意を突くような攻撃であると同時に、その銀光……銃弾は本来、放たれた後に対処できる速度を超えてくる。

 槍はそれを一つ一つ、丁寧に弾き落とした。いいや、現在進行形で落とし続けている。

 常人が見ていれば、彼は小規模な竜巻にも見えていただろう。

 体の軸はブレることなく、それ以外の体全てが音速を超え躍動する。槍の穂先は空気を切り、空を駆け上がる燕の如く軽やかだ。

 

「――奇怪な」

 

 ランサーはそう言いながら、手を止めることなく弾丸を放つ集団を睨む。

 銃弾は本来、魔術的守りを貫通しない。

 通常の魔術ですら、ランサーの守りを突破することは出来ないのだから。 

 突破どころか、本来は回避する必要性すらない。触れる事すら許されないのだ。

 

 ――しかし、弾丸は確かにランサーの体に触れている(﹅﹅﹅﹅﹅)

 傷つけるほどの威力はない。だが先のナイフ同様、こちらに影響を与える程度の神秘が内包されている事は、撥ね退けている槍から伝わってきた。

 

『ギ、ギギギギギ』

 

 白銀の兜から漏らされた言葉に、異形の群れは一言も返事をしない。

 狂ったように鉄仮面から奇声を上げ、一心不乱に銃弾を放ち続ける。

 狂人そのもの、だが動きは一種の軍隊、いいや群体らしい動きを見せていた。

 

 ランサーの位置を把握し、同士討ちにならないように位置を修正し、弾丸が飛び交う中で回り続ける。

 一個の回転する機械を彷彿とさせる同時行動。

 

(マスターに言われ、あくまで偵察と思ってきてみれば、……いいや、それはあちらも同じか)

 

 人員を割いているにも関わらず、敵からはランサーを殺そうという気概が感じられない。

 弾丸の雨は威力で分かる通り、ランサーの霊核を貫通しうるものではない。

 理解できるほどの知能はないとは思えない行動を見るに、そもそもそのように命令されているのだろう。

 

 目的は様子見。

 この異形の集団を操っている魔術師……あるいはサーヴァントが、どこかでこちらを見ているのだろう。

 

 その位置を確認するために周囲を探るべきなのだろうが、ランサーはそうしなかった。

 理由は簡単。そもそも、この傀儡たちの主は、近くにはいないからだ。

 わざわざ戦場に顔を見せるマスターもいない。様子見を選んでいる以上本体たるサーヴァントも同様だ。

 

 いるのであれば、隙を狙って攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない。

 無論、隙を作るつもりはないが、相手に隙を作るような気配も一切感じられない。

 情報収集と牽制。彼らの目的はそれだろう。

 ――しかし、その結論と同時にランサーの中に怒りの炎が灯った。

 

「――痴れ者 が。

 戦いに身を置かず、ただ私の性能のみを掠め取ろうとするか‼」

 

 ランサーの怒号に返事をする者はいない。それでも、叫びを抑えきれなかった。

 敵の情報を得ようとするのは当然の行動だ。

 その為に、前哨戦をするのも当然だ。兵士であるランサーにも、生前に似たような事をしてきた記憶がある。

 

 しかしそれは、あくまで自分と自分の部下の命を賭けて行った〝戦い〟だ。全力でなかったとしても、本気ではあった戦争だ。

 ――目の前の人の形をしたナニかのみを用い、己の命すら賭けず、欲しいものだけ奪っていくのは盗賊の所業だ。

 誇りを持つ兵士の所業ではない。ランサーの怒りはその本性において、正当な怒りだった。

 

 怒りに呼応するように、槍が変形(﹅﹅)する。

 半固形のような粘度を持って蠢めき、動きを止めた時、もはやそれは槍の形をしていなかった。

〝大鎌〟。

 命を刈り取るという文字通りの機能を擁する武器は、その風圧と鋭さでもって数名の異形が吹き飛ばす。

 

 今まで行っていた防戦ではない。

 一気に邪魔なモノを排除し、包囲を崩すための行動。

 本来であれば武器形態が変わるという手の内をさらすべきではないが、これ以上長引かせる方が問題だ。

 

 それでも、なお異形は追いすがる。

 抜けた穴を塞ぐように陣形は蠢き、減った事を感じさせないよう行動し続け、攻撃し続ける。

 これでは、いつまでも終わらない。

 

(……いいや、それでも限界はあるはずだ)

 

 魔術で編まれた人外であろうと、操られている人間であろうと。

 前者は魔力に、後者はその人員の量には必ず限界があるはずだ。このまま全てを倒し尽くせば、痺れを切らしたサーヴァントが姿絵を現すか、戦闘を中断するか。

 いずれにしろ、相手の戦力を削ぐ結果にはなってくれるはずだ。

 このまま、戦っていれば、

 

〈――そこまでです、ランサー〉

 

 頭の中で響く言葉に、ランサーは眉を顰める。

 

〈撤退……いいえ、別の仕事があります。木偶に構う余裕はありません〉

「――それは、この異形共を殲滅する以上に重要なのですか、マスター」

〈ええ勿論。私よりも、貴方の方が気配察知に長けているでしょう? ランサー〉

 

 そう言われてランサーは初めて、人形たち以外の気配に意識を向けた。

 ――校舎の方角に、一人。

 気配に魔力を帯びている事を考えると、おそらく魔術師だろう。

 常人と捉えれば異常な速度で門がある方角に走り、既にこの敷地内から出ている。

 

(……不覚だ)

 

 あの程度の気配、平時ならば気付けていたはずだ。

 戦闘に気を取られるあまり……いいや、怒るあまり、周囲を疎かにしていた。

 ランサーが歯噛みするのを気にせず、マスターは言葉を続ける。

 

〈使い魔で確認しましたが、サーヴァントらしき気配はありませんでした。マスターか、その関係者であったならば、この場で逃走しないでしょう。

 僕なら気配を消し、貴方が異形に気を取られているのを狙い、不意打ちくらいしますから〉

 

「……つまり、あれは、」

〈ええ。おそらく、潰えた魔術家系の先祖返りか、魔術を齧っている程度の一般人でしょう。我々の闘争とは、なんの関係もない、ね〉

 

 一般人。

 自分にとってしてみれば。

 少なくとも生前の自分からすれば、守護する対象の存在だ。

 

〈ですが、聖杯戦争は秘匿されるべき魔術儀式です。魔術の存在を知っているか定かではありませんが、不確定要素はいないに限ります。

 何よりまだサーヴァントは出揃っていない。もしマスター候補ならば、早い段階で摘み取っておいた方が良い〉

 

「……殺せというのですか? 何の罪も犯していない無辜の民を」

〈処分しろと言っているんです。今後の我らの為に〉

 

 どちらの言葉も変わらないが、持っている重さは大きく異なる。

 目撃者は排除しなければいけない事も、マスターが魔術師としては至極真っ当な事を言っている事も。

 

「………………」

 

 だが、その命令に即応は出来なかった。

 彼の真名を知っているならば、その戸惑いは無理からぬことだろう。

 彼は殺す者(ころしや)ではなく、護る者(へいし)なのだから。

 

〈不本意ですか? 僕は言った筈です。犠牲は『最小限に』すると。

 あの目撃者が誰かに話したり、何か厄介な起こせば、被害は拡大します。

 神秘は秘匿されてこそ。後片付けをする〝協会〟も〝教会〟も、もっと大胆な選択をするでしょう。僕は、穏当な方だと思いますよ〉

 

 ランサーの葛藤と対照的に、マスターの言葉はむしろ楽しげですらある。

 ――そう、彼はランサーに断られるなどと、欠片も思っていない。

 必要であると判断するならば、彼は躊躇なく令呪を使ってくるだろう。

 これは決定事項であり、従僕であるランサーに、否の選択肢はないのだ。

 

「――承知した。これより戦線を離脱、目撃者を追跡する」

 

 群がる異形を鎌で一閃すると、ランサーは空高く跳躍する。

 ランサーの頭の中に響いたのは、マスターの満足げな溜息だけだった。

 

 

 

 

 

 







次回は21日21時頃に更新します。
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