Fete/Breaking Down   作:鮭漉 鎌太郎

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04 邂逅 A

 

 

 

 

 

 ――どんな道を走って、どんな風に考えていたのかなんて覚えていない。

 自分の胸に入り込んだ恐怖の所為で、頭にはやけに靄がかかっている。

 足は震え、身動き一つだって取れないと感じる程の疲労が、体の底から止め処なく体を響かせる。

 

 それでも、足は自然と動いた。

 ようやく場所は自分の家の近く――戸建ての住宅がひしめき合う住宅街の中。

 夜も更けてきたからか、異様な夜の雰囲気に人が息を潜めているからなのか。閑散という言葉以上に人の気配が感じられない道を、自分はひたすら走り続ける。

 

 家が近いからと、安心出来るわけではない。

 それでも家に帰れば何か出来る事も見つかるだろう。なんだったら、一息ついて慎二さんに連絡することだって出来る。

 慎二さんは魔術師ではないが、この手の事には自分より造詣が深い。

 なにか打開策を考えてくれるかもしれない。

 なにか――、

 

 

 

 ――アレを殺せる手段があるはずだ(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)

 

 

 

「――なんだ、」

 

 頭に浮かんだ言葉の衝撃が、思わず足を止めさせる。

 何故自分はアレと戦おうとしている? いいや、それ以上だ。

 一度見ただけで分かる。

 

 アレは人間が殺せるモノではない。

 人間が殺せる存在ではない。

 

 それでも何故、アレを積極的に自分は殺そうとした? 自分は、アレに勝てると思っているんだ?

 

「自分は、いったい、」

 

「――そこまでだ、青年」

 

 衝撃が、足を貫通する。

 

「ガッ――、」

 

 痛みで轢き潰された声が漏れ、体は地面に転げ、滑るように前に進んだ。

 衝撃と混乱で明滅する視界のまま、痛みの元凶である足を見る。

 血。

 脹脛の中心が丸く抉り取られ、大量の血が零れ落ちる。

 

 このままにしておけば、失血死は間違いないだろうと思える程の。そうでなくても、受けた瞬間にショック死しても可笑しくはなかった。

 痛すぎて痛覚が麻痺しているおかげで、今自分は藻掻く程度で済んでいる。

 

「――『सर्व(全て) धर्म(に我) अनात्मन्(はなし)』っ、〝強化、開始――〟!」

 

 咄嗟に自分の魔術回路を起動し、必要な術式を詠唱する。

 魔力は効果を発揮し、ゆっくりと出血が収まるのが目に見えて解った。

 傷を治せる訳では無い。そのような魔術は習得していない。

 

 強化魔術で回復力を上げ、傷口の筋肉を収縮し、出血を止める程度はそう難しい事ではない。応急処置な為、後で適切な治療は必要だが。

 それでも、今は死なない。

 

「マスターの言う通り、魔術師の類だったか。足止めとはいえ、私の一撃を受けて死なないとは」

 

 頭上からの声に、視線を傷口から視線を向ける。

 月光を鈍く反射した、白銀の鎧。

 芸術作品のような造形をしているが、身に纏った雰囲気で戦う為のものだと理解出来る。

 顔は兜の所為で見えない。だが、その眼差しが自分に何を告げているかは分かる。

 

 今から、お前を殺すと。

 

 槍が振りかざされる。

 銀の鎧という豪奢な装いとは違う、簡素な形状は人を殺すに充分な威力を持っていた。

 男はゆっくりと、穂先を此方に向けた。

 恐怖と諦観にも似た感覚に、目を背けられない。

 

「さらばだ、あるいはマスターだった青年よ」

 

 ――死は、降り注いだ。

 そう、降り注いだのだ。

 

 魔弾の雨。

 

 銃弾とは違う、魔力独特の閃光を放つ、文字通りの魔弾。

 それが、自分を避けるように鎧姿の男にのみ降り注いだ。

 

「なっ――!」

 

 男の行動は早かった。

 振り上げていた槍は一瞬で小ぶりな双鎌に融変し、鎧姿とは思えない速度で魔弾の群れを叩き落とし始める。

 強力な神秘の内包したそれは、奇妙で甲高い金属音を上げ、地面を塗装しているアスファルトを削り、断片を巻き上げる。

 

 一撃一撃が機関砲にも近い一撃を放っている存在もだが、それを簡単にふるい落としている男の腕も尋常ではない駆動でだ。

 一群の豪雨と竜巻の衝突。

 人間という規格から外れた渦中に、自分はいる。

 

〈――何をぼさっとしているの、衛宮くん〉

 

 声が聞こえる。耳の近くで話しているように感じるが、当然自分と鎧の男以外に姿は見えない。

 

〈そのままだと、貴方は死ぬ。

私は構わないけれど、黙って見てるのも嫌だから。何か打開策があるなら、さっさと使いなさい〉

 

 打開、策。

 その言葉に、スロー再生されていた景色が時間を戻し始める。

 視線の色が戻る。

 自分の存在に実感が沸く。

 

『もし、自分よりも強大な存在に対峙する必要があったら、土蔵に行け。

お前が助かる可能性があるのは、多分そこにしかない』

 

 義父が言った言葉が頭の中で木霊する。

 行くとしたらそこしかないだろう。

 

「――走れ、」

 

 自分自身に対して叱咤して、ようやく体が持ち上がる。

 足は怪我のせいで力が入らず、手は恐怖からなのか震えていて、呼吸だって心臓だって自分の意志に従わずに荒くなっていく。

 それでも足は動いた。手に力が入る。呼吸も心臓も、自分を生かそうとしている。

 だから前を向いて、走り出した。

 

 

 

                  ◆

 

 

 

「見事だよ、我が主。君の計略通り、彼は囮の役割を果たしてくれた」

「私じゃなくて、貴方の計略だけどね、アーチャー」

 

 少女を抱きかかえながら住宅街の屋根を跳躍する青年に、彼女は少し不貞腐れるように返す。

 駆ける青年の動きは、風を切って飛ぶ隼よりもなお早い。

 

 ランサーのみに魔弾を当てたその精密性と飛距離もそうだが、彼のその身体能力も驚嘆に値するだろう。

 当然、彼は太古の英霊――弓の英雄、アーチャー。

 その中でも神代に近い彼にとって見れば、先の攻撃も今の移動速度も驚嘆には値しない。

 

「しかし君の優しさは好ましいが、納得は出来ない。

 青年への言葉かけもそうだが、守る為に全力で走っているこの状況も」

 

 アーチャーの眼光は鋭い。彼から見れば、この行動自体が無駄だろう。

 英霊は自分の願いを叶えるために現界する。

 マスターという依代、その理不尽な主従関係を許容しているのも、全ては勝利を収め、万能の願望器を手に入れる為。

 寄り道をするマスターを訝しく思うのも、当然だ。

 

「……ねぇ、アーチャー。

 貴方にも、どんな目的があっても譲れないものがあるでしょう? 〝誓い〟や戦いにおける制限ではなくて、自分自身に課した拘りが」

 

 信念、と言うには過言かもしれない。

 それでも、自分という人間、自分という存在を構成する為に必要なテンプレート。

 時に価値観や倫理観、誇りや道徳心という名前に変化するそれ。

 

「……持っていなければ、私は英霊になどならなかっただろうね」

 

 アーチャーの言葉の重みに、彼女も大きく頷く。

 

「でしょうね。それは私だってそう。

 理由があるならいざ知らず、人を理不尽に傷つけるのも、傷つけられるのを見るのも私は、許容しないわ」

 

 例え、それによって自分に不利益を被ったとしても。

 それが最終的に自分の首を絞める結果になったとしても。

 それが彼女の、信念のような考えだった。

 

「……君は高潔だな。私のマスターとして、誇らしいよ、」

 

 アーチャーの言葉は、途中で遮られた。

 

 鈍い振動がアーチャーと彼女を。

 いいや、この場全体を震撼させ、空気を共振させる。

 

「っ――」

 

 力としては微弱なものだ。

 それでも、魔力は魔力。

 魔術回路を起動させている少女にも、体の全てを膨大な魔力で編んでいるアーチャーも同様に影響を受ける。

 

 戦闘を行えない程の支障はない。

 しかしそれでも、マスターとサーヴァントである両者は、これが何を意味しているのか理解した。

 

「――マスター。さらに訂正しよう。君は、いや私達は、目論見が甘かったと言わざるを得ないぞ」

「……ええ、そうね」

 

 緊張から枯れた喉を潤すために、自然と彼女の喉が鳴った。

 

 

 

 青年――衛宮藤汰がいる場所から、新たなサーヴァントの気配がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 







次話は5/27の21時に更新します。
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