Fete/Breaking Down   作:鮭漉 鎌太郎

15 / 49
04 邂逅 B

 

 

 

 

 

 土蔵の空気は、いつも自分がいる場所だと分かっているのに、どこか神聖な寺院を思わせた。

 空気気は張り詰め、澄んでいる。満身創痍でボロボロの自分が、立っている事すら不安になるほど。

 

「何か、あったっけか」

 

 乾いた口から、間の抜けた言葉が漏れる。

 自分はここによくいるが、あくまで機械弄りの為だ。

 多くの物品が仕舞われているのは承知しているが、それが魔術的に重要な物であったり、強力であったなどという記憶はない。

 

 そもそも魔術に拘はがあっても、多くを修める事には興味がなかった義父だ。

 魔術礼装どころか、まともな魔導書だって持っていなかった。

 自分は教わらなかったし、ここにいて今までそのようなものを見つけた事もない。

 ――それでも義父が言ったからには、ここには何かがあるのだろう。

 

「っ、」

 

 痛む足を動かしながら、ゆっくりと土蔵の中に入る。乾き切っていない血が床を汚すが、気にしている余裕もない。

 

「――〝感知、強化〟ッ」

 

 五感とそれ以外、魔力を感知する感覚を強化し、周囲を見る。

 魔力の流れのようなものは感じる。この家そのものが、土地の魔力が流れている地脈――霊脈(レイライン)に掠るように位置している。

 その為、この屋敷全体が大源(マナ)と呼ばれる土地の魔力が多いのは当然だ。

 

 だが微かに地面から感じる魔力が、普段以上に濃い。

 

 魔力が溜まるように調整し、一種の貯水槽のような働きをしているように感じる。

 

「くっ、」

 

 敷かれているブルーシートを剥ぎ取り、その地面に触れた。

 眩いほどではない。それでも魔力による燐光が模様を描き、自分が触れる事でさらに明るさを増している。

 

「これは、陣、か?」

 

 魔術陣。

 強化魔術以外は使えなかったが、知識としては存在する魔術行使の方法の一つだ。

 呪文(スペル)ではカバーし切れない術式構成を一定の模様や円、幾何学などで構成する事により行う、魔術儀式の基礎。

 

 映し出された模様や魔術言語を理解する事は出来ないが、義父が言っていた代物だというのは理解出来た。

 しかし、

 

「これで、いったい何をしろって言うんだ、義父さん、」

 

 起動に必要なものも知らない。どんな効果が発揮されるかも解らない。

 これを自分に伝えて、義父は自分に何をさせたがっているんだ――、

 

 

 

「――それは、君が考える必要はない」

 

 

 

「なっ、ガッ――ッ!」

 

 声を出すと共に感じた衝撃で、視界が激しく揺れる。

 体に感じた勢いで、そのまま土蔵の奥に転がり込み、何の抵抗も出来ずに背中を強かに打ち付けた。

 息が吐き出せない。

 外気が吸い込めない。

 その所為なのか、月光を反射する眼の前の鎧の所為なのか。景色が何度も明滅を繰り返す。

 

「――妨害が二度。そして二度も私の一撃を受け生きている。

 主のお望みか、私が君を殺したくないのか……どちらにしろ、マスターの命に逆らえないのは。私の宿命なのだろうな」

 

 銀鎧の男は自嘲のようにそう言い、兜の奥で嘆息する。

 本気で自分を憐れんでいるのが分かる。

 同時に男が感情に流されない事も、雄弁なのは自分に話しかけている訳ではない事も。

 懺悔のようなものなのだろう。

 それが罪悪感からなのか何なのかは知らないが……。

 まるで、人間のフリをしている怪物か、――あるいはその逆か。

 

 

 

「――殺すなら、黙って殺せ」

 

 

 

 ――今の言葉は、自分が発したのか?

 相手が息を呑むのと、自分が目を丸くしたのはほぼ同時だった。

 こんな事を言うとは、返事をしようと思っていた訳ではなかったから。

 銀兜の内側から、呑んだ息を鋭く吐き出す音が聞こえる。

 

「――今日は驚かされてばかりだ。

 神秘と大義が薄くなったこの世界にも、このような人間がいるのだな。本当に惜しい。貴殿とは、出来れば戦場で競い合いたかった」

「ふざけるなっ、そんなの他所でやっていろ。自分は、自分は、」

 

 

 

 ――自分は、普通に生きていたいだけなんだ。

 

 

 

 その言葉は、今一度振るわれた槍の閃撃によって阻まれた。

 風を切り、押し出し、余波でガラクタの山は音を立てて崩れる。

 現代の武装で、一動作でこの威力を持つものを武器とは言わない。

 

 それは紛れもなく〝兵器〟。

 自分を殺してなお余りある。

 

 そんなものが、自分の命を刈り取るためにゆっくりと変化する。

 それは人どころか、柱すら簡単に両断しかねない幅の鎌に姿を変え、その切っ先は自分の首を切断する方向に舵を切る。

 

「ここまでだ。敬意を払って、これ以上は何も言うまい。

 さらばだ、おそらく敵だった青年よ」

 

 鎌を振り上げる。

 先ほどと同じように、景色がゆっくりと流れている。

 あの時は恐怖が勝ったが、今は冷静にその切っ先を追っている。

 

 自分は死ぬ。ああ、死ぬんだ。

 それを、自分は不思議と受け入れた。

 希死願望や自殺念慮があるわけではない。死にたいわけではない。

 

 ただ、納得出来た。

 自分は死んでもしょうがない。そう思っている自分がいたし、それに同意する自分がいた。

 何故だか理由は分からないけど。

 

 自分はここで終わってもしょうがない。そういう人間だと、分かっていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――でも、出来れば、ちゃんと生きたかったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――瞬間、光が爆ぜる。

 衝撃もなく、焦げ付く熱もない。

 それでも強力な魔力と閃光の爆発が、自分と男の間に割って入った。

 

「なっ、」

 

 動揺の声を上げたのは、自分ではなく男の方だった。

 閃光はそのまま寄り集まり、人のような形を形成していく。

 何かを手に持った、人の形。

 

 

 

 ――それはそのまま、男にぶつかった。

 

 

 

「くっ――ッ!」

 

 轟音と共に、光を受け止めた男は苦悶の表情で身を屈ませた。

 ――屈ませただけではない。足元に蜘蛛の巣状の罅が入り、男をめり込ませた。

 今まで見たどの攻撃の比ではない。

 強力な魔弾すら弾き返していた彼の膂力を覆したのだ。

 男を縫い留める光が変化し、ゆっくりとその全貌を浮き上がらせる。

 

 剣。

 

 暗黒を斬り出して作り出されような、漆黒の剣。

 巻き付いた布に刻まれている文字は魔力に呼応し脈動する。

 銀鎧の男が持っている槍と同等。それでいてそれとは異種の、澱んだ魔力を周囲に纏い、敵を縫い付ける。

 

「――ちょっとごめんねお兄さん、まずはこっちが先約なの」

 

 光の中から女性の声が聞こえる。

 少女のような快活さと、大人のような落ち着きを併せ持った、不思議な声色。

 

「貴様――、」

「だから自己紹介やその他諸々は後――向こうでちょっと、待っててねッ!」

 

 男の怒気にも流されず、声の主はもう一閃を叩きつける。

 先に放った攻撃以上の威力を持つ横薙ぎ。

 男はそれを、槍の柄で受け止めた。

 ――思い浮かんだのは、水切りの石。

 自分から見てもその防御は完璧だったが、重厚な鎧を身に纏う男の体は、跳ねるようにその場を退いた。

 

 ――自分は、何も出来ずにその場に座り込んでいた。

 痛みの所為ではない、起こった現象に動揺しているからでもない。

 

 ただその姿に、目を奪われたから。

 

 それは、女性だった。

 紫のドレスに、水銀の鎧。

 戦うにはあまりにも華美で、着飾るにはあまりにも覇気が過ぎるその姿。

 彼女は、全く違和感を感じさせずに、佇んでいた。

 勝ち気な表情と、紫色の瞳が強気に此方を見つめてくる。

 

 戦うお姫様。

 

 場違いに、でも自然にそんな言葉が浮かんだ。

 

「っ、ここに来て、新たなサーヴァントだと⁉」

 

 少し離れた男の怒声も、自分の耳を素通りした。

 ただその存在に圧倒され、言葉を失い、視線も呼吸も止まってしまう。

 彼女は自分にとって〝完璧〟に思えた。

 例え、アンバランスな装いをしていたとしても、彼女はそう思わせるだけの盤石さがあった。

 

「まったく、呼び出されるような願いなんてなかったんだけどね。ほら、私ってなんだって自分で叶えられちゃう自立した女だからさ。

 でも、可哀想な男の子を放っておくほど、冷めてるつもりもないのよね」

 

 状況に合わないほど、軽く明るい言葉。

 女性は真っ直ぐな言葉と真っ直ぐな視線を、眼の前にいる自分に向ける。

 

 

 

「――ねぇ、貴方が私の相棒、マスターって事で、合ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こうして、自分の運命は目覚めた(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)

 

 

 

 

 

 

 

 







そろそろ、第一章も終局です。
次回は5月30日の21時に更新します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。