「マス、ター?」
自分は彼女の言葉を、ただ繰り返した。
繰り返したと言うよりも、繰り返す事しか出来なかったの方が、ずっと正しかったのかもしれない。
襲撃に次ぐ襲撃。急激に減少した体内魔力の影響での頭痛と、突然現れた女性からの言葉に、動揺しない訳がないだろう。
「そそっ、マスターよマスター。ようは、貴方は私の主人かって訊いてるの」
こちらが混乱の渦で溺れそうになっているというのに、対して目の前の女性は実に平静で、自分が現れた事に動揺の一かけらも見せる様子はない。
さも当然。当たり前の事が起こった。
そんな風に明るい笑みを浮かべて、剣を肩に担いでこちらを覗き込んでいる。
「意味が、」
分からない。
その言葉が続く前に、女性の眉間に怪訝な皺が寄った。
「ん~?……ああ、そっか。もしかして一般人? 聖杯戦争が何なのか、知らない感じの人?」
聖杯戦争。
言葉そのものは聞いた事はなかったが、妙に聞き馴染みのある言葉だった。
「戦、争?」
「そう、戦争、なんだけど……あちゃ~、こりゃ全部説明するのにちょっと時間かかりそうね。
まぁ、良いわ――今は私が、貴方の味方だって事だけ覚えてて」
そう言うと、女性はすぐさま土蔵の出入り口に向き直る。
剣はそのまま肩に担いているものの、その気配だけは鋭く、今から戦いに走るのだというのが感じ取れた。
まるで濡れた刃だ。
冷静さと平時のような力の抜け具合がありながらも、彼女の殺気は、こちらを緊張させるのに充分な鋭さを持っていた。
「ま、待ってくれ、貴女は、」
自分の言葉に、そのまま背中越しに視線だけをこちらに送る。
殺気がしっかりと敵に向けられながらも、こちらにはいっそ慈愛に満ちた視線を。
「私の事は――ま、セイバーさんって呼んでくれれば良いから」
――瞬間、彼女――セイバーの体は。前方に跳ねる。
敵を切り殺す為ではなく、敵との間合いを自分が対応出来る範囲にする為の跳躍。
だがその勢いは人間では出せない、しなやかさと敏捷さを持っていた。
「さぁ~て、お待たせお兄さん。ごめんねぇ、うちのマスター、どうやら混乱中らしくて。安心させるのにちょっと時間がかかっちゃったわ」
セイバーの言葉に反応したのは、白銀の鎧。
吹き飛ばされた影響だろう、土煙の中、衝撃で穿たれた陥没の中心に立つその男は、それでも無傷のまま立っていた。
「――いいや構わん。むしろ、マスター候補である貴殿の主を襲ったのは私だ。礼儀に失していたのは、私の方だ」
男の声にも、また動揺はなかった。軽く振るった槍の風圧で土煙は晴れ、男とセイバーの間にはもはや何の障害もない。
「あら、そんな事言ってくれるなんて良い
「生憎、それも断らねばならん」
男は槍の切っ先を、セイバーに向ける。
セイバーの殺気を冷水に濡れる刃と表現するならば、男の殺気は灼赤に燃える武具だろう。
対峙している相手を、焦がさんばかりの熱量を切っ先に湛えて向けてくる。
「ここで貴殿の様な新たなサーヴァントに出会えたならば、対峙しないわけにはいかない。これでも、仕事熱心なのでね、セイバー」
その言葉に、セイバーは小首を傾げながら苦笑する。
「ん~、やっぱダメかぁ。まぁそれはしょうがないとして……セイバー、
今からでも、ライダーって事にしてくれる? その方が、まだしっくり来るの」
「――冗談も大概にしろ、剣使い!」
一撃は男の怒号と、ほぼ同時だった。
目にも止まらない、という言葉があるが、男の動きはまさにそれだった。
大の男が大股で五歩ほど歩かなければ埋まらない間合いが瞬きの内に詰められ、その切っ先はセイバーに突き立てられようとする。
狙いは胸中――その心臓。
そのまま貫かれ絶命するのが必至の、文字通りの一撃必殺。
だが、
「お、――っとッ!」
セイバーは肩に担いでた剣を薙ぎ、切っ先の行く末を自分の胸から脇腹に逸らす。
まるで力を感じさせない流れるような所作は、戦闘慣れを感じさせる。
――無論、そのままでは男も終わらなかった。
「フッ――‼」
男は引き絞るように槍を収めると、向きを多少変化させながら突き続ける。
何度も。
何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!
都合十三の突きの嵐。一人で軍隊の一群の如き、穂先の群れ。
一撃の間に加速し続けるそれは、空気を切り裂く程の速度で繰り出され続ける。
速度の所為で形はぶれ、星屑がそのまま銃弾になったかのような有様だ。
「ほっ、よっ、はっ、」
そんな攻撃を受けている――受けている筈のセイバーの声は、小石でも投げられているかのような気軽さを孕んでいるが、その所作は違う。
槍の猛攻を避け、剣で逸らす。剣士というよりも、雑技団にいる軽業師のような様相。
それでもその軽やかな動きの速度は、男の槍捌き同様、人の領域から踏み外したモノだ。
槍の速度を上回りつつ、刃に触れずに対応しきる。
そのような真似が出来る人間はいない。
「――なんだ、あれは、」
自分は土蔵の出入り口にもたれかかりながらも、二人の戦いに注視する。
十秒にも満たない戦いは、自分では真似を出来ない領域なのは見て取れる。
だがそれ以上に――あの二人にとって、それが本領でないのが理解出来る事に、戦慄を覚えたのだ。
人間ではない。
最初からそう思っていた訳ではなかったが、改めてそう理解出来るのに充分な戦闘だ。
「――っ、そろそろ、この戦いも終いのようだ」
男がそう言うと、一気に後ろに跳躍した。
最初に立っていた場所よりもずっと距離を離し、槍を構え直す。
穂先を真っ直ぐにセイバーに向け、中腰で構える所作。
明らかな突撃体勢。
「へぇ、さっきの槍の扱いよりも、こっちが本命って事?」
「……マスターから早々の決着をとお達しがあってね。
――どちらにしろ、こちらの方が貴殿に手傷を負わせる事が出来るだろう?」
「さぁ、それはどうかしらね」
ゆっくりと下段に構えるセイバー。こちらも明らかに、男の攻撃を受ける覚悟が見て取れた。
「そもそも、手傷で終わらせるつもりなんて無いでしょ――ランサーさん?」
「それはどうか、な‼」
爆発音にも似た衝撃が、ランサーと呼ばれた男の足元から響く。
距離は一瞬で縮まり、穂先は今一度心臓に向かう。
先程の攻撃以上の速度と鋭さ。しかし同時に直線的だったからこそ、セイバーには見えていた。
その動きが一条の彗星だったとしても、槍の直線的な動きでは予想は難しくない。
剣は、矛先を払いのけんと既に動いている。
だが、
「――甘い、」
ランサーの声と共に、槍は引き戻され、融解する。
自分にも向けていた大鎌が、横合いから首元を狙った横薙ぎに振るわれる。
その間、僅か数舜。
「なっ――」
これに反応出来るのは、達人を超えた存在のみだろう。
横薙ぎに一閃されれば、首は重力に任せて地面に堕とされる。
「――んちゃってッ!」
その動きに反応できたのは、セイバーの足だった。
バネ仕掛けにも似た速度で足が跳ね上がり、鎌を頭上高くに撥ね上げる。
「なんっ」
ランサーの驚嘆の声は当然だ。
剣士がいきなり格闘家紛いの蹴りを放ってくるとは誰も思わないだろうし、自分だって思わない。
本来、剣士の下半身はそこまで動かない。
地面をしっかりと踏みしめているからこそ、剣はその威力の真価を発揮する。相手を翻弄する足捌きはあるものの、あくまで立っている事が前提だ。
片足でバランスの悪い状態で、剣を振るえる筈がない。
――それでも、
「ハッ‼」
セイバーの剣は、その体勢と相反する綺麗な機先を描き、ランサーの肩を切り裂いた。
軌道もそうだが、あの荘厳な鎧で守られている方を切り裂くのは、きっとランサーの予想に反したものだったろう。
「グッ、」
ランサーはその痛みに、顔を歪ませ、そのまま鎌を引いて一気に距離を取る。
「――その正道を意識しない動き、まるで野盗や無頼のそれだな、セイバー」
血が滴り力なく垂れ下がる腕を気にする様子もなく、ランサーは笑みを浮かべる。
鎌は既にその形を槍に戻し、片手ながらも今もセイバーを警戒し、下がる事だけはしていなかった。
「失礼ね! せめて海賊って言ってくれない⁉
……でもまぁ、言ったでしょ? 私セイバーに向いてないのよ。お上品に剣だけ振ってれば良いって訳じゃなかったから」
そんなセイバーも、余裕があるわけではない。
顔には笑みがあり、剣は中段に構えられたままだが、一瞬の判断を行った緊張感からか少々汗ばんでいるようにも見える。
「ね、ここで終わりにしとかない? 私だってご覧の通り、余裕があるばっかりじゃないし、貴方の方こそ手傷を負った。
その状態なら、マスターだって帰ってくるな、なんて言わないでしょう?」
切っ先を下ろし、最初と同じように緊張を解いた――ように見える。セイバーの言葉に嘘偽りがないのは、傍で聞いているだけの自分でも理解出来た。
しかし同時に、その言葉を聞き入れてくれるとも、思っていないのだろう。
それは、手に握られた剣にから抜けきっていない力を感じれば、分かる事だった。
セイバーの言葉に、ランサーは構えを解かずに沈黙する。こちらもまだ、彼女の言葉を信用しきっていないのが見て取れた。
……それでも、
「――ああ、確かにその通りだな」
一瞬視線を空中に彷徨わせると、槍を伏せその場にしゃがみ込む。
明らかな撤退の姿に、自分は動揺するが、セイバーは全くと言って良いほど動揺していない。
「だが、セイバー。おかしい言葉かもしれんが、簡単に他の陣営にやられない事を祈ろう。私にこのような傷を負わせたのだ、再戦は必須と思っていてくれ」
ランサーの鋭い言葉を、セイバーは風に揺られる柳のように返す。
「え~、遠慮したいなぁ、貴方みたいな真っ直ぐな人、私は苦手なのよねぇ。
セイバーのつけた切り傷は生々しく、未だに傷口から血が溢れている。
致命傷とまではいかなくとも、重症だ。普通の人間相手だったら、ここでの撤退どころか戦線離脱が妥当だろう。
――が、ランサーの表情から笑みが消える事はない。
「皮肉か何か知らんが、心配には及ばん。このような傷をどうにか出来ない訳ではない」
槍が持ち上がる。
戦意からではなく、表明を込めた切っ先は、夜空の月光で光を湛える。
「今一度覚えておけ。お前の心臓を貫くのは我が槍であると」
言葉と共に、その姿は陣風を纏って上昇し、闇夜の中に消えていった。
次話は6月2日の20時に更新します。
次話で、一章ラストになります。新しい章が始まる前に、二週間の書き溜め期間に入りますので、よろしくお願いします。
正式な後書きは活動報告にて書かせていただきます。