Fete/Breaking Down   作:鮭漉 鎌太郎

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05 彼女と戦争について B

 

 

 

 

 

「……はぁ~、あれは諦めてくれそうにもないなぁ」

 

 彼の姿が瞬く間に視界から消えた途端、セイバーは肩で息をしながら力を抜いていく。

 警戒し、戦意を抜き身で放っていた彼女の姿からは、想像出来ない程のリラックスした姿だ。

 

「お、おい、大丈夫なのか?」

「ん? ええ、大丈夫よぉ」

 

 自分が咄嗟に口にした言葉に、セイバーはだらけた声で答える。

 

「ランサーのマスターから何か命令でも来たんでしょ。あれ程の戦士……いや、雰囲気的に兵士かな? とにかくああいう御仁は詐術を嫌うから、撤退は本当。

 傷が問題ないような、何か方法があったんでしょうけど、私達の前でそれをしなかったって事は、きっと宝具に関係するなにk、」

 

 

 

「いや、自分は貴女の安否について確認しただけなんだが」

 

 

 

 自分の言葉に、セイバーの動きが止まった。

 ……いや、動きが止まってしまうほど変な事を自分は言ったか?

 

「……あたし?」

「ああ、あれ程の打ち合い、貴女が怪我をしていないか判断が出来なかったから、」

 

 目でぎりぎり追う事は出来たが、あくまで追っていただけだ。

 どこでどのような怪我をしていたか分からないし、そもそもあの速度の攻撃を受けていたんだ。防御した腕の骨に罅が入っていてもおかしくはない。

 

 自分の言葉に、セイバーはまじまじと自分を観察する。まるで予想外だった、というのを隠しようもない視線だ。

 ……いや、本当にそんなに驚くような事を言ったか?

 

「……嘘とかじゃないわね、本気(マジ)で言ってるんだ、貴方」

「? おかしな事を言う。守られた分際で、守ってくれた人間の心配をしないわけがないだろう?」

「ああ、いや、そうなんだけど……あれぇ、本気だ。うわぁ、君、結構面白い性格してるのね」

 

 驚きは消えていないものの、今度はその表情に明るい笑みが浮かぶ。

 

「なんだそれは。自分は普通の事を言っているつもりなんだが、」

「だからだよ」

 

 自分の言葉に、彼女は嫌に断定的な言葉を返す。

 

「普通ね、あんな人外じみた戦闘を見せる鎧姿の女が、自分を守ってくれるって言っても信用できないのものなの。

 普通じゃない状況で普通の気遣いが出来るって、相当異常よ?」

 

 ……そういうもの、なのだろうか?

 自分からすれば、当たり前の事を言っただけなんだが……いや、これだけ堂々と異常な様相の彼女からそのような事を言われても、心外なんだが。

 

「……それじゃあ、不安そうな顔をして隠れていればよかったか?」

「ああ、拗ねないでよ、そんなつもりじゃないの。

 むしろ頼もしいくらいよ。こんな状況でも、普段通りに思考出来てるってのはありがたいわ、流石私のマスター」

「……そのマスターという呼称は、やはり自分に対してだったのか」

 

 朗らかに笑う彼女に反して、自分の表情が硬くなるのが、自分でも分かる。

 マスター、サーヴァント、セイバー、ランサー。

 どの言葉一つとっても理解が出来ない。

 意味は分かる。彼女はその名の通り剣を携えているし、ランサーと呼ばれた男が使っていた武器は槍で間違いないだろう。変化はしていたが、基本は槍だった。

 

 だが、主人(マスター)奴隷(サーヴァント)など、穏やかとは程遠い呼び方だ。

 ……そしてそれ以上に物騒なのは、彼女達の持つ魔力と戦闘能力。

 いくらこちらが魔術師とはいえ、可視化出来るように感じるレベルの魔力を有し、人間では対応出来ない速度と力を持った戦闘力を持つ。

 正直、人間とは思えない。

 

「ええ、そう。貴方は私のマスターで、私は貴方のサーヴァント。

 ま、使い魔の一種と思ってくれて間違いはないわね」

「使い魔だと……いや、自分には、貴女がそのような存在には見えないのだが」

 

 情報伝達や魔術行使の補助に使う動植物や異形を、魔術師は使い魔と呼称する。

 自然にいるモノを魔術で操る、一から創るなど方法はいくらでもあるが、彼らは総じて人間ではない。

 人語を介する程の存在はそう多くはなく、人造人間(ホムンクルス)などいない訳ではないが存在はごく限られる。

 第一、そんなものをうちの義父が作れるとは思えない。

 

「う~ん、まぁ厳密にはもっと高性能なんだけど、本質的な部分では使い魔と変わらないって言うか……この辺、私も専門じゃないから分からないんだけどね。

 まぁとにかく、貴方は私に指示が出せるし、私は貴方に仕えている。これさえ覚えてくれれば間違いないから」

 

 そう言いながら、セイバーはもう一度剣を持ち上げる。

 今度は正眼に、切っ先は敷地を仕切る土壁に向かって。

 

「悪いんだけど、詳しい説明はまた後でね。

 

 

 

 また、お客さんが来たみたいだから」

 

 

 

 その言葉と同時に、乾いた竹が叩かれるような音が、家全体に響き渡る。

 本来ならランサーが来た時に鳴っていた――いいや、鳴っていたんだろう、自分が夢中で気付いていなかっただけだ――屋敷の結界が反応する音。

 祖父の代からある結界の効果は、非常に簡素な一つだけ。

 

 

 

 敵襲を知らせるだけのものだ。

 

 

 

「――っ」

 

 その音と魔力の気配に反応して、自分も視線を上げる。

 土壁の上、瓦葺の屋根の上に、人影が二つ。月の逆光がシルエットを強調するが、その様相を隠す程ではなかった。

 一人は、屈強な男性の姿。

 浅黒い肌、鋭い眼光。この国の風土とは違う気配を持った衣装を身に纏い、こちらに構える。

 

 その姿もまた、武人の姿。

 姿勢も違う、武器も持っていない、相手よりも視界が開けた場所に立っているとはいえ、油断していると言っても良いかもしれない。

 しかしその姿勢と気配はこちらを圧倒し威圧する。

 それだけで、心得のない自分でもセイバーとの実力差に開きがあるのを感じる。

 あれは、強い存在だ。

 

 ――そしてもう一人は、実に見覚えのある姿だった。

 自分が通っている穂群原学園の、女性とが着ている制服。

 長い黒髪と、その間で揺れる若草色の目。

 間違いなく、ここ数日同じ教室で学んでいる、

 

 

 

「――桜小路、か?」

 

 

 

 動揺して思わず漏れた名前に、上から見下ろしている彼女は眉を顰める。

 

「……驚きました、衛宮君。貴方は魔術師ではあってもマスターになれる器じゃないと思っていたのに。

 おまけに……最優のサーヴァントを引き当てるなんて、運が良いのか悪いのか分かりませんね」

 

 彼女の言葉はいたって冷静だ。自分に対しても、剣を構えるセイバーにも一切動揺しているようには見えない。

 まるで、この状況を予想していたかのように。

 まるで、自分の事情を全て知っているかのように。

 

「……君も、何か事情を知っている人間、なんだな」

 

 自分の言葉が予想以上に冷たい。

 彼女は自分にとって日常の中にいる一人だった。それがこんな非日常な光景の一因になっているのが、ひどく悲しかったのかもしれない。

 

「……この状況でそれを察せられなければ、そのまま敗退して貰っていたところなんですけどね、残念です」

 

 そんな自分の言葉に、桜小路凪子は普段の優し気な気配など無く、冷徹な声色を使う。

 ああ、この雰囲気は知っている。

――人間の常識を持たない、魔術師のそれだ。

 

「ですけど、流石に中途半端に事情を知っている人間を、そのままという訳にはいきませんよね」

「――あら、どうするつもりかしら、お嬢さん」

 

 桜小路の言葉を、セイバーが遮る。

 剣は正眼に構えられ、視線は桜小路の隣に陣取っている男に向けられたまま。

 いつでも戦える状態にしたまま、彼女は話した。

 

「ここでいきなりドンパチってのは、悪いけどやめてもらいたいわ。一番良いのは、このまま見逃してくれる事かな。

 うちのマスターは、魔術は知ってても生憎この戦争の事情までは知らないみたい……そんなの、ちょっと見捨てた所で問題はないでしょう?」

「……やめておけ、セイバー」

 

 セイバーの言葉を、今度は男が遮った。

 

「君はどうやら、話す事が得意なサーヴァントのようだが。

 生憎、私には通用しない。宝具かスキルかは知らないが、もし我が主を誘導する素振りを見せるならば……あるいは貶める素振りを見せるならば、君の願いは叶わないと知れ」

 

 男の言葉には鋭さはあっても、余裕を忘れていないような響きがあった。自身が上位者であるという、疑いのない自信からくるものだろう。

 その事に、セイバーもまた動揺しない。まるで「お茶目」であるかのように、ペロリと舌を出してお道化る。

 

「いやだなぁ、そんな事しないったら。

 でも、言った言葉はほんと。このままちょっと見逃して貰えるか、あるいは戦うか……もし後者を選ぶなら、多少の被害は覚悟してもらうわよ」

 

 その言葉に、男の体にも緊張が走るのが分かる。

 分かるからこそ、恐ろしい。力が入らないはずの手にも、嫌な震えと汗が浮かぶ。

 怖い。

 ランサーも確かに恐怖した。自分一人に向けられる暴力として、あれは非常に強力なものだった。

 だが、目の前のコレは違う。

 ランサーやセイバーなどよりもずっと協力な、『破壊者』の気配。

 

「……言ったな、セイバー。神々を砕き切る私の技、受ける覚悟があると見える」

「覚悟なんてとんでもない……でも、アンタみたいに偉そうなのが、私は一番嫌いなのよねぇ。反抗したくなっちゃう」

 

 張り詰めた弦のように、空気が軋むのを感じる。

 

 

 

「――よしましょう。私に戦闘の意思はありません」

 

 

 

 それを緩めたのは、桜小路の言葉だった。

 隣の男は、不満げに視線を送る。

 

「マスター、だが、」

「落ち着いて。彼女がどのような力を持っているか分からない以上、ここで戦う必要性はないし、話が出来る陣営があるのは大事な事よ。

 それに、」

 

 ひらり、と彼女は塀から舞い降りる。

 一瞬セイバーが反応しかけたが、牽制するように睨みつけた男の視線で、動きが止まった。

 そのまま彼女は、何の躊躇もなく自分の目の前に立った。

 

「? 桜小路、何を、」

 

 自分の言葉を聞く気もないようで、途中で桜小路が自分の足に触れた。

 ランサーに貫通させられた足だ。

 

「ぐっ⁉」

 

 痛みという名の電流が走る。

 強化魔術により傷口を塞ぎ、出血を止めていても、痛みを防ぐ術は自分にはない。痛むのは当然の事だった。

 

「私、弱っている人間に辛く当たれるような人間じゃないの……分かるでしょ? アーチャー」

 

 今度は桜小路の顔に、笑みが浮かんでいる。

 これもまた、強者が持っている余裕の様なものだろう。実際、自分の事を歯牙にもかけないからこそ、出た言葉なのだ。

 ……あるいは、自分が預かり知らない所での事情が、彼女にそうさせたのかもしれない。

 

「……まったく。そのような所で可愛らしさを見せるものじゃないよ、マスター」

「あら、ごめんなさい。余裕ぶった所を見せないと、衛宮君に舐められちゃうから」

 

 クスクスと笑みを零しながら、桜小路はこちらを伺う。

 

 

 

「一時休戦です、衛宮君。

 貴方がどのような状況で、なにに巻き込まれたのか、教えてあげます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ここで、第一章は完結でございます。
次回第二章は、二週間の書き溜め期間を頂きまして、6月16日(月)の22時に更新します。



また、活動報告にて後書きのようなものを投稿しています。
もし、「なんでも大丈夫!」「書いている人の話が聞きたい」という方は、読んでいただければ幸いです。


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