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――夢を見ている。
夢を夢と認識する事を明晰夢と言うらしいが、これは明晰夢なんだろうか。
まるで記憶を思い出しているような気分。実際、こんな景色には、遭遇していない筈なのに。
どこかの家の縁側に、自分は座っていた。
家屋は朽ちていて、とても人が住んでいる状態には見えなかったが、不思議な温かみを感じる家だった。
自分の隣には、少女が座っている。
着物は着古され、あちこち擦り切れていた。病的に白い肌も相まって、どこか浮世離れした姿が景色の中に浮かんでいる。
他の人が見れば、幽霊や妖怪の類に思ったかもしれない。
……だけれど、なんでだろう。
自分よりずっと彼女が〝生きている〟と感じるのは。
『□□は、きっと素敵な□になるよ』
何を言っているのかは、よく分からない。
水面の向こう側から浮き上がる泡に似て、その音は小さく弾けるように消えていく。
でも、耳朶に居残り続ける。
でも、意識を持ってかれる。
でも、心を掴んで潰される。
『私、□□□□になるのが夢なんだ。
ほら、□□□□って、ちゃんとした□□ないとなれないんでしょ? 私もちゃんと□□れば、きっと素敵な□□□□になれると思うの』
少女の表情には、優しく、温かい熱が籠っている。
さっきまで幽霊だなんだと思っていたくせに。
その姿は自分の大事な宝物を、胸に閉じ込める姿に似ている。
少女らしい、夢見る乙女の
『ねぇ、□□……貴方はきっとちゃんと□□□□になれると思うわ……ううん、なってほしい。
だから、その時は、』
憧れ、という言葉はこういうものなのか、と思った。
――だがそれを見たところで、何も感じない。きっと普通の人ならば、様々な感情が浮かぶのかもしれない。これを尊いと思うのかもしれない。
言葉はやはり判然とはしないけれど、それが自分という存在から、あまりにもかけ離れているという事だけは分かった。
それを理解する事も、
それに共感する事も、
それに納得する事も、
だってそんなもの、自分の中には最初からないのだから。
あってはいけないと、そう言われ続けてきたのだから。
◇――さぁ、そろそろ眠る時間だよ◆
……最初に目に入ったのは、宙に舞う埃だった。朝の日差しの中で、まるで降り止まない雪のようにも見える。
少し身動ぎする風だけで浮かび上がっては、また落下を繰り返すのだから、ある意味では合っているのかもしれない。
ぼんやりしている視界で、周囲を見渡す。
乱雑に積まれているガラクタの山。
山というのは大袈裟かもしれないが、義父がここで過ごしていた頃から積まれ始めたそれは、何があって何がないのかも理解できない程だ。
山というのは、言い得て妙かもしれない。
目の前にある、使えなくなっているストーブもその一つだ。
今の時代、電気でなく灯油で動くストーブを直して何になるのかとも思うが、集中するにはもってこいだ。
もっとも、自分には直す知識も技術もない。
散らばった無数の工具と、分解されたままの現状が、それを物語っていた。
「――ハァ、」
寝起きの欠伸を一つしてみれば、息は白い煙になって空気の中に吐き出される。
冬の盛りは過ぎている筈だが、この街冬木市にはまだ寒さが居残っている。
そんな中、暖房器具が一つもない部屋で、薄着で寝ているのだから凍死したって文句は言えない。
未だに、風邪一つもひいた事もないのが、不思議なくらいだ。
伸びをして、体の強張りを解す。不調は感じないものの、寝床は地面にブルーシート一枚という過酷なものだ。
節々の関節が軽快な音を立てながら、体の怠さを解きほぐしていく。
――不意に、人の気配を感じる。
呼び鈴が鳴ったわけではない。土蔵の外に気配を感じただけだ。
土蔵の壁と遮音性を考えれば、本来は気づかないレベルの違和感だろう。
少なくとも、
こういう部分は普段隠しているが、土蔵の前にいる人がそんな事を異常と捉える人間じゃないのは、もう分かっている。
そもそも、我が家の庭に呼び鈴も押さず入ってくる人は、一人しかいない。
「――冬に薄着でいるな、土蔵で寝るな、僕が来る時は玄関で応対しろ。
重々しく土蔵の扉が開くと同時に、有無を言わせぬ毒舌が飛ぶ。
相変わらず人の心を土足で踏み散らかす人だ。しかし、妙に腹が立たないのが不思議だ。
「……すいません、少し作業に集中していたら、眠ってしまったようです」
「〝ようです〟じゃないんだよ。こんな寒い中寝て体調を崩さないのは、お前とお前の父親くらいなもんだ。
しかも使いもしないものを弄って。いつになったらお前は学ぶんだ、間抜け」
おじさんは藍色の癖毛を揺らしながら、自分が直そうと試みていたストーブを一睨みして小さく鼻を鳴らす。
「確かにお前の父親は小手先が器用だったけど、お前には向いてないって」
「お言葉ですが、おじさん。手先が器用に〝小〟はいらないのでは? それに、義父は言いました『挑戦は大事なことだ』と」
「『何回も挑戦して無理なものは、流石に無理』とは言われなかったのか?」
「それは言っていませんでしたね」
「じゃあ、アイツの落ち度だな」
何故そこまで自信満々に言い切れるのか。何だ落ち度とは。
おじさんは義父と自分を比べる傾向があるが、何度聞いても違和感を覚える。義父と自分は、全く別の人間なのにな、と。
「とにかく上着を着ろ、自分の部屋で寝ろ、僕が来たら玄関で応対しろ。
出来ないって言うなら、土蔵での作業は禁止にしたって良いんだからな」
そんな事を命令する権限は、おじさんにはない。
……ないのだが、自分はかなり、おじさんにお世話になっている。自分がそれによって無下に出来ないというのを、理解しての発言なのだ。
それに、どんなに口が悪かろうとも、言っている言葉は自分を思っての言葉だと解っているから。
「……以後気をつけます、おじさん」
「ふん、分かれば良いんだよ分かれば。
……ああ、あとその呼び方もやめろよ。別に僕はお前の親戚じゃないんだから。そう呼ばれると自分が年寄りになった気分になる」
自分はそんな事欠片も思っていないと言っても、おじさんは納得しないだろう。
そんなの、この人の気分次第だから。
「――ええ、分かりました。慎二さん」
自分の言葉に、慎二さんは満足そうに鼻を鳴らした。
こうして自分、
今日はあともう一話 更新します。