Fete/Breaking Down   作:鮭漉 鎌太郎

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少し遅れましたが、二話目になります。
よろしくおねがいします


01 日常の微睡み A

 

 

 

 

 

 

 ――夢を見ている。

 夢を夢と認識する事を明晰夢と言うらしいが、これは明晰夢なんだろうか。

 まるで記憶を思い出しているような気分。実際、こんな景色には、遭遇していない筈なのに。

 

 どこかの家の縁側に、自分は座っていた。

 家屋は朽ちていて、とても人が住んでいる状態には見えなかったが、不思議な温かみを感じる家だった。

 

 自分の隣には、少女が座っている。

 着物は着古され、あちこち擦り切れていた。病的に白い肌も相まって、どこか浮世離れした姿が景色の中に浮かんでいる。

 

 他の人が見れば、幽霊や妖怪の類に思ったかもしれない。

 ……だけれど、なんでだろう。

 自分よりずっと彼女が〝生きている〟と感じるのは。

 

『□□は、きっと素敵な□になるよ』

 

 何を言っているのかは、よく分からない。

 水面の向こう側から浮き上がる泡に似て、その音は小さく弾けるように消えていく。

 

 でも、耳朶に居残り続ける。

 でも、意識を持ってかれる。

 でも、心を掴んで潰される。

 

『私、□□□□になるのが夢なんだ。

 ほら、□□□□って、ちゃんとした□□ないとなれないんでしょ? 私もちゃんと□□れば、きっと素敵な□□□□になれると思うの』

 

 少女の表情には、優しく、温かい熱が籠っている。

 さっきまで幽霊だなんだと思っていたくせに。

 その姿は自分の大事な宝物を、胸に閉じ込める姿に似ている。

 少女らしい、夢見る乙女の表情(かお)

 

『ねぇ、□□……貴方はきっとちゃんと□□□□になれると思うわ……ううん、なってほしい。

だから、その時は、』

 

 憧れ、という言葉はこういうものなのか、と思った。

 ――だがそれを見たところで、何も感じない。きっと普通の人ならば、様々な感情が浮かぶのかもしれない。これを尊いと思うのかもしれない。

 

 言葉はやはり判然とはしないけれど、それが自分という存在から、あまりにもかけ離れているという事だけは分かった。

 

 それを理解する事も、

 それに共感する事も、

 それに納得する事も、

 

 だってそんなもの、自分の中には最初からないのだから。

 あってはいけないと、そう言われ続けてきたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                       ◇――さぁ、そろそろ眠る時間だよ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……最初に目に入ったのは、宙に舞う埃だった。朝の日差しの中で、まるで降り止まない雪のようにも見える。

 少し身動ぎする風だけで浮かび上がっては、また落下を繰り返すのだから、ある意味では合っているのかもしれない。

 ぼんやりしている視界で、周囲を見渡す。

 

 乱雑に積まれているガラクタの山。

 山というのは大袈裟かもしれないが、義父がここで過ごしていた頃から積まれ始めたそれは、何があって何がないのかも理解できない程だ。

 山というのは、言い得て妙かもしれない。

 

 目の前にある、使えなくなっているストーブもその一つだ。

 今の時代、電気でなく灯油で動くストーブを直して何になるのかとも思うが、集中するにはもってこいだ。

 もっとも、自分には直す知識も技術もない。

 散らばった無数の工具と、分解されたままの現状が、それを物語っていた。

 

「――ハァ、」

 

 寝起きの欠伸を一つしてみれば、息は白い煙になって空気の中に吐き出される。

 冬の盛りは過ぎている筈だが、この街冬木市にはまだ寒さが居残っている。

 そんな中、暖房器具が一つもない部屋で、薄着で寝ているのだから凍死したって文句は言えない。

 未だに、風邪一つもひいた事もないのが、不思議なくらいだ。

 

 伸びをして、体の強張りを解す。不調は感じないものの、寝床は地面にブルーシート一枚という過酷なものだ。

 節々の関節が軽快な音を立てながら、体の怠さを解きほぐしていく。

 ――不意に、人の気配を感じる。

 呼び鈴が鳴ったわけではない。土蔵の外に気配を感じただけだ。

 

 土蔵の壁と遮音性を考えれば、本来は気づかないレベルの違和感だろう。

 少なくとも、体格や息遣いを感じる(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)程は分からないだろう。

 こういう部分は普段隠しているが、土蔵の前にいる人がそんな事を異常と捉える人間じゃないのは、もう分かっている。

 そもそも、我が家の庭に呼び鈴も押さず入ってくる人は、一人しかいない。

 

「――冬に薄着でいるな、土蔵で寝るな、僕が来る時は玄関で応対しろ。

 藤汰(とうた)、僕はお前にそう教えたはずなのに、最近まともに出来ていないのは、随分な怠慢じゃないのか?」

 

 重々しく土蔵の扉が開くと同時に、有無を言わせぬ毒舌が飛ぶ。

 相変わらず人の心を土足で踏み散らかす人だ。しかし、妙に腹が立たないのが不思議だ。

 

「……すいません、少し作業に集中していたら、眠ってしまったようです」

 

「〝ようです〟じゃないんだよ。こんな寒い中寝て体調を崩さないのは、お前とお前の父親くらいなもんだ。

 しかも使いもしないものを弄って。いつになったらお前は学ぶんだ、間抜け」

 

 おじさんは藍色の癖毛を揺らしながら、自分が直そうと試みていたストーブを一睨みして小さく鼻を鳴らす。

 

「確かにお前の父親は小手先が器用だったけど、お前には向いてないって」

「お言葉ですが、おじさん。手先が器用に〝小〟はいらないのでは? それに、義父は言いました『挑戦は大事なことだ』と」

「『何回も挑戦して無理なものは、流石に無理』とは言われなかったのか?」

「それは言っていませんでしたね」

「じゃあ、アイツの落ち度だな」

 

 何故そこまで自信満々に言い切れるのか。何だ落ち度とは。

 おじさんは義父と自分を比べる傾向があるが、何度聞いても違和感を覚える。義父と自分は、全く別の人間なのにな、と。

 

「とにかく上着を着ろ、自分の部屋で寝ろ、僕が来たら玄関で応対しろ。

 出来ないって言うなら、土蔵での作業は禁止にしたって良いんだからな」

 

 そんな事を命令する権限は、おじさんにはない。

 ……ないのだが、自分はかなり、おじさんにお世話になっている。自分がそれによって無下に出来ないというのを、理解しての発言なのだ。

 それに、どんなに口が悪かろうとも、言っている言葉は自分を思っての言葉だと解っているから。

 

「……以後気をつけます、おじさん」

「ふん、分かれば良いんだよ分かれば。

 ……ああ、あとその呼び方もやめろよ。別に僕はお前の親戚じゃないんだから。そう呼ばれると自分が年寄りになった気分になる」

 

 自分はそんな事欠片も思っていないと言っても、おじさんは納得しないだろう。

 そんなの、この人の気分次第だから。

 

「――ええ、分かりました。慎二さん」

 

 自分の言葉に、慎二さんは満足そうに鼻を鳴らした。

 こうして自分、衛宮藤汰(えみやとうた)の一日が始まった。

 

 

 

 

 

 




今日はあともう一話 更新します。
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