「あ、ちょい待ち」
桜小路の言葉の機先を、セイバーが制した。
一瞬、アーチャーの指が動く。警戒しているのか、殺気こそ出ていないものの、既に気配は鋭い。
アーチャーの様子を無視し、セイバーは同じように柔らかい笑みを浮かべる。
「あ~、そんなに警戒しないで、別に『あんたらに案内される謂れはない、話を聞いたからには殺し合いだッ』なんて話じゃないの。
案内前に、うちの主様と話をさせて貰っても良い? ほら、召喚されてからこっち、そんな余裕なかったから」
こちらを指さしながら言ったセイバーの言葉に、悪意が感じられるわけではない。しかし、何か思惑はあるのだろう。
それを察してなのか、あるいは支障がないだけなのか。桜小路は少し逡巡すると、
「……良いでしょう。別にこちらとしても、意思統一がされていると助かりますし。
でしたら、私たちは外で待ちます――くれぐれも、私達にとって良からぬ事は考えないように」
桜小路はそう言うと、身を翻した。
いつの間にかアーチャーの姿はない。一瞬で姿を消すというのは、人間を超えた存在には当たり前なんだろうか。
「……ふぅ、」
一瞬だけ静寂が訪れたあと、響いたのはセイバーの溜息だった。
「あぁ~、緊張するぅ。やっぱ腹の探り合いは向かないわ、アタシ」
「そのわりに、随分堂に入っていたように見えたんだが」
「はっ、ご冗談っ」
自分の率直な感想を、セイバーは一笑に付す。
「出来る事が向いているとは限らない、逆もしかりよ。
そういう意味じゃ、あの子も同じだけど……根が良い子が無理をしている姿は健気だけど、見たい姿じゃないわぁ」
彼女はそう言いながら、ゆっくりと体を解す為に伸びをし、こちらに向き直った。
「さて、改めて自己紹介してほしいわね。いつまでもマスターってだけ呼ぶのも、味気ないしね」
「ああ、そうだな……自分の名前は衛宮藤汰。魔術師……というには聊か半端者ではあるが、魔術を学んでいる事は確かだ」
「とうた、トウタ……ん、じゃあ、これからはトウタと呼ぶわ。従者らしい遜った態度がとれないから、それは勘弁ね」
口の中で数度反芻すると、彼女は朗らかな笑みでそう言った。
別にこちらも、奴隷のように付き従えたいわけではないので、素直に頷いた。
「それじゃあ、自分は――セイバーさん、とお呼びして良いんだろうか? それとも、真名を聞いておいた方が良いのか?」
真名。
英霊を象徴する名であり、その名を知るという事は彼らを知るという事、だと桜小路は言っていた。
例えば、トロイア戦争で有名なアキレウス。
クラスと彼の名を把握しておけば、どのような戦術・戦い方をするかは理解出来る。そしてそれと同時に、彼の弱点を知る事も出来る。
何せ、彼の死因たる部位は、彼の名を冠する程なのだから。
このように、強みと弱みを同時に理解する為にも、自分のサーヴァントと敵の真名を探るのは重要であるらしい。
そこは、自分でも理解出来た。情報と言うのは、何よりも大事だからだ。
そんな自分の言葉に、セイバーは苦笑で顔を曇らせた。
「う~ん、私としては教えても良いんだけどね。これといった弱点みたいなのもないし。でも、あまり周りに知られたくないってのも本当。
トウタ。もし君が精神操作系の魔術への耐性があるなら良いけれど、そうじゃないなら聞かない方が良いと思う」
「それなら……聞かない方が良いかもしれないな」
その類の修練は受けていない。敵の魔術で情報を盗まれないとも限らないのだ、彼女の言い分も尤もだろう。
そのような事も視野に入れて鍛錬していないのか、と言われるとそれまでだが。
知らない事、出来ない事に対して虚勢を張っても意味はないだろう。
「ん、そういう素直なところは、お姉さんとっても良いところだと思うわ。
私の事は、ただセイバーって呼んでくれれば良い。敬称も要らない、私達は一応、相棒なんだから。そういう所は対等じゃないとね」
「一応、なのか?」
言葉の端に違和感を覚え、つい指摘してしまう。
「一応よ。だって、教会に着いてから『やっぱり戦いたくない』ってなるかもしれないでしょ? ううん、私的にはそっちの方が良いかなぁ、とも思ってる」
「戦ってほしくない、と? 君も願いがあるから、召喚に応じたんじゃないのか?」
マスター同様、サーヴァントにも願いが存在する。
それがどのような願いなのかは個々人それぞれ違うだろうが、少なくとも聖杯という万能の願望機でなければ願えない大望を持っている。
少なくとも、桜小路から説明された聖杯戦争の概要を聞くに、多かれ少なかれそのような者が召喚に応じている筈だ。
てっきり、彼女もそうだと思ったのだが。
自分の言葉に、彼女はまた苦笑する。
「ん~、私の場合、大きな望みはないかなぁ。ぶっちゃけここに来たのも……まぁ、色々理由はあるけども、聖杯に託さなきゃいけない程じゃない。
それより、何の関係もない子どもが戦場に駆り出されるの、私好きじゃないから」
「では、戦うなという事か?」
「そうは言ってない。戦うと決めたなら、私は全力で貴方を守るし、勝てるように努力するつもり。でも、周りに流されて何となく、っていうのはやめてって話」
その表情は優しいものだが、言葉は思い。こちらの心根を見透かしているように。
「無理に戦う理由を作らなくったって良いのよ、逃げたって良い。
貴方の自由よ、トウタ。」
……不思議な言葉だった。
別に言われた事が嫌だった訳でもないが、不思議な気持ちだ。
慎二さんと似ているが、どちらかと言えばセイバーの方が強く感じた。
慎二さんは何も言わない。自分がやる事に文句は言うが、最終的には自分の判断に任せる。というより、触れてこない。
だがセイバーの言葉は、積極性すらある。
事ここに至って選択しない、という選択肢はないのだろうが、それでも彼女は前向きに背中を押しているように思えた。
「ようは、自分で判断しろと」
「ふふっ、そういう事。何せここから先は戦争。戦う理由がないならそれでも良い。そうなったら私は帰るだけだし」
それは、今の肉体が死ぬという事と、いったい何が違うのだろうか。
痛みの有無や既に故人であるという事にも関わらず、セイバーの言葉は実にあっけなく、それでも軽さを感じない言葉だった。
……別に、戦わない理由はない。
セイバーの為を思えば、きっと受けるべき話だ。
今回はたまたま自分だったが、もしかしたら関係のない人間が、傷つき、命を落とす可能性だって否定できない。
戦うべきだ。『
自分の感情などそれこそ、勘定に入れてはいけないんだ。
――だが、
「……ああ、分かった。教会で話を聞いてから、改めて決断しよう。
少し待って貰っても良いか、セイバー」
言葉は自然と、口に昇った。
今までだって自己判断だったけれど、何故か今回は強くそれを意識する。
ほんの少し前まで存在すらしていなかった自分のサーヴァントが、そのように言うのであれば。
「うんうん、大いに悩め青年っ。どんな決断したって、私は貴方を嫌う事はないわ」
自分の言葉が相当お気に召したのか、セイバーは弾けるような笑みを浮かべた。
Xでもご報告しましたが、今回から週1回更新にしていきたいと思います。
書き溜めがまだまだ足らない事もあり、継続して更新していく為に必要な事なので、ご理解いただければと思います。
本当はもう少し早く週1回の更新にしようと思っていたのですが、物語の切れ目を考えての事でした。
ですので、次話の更新は6/29の17時になります。
これからも拙作をお楽しみいただければ幸いです。