Fete/Breaking Down   作:鮭漉 鎌太郎

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02 教会の神父と覚悟 A

 

 

 

「――胡散臭っ!」

 

 

 

 セイバーの一言は失礼ではあるが、自分も同意してしまうような説得力があった。

 深夜の教会。

 これほど異界めいていて、これほど人を寄せ付けない場所と言うのを自分は知らない。夜の学校も相当だが、ここは別格だ。

 

 そもそも、その宗教に属していない人間にとっては昼間でも近づきがたい場所なのだが、夜になると一層その気配を濃くしている。

 薄暗く街灯も少ない教会前の広場は、喧騒から離れているのも相まって、居心地のいい場所ではない。

 

「こんなに胡散臭い場所ってあるのねぇ。そりゃあ私の時代だったらあるだろうけど、現代でコレってやり過ぎよねぇ」

 

「……ねぇ、衛宮くん。貴方のサーヴァントはどうしてこう、脊髄反射で喋るんですか? もう少し、空気を読んでほしいんですが?」

 

「? 素直な事は悪い事じゃないだろう?」

 

「……そうでした、貴方もそっちでした。いえ、分かっていましたけど」

 

 自分の言葉に、桜小路は頭を振る。

 彼女からすればここは来慣れている場所ではあるのだろう。自分やセイバーのような感想にならないのは、道理かもしれない。

 そも、自分もこのような雰囲気の場所に来慣れている訳ではないからな。

 

「まぁ、別にそれは重要ではありません。どちらにしろ、私と衛宮くんは中に入るんですから」

 

「セイバー達はダメなのか?」

 

「ダメという訳ではありませんが、暗黙の了解です。

 ここは言わば中立地帯。戦闘は基本的に避ける以上、武器の持ち込みが出来ないのは道理では?」

 

 ……言われてみればそうだ。

 

「……セイバー、すまない。待っていてもらっても構わないか?」

 

 自分の言葉に、セイバーは一瞬の躊躇もなく頷く。

 

「ええ、私は気にしないわよ。というより、頼まれても入りたくないなぁ。あんまり好きな雰囲気じゃないかも、ここ」

 

「胡散臭いからか?」

「ううん、そういう意味じゃないの」

 

 真っ直ぐと教会を見据えながら苦笑いを浮かべる。

 

「何だろうなぁ、苦手って感じでもないし、

 

 

――強いて言うなら、嫌い、かな」

 

 

「嫌い、か」

 

 多くを語る方である様子のセイバーがここまで端的に話すのは、余程好かない理由があるのだろう。

 チラリとアーチャーの方を見る。霊体化を解き、姿を現している彼の視線からも、周囲を警戒しているのは理解出来た。

 

 中立地帯……言葉としては文字通りなのだろう。

 

 戦わないという約束をしているだけであって、決して安全であるとは明言されていないのだ。

 

「分かった。じゃあ、行こう桜小路」

「ええ、――それじゃあアーチャー。後は任せたわ」

 

 桜小路の言葉にアーチャーは頷き、そのまま空間に解けていく。

 

「行ってらっしゃい、藤汰。良い決断を」

 

 セイバーの言葉に敢えて返事をせず、自分はそのまま桜小路の背中を追った。

 

 

                  ◆

 

 

 教会の中はセイバーの『胡散臭い』という言葉を、そのまま凝縮したような雰囲気だった。

 

 灯りはなく、照らすのは月光のみ。

 

 祈りを捧げる信者の為の長椅子も、説教をする為の教卓も、十字に張り付けられた聖人でさえ、今は夜の冷気に晒され冷たい印象を与える。

 万人を受け入れる場所な筈なのに、万人を拒否しているようにも感じる。

 

「――いますよね、神父。どうせ貴方の事です、私達の状況も把握しているのでしょう。新しい参加者を連れてきました」

 

 奥に向かって放たれた桜小路の声は、少し反響するだけで終息する。

 ……数秒の間。一瞬誰もいないのではないかと考えようとした時、

 

 

 

「――随分、恩着せがましい言い方だな、桜小路凪子」

 

 

 

 重い金属を擦り合わせるような、嫌な響きの声が響いた。

 

 男が一人、奥の部屋から音もなく出てきた。

 

 司祭の服を身に纏った彼は肌も、癖の強そうな髪も真っ白で、赤い目だけは嫌にその中で自己主張していた。

 まるで幻燈に映し出されたようにぼんやりと現実味がなく、それでいてハッキリと暗闇に白く浮き出しているような。

 

 違和感を覚える姿。

 それでいて、居ても良いと思える。

 一度目にすれば忘れない外見をしていた。

 

「状況は確かに把握していた。しかし、ここに来るかはあくまでマスターの自己裁量だ。君にわざわざ連れて来てくれ、と頼んだ覚えはないのだが」

 

 口角は上がっているが、その目に映るのは嬉しさではなく小さな不満だ。そんな男の言葉も気にせず、桜小路も口を開く。

 

「ええ、別に頼まれた訳ではありませんし、重要とも思っていません。

 でも、せっかくここに連れてきたのです。そこそこの対応を期待したって悪くはないでしょう?」

 

「お茶でも出せと言うのかね? 生憎、主の家に置かれているのはせいぜい、神の肉と血のみだ。

 君は……いいや、隣の彼もそうだろうが、未成年に振舞える飲料ではあるまい?」

 

 随分と、皮肉気な言い回しだ。それでも、桜小路が気にした風ではないという事は、いつもの事なのかもしれない。

 

「それで、君は? 桜小路凪子が言うには、新しいマスター、という事だが」

「っ、はい、衛宮藤汰と言います」

 

 流れてきた赤い視線に動揺しながらも、自分は答えた。

 

「セイバーを召喚し、マスターというものになったのですが……魔術は多少知っていても、聖杯戦争の事はあまり詳しくなくて、」

 

「それは承知している。未だ召喚されていないクラスはセイバーのみだったからな。

 私は神父。ここの教会の司祭を務めると同時に、聖堂教会から派遣された監督役……まぁ、君らの戦いの事後処理を担当する、というだけの立場だ」

 

「事後処理、ですが?」

 

「ああ。神秘が漏洩するのは、どちらの陣営においても喜ばしい事ではない。

 故に監督役は、聖杯戦争が正常に運営される為に必要な補助と、発生した被害に上手く言い訳を付けるのが生業だ」

 

 綺麗に言っているが、ようは隠蔽という話だった。

 しかし、納得出来る話だ。

 

 この街に生きてきて、数十年に一度大きな事故や災害が重なる時期があるという話……あれは結局、聖杯戦争での被害を隠蔽した結果なのだろう。

 そうでなければ、隠す事に慣れている魔術師の世界であっても、誰か勘の良い人間が気付きかねない。

 

 彼らがいなければ、聖杯戦争は続けられていなかった、という事だ。

 

「しかし、神父とは、名前ですか?」

「……おい、桜小路凪子。君は阿呆をここに連れてきたのか」

 

 自分の言葉に、神父は薄ら笑いを消して眉を顰め、その視線を桜小路に向けた。

 

「阿呆ではありませんよ、理解力はあります。ただ時々、恐ろしいくらい天然で空気が読めなくなるだけで」

「それは阿呆とどう違うというのか、全く」

 

 懇切丁寧に罵倒されたような気がするが、何か言うと余計に馬鹿にされそうなので自分は何も言い返さずにただ状況を見守る。

 

「まぁ、良いだろう。神父というのは、当然ここの司祭という意味だ。前任者はこの地に根差した人物だったようだが、私は違うのでね。

 あくまで便宜上の立場を理解してもらえれば充分だ。だが、呼び名がないと困るので〟神父〟と呼んで貰っている。君も、それに倣うと良い」

 

「ああ、了解した。

 ……そこで、神父。聖杯戦争については概ね桜小路から説明してもらっているし、だいたいの流れは理解した。だが、分からない点がある」

 

「敬称は不要だ、ただ神父と……それで? 聖杯戦争の進行上、多少の制限はあるが、質問には答えよう」

 

 

 

「――ここで貴方に自分がマスターだと名乗って、何か良い事があるのか?」

 

 

 

「……ほう、何故そのような疑問を?」

 

 神父の顔が、塗り替わる。

 呆れから、好奇心の目の変わったのだ。

 

「いや、何となくなんだ。自分はあまり聖杯戦争に詳しいという訳ではないから。ただ、これは七つの陣営が互いに戦うのだろう?

 監督役が中立だというのであれば、どこかの陣営に肩入れするという事はないだろう? だったら補助など高が知れている。

 事後処理にしたってそうだ。自分の事を知らなくたって、貴方は仕事としてそれくらいするだろう」

 

 必須ではないが、損ではない。

 桜小路はそう自分に説明していた。確かに、顔を知っている以上損はないのだろう。しかし同時に、メリットもない筈だ。

 

 なら、中立地帯の意味は?

 

 サーヴァントという強大な武器を保有しているマスター達をして黙らせる、何かしらの力や暗黙の了解がある筈だ。

 それを知らせる為に、わざわざ桜小路はここに自分を連れてきたのだろう。

 推察とも言えない。それくらい、普通の人間だって理解が及ぶ所ではあるだろう。

 

「……前言を撤回しよう。阿呆ではあるが、決して頭が回らないという訳でもないようだ。呆けている割にしっかりしている」

 

 神父は、実に愉快そうに笑みを深める。

 

「そうだな。補助と言ったが、監督役たる教会には幾つかの役割が存在する。

 まず、神秘の漏洩、または続行が危ぶまれるような陣営への、排除要請の権限。多くはないが、前例がない訳ではない。受けた側の陣営にも当然メリットがある」

 

 これは大前提、と言っても良いかもしれない。

 聖杯戦争が魔術師同士の闘争とはいえ、ルールと線引きはあって然るべきだ。そうでなければ、こんな堂々と戦い合うなんて状況が成立する訳がない。

 故に、それに外れれば排除される。

 排除する側にも、自分達の命をかける以上利点が存在する。

 

「次に、直接関与しない程度の情報提供や物資提供。こちらもまた、聖杯戦争を円滑に運営する為に必要な、最低限のモノだ。

 尤も、こちらは活用された記録はない。魔術師であれば一定の財産や情報は持ち合わせて然るべき。犬猿の仲である聖堂教会に助力を請う事もない」

 

 これもまた、道理だろう。

 外部的要因で聖杯戦争がまともに行われませんでした、という状況は魔術協会も聖堂教会も避けたいところだろう。

 面子なのだろうが、面子というのは重要視される部分もである。

 

「そして最後に――マスターが自身のサーヴァントを失うか、または聖杯戦争から辞退する際に、保護を求める場所でもある。

 仮にサーヴァントを失ったところで、使われていない令呪が消える事はない。それらを下げ払う代わりに命の保証を行う……それもまた、教会の役割だ」

 

 ――なるほど、だからこその中立地帯。戦う事を推奨されないわけか。

 生き残ったマスターが、用心深い他陣営から排除されるというのは、難しい話じゃない。

 聖杯戦争に臨んで参加していないマスターであれば、魔術師ではない場合も多いのだから、さらに危険度は増すだろう。

 

 

 そんな中での救済措置、という事だろう。

 つまり、――

 

「桜小路。君はそれを自分に望んでいるのか? ここで戦う事を放棄してほしいと」

 

 その言葉に、桜小路は肩をすくめる。さも、重要な話ではないという風に。

 

「別に。私は貴方がどのような選択をしようが構いません。戦うというのならば、それこそご自由にというやつです。

 ですけど、選択肢を最初から除外してしまうのは、どうかと思いまして。それを選べると知らないなら、猶更です」

 

 ――やはり優しい奴だな、桜小路は。

 そんな事を思うと、自然と口角が上がる。普通、敵の選択肢など気にしてやる必要はないだろうに。

 

「――そこでだ、少年」

 

 神父はゆっくりと、自分の前に立つ。

 さながら、審判を下す裁判長。

 ……いいや、そのものずばり、告解を受ける司祭そのもののように。

 

「魔術師でありつつも、聖杯戦争に巻き込まれた君には二つの道がある。

 

 一つは、このままこの闘争に身を投じる。万能の願望機、当然恩恵は大きいが、賭けるべきは君の存在全て。道のりは過酷であり、とても釣り合うとは言い切れない。

 

 二つ目は、セイバーとの契約を破棄し、令呪を私に渡す事によってマスターの座から降りる事。当然メリットはないが、命は保証される」

 

 一つ目を左手に。

 二つ目を右手に。

 

 両天秤を体現する神父は、実に愉快気にこちらを見返す。

 ……酷く不快だ。何か、瓶詰で面白半分に観察されているような、ねめつける視線だった。

 

「自分は、」

 

 答えは――

 

 

 

 

 

 







少し長くなってしまいました、読みづらいようでしたら申し訳ありません。
次話更新は、7/13(日)の17時を予定しております。
楽しんでいただけたなら幸いです。
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