すいません、現実がばたばたして遅くなってしまいました。
答えは――
「――戦う。セイバーのマスターとして、聖杯戦争に参加する」
――元より決まっていた。
「――ほう、なるほど、承知した。貴殿の意思は把握した。
しかし分からないな、少年。君には、聖杯に賭けなければいけない程の大望があるように見えないのだが」
神父の言葉は、自分の心根を絞めつけてくる。責めている訳ではないのに、身が縮こまるような圧がある。
それでも、自分はゆっくりと口を開いた。
「――だからだ」
「……なに?」
「自分は、自分の願いを知るために、聖杯戦争に参加したい」
――何を言っているのかと、思われるかもしれない。
そんなものは、命を賭けるに値はしないだろう。普通の人間からすれば、特に。
それでも、自分はずっと思っていた。
願い、夢、果たしたい事。
そんなもの、何もない。
義父の夢を追いかけるのも、義務感の様なものだ。
だけど、自分は生きたいと願った。
ランサーに襲われていた時に。
あれほど何かを願い、何かを悔いた事は、初めてだったかもしれない。
そして、自分は選べと言われた。
セイバーにも、桜小路にも「自分がどうしたいのか」選択肢をくれた。
それが彼女達にとって普通の事だったのかもしれないが、その普通が自分は大事に思えた。
ならば、相応しい自分になってみたい。
もし自分が聖杯戦争に参加すれば。この戦いに参加すれば、少しは自分が何をしたいか、選べる自分になれるかもしれない。
だったら、参加する意義はあると思う。
「ハハッ、自分の願いが分からないから知りたいか。まるで稚児のソレだな。
そのような願いを持って聖杯戦争に挑む輩は、未だかつていなかっただろうさ」
神父の言葉は、嘲笑も混ざっていた。少なくとも、聞いている自分にはそのように聞こえた。
だが、他人が馬鹿にするかどうかは、関係がない。
「別に、どのように思ってもらっても構わない。自分は聖杯戦争に参加する。答えとしては、それがあれば十分だろう?」
「勿論。たとえどのような願いであろうとも、聖杯戦争に参加する勇士にケチをつけるつもりはないさ。私はあくまで監督役。見守る事こそ、その本分だ。
――しかし、運命とは数奇なものだな」
「数奇?」
自分の言葉に、神父は笑みを深めた。
「ああ、そうだ。
何せ、十年前の第五次聖杯戦争、そして二十年前の第四次聖杯戦争にも〝セイバーのマスター〟として〝衛宮〟が参戦していたのだから」
――思わず、言葉を失う。
衛宮という名前は、本来自分のモノではない。
それは義父の父だった男と――義父本人の苗字。それを、自分は名乗っているに過ぎない。
「――義父、衛宮士郎が、聖杯戦争に参加していたと?」
「ああ、やはりそのような関係性だったか。
衛宮……聖杯とこれほど縁の深い姓もないだろうな。何せこの二つは聖杯戦争の歴史の中で混迷を極めたモノに挙げられるだろうからな。
尤も、その両方を知っている前任者は聖杯戦争中の事故により死去し、詳細は私も詳しくは知らないが、」
再び赤い双眸は自分を見つめる。
ああ、今度こそ理解した。
神父は、コイツは、自分達を何とも思っていないのだ。
せいぜい、動きが激しい虫程度にしか認識していない。
――もし仮に自分がコイツに庇護を求めていたら、どうなっていたのか。恐らく、まともに保護されていた事はないだろう。
「――喜べ、少年。君の願いは、あるいはこの聖杯戦争で見つかるやもしれん」
神父の顔は、人間の顔でありながら、人のようには見えなかった。
◆
「おかえりなさい。お疲れ様って言った方が良いのかしら?」
教会から外に出ると、セイバーは退屈そうに座り込んでいたのを立ち上がり、こちらに駆け寄ってきた。
「ああ、待たせてすまなかった、セイバー」
「なぁに言ってんの、マスターの為ならどうって事ないわよっ――というよりも、どっちかって言うと苦労したのはトウタの方な気がするけれど?」
言葉の軽さとは裏腹に、セイバーの視線は真っ直ぐだ。
「……ああ、そうだな、確かに疲れてはいる」
あの教会独特の雰囲気。
神父自身のキャラクター。
どちらも、長時間接していたくない類のものだ。特に今回は、新しい事実もあるのだ。まるで爆弾を食らったような気分だ。
「まぁ、そこら辺は後で聞いてみても良いけれど
――で? 答えは決まった?」
明るい声から一転、真剣な陰影がある声色になった。
――ああ、そうか。
自分はちゃんと、セイバーに宣言しなければいけないんだったな。
一度、ゆっくりと深く呼吸をしてから、セイバーの目を真っ直ぐ見つめる。
「セイバー。自分は戦う事に決めた」
……セイバーは、直ぐに返事をしない。
先を促すように、静かに頷くだけだった。
自分はそのまま、言葉を続ける。
「他の参加者とは違う、異質な動機かもしれない。聞く人が聞けば、怒られるような事を自分は決めたのかもしれない。
――だが、譲れない部分でもある、……ような気がする」
言葉は濁る。
当然だ。正直自分でも、何であんな衝動的な事を言ったのだろうと思っているのだから。
それでも、譲れない。
それでも、否定だけは出来ない。
これは、衛宮藤汰のスタート位置なのだと、確信しているから。
「ふぅん――まぁ、良いんじゃない」
随分曖昧な言い方をしたにも関わらず、彼女の言葉は非常にあっけらかんとしたものだった。
「良い、のか?」
「そういうのに、何が正しい間違ってるなんて、他人が判断しちゃいけないのよ。
結局正しさなんて、自分の中にしかないんだもの。他人がどうこう言えるものじゃないわ」
セイバーはそう言いながら、自分の前に手を差し出す。
「でも、私の目を見て言えるって事は、ちゃんと自分のやりたい事にも目を逸らさないって事だもの。
そういう人を、私は裏切れないの」
セイバーの言葉と視線は、自分が物怖じするくらい真っ直ぐで。
それでも、視線を逸らす事が出来ない程の強さを持ったものだった。
「――で?」
「で、とは?」
反射的にそう訊き返すと、笑顔だったセイバーの表情は一転、不満げな表情に変わる。
「私、手出してるんだけど? 現代だと契約締結したら、握手するもんじゃないの?」
視線は、自分の手に向かっている。
「そういう、ものなのか?」
「なんで訊き返してるのよ、貴方の方が現代に詳しいでしょうが。私のなんか、聖杯から貰った後付け知識しかないんだから」
呆れた様子だが、しょうがないだろう。
これまで生きてきて、握手を求められた経験など無いのだから。
「えっと、じゃあ、」
右手を差し出す。不自然になっていないのか、少し心配になりながら。
それを見てセイバーは、満足げに握りしめた。
「じゃ、これからよろしくね、マスター――ううん、トウタっ」
「――ああ、よろしく頼む、セイバー」
――こうして、自分の聖杯戦争は始まった。
遅くなり失礼しました。
次回更新は7/20(日)の、今日の更新時間と同じくらいになると思います。
よろしくお願いいたします。