アスファルトに舗装された道も、電柱も、近くの建物も、その場を包んでいた空気そのものが。
上空、遥か遠くから放たれた極彩色の
そう、それはもう弓矢での狙撃なんて生易しいものではないし、機関銃なんて現代兵器で例えて良い領域ではない。
自分も、セイバーが庇うような姿勢を取っていてくれなければ、余波で身体が吹き飛んでいたかもしれない。
蒸発した空気と砂塵により良くは見えないが、巨人が立っていた空間に穴が開いたのは事実だった。
「っ、宝具、か?」
思った事がそのまま口から発せられる。
英霊たるサーヴァントの切り札。それならば、威力も納得だ。
しかし自身にかかった砂埃を払っていたセイバーは、自分の言葉に頭を振る。
「ううん、あれは恐らく通常攻撃。
馬鹿げた量の魔力だったからそう思うかもしれないけれど……あのアーチャーの一撃なら、もっと上があって当然よ」
「あ、あれで通常の攻撃なのか?」
「まぁ、令呪か、あるいはそれに似た強化はされてるんでしょうけどね」
剣を振るい、こちらにまで流れてくる煙を払って、セイバーは視線を鋭くする。
丁度巨人が立っていた、爆心地に向けて。
「そう、通常、普通の攻撃。
だから、こういう結果になってんのよ」
「? それは、どういう、」
「――■■■■■■■■■‼‼」
全てを震わせる咆哮が、砂塵の中から響く。
次第に見えてくる視界の中で、巨大な影は荒々しく身を震わせる。
身体に纏われた鎧の様な表皮は攻撃の熱により灼赤に染まっているが、あの爆撃を受けたとは思えない程形状を維持している。
生身がかすかに見えている顔面には、どころか傷一つ見えない。
今も怒りを湛え、ただ目の前にいる敵――自分達を見据えて、剣を構える。
「あの一撃が、効かない、」
宝具ではないとはいえ、その一撃に内包された神秘は一級品だったはずだ。
つまり、威力以上に神秘が、その防御力を誇る神秘に打ち勝てなかったという事。
それがどれだけ途方のない事なのか、自分には正確に把握することは出来ない。
「いや、そりゃあ宝具じゃないけど、それでも無傷ってのはねぇ……アーチャーが手加減した訳でもないんだろうし、これはちょっと危ないかもね」
セイバーの言葉は明るい。
しかし、言葉だけだった。
その表情も声色も、今この状況がどれだけ危険なのかを良く表している。
出会った時から飄々としているセイバーの、初めて見せる動揺であり、緊張だった。
「――ねぇ、トウタ。アンタは出来るだけ距離を取って。
……ううん、そのまま逃げてくれた方がずっと良い」
「なっ、」
セイバーの言葉に、自分の声が自然と大きくなる。
「何を言っているんだセイバーっ。お前が戦ってるのに、自分が逃げるなんてあり得ないだろう」
「……アハハ、まぁトウタならそう言うんでしょうけど。
でもねぇ、貴方ならここでアーチャーが宝具を使わなかった理由、何となく察しがつくんじゃない?」
「それは、」
言葉が詰まる。
アーチャーの本気の攻撃、宝具が、先ほどの攻撃以上の威力を孕んでいるものなのだとすれば、ここ一帯は無事では済まないだろう。
アーチャーが宝具での攻撃をしない理由。
理由は――自分だ。
様子見、という意味もあったのかもしれない。しかしそれだけではない筈だ。
自分という、まきこまれる危険性のある存在を考慮せずに攻撃を放っていれば、倒せないまでも足止めは可能だったのかもしれない。
セイバーにしたってそうだ。
余波が自分に行かないようにするような立ち回り。
敵の視線が自分に行かないようにする気配り。
そのどれもが達人級で――そのどれもが、自分がいなければ不要な気遣い。
もし彼女が自分を守らずに、全力で戦っていれば。あるいは敵をどうにか出来る策があるのかもしれない。
――つまりこの場で、自分が一番足手纏いであるのは、否定出来なかった。
「だから良い? 私はもう一度アイツと鍔迫り合ってくるから、その間に貴方はとっとと逃げるの。
どうやらアイツ、マスターを狙おうっていう頭もないようだし……上手くいけば、」
「そういう問題じゃないだろう⁉」
ダメなんだ。
ダメなんだセイバー。
思わず声を荒げる。
「自分がここから逃げるのはダメだろう⁉ だって、それでは、」
聖杯戦争に、自分の望みを見つけるべく参加する。
父の願いである正義の味方に追従する。
どちらを自分が重要視しているのかは、今の自分には分からない。
しかし、そのどちらも逃げるなんていう選択肢を持っていない。
自分と戦うと誓ってくれた。
仲間を認め握手してくれた。
これからよろしくと、笑ってくれた。
何より、自分の考えを、無軌道と言っても良い考えを否定しないでいてくれた。
そんな人間を、明らかに強い敵を前にして自分だけ逃げるというのは、おかしい。
理屈は分かる。
道理も分かる。
だが、納得出来るわけがない。
「……ああ、やっぱそういう子なんだ? 本当に、なんでこう良い子ってのは、面倒なんだろうねぇ。素直に逃げればいいものを」
呆れたような言葉。
でも、その表情は優し気で、自分を子どものように見守る。
「でも、ごめんね。
お姉さん、守るって決めてるから」
その言葉に返答する前に、衝撃が胸を劈く。
一瞬遅れて、自分はセイバーに蹴られたのだと理解する。
彼女が本気を出せば、自分の腹部に風穴を開ける事だって出来たはずなのに、それでも彼女は優しく自分を吹き飛ばした。
逃がしたんだ。
聞き分けのない自分と話している時間も惜しんで、それでも守ろうとしたんだ。
それを理解したのは、地面に転がり、擦り傷がハッキリと痛みを感じた時だった。
「グッ、」
痛む節々を無視しながら、起き上がった吹き飛ばされる前に立っていた場所を見る。
戦闘は既に再開されていた。
アーチャーの一撃を受けたとは思えない駆動で……いいや、怒りがより高ぶったのか、それ以上の苛烈さで、敵サーヴァントは剣を振り回す。
それをセイバーはギリギリで回避し、逸らし、隙を縫うように剣戟を入れる
〈――衛宮くん、ぼさっとしていないでその場を離れてください〉
桜小路の念話が頭の中に響く。
自分を落ち着かせるように。
自分に言い聞かせるように。
〈セイバーの言う通り、今この状況で貴方が出来る事は『邪魔にならない事』。それ以外に貴方に出来る事も、するべき事もありません〉
――桜小路の言葉は、実に誠実で、実に真っ直ぐで、実に嘘がない。
自分があの場に駆け寄った所で何が出来る?
強化魔術しか使えない人間に出来る事はない。
そんなの、頭では理解出来ている。
――不思議だ。
出来ているのに、納得出来ないのはなんでだ?
「――ありがとう、桜小路」
真っ直ぐにセイバーを見据えながら返事をする。
彼女は今、ジリ貧だ。
戦えているし、負けはしないのだろう。
だが遠目からも傷が増えているのが分かるし、彼女の動きが徐々に遅くなっているのも分かる。
自分が離れれば、アーチャーが宝具を打ち込むだろう。
セイバーは? 無事で済むのか?
……いいや、きっと無理だ。彼女にどのような能力が、宝具が備わっているのかは分からないが、それでも無理だと勝手に判断する。
足が。
自分の足が、一歩動いた。
「だが、すまない。自分は、自分で決めたことがあるんだ」
〈――ちょっ、衛宮くん⁉〉
言葉はもう聞こえない。
聞こえているが、そのまま無視する。
「『
停止しかけていた魔術回路に、魔力を注いで無理やり叩き起こす。
身体は悲鳴を上げる。いつも以上に雑で、いつも以上に多い魔力は、まるで血管に針金を通すように激痛を与える。
幾つかの血管が破裂し、血を流しているのを感じる。
そしてそれ以上に、身体が前に進む力を得ているのを理解した。
「――ッ!」
地面を蹴り上げる。
前に進む。
停止した景色は後ろに流れ、目の前の一点に集中する。
巨人の剣が振り上げられ、セイバーに振り下ろされる瞬間。
剣を構えてはいるが、あの膂力で放たれる上段斬りを真っ向から受け止める力を、セイバーは持っていない。
万全の時でもそうなのだ。
今のままでは、彼女は死ぬ。
「――グッ」
もう一歩踏み込む。
骨が軋み、筋線維が切れる音が聞こえる。
それでも、自分は前方に跳躍した。
「――え、」
セイバーの間の抜けた声が聞こえた。
体に触れてようやく気付くなど、セイバーらしからぬ処だが、それでも助かった。
腕に力を込めて、前に押す。
予想以上に、セイバーの体はあっけなく横にずらされた。
敵の剣は方向を変えない。
元より剣筋を途中で変えるのは至難の業だ。あの膂力なら当然だろう。
剣は予定通り真っ直ぐに。
切り裂くのはセイバーではなく、自分だが。
「すまない、セイバー」
呆然とする彼女に、自分が言ったのは謝罪だった。
「『――接続・展開――
それを言い放ったのが自分だと理解するのは、ずっと後になっての事だった。
楽しんでいただければ幸いです。
次回は8/10の21時頃に更新します。