Fete/Breaking Down   作:鮭漉 鎌太郎

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04 日常に非日常を A

 

 

 

 

 

「……ん、」

 

 薄明りに、ゆっくりと目を開いた。

 最初に目に入ったのは、天井だった。

 木で作られているそれは、見慣れているような見慣れていないような、不自然な印象を自分にもたらす。

 

 ……それも当然か。

 ここ最近は土蔵で眠りこけてしまう事も多かった。自室で、ましてやしっかり布団を敷いて眠るなど何日ぶりだろう。

 久しぶり、という感覚に近い。

 

「――ッ⁉」

 

 身動ぎはほんの少しだった。

 だった筈なのに、腹から感じる痛みに自分の体が強張り、思わず吐息が漏れる。

 掛けられた布団を翻すと、自分は上半身裸で眠っていた。腹には、自分の家のどこにあったのか分からないが、訪台が丁寧に、しかししっかりと巻かれている。

 

「――あのサーヴァント、バーサーカーの一撃は強力よ」

 

 声に視線をやると、セイバーが座っていた。

 布団の丁度横、自分の顔が良く見えるような位置だ。

 

「普通だったら……ううん、普通じゃない方法、魔術で防いだところで意味はない。

 ただの剣戟、そんなに神秘として強力って訳じゃなかったんだろうけど……それでも、あの一撃を防ぐのは、生半可な魔術じゃ無理だった。

 

 ましてや、あの急な立ち回りじゃ、マトモな魔術なんて発動出来なかったはず……それで済んだのは、奇跡を何度重ねたって足りないくらい」

 

 神妙な面持ちで、彼女は自分を見据える。

 昨日の夜に見ていた天真爛漫な姿は鳴りを潜め、まるで心配と怒りと悲しみを綯い交ぜにした、複雑な表情。

 ……これは、鈍感な自分でも分かる。

 彼女は非常に怒っているのだ。

 

「――トウタくん」

「……はい」

 

「そこに正座して」

「…………はい」

 

 彼女の鋭い言葉に、自分はきびきびと従った。多少体は痛むが、泣き言は言っていられない。

 慎二さんの怒気とは違い、彼女のそれは一言でも違えれば、何かを取り返しのつかない事になるという確信があったから。

 

「……私は、別に守られたくないとは思わない。あの時庇ってくれなかったら、確かに致命傷だったしね。

 でもね、トウタ。それと貴方が前に出る事が、正しかったとも思わない」

 

「……ああ、それは、理解しているつもりだよ」

 

 自分がやった事が、如何に無謀かは理解しているつもりだ。

 実際、自分に出来る事はなかった。あんな強大な力を持った存在に、成す術もない。

 

「でも、理解しているのと、実際に行っている事は違う。そこも、分かってるわね?……私が何を怒ってるのかも」

「……体が勝手に動いてしまった。君の邪魔をするつもりは、なかった。迷惑をかけても済まない」

 

 サーヴァント同士の戦闘。

 無力な自分がそこに入ってくるのもそうだが、何よりそれはサーヴァントである彼女への侮辱にも等しいだろう。

 それで迷惑をかけているんだから、救いがないとはこの事だろう。

 

 

 

「――いや、全然分かってないじゃない⁉」

 

 

 

「むがっ」

 

 頬に強い衝撃が走るが、叩くのが目的ではないおかげか痛みはない。

 そう、押さえられている。彼女の両手で自分の顔が固定されているような状況だ。

 自分の顔はきっと、目も当てられないくらい変形しているだろう。しかしそんな事を一向に気にせず、彼女は言葉を捲し立てた。

 

「私が邪魔されたから怒ってるとか、んな訳ないじゃない! 単純にアンタの身を心配してるってなんで思わないワケ⁉

 いや、そりゃあマスターとして前に出てくるなんてぇとか、サーヴァントっぽい理由もあるけど、何より自分の命が優先でしょ‼ ナメてんの⁉」

 

「ひ、ひや、ナベているわきぇでは、」

 

 い、いや、ナメている訳では。

 と言いたかったのだが、口が変形させられているので思うように喋れない。

 当然これも、彼女は気にしない。

 

「貴方ねぇ、ちぐはぐだってのは分かってたけど、それでもちょっと異常よ。自分に全く興味がないのと、他人の方が大事ってのが嚙み合い過ぎてる。

 その自己評価の低さを何とかしなさい! 出来る事を見極めなさい! 出来ない事を無理にしようとしない! 分かった⁉ 分かったなら返事‼」

 

「は、はひ、以後きをちゅけまうっ」

 

 ……そこでようやく、頬を押さえていた手が離される。

 

「……ハァ、気を付けようがあるのか分からないけどね。でもまぁ、今はそれで良いわ。結局、すぐに解決する問題じゃないしね。

 今は『気を付ける』って言質だけで十分よ」

 

 セイバーは呆れたように溜息を吐きながら、それでも先ほどよりもずっと柔和な笑みを浮かべる。

 

「とりあえず、無事で何より。一晩で二回も戦闘して生き残っただけ、まぁ新米マスターにとっては上出来でしょ。

 伝えなきゃいけない事がいくつかあるの、今ここで構わないかしら?」

 

「ああ、問題ない」

 

自分はそう言いながら足を崩――

 

「ああ、姿勢はそのままね。納得はしたけど、許したわけじゃないから、私」

 

 ――さず姿勢を正す。

 ……女性を怒らせると怖い。義父からも慎二さんからも教えられていなかった。

 

「伝えるべき事は、三つ。

 まず、共闘の件。貴方は気絶してたから、私が勝手に受けといた。

 あの流れでしないわけにもいかなかったし、貴方の手当てをナギコがしてくれた以上、断りようもなかった」

 

 その言葉に、自分は首肯を返す。

 そもそも、桜小路とは積極的に敵対したいとは思っていなかった。

 借りが出来たという形にセイバーは納得していない様子だが、自分としては上々だ。出来れば、最後の方まで戦いたくはない。

 

「それと、今回遭遇したサーヴァント……さっきも言ったけど、恐らくバーサーカーでしょう。

 宝具の打ち合いをした訳じゃないから何とも言えないけど、戦闘能力だけだったら、今回の聖杯戦争でトップクラスね。

 今後、私とアーチャーで打倒を考えなきゃいけない敵の一つでしょう。あの後アッサリ引いちゃった所を見ると、威力偵察が目的で、今後戦闘に関与して来るかは不明ね」

 

 それにも、頷きを返した。

 可視化されたように思える怒りの気炎。

 理性のない戦闘の素振り。

 そして、あの戦闘能力。

 自分とセイバー。桜小路とアーチャー、マスターが分からないランサー。

 遭遇しているサーヴァントの面々を考慮すれば、残りはライダー、アサシン、キャスター、バーサーカーの四騎。

 あの様相で、バーサーカー以外にあり得ない。

 そしてあの強さ。

 真っ向勝負で打倒できない以上、あとは宝具を使うしかない……が、相手もまたサーヴァント。強力な宝具を持っていない保証はどこにもない。

 だからこそ、協力して倒すしかないというのも、当然だ。

 

「そして最後……もう一騎、倒さなきゃいけないサーヴァントがいるそうよ。

 新都で暴れまわっているそうだけど、詳細は今日以降に、学校で話しましょうですって」

 

 桜小路は自分よりも早くマスターになった。

 そして自分よりもずっと魔術師としての心得があり、情報収集にだって余念はなかっただろう。

 そんな彼女が警戒しているサーヴァントがいるなら、こちらにも話を振るだろう。

 

「――って話だけど、まぁこれらはこの際置いときましょ。

 なんたって、私達はまだ方針を固めている訳じゃない。どうしたいか、貴方の意見が聞きたいわね」

 

 ……正直、どうすれば良いか。

 自分達が好き勝手に動ける状況ではないのは確かだ。何せ、情報が何もない。自分たち以上に状況が分かっている陣営の方が多いだろう。

 そして共闘の約束をした以上、桜小路の情報に頼った方が良い。情報は、後から入ってくるだろう。

 

「……取り合えず、桜小路の話を聞いてみよう。

 もし本当に倒さなければいけないサーヴァントだと判断できたなら、共闘の約束をしているのだから、一緒に戦った方が良いんじゃないかな?」

 

「――ふぅん、なるほどね。

 まぁ間違ってはいないんだけど……本当に、――」

 

 ? 最後の言葉は、小さくて聞き取れなかった。

 

「何か、間違いがあるだろうか?」

 

「――ううん、言ったでしょ、間違ってはいないって。とりあえず、その方針で良いわね。

 動ける? 動けるなら、食事をとって体力回復させた方が良いと思うんだけど?」

 

 そう言いながら、セイバーは立ち上がった。もう、いつも通りの彼女と言った様子だ。

自分も頷いて立ち上がる。

 食事は……簡単なもので良いだろう。この怪我だ、あまり無理して動くべきではない。

 それに着替えも必要だ。自分のだけではなく、セイバーのも。

 霊体化していてくれるのならば良いのだが、彼女の性格上難しい気もするし、それを無理強いするのも気が引ける。

 自分のと合わせて、何か適当なものがあれば良いが……

 

「すまない、用意するのに少し時間を貰うが、大丈夫か? その後、今日の予定を話し合おう」

「ええ、気にしないで。待つって言ったって大した事じゃ……、

 

 

 

 あ、」

 

 

 

 立ち上がりかけたセイバーの動きが止まる。表情は困ったようなカタチで固まっている。

 

「? どうした?」

「あ、あ~、いや~……ねぇ、本当に申し訳ないんだけどね、ちょっと伝えてない事があってね、その、」

 

「なんだ? さっきは三つと言っていたが、何かあったのか」

 

 いやに、歯切れの悪い言葉選びだ。セイバーにしては珍しい。

 セイバーはそのまま、自分を探るようにチラチラと見る。

 

「ほら、現代ってチャイムってのがあるじゃない。来客が来た時に。

 鳴ったのが物珍しくてさぁ、覗いてみたりしちゃったのよ。勿論、こんな格好で出れるわけないから、覗くだけね」

 

 セイバーの鎧姿……いいや、ドレス姿と言った方が合っているような気もするが、その裾をひらひら揺らしながら言葉を続ける。

 

「んでさぁ、その来客が、ずぅっと玄関先で待ってんのよ。あっきらかにイライラしながら。もう小一時間かなぁ。

 起こそうかとも思ったんだけど、無理させるのもさぁ、……いや、ほんとごめん。早く言っておけば良かったかも」

 

 ……来客。

 チラリと時計を見ると、まだ学校に行く時間には早い時間だ。

 そんな時間に、来客。

 そんな人間、自分は一人しか思いつかない。

 

「……セイバー。

 その人はもしかして、身綺麗な恰好をした、藍色の髪の男性じゃなかったか? この世の不機嫌と傲慢を煮詰めたような顔をした」

 

 

 

「え、やだ、やっぱ知り合い?」

 

 

 

……これは、まず謝罪と言い訳を考えなければいけないようだ。

 

 

 

 

 







楽しんでいただければ幸いです。
次回は8/24㈰の17時頃更新します。


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