「………………」
「………………」
「もぐもぐ」
この沈黙が如何に辛いか、誰にも理解はして貰えないだろう。
食卓には自分が用意した料理が並んでいるが、手を付けているのはセイバー一人だけ。
慎二さんは、箸は持っているものの食べ物に興味はない。ただ自分とセイバーを交互に、不機嫌そうに見つめているだけだ。
自分はそんな状況に何も出来ない。ただ箸すら持てず、正座も崩さず座っている……崩していないのは、慎二さんからそう命令されたからだが。
「ん~、日本食って美味しいわねぇ、聞きしに勝るというかなんというか。うちの故郷のご飯もこれだけ美味しかったら文句はなかったんだけどねぇ」
この中で一番リラックスしているのはセイバーだけだろう。
いや、もはやリラックスなのか? 慎二さんという赤の他人に睨まれている状況で食べていられるのは、リラックスを通り越して豪胆なのではないだろうか。
――ちなみに、今のセイバーはTシャツとデニムを着て貰っている。
あの鎧姿で慎二さんと邂逅させるにはいかない為、これも有り合わせだったが、スタイルが良いからなのだろう。妙に様になっているから不思議だ。
「……で? 説明はあるんだよな? 藤汰」
慎二さんの声色は、質問というよりも死刑宣言に近い響きだ。
近いどころか、自分にとっては死刑宣言そのものだ。
逸れていた思考を戻すと、慎二さんは怒りを押し込めるように目を閉じる。
「昨日の帰りが遅かった、あれほど僕がさんざん心を砕いてお前に忠告したにも関わらず、だ。
約束ってのは契約の簡易版だ。それを破るって事は、お前を信頼した僕の価値まで損なう事に等しい。
――お前、そこまで僕が憎いのか?。」
「……いいえ、そのようなつもりはなく、」
言葉がつっかえる。
そこまで強面という訳ではない慎二さんだが、この圧の強さには毎度の事だが負けてしまう。
なんなんだろう。
「……まぁ、そこまでは良い。いや、良くはないし説教は続けるが過ぎた事だ。
問題は、だ」
視線はセイバーに向き直る。
「――こんな得体の知れない奴を家に上げているって所だ。
お前のその表面上を信じる馬鹿にも等しい処世術を、否定はしない。そういう無知な優しさってのも、時には必要になってくるんだろうさ」
全く褒めていないが、そこをツッコミはしない。
慎二さんの怒りの炎が、もっと大きくなるだけだ。
「だが、それでも。表面上どこまで良い奴そうに見えたって人間の腹の中身は分からないもんだ。
ましてや……会った事もない、お前の親父の知り合いだ、なんて話を信じられるほど僕はお人好しじゃない」
――そう、シナリオとしてはこうだ。
『義父が諸国を渡り歩いていた際、大変にお世話になったというヨーロッパ出身の方で、日本に旅行に来たのを機に挨拶に来てくれた。
なんでも旅行会社の不手際で宿がないらしい。わざわざ挨拶に来てくれた人がそのような状況では不憫なので、部屋も空いているのもあって家に泊まってもらう』
……我ながらなんて雑な嘘を吐いたのだろう。
既に玄関前で痺れを切らしかけている慎二さんを放置出来ないが故の、苦肉の策だ、ディテールに関してはやむを得ない。
――のだが、実際信じて貰えてないのだから、どちらにしろだ。
「……と、とはいえですよ慎二さん。自分としては義父の名が出た以上信じざるを得ない話でして、」
「そんなの、調べればいくらでも分かるもんだ。お前の親父は、それこそ界隈じゃ有名な話だからな」
返した言葉はそのまま豪速球で打ち返された。
キャッチさせる気すらない、言葉の投げ技だ。
「お前の親父は、それこそ色んな所にちょっかい掛け捲ったからな。
そりゃあ、感謝の気持ちがある人間もいない訳じゃないだろうさ……問題は、その三倍ぐらいは嫌ってる人間もいるって事だ。
目の前のこの女が、そんな連中に繋がっていないという保証はどこにもない」
「――あら、客人の前で随分な言葉ね」
そこでようやくセイバーが食べ物を飲み込み、口を開いた。
もし彼女が日本人とかけ離れた容姿をしていなければ、ヨーロッパ人であるか疑われかねない綺麗な所作で箸を置く。
「そういう話は、客人の前で話さず、別室で行うのが、礼儀の常套ではないの?」
「……ああ、生憎育ちが良くないんでね。そこら辺は許してもらいたいな。
まして、正体が分かっていないアンタにかける礼儀は持ち合わせていないんでね」
慎二さんの鋭い視線に、セイバーはどこ吹く風だ。
「別に、そこは気にしてはいないわ。
私の名前はセイバー。故あってトウタの父君――シロウさんに大変にお世話になった。これ以上話す事も、話せる事もないのよ。
シロウが助けて貰った一件も、あまり大声で話せない身内のゴタゴタだったから」
凄い。
自分の義父の事など欠片も知らない筈なのに、自分が裏事情を知っていなければ騙されそうな程、流れるように嘘を吐く。
「ハッ、どうだか。
アイツになにか痛い目見させられて、捧腹に来たってだけじゃないのか?」
「さぁ、どうかしらね……貴方にはどう思う? 私が、本人ではなくその息子で恨みを晴らそうって考えるような、陰険な女に見える?」
「さてね。さっき言った通り、人間、本心なんて見えないもんだから」
「であれば、先ほどの言葉通り『表面上』を見て判断して貰うしかないわね」
「………………お前、友達いないだろう?」
「アハハ、そういう貴方こそ」
なんだこれは。
高レベルの言葉の応酬では自分が入っていく余地すらない。というか、入ったら自分がボコボコにされる未来が見えている。
「――おい、藤汰」
「はいっ」
不意に慎二さんに向けられた言葉に瞬時に返答する。
「お前は、コイツを本当に信用しているのか?
僕からすると、コイツは信用出来る相手には見えない。本性を隠しているようにしか見えないんだ」
ある意味正解です、流石慎二さん。
そう言うと、状況をややこしくするので言えないので、自分は黙って頷いた。
「だが、お前から見れば違うんだろう?
こいつは、信用出来るのか? お前が信用するに足る人間なのか?」
……そういう意味で聞いたのではないのは、自分も分かっている。
それでも慎二さんの言葉は、まるでここから聖杯戦争に挑んでいくにあたり、本当にセイバーを信用して良いのかと確認しているかのように聞こえた。
お前はどう判断するんだ?
そのような真っ直ぐな言葉を、真っ直ぐな視線で問われたのだ。
……正直、正解は分からない。
そも、正解なんてないのだろうが、それでも、
「分からない……でも、信じたいとは思ったし、信じて貰いたいとは思ってる」
……お互いが欠ける事は、どうしても出来ないから。
「……ハァ、お前が家に上げて良い人間かどうか聞いているのに、お前が信じて貰わなきゃとか意味分からないだろう。
本当に、どっかズレてんだよなぁ、お前」
慎二さんは一瞬逡巡するように視線を彷徨わせるが、すぐに大きな溜息を吐いた。
吐いた息と共に、纏っていた敵意は一気に霧散した。
「……藤汰」
慎二さんはこちらに向き直る。
今度は怒りの視線ではない。
呆れるような、困ったような。どちらにしろ、いつも通りの慎二さんだった。
「どっちにしろ、いい歳こいた男女が二人っきりってのも良い訳じゃない。
お前に限って妙な事にはならないだろうが……毎日、様子は見に来るからな」
「じゃあ、」
許してくれるんですか?
その言葉を言い終わらないうちに、慎二さんは面倒くさそうに頭を掻きむしる。
「ったく、そもそもここはお前の家だ。お前が誰を住まわせようと、僕には何か言う権限はないんだ。
それでもまぁ、真意を確認しておきたかった……おい、セイバー。日本には、何日滞在するつもりだ」
「う~ん、私の関わっている案件次第かなぁ。一か月はいないと思うけど、一週間やそこらで終わる話ではないわね」
セイバーの言葉に「そうか、」とだけ答えると、慎二さんは姿勢を正した。
さっきは育ちは良くないなんていったが、その綺麗な所作は、こちらもハッとさせられてしまうようなものだった。
セイバーも何か空気の違いを察したのだろう、居住まいを正し、慎二さんと目を逸らさないように向き直る。
「信用も、信頼もする気はない。ただ、僕が納得するんだ。この意味が分かるか?」
「――ええ、分かってる。
少なくとも、貴方の価値を損なうような事にならないよう、努力するわ」
「……ここで、絶対を使わないのが良いのかどうか。まぁ良いだろう。
とりあえず、飯だ。冷めると、淡泊なものがますます味気なくなる」
「あら、トウタのご飯は美味しいわよ。舌が肥えすぎてるんじゃない?」
「なんだそりゃ、そういうお前こそ貧乏舌なんじゃないか」
そこからは、もういつも通りの二人だった。
どころか、まるでこの光景が日常であるかのように、二人ともお互いの存在を受け入れ合っている。
最後の言葉の真意を、自分は本当の意味で理解する事は出来ていないが。
それでも、慎二さんに受け入れられてよかった。
自分は心の中で、ほっと胸をなでおろすのだった。
「あ、どちらにしろ無断で帰りが遅くなったのは、説教だからな。食事の後、楽しみにしてろよ」
「…………………………………………………………………………………………はい」
「アハハ、それは助けてあげられないわ、ごめんねトウタ~」
自分が怒られるいうのに、随分愉快そうなセイバーの笑い声が、食卓に響いた。
お待たせしました、楽しんでいただければ幸いです。
次回更新は8/31㈰の17時頃を予定しています。